桃子の目にはいつも、つまらない大人たちの、つまらない会話が映っていた。
(どうせ……)
桃子は今回もそう思っていた。

「合格だ！」
プロデューサーを名乗る「お兄ちゃん」は目を輝かせてそう言った。

​───────ここまで人力​───────

その言葉に、桃子の期待値が一気に跳ね上がる。
だが、そんなものは一瞬のことだった。
すぐに元の退屈な日常に戻ることになると、桃子はすでに知っていたのだ。
「それじゃあ早速レッスンを始めようか！ 場所は……」
「あのっ！！」
桃子は思わず声を上げていた。
「ん？ なんだ？」
「レッスンって、何をするんですか！？」
「え？ それは……歌やダンスかなぁ」
「それだけですか！？」
「うーん、そうだね……。あとは演技指導なんかもあるけど、まぁこれはおいおいでいいだろうし……。何かあるかい？」
「いえ、ないです……」
「うん、それなら大丈夫だ！ さあ行こう！」
「はい……」こうして、桃子の人生初めてのレッスンが始まった。
その日から約一ヶ月の間、桃子はそのレッスンに明け暮れることになる。

最初のうちこそ、ただ黙々と基礎練習をこなしていたが、一週間を過ぎたあたりから少しずつ変化が見え始めた。
まず、歌や踊りの技術が向上していることに気付いた。今までまったく出来なかった振り付けが楽々こなせるようになっていたり、歌詞を覚えられるようになってきていたりと、自分が上達している実感があった。
また、人前で歌うことへの抵抗感が少なくなってもいた。最初は恥ずかしくてたまらなかったが、そのうち慣れてしまい、むしろ積極的に自分の歌声を披露するようになった。
そしてもう一つ気付いたことがあった。それは、誰かと一緒に何かをするということに慣れてきたということだ。初めは一人でレッスンを受けるだけだったため、トレーナーの指示に従っていればよかったのだが、この頃になると、自分以外の人間がいることを意識して動くようになっていった。
そうすると不思議なもので、それまで見えなかったものが見えたり聞こえてこなかったものを聞き取ることが出来たりするようになってきた。もちろん、まだまだ未熟であるということは自覚していたが、それでもレッスン開始前とは比べ物にならないくらいの成長だった。