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【ミリマスss】北沢志保「プロデューサーさん。私も自分の家庭を作りたいです」1.5/2
1 :
箱デューサー
2020/11/15 09:22:19
ID:64r/UGhOgU
志保メインss
・キャラ崩壊
・一部オリジナル設定あり
・地文形式
・続き物(各話メインアイドル別)
・Pラブ勢(多分)アイドル達+αによる何の捻りもないラブコメ
前話
http://imasbbs.com/patio.cgi?read=11540&ukey=0
(過去ログ入り?)
227 :
主
2021/01/05 23:48:40
ID:BTHRY0VsdE
結局、上手に纏め上げることができなくて、麗花さんや茜さんが提案した懇親会に私が賛同したことで、《クレシェンド・ブルー》のユニット活動を、『お遊び』と受け取ってしまった志保の離反を私は止められなかった。
何とかプロデューサーが志保を引き留めてくれて、私なりに説得を持ち掛けたこともあって、志保とは一応の仲直り?をしたと思った。その後も限られた時間ではあったけど、レッスンを重ねて公演は無事に成功を収めることができた。
大なり小なりの衝突のあった《クレシェンド・ブルー》のユニット活動後、私は志保を気にするようになっていたのかもしれない。ただ、気になったから。
228 :
番長さん
2021/01/05 23:50:03
ID:BTHRY0VsdE
志保がセンターを務めた定期公演でも、ちゃんとした成功を成し遂げていた。決して完璧じゃないけれど、志保の歌とダンスはレベルが高かった。でも、まだ私の方が少しだけ上じゃないかなって思った。
志保は翼のような天才肌でもないし、運動は、どちらかと言えば苦手だって聞いたこともある。だから、公演を始めとした志保の数々の実績は、本人が積み重ねたレッスンに裏打ちされたものだと私は考えていた。でも、私だってレッスンにかける時間は惜しんでいない。
志保が仕事や公演で成功を収めれば、同じアイドルとして勿論、嬉しいと思う。けど、心のどこかで、むず痒い思いを感じていた。それが何なのか、私には分からなかった。
私と同じ14歳のアイドルは未来や翼、可奈にひなたに結構いる。でも、志保ほどレッスンに熱心で、仕事や公演において、より高い結果に拘る子はいない。私も、どんな仕事においても、より良い結果を残したいと、いつも躍起になっている。私には時間がないから。
229 :
プロデューサーちゃん
2021/01/05 23:51:21
ID:BTHRY0VsdE
でも、志保には、そういった理由があるのかないのか。志保と、そういう話題に触れていない私には分からなかった。ただ漠然と、私と同じような側面を持っているのかなと志保を知れば知る程、無意識に、そう考えていたのかもしれない。
だから、なのかな。志保が熟すことには、遅れを取りたくないと思うし、だからと言って蹴落としたい訳じゃない。常に志保には高みを目指して貰いたいけど、自分が置いてきぼりにされるのは真っ平だった。なんて、色々考えるけど、結局、何が言いたいのかって言われると表現できる言葉が浮かばなくて。
でも、それでも、一つ言えそうな事はあった。
『志保に、負けたくない』
230 :
プロデューサー
2021/01/05 23:53:04
ID:BTHRY0VsdE
・・・・・・・・・・・・
気づけば、静香は白い天井を見る現実に目覚めていた。ぼやけた視界には蛍光灯の眩しさが痛かった。ふと横を見れば、脇のハンガーラックにかかっている自分の衣装が見えた。目線を天井に戻すと、少し固めの寝台がギシっと鳴いた。
「お目覚めになられましたか?」
静寂を破らぬ控えめの声。ベッド脇の椅子に腰かけた白石紬が横たわる自分の顔を覗き込んできた。ここはどこか、という疑問は自分の失態を思い返せば、察しがついた。紬の顔から目線を逸らしたくなる。
「紬さん、ごめんなさい。私……みんなに迷惑かけてしまって……」
「いいえ。誰も、そのように考えていません。最上さんは北沢さんの代役を果たして頂きましたから。でも、相当に張り詰めていたのでしょうね」
紬によれば、この医務室に移動する最中で倒れてしまったという。加勢した莉緒が手助けに入り、二人掛りで静香を運び込み、衣装から着替えさせ、ベッドに寝かしつけた経緯だった。
231 :
箱デューサー
2021/01/05 23:54:46
ID:BTHRY0VsdE
「……私、どれくらい寝ていたんですか?」
「1時間程、お休みになられていました。お体の具合は如何ですか?」
「少し楽になりました。あの、公演は……?」
「もう終盤の頃でしょうか」
掛け時計を眺めつつ紬は、大事に至らず安心しました、と胸を撫で下ろした。静香は、もそもそと起き上がると深呼吸の後に、何度か大きく瞬きをし、五指の開閉で己の感覚を確認した。決して全快ではないが、いささかの疲労は取れたと思われる。
「紬さん、もしかして、ずっと私に付いていてくれたのですか?」
「はい。万一に備えて控えておりました。場合によっては、御家族の方に、ご連絡せねばとも考えていましたので」
「ご心配をおかけして……すみません……。本当だったら、公演をまとめなきゃいけなかったのに……」
言いつつ静香は両親に報せが届かなかった事に内心、安堵していた。
232 :
ご主人様
2021/01/05 23:57:43
ID:BTHRY0VsdE
「いえ。百瀬さんが加わってくれましたので心配無用です」
「あの、私はもう大丈夫ですから。紬さんはホールに戻って下さい」
思わず手が力み、掛け布団をぎゅっと握る。
紬は、そんな静香の顔色に青ざめが抜けていたので、頷いた。
「わかりました。最上さんは、このままお休み下さいね」
「い、いえっ。最後の挨拶くらいは立たせて下さいっ。お願いしますっ」
ですがお体が、と立ち上がる紬に、静香は首を振るばかりだった。
「後ろに立っているだけにしますからお願いしますっ」
「……分かりました。最上さんが、そこまで仰るなら、私もやぶさかではありません。では、今より30分後までに舞台袖にお越しください」
どうかご自愛下さい、との一礼と脇の小棚に置いたスポーツドリンクのペットボトルを残して紬は医務室から去っていった。
233 :
ダーリン
2021/01/05 23:59:31
ID:BTHRY0VsdE
一人になった静香はもう一度深呼吸し、ペットボトルのキャップを力任せに開封すれば、一気に煽った。常温だった飲料は飲みやすく、気づいた時にはボトルから何も流れて来なかった。
ふと、先程の夢を思い返した。そこには、記憶に思しき志保の顔があった。自分が突っかかっても、平然として差したる興味も持たない、あの小生意気な顔を。
(代役を買っておいて、こんな始末じゃ、志保に笑われるわ。最後くらい、ちゃんとしないと)
変に体が、うずうずして堪らない静香はベッドから抜け出せば、ストレッチで体を解した後、衣装のハンガーに手を伸ばした。次いで、洗面台の鏡に映した表情から自身のコンディションを伺った後、静香は、よし、と頷いた。30分を待つこともなかった。
234 :
5流プロデューサー
2021/01/06 00:01:39
ID:vy3UUlTsr.
「あれ……プロデューサー?」
躊躇わず廊下に出た所で、別の戸閉音を聞いた。正面の、少し離れた一室から出てきた『彼』。こちらには気づいてないのか。『彼』は静香に背を向け、駆けて行った。呼び止めて言いたい事は山程あったが、またいさかいを起こして周囲の心配を、これ以上買う訳にはいかない。だが。
(あそこって仮眠室じゃなかったかな……。志保を見てるって言ってた癖に、何をしているのかしら……。でも、もしかして……)
てっきり居眠りを決め込んでいたのかと思った静香だが、ある可能性を見出し、ごくりと唾を飲んだ。予想通りならば、これはチャンスだ、とそそくさと寄れば、仮眠室のドアの前に立った。
235 :
プロデューサーちゃん
2021/01/06 22:20:44
ID:1AOy..c1IQ
・・・・・・・・・・・・
「プロデューサー。どうして、こちらに? あれ程、北沢さんについているべきと申し上げたではありませんか」
「ああ、紬。すまない、今は話して大丈夫か?」
終幕も近い舞台袖。田中琴葉、島原エレナ、所恵美の三人がステージで歓声を浴びつつ、最後の楽曲を披露している最中の事だった。音も立てずにやってきた『彼』の存在に、紬は目くじらを立てていた。
演者への指示板を手にしている紬の視線に捕まり、『彼』は、否応なく彼女の元へと寄った。
「言い訳は聞きたくありません。やはり、あなたは私たちを信じて」
「ち、違うって。静香の事が気になってたんだよ。あいつ、今どこにいるんだ? 大丈夫か?」
「最上さんは……お休みになられています。最後のMCを残した所で、お倒れになりました。そちらについては申し訳ありませんでした」
演者への視線を変えず、語調だけが下がる紬。
236 :
ボス
2021/01/06 22:22:26
ID:1AOy..c1IQ
「そうだったのか。志保も、今は仮眠室で寝てるんだよ。ちょっと精神的な疲労があったみたいでな。静香は……もしかして、医務室にいるのか?」
素早く周囲を見渡す『彼』を、紬がほんの一瞬、横目で怪訝な視線を送る。
「そうですが。……まさか、あなたは私たちが、ご気分の優れない方を、このような場所で休ませるとでも?」
「それで静香は? 寝ているのか?」
急に張り詰めた声色と、近づく『彼』の吐息に、紬は意表を突かれる。一瞬、ビクリとして手持ちの指示板を落としそうになった。目だけを、ちらちらと向けると、自分の横顔を正面から見る『彼』の顔が近く、ステージへの集中力が途切れてしまいそうだった。変に高まる鼓動が落ち着かない。
「え? い、いえ、つい先程、お目覚めになられましたが……」
「……来た早々で悪いが、志保の所に戻る。引き続き頼むぞ」
何を思いついたのか。紬が、首を向けようとした時には、隣の『彼』は忽然としていた。寄ってはすぐに離れて、取り残された紬は、ため息一つに。
「もう……なんなん……」
自分へも含め、呆れては、ステージに神経を集中させた。
237 :
貴殿
2021/01/07 12:30:31
ID:i.TtDgUKTY
・・・・・・・・・・・・
敢えてノックもせず、窓からの月明かりだけが頼りの仮眠室に、静香は忍び寄るように足を進めた。手狭い仮眠室は一歩、二歩と踏み出せば、周りを見渡せられる位置取りに立てた。
そして、すぐ目線を落とせば、そこにはベッドで静かな寝息を繰り返す志保がいた。改めて、その寝顔をじっと見ると静香は、もどかしさに苛まれる。
(何をのんびり寝てるのよ……。今日は、あなたが立つはずの公演なのに……)
本当に詮無い事だった。目の前の志保は、本来の記憶がないというのに。わずかの間でも志保と話ができればと踏み込んだが唐突に生まれた虚しさに、叩き起こしてまで事を進めるのは憚られた。
そんな虚しさを溜息に変えつつ、踵を返そうとした時だった。振り返った拍子に、静香の足がベッドの躯体を蹴ってしまった。
「ん、ううん……お父……さん……?」
238 :
高木の所の飼い犬君
2021/01/07 12:34:03
ID:i.TtDgUKTY
散漫とした注意力だった静香は、え、と呟く前に、寝惚けながらも身を起こした志保の姿にしまった、と思考が止まる。退くか否かの瀬戸際に足が竦む。
(今ならまだ暗いから抜け出せるかも……。で、でも、こんな間近くで……ううん、違うわ。志保と話をする為に、ここに来たんだからっ)
「し、志保」
「え、だ、誰?」
まだ夜目に慣れずに周囲に目を向け、怯える志保を見つつ、静香は固唾を飲んでは数歩下がり、入口付近の電灯のスイッチを手探る。
(大丈夫……落ち着いて……。志保が何を言ってきても、私は普段通りに接すればいいだけよ……! それに今の私は志保にとって、『最上静香』じゃない『ノガミアスカ』っていう、ただの別人なんだから……!)
何もしてないのに息が荒づく。なかなか手に届かない電灯のスイッチの存在に小さな苛立ちを覚える。暗示のように大丈夫、と内心繰り返す静香はやっとの思いで、カチッとスイッチを押せた。
239 :
プロデューサーさま
2021/01/07 12:37:07
ID:i.TtDgUKTY
「きゃっ……。……あ、あなたっ!」
突然の明光に目を覆ったのも束の間、志保は入口前で険しい顔立ちで佇む衣装姿の静香を捉えると逃げ出すようにベッドから立ち上がった。静香は、一言も発していない内から志保より露になった警戒心に、戸惑う。いけないと思いつつも、次なる先手も志保に取られる始末だった。
「あなた……やっぱり『最上静香』なのね……!」
「え、ど、どうしたの、志保……?」
唐突に、志保が後ずさる。目の前の静香を、視界から消すように片目を手で覆って。その指の隙間から覗く視線は静香を貫かんばかりだった。
静香は、その視線に、たじろぐが半歩引き下がった志保の足音で、はっと正気を取り戻した。
「ち、違うわ、志保。私は『ノガミアスカ』よ」
240 :
EL変態
2021/01/07 12:41:17
ID:i.TtDgUKTY
演技が見抜かれた。だから、志保はこんなに自分を睨んでいる。騙すつもりじゃない、と心のどこかで訴えながら、静香は志保に一歩、迫る。だが、志保は一歩と後ずさり、顔を覆った片手はそのままに、もう片方の手を滅茶苦茶に振り払った。まるで、害虫でも払うかのように。
「来ないでっ! もう騙されないっ! あなたは私の友達なんかじゃない! 近づかないで!」
「っ!」
志保の悲痛とも言える拒絶の意思が、静香の心を容赦なく、えぐる。涙腺が緩み、足が震えた。だが、歯を食いしばり、唇をきつく結んで踏み止まった。こんな事で負けるもんか。いつの間にか乱れている呼吸にも気づかず静香はただ、志保を見据えた。もう偽名は通じない。
241 :
プロデューサーちゃん
2021/01/07 12:44:18
ID:i.TtDgUKTY
「志保、落ち着いて。私は、あなたに何もしないわ」
乱れる心音を抑えつけるように胸元を強く手で押さえ、震える声ながらも必死に優しさで言葉を紡ぎつつ、静香はまた一歩前へ。
「いやっ……いやっ……。こ、来ないで……! あっち行って……!」
ただ拒絶を重ね、乱暴な手振りで呼吸は大きく乱れ、俯き、頭を抱え込み、震えて志保はまた一歩退く。
「お願い、志保。私の話を聞いて。そうしたら、きっと元のあなたに戻れるわ」
逃げていく志保に焦りが隠せなくなり、悲痛に懇願する静香は堪らず、もう一歩前へ。
242 :
プロデューサー殿
2021/01/07 12:47:32
ID:i.TtDgUKTY
「来ないでっ! 話しかけないでっ! どこかに行ってっ! いなくなってっ!」
また一歩と退く志保だが、その背中が壁につけば、たがが外れたように大声を張り上げた。いまだ怯えるように周囲を見渡し、手元にあったペットボトルを見つければ、即座に手に取っては静香に投げつけた。
志保の、その振りかぶりを目にした時、静香は、ハッとして視線を逸らすと同時にぎゅっと目を瞑った。
「あぐっ……!」
無作為に投げられた、それは静香の左腕を打撃した。開封されていない重みの痛みに、思わず右手を添えた。眉間が震え、目が涙ぐむ静香は、必死に歯を食いしばった。じんじんと腫れそうな腕の痛覚よりも、こんな仕打ちを志保より受けなければならない心の虚しさが静香にとっては、何よりも痛かった。
243 :
Pちゃま
2021/01/07 12:51:29
ID:i.TtDgUKTY
242レス目修正します。
「来ないでっ! 話しかけないでっ! どこかに行ってっ! いなくなってっ!」
また一歩と退く志保だが、その背中が壁につけば、たがが外れたように大声を張り上げた。いまだ怯えるように周囲を見渡し、手元にあったペットボトルを見つければ、即座に手に取っては静香に投げつけた。
志保の、その振りかぶりを目にした時、静香は、ハッとして視線を逸らすと同時にぎゅっと目を瞑った。
「あぐっ……!」
無作為に投げられた、それは静香の左腕を打撃した。開封されていない重みの痛みに、思わず右手を添えた。眉間が震え、目が涙ぐむ静香は、必死に歯を食いしばった。
だが、じんじんと腫れそうな腕の痛覚よりも、こんな仕打ちを志保より受けなければならない心の虚しさが静香にとっては、何よりも痛かった。
244 :
ご主人様
2021/01/07 20:57:55
ID:JmMXvfrfhw
今まで志保とは数々の言い合いや、口喧嘩などはあったけれども、こんな痛みを伴う争い事など、記憶の端々を辿っても一つとして見つからない。それ故の計り知れない痛みだった。
自分の全てが嫌われている。それが仮初の志保からの言葉だとしても、静香には耐え難い苦痛だった。でも、もしかすると、これは本当の志保も薄々と自分に抱いている本音なのではないかと、余計な深読みさえ生まれては、逃げ出したくなる。
それでも諦めるものかと、負けるものかと落ちる涙を必死に、せき止める。『あの人』が頼りにならない以上、私がやるしかないんだ、と執念の火をその目に宿して、今一度、志保を睨むように毅然とした目線で見据えた。
「大丈夫よ、志保……。私は……ただ、あなたを助けたいだけなの……」
245 :
変態インザカントリー
2021/01/07 20:59:55
ID:JmMXvfrfhw
そろりそろりと左腕に添えた右手をゆっくり差し伸べる。また一歩と踏み出し、間近にまで迫り、頭を抱え震えたままの志保の頬に、その手で触れるその時。
ドサッ
「……志保?」
静香の手をすり抜けるように、志保はゆっくりと倒れ、床に伏せてしまった。手を差し出したまま、凍り付いていたも束の間、静香は自分の足元で体を、痙攣するように縮こませる志保に目を見開く。
志保は目を開けることもせず、熱に浮かされたように呼吸が荒く、額から幾筋にも冷や汗が走っている。静香の背筋に悪寒も走る。
「ちょ、ちょっと志保! 志保!?」
246 :
Pさん
2021/01/07 21:01:02
ID:JmMXvfrfhw
「や……めて……。ちか……づか……な……。うっ……ああああっ!」
「くっ……!」
しゃがみ込み、倒れた志保を抱き起そうとするが、苦しみながらも、その手を払われる。我武者羅に振るった志保の手先が、自分の頬を引っ掻くも構わず、静香は強引に抱き寄せる。
(ど、どうして……こんな事に……。どうして、志保はこんなに苦しがって……)
頭を抱え、一層呼吸を荒くする志保を、静香は何が起きたのかも分からず、焦燥に駆られては焦点がままならないで見つめていた。
247 :
Pサマ
2021/01/07 21:02:01
ID:JmMXvfrfhw
志保の苦しみ様は、今までに見ない症状だった。唐突に『彼』からの忠告が脳裏を掠めた。
『今の志保はアイドルの事以外にも静香、お前自身のことでも癇癪を起こすように感じるんだ』
分かっていた。分かっていたつもりだった。それでも、自分が耐えていれば、それで大丈夫だ、と考えていた。いや、高を括っていた、と、この瞬間に自覚した。
静香は肺を潰されるような閉塞感に襲われた。床で苦しみ続ける志保の姿が、得も知れない恐怖となって精神を凍り付かせる。思考の循環が止まり、志保の体を支えたまま心ごと体が凍り付く。ただ動いているのは揺れる瞳と、志保を支えながら震えている二の腕だった。
248 :
我が下僕
2021/01/07 21:03:19
ID:JmMXvfrfhw
「や、めて……おと……おとう……さん……」
(た、助けなきゃ……。わ、私がしっかりしないと……。でも、ど、どうすれば……こんなはずじゃ……)
静香の焦りが、額から冷や汗となって滴り落ちた。雫が床で弾けると同時に、仮眠室の扉が勢いよく開かれた。
そこにいたのは『彼』だった。平行に目を走らせた後、異様な雰囲気で視線を落とすと思わず叫んでいた。
「志保っ! 静香っ!」
「……ぷ、プロデューサー」
床に、へたり込む静香の首が、のそのそと上がると何とも消え入りそうな声が絞り出された。静香の腕の中で嗚咽の如く呻く志保の姿は、今にも気を失うなのではないかと思い知らされる。
249 :
彦デューサー
2021/01/07 21:05:00
ID:JmMXvfrfhw
『彼』は駆け寄り、志保の藻掻くような顔を覗き込むと、おおよその事情を理解した。次いで、静香に目配りすると彼女が震えた。
「プロデューサー! こ、これは違うんです! わ、私……こ、こんなつもりじゃ!」
苦しめたかったわけではない。と言い切れない静香は顔を伏せてしまう。志保を支える腕が強張り、余計に震えてしまう。しかし、不意に肩に置かれた暖かみが静香を現実に戻した。
ハッとして顔を上げると、『彼』が真っ直ぐに見ていた。それは心をいとも簡単に見透かすような深く澄んだ『彼』の目だった。それでいて何度と小さく頷く『彼』の穏やかさに、静香は恐怖から解放され、脱力できた。自分の肩に置かれた『彼』の手は思っていた以上に大きく、伝わってくる温もりが心強かった。
250 :
ぷろでゅーしゃー
2021/01/07 21:07:11
ID:JmMXvfrfhw
「分かってる。分かってるよ、静香。志保をベッドに寝かせよう、ほら」
「……はい」
『彼』は志保を抱き上げ、またベッドに寝かした。ポケットからのハンカチで、志保の汗を、そっと拭うと口元の吐息の熱さで、彼女の苦しさをありありと感じ取った。震える志保の手を握り、何度か呼び掛けると、うなされる彼女の呼吸が幾分か落ち着き、安堵の息をついた。
後ろで佇む静香は、どこか心あらずと瞳に影を落としていた。右手は、まだ痛み伴う左腕に寄せられた。ただ、その手は必要以上に、患部を押さえつけ、その視線は『彼』の背中を見ること叶わず俯き、その口元は先程以上に、歯を食いしばっていた。
251 :
Pはん
2021/01/07 21:11:46
ID:JmMXvfrfhw
・・・・・・・・・・・・
「静香。大丈夫か?」
「別に……。私より、志保の心配をしたら、どうですか」
志保の安らかな寝息を見守り、仮眠室より出た廊下に佇む『彼』と静香。『彼』が話しかけても静香は背中で返事をするばかりだった。
「そうはいくか。俺は、お前のことも心配なんだよ」
どうして、そう必要以上に優しいのか。甘ったるいような気遣いに苛々する。どうせ、本音じゃない癖に。思いっ切り叱ってくれたほうが、まだ良かった。静香の肩が微動する。
「……余計なことをしてくれた、って思っているんでしょう? はっきり言えばいいじゃないですか……!」
252 :
箱デューサー
2021/01/07 21:17:24
ID:JmMXvfrfhw
「静香……。俺は、ただ……」
『彼』の弁明は、室内より微かに蠢く、お父さんの呼びかけで中断された。志保が、もう目覚めたよう。『彼』は、震える静香の背中に言葉だけを放る。
「静香。舞台袖で紬が待っている。行けるか?」
「……分かってます。早く……志保の所へ行って下さい……」
小さく頷く『彼』は、しっかりな、と残して仮眠室へと入っていた。
静香は、壁に張り付くように、もたれると、そのまま床に尻をつけた。そして、項垂れる。自らの無力さに、ただただ打ちひしがれて。しかし、志保と『彼』の会話が微かに漏れてくると、再び、仮眠室の扉に目を向けた。
253 :
プロデューサーはん
2021/01/08 11:42:21
ID:JL0ivfqpU.
・・・・・・・・・・・・
「お……お父……さん……。どこ……?」
「志保? 大丈夫か? お父さん、ここにいるぞ」
間引きして点灯した電灯の中、『彼』は、ベッドの上で朧気な志保の手を取った。志保が、その温もりを感じ取ると目を閉じながらも、微笑んだ。その目からは雫が、膨れるように滲み出そうだった。
「お父さん……。私、もうすぐ14歳になれるの……」
「え……?」
唐突な発言だった。14歳になれる。別段、志保の誕生日が近づいていることもない。『彼』が瞬時に考えられたのは、そんな程度だった。
いまだ、瞑ったままの志保の目線は天井に向けられたままだった。ただ、『彼』の手を握る力には、しかと力が込められていた。
254 :
魔法使いさん
2021/01/08 11:45:16
ID:JL0ivfqpU.
「そうしたら、お母さんと、りっくんと、お父さんの四人で暮らしていける……」
「し、志保……何を……?」
「お願い……お父さん……。ずっと……一緒にて……どこにも……行かないで……」
『彼』は呆然とした。『彼』からの返答が来ない静寂に志保の手がまた震えだす。
「お父さん……お願い……」
「わ、分かった。俺はどこにも行かないよ、志保」
思わず『彼』は勢い余ったように、もう片方の手を重ね、破れかぶれも同然だった。消沈しそうな志保の声を前に、『彼』は上手く思考を回せなかった。志保は、良かったと消え入る声を寝息に変えて、再び、眠りについた。
『彼』は、ただ志保の手を握ることしかできずにいた。
255 :
Pさん
2021/01/08 12:14:45
ID:JL0ivfqpU.
・・・・・・・・・・・・
(14歳になれるって……元に戻るってこと? ……だとしたら……だとしたら……!)
扉に耳をつけ、廊下で聞き耳を立てていた静香は、すくりと立ち上がった。肩の荷が降りたかのように、その動きは軽やかだった。
そして、劇場ホールへと駆け出した、その横顔は頬が緩んでるのかという位、嬉々としていた。こんな表情をしたのも、いつ振りかと本人が思うほどに。
(元に戻る……! もうすぐ、志保が元に戻る……!)
そんな、どこから生まれたかも分からない希望に安堵すれば、静香は生気に溢れた表情味で迷いなく駆けていった。
その後、この公演は、これと言った支障を来す事もなく、カーテンコールを迎えた。静香の体調不良は、トラブルにも満たない小さな出来事として、観客には差したる影響も与えなかった。
劇場ホールは最後の歓声を受けて、無事に幕引きへと至った。
256 :
プロデューサーさま
2021/01/09 15:47:13
ID:J0c3f.DKmM
・・・・・・・・・・・・
『北沢志保』は夢を見ていた。
暗く渦巻くような闇の海をただ漂流し、彼女は眠りについていた。おどろおどろしい闇なのに、どうしてか心地良い。動かすべき四肢の感覚も、回すべき思考の循環も溶けて忘れてしまいそうに。それは体という節々からの組織が一つの塊と化してしまうような融和感。
『北沢志保』は夢を見ていた。
その光景は馴染みある我が家の食卓だった。幼い弟が、まだ拙い箸持ちでご飯を頬張っている。その隣では記憶に思しき父親が、微笑んで弟の頭を撫でていた。そして、台所から次のおかずを運んできた母親。母は何よりの笑顔だった。
どこの家庭でも当たり前の光景だけど、自分にとっては有り得ない光景だった。暗い影から見守る自分も、そんな叶うはずのない食卓に惹かれ、足を進めた時。
『大丈夫よ、志保……。私は……ただ、あなたを助けたいだけなの……』
どこからか降りかかった少女の悲しげな声が、食卓の光景を『割った』。ガラス片のように、光景の破片が、何もない闇へと落ちて還っていった。
257 :
der変態
2021/01/09 15:50:03
ID:J0c3f.DKmM
『北沢志保』は目を覚ました。漂流する闇の中で。
(起きないと……)
重苦しい瞼を、ほんの少し上げた。手足も思うように伸ばせず、その動きは蠢くよう。ぼんやりと広がる暗い視界に、《小学生の志保》が映り込んでいた。
《志保ちゃん、起きちゃだめだよ》
《小学生の志保》は、にこりと微笑んでいる。自分と同じく、この闇を流れている。少女は『北沢志保』を見下ろしていた。
(どうして……? あの女の子が……私の名前を……呼んでた……。あの子は……誰なの……?)
『北沢志保』の呼びかけに、闇の虚空に静香の姿が浮かび上がった。痛みを伴う左腕を押さえても尚、自分に歩み寄っては、今にも泣き出さんばかりの儚さを形作ったような、そんな姿の少女。
《だめだよ。あの子の事を考えちゃだめ。あの子は志保ちゃんを、お父さんのいない世界に連れていってしまうの。あんな子、忘れちゃうの》
《小学生の志保》の言葉で、その光景は『割れた』。その言葉の温度が変に冷たい。
258 :
ぷろでゅーしゃー
2021/01/09 15:55:02
ID:J0c3f.DKmM
(でも……あの子……泣いてた……。私の名前を呼んで……泣いてた……慰めなきゃ……)
『北沢志保』は抗う。瞼をこじ開け、遥か上流に見える光の粒に手を伸ばした。
《だめだよ。それは志保ちゃんが、またお父さんのいない世界に戻っちゃうんだよ》
《小学生の志保》の目が徐々に細められていく。その様は、より一層の冷淡さを強調するようだったが、その視線を『北沢志保』は見ていない。
(でも……放っておけない……。私……行かなきゃ……)
『北沢志保』は体を起こし上げる。重石が、のしかかる全身への圧力を、その意思で跳ね除けて。そして、『北沢志保』の体が上流へと登っていく。小さな光点を目指して。
《……じゃあ、もういいよ……》
《小学生の志保》が吐き捨てた。
259 :
魔法使いさん
2021/01/09 16:11:40
ID:J0c3f.DKmM
少女が『北沢志保』に向かって手をかざす。
『北沢志保』の全身が、突如、顕現した闇の絹で覆われ、縛られる。首元から足首にかけて、簀巻きも同然に拘束された。そして、小さな闇の絹が目元を覆い隠した。
(あ……あ……動け……ない……)
《もう志保ちゃんは『今までの志保ちゃん』をしなくてもいいよ》
先までの無邪気さが失せ、分不相応な冷徹な《小学生の志保》。
(今までの私を……しなくても……いい……?)
闇の拘束は『北沢志保』の少しの抵抗も許さなかった。もがけば、もがくほど全身に食い込むばかりに締め付ける。視界も封じられた『北沢志保』は、声を便りに《小学生の志保》を捉える。
《しょうがないよね。そうやって、お父さんのいない世界に戻ろうとするんだから》
《小学生の志保》が、その小さな手を振ると、『北沢志保』の体は闇の底を目指して沈下し始めた。
『北沢志保』は始めて恐怖した。どことも分からない未曾有の奈落に落とされる。『北沢志保』の意思が闇に抗えず、初めて恐怖した。
260 :
監督
2021/01/09 16:34:23
ID:J0c3f.DKmM
《そのまま眠っていれば良かったのに……でも、もうだめ。あなたは、またお父さんのいない世界に戻ろうとする。そんなの……ぜったいゆるさない……!》
《小学生の志保》が、また手を振る。『北沢志保』は強烈な睡魔に襲われた。う、と呻くと瞼が鉛の如く降りてきて抑えられない。
(ね……ねむ……い……)
だめ。眠ってはだめ。そんな無意識の警鐘が鳴りはするも為す術もない。縛られた体は闇底に、薄れる意識は泥沼に沈んでいく。
《これからは『ふつうの志保ちゃん』がふつうに暮らすの。お友達ともたくさん遊んで、お父さんやお母さんや、りっくんとみんなと一緒に、したいことをたくさんするの》
《小学生の志保》の声が爛々とする。
261 :
Pちゃま
2021/01/09 16:59:09
ID:J0c3f.DKmM
(お……お……かあ……さん……り……くん……)
『北沢志保』は最愛の家族の姿を想うも、それはすぐに儚く消えてしまう。閉じられた瞼の闇によって。
《だからね、『今までの志保ちゃん』は眠ったままでいいんだよ。ずーっと、ずーっとゆっくり眠ってて》
《小学生の志保》がまた手を振った。『北沢志保』の意識が真白に掠れていく。眠らされる。『北沢志保』は怯えた。このまま自分が消えるのではないかと怯えた。知らぬ内に閉じられた目頭に水滴が滲んだ。
(た……す……け……て……。だ……れ……か……)
もう声にならない『北沢志保』の声は誰にも届かない。無情にも彼女の体は、闇に沈み続けていく。
262 :
プロヴァンスの風
2021/01/09 17:01:00
ID:J0c3f.DKmM
《お休みなさい……『今までの志保ちゃん』》
《小学生の志保》の最後の手振りが『北沢志保』の意識を飛ばす。
(たす……け……。……おか……あさ……。プロ……デュ……さ……。……た……す……)
母と『彼』の姿が脳裏に霞み、そして闇に包まれ消えた。そのまま『北沢志保』の意識は薄れ去った。
263 :
ハニー
2021/01/09 17:02:16
ID:J0c3f.DKmM
・・・・・・・・・・・・
「っ!」
『彼』は飛び起きようとした。だが、腕にかかる重石が、それを許さなかった。
それは、まだ朝焼けも薄い早朝の寝室での事だった。
ベッドからも抜け出さんばかりだった『彼』は自分の隣で眠り、自身の腕に抱き着く、志保の寝顔を急く息遣いで覗き込んだ。別段、何ともない寝息で静かに眠る志保。念のために、前髪を掻き分けて、その顔色をじっくりと窺った。やはり、至って平常、のように見える。
(な、何だったんだ……あの夢……? 志保が、助けを求めていたような……)
264 :
プロデューサーくん
2021/01/09 17:14:54
ID:v/o1Qv8iMk
分からなかった。暗い空間で、志保が自由を奪われ、涙ながらに自分に助けを求めていた、あの姿。夢のはずなのにやけに現実味を帯びていた。
昨日、志保は14歳になれる、と儚げながら嬉しそうだった。それが、先の夢では志保は助けを求めていた。自分の妄想か、行き過ぎた思いが夢に出ただけなのか、それともあるいは。
「志保、志保?」
起きるには、まだ早いが起こさざるを得なかった。その肩を揺らすと、志保は目を擦ると共に、大きな欠伸をして起き上がった。ごしごし、と目元を擦り、『彼』を、見やる姿は、どこかあどけない様だった。
『彼』は、違和感を突き付けられたようで、また、すがめた。
265 :
我が友
2021/01/09 19:27:48
ID:6mUGm0A0ZY
「どうしたの、お父さん……。志保……まだ眠いよう……」
「し、志保。体は大丈夫か? どこか苦しい所はないか?」
「え? ううん、何ともないよー。志保は元気だよ、お父さんっ」
寝ぼけ眼なまま、志保は砕けた笑顔で、『彼』の腕に抱き着いた。『彼』の中で情報の整理がつかなかったが、はっきりと分かったことはあった。やや呆然とされるがままの『彼』の額から冷や汗が伝おうとしていた。
(また……小学生になっている……)
それは、志保の記憶障害も8日目となった朝のことだった。
266 :
EL変態
2021/01/11 14:02:05
ID:dMp.B0B0GU
「あ、静香。こっちこっち」
「ごめんなさい、歩さん。待たせちゃいましたか?」
「ううん、全然。そんなことないよ。アタシこそレッスンもないのに、呼び出しちゃってごめんね」
空の青みが薄れ始め、西日が、その色を変えた頃。ここ、765プロライブシアターの屋上を包む煌々とした茜色にも、負けじと烈々なるピンク色の髪を靡かせ、柵にもたれている歩の姿を静香は見つければ近くに寄る。
柵に手を置き、ちょっとした緊張を抱いて、歩の出方を伺う静香。
少し肌寒さを感じるものの、流れる風は爽やかな心地と音で、沈みゆく夕陽の穏やかな温かみは、ぎこちない両者の間を持っていた。
267 :
箱デューサー
2021/01/11 14:03:38
ID:dMp.B0B0GU
「あのさっ、お腹空いてない? これ、アタシのおすすめなんだっ」
風が止んだ頃、何かに気押しされるように歩が小さな紙袋を持ち出しては、ごそごそと探り当てた中身を静香に差し出した。ちょっと膨らんだ楕円で、英字を散りばめた包み紙で巻かれているそれは。
「ハンバーガー、ですか?」
「そうそう! アタシの好きな店のなんだよ。食べてみない?」
よくあるチェーンストアで販売されている物とは違う。知る人ぞ知る店なのかな、とちょっとした未踏への好奇心が浮かんでくると小腹の空きを変に意識してしまう。
頂きます、と静香は包みを開ければ、見慣れない焼き色のバンズに始まり、はみ出る程の連なる赤と緑の瑞々しい野菜、分厚く幅広いパティの存在感に思わず目を丸くした。取りあえず一口食べてみると、無意識に美味しい、と漏らしてしまう。
268 :
Pサマ
2021/01/11 14:05:33
ID:dMp.B0B0GU
でしょ、と返す歩も、お気に入りのハンバーガーを頬張っては、風に煽られたメッシュの毛先にソースが付着してしまって慌てていた。
こんな所で立ち食いなんて意地汚いかなと思いつつも傍目のないのを言い訳に、歩は元より静香は慣れない美味さに興じた。
「ねえ、静香。志保とのことなんだけどさ、大丈夫?」
「え。な、何がですか?」
半分程食べ終えた頃、先程までの揚々さが失せた歩の厳かな視線に、静香のハンバーガーを持つ手が止まった。
一息置いて、残りのハンバーガーを包みに戻し、どことなく緩やかな笑顔を作る歩。
「なんていうかさ。結構、へこんでいる雰囲気だったから。志保に対して色んな事、トライしてるって聞いたよ」
269 :
プロデューサーちゃん
2021/01/11 14:10:55
ID:dMp.B0B0GU
「……はい。でも、何をやっても上手くいかなくて。だから、私が勝手に自滅して落ち込んでいるだけで……大した事はありません」
湧いて出る気後れに脱力してしまうと、静香は首を上手く持ち上げられなくなった。落とした先の視界には、ハンバーガーを持つ両手の小さな震えが忌々しく映っていた。心なしか瞼と眉間が、わずかに絞られる。
「そっか……」
そんな呟きが聞こえれば、視界に歩の手が伸びてきて、自分の両手に重ねられた。静香がハッとして顔を上げた先は、苦笑い混じりで自分と同じく脱力した首を持ち上げられずにいた歩だった。
「歯痒いよね。仲間の為に何かしたいのに、何やっても上手くいかないってさ」
「歩、さん……」
270 :
Pちゃま
2021/01/11 16:13:39
ID:dMp.B0B0GU
「アタシさ、あの時のレッスンの事、やっぱ後悔しきれなくてさ。もっと早く志保を止めてれば、こんな事態にならなかったって何度も何度も考えちゃうんだ」
歩、静香、志保の三人で行ったレッスン。
頭から転倒した志保が記憶を失う切っ掛けになってしまったレッスン。師事していた自分が迅速に判断を下していたら、志保は転倒することもなければ、記憶を失うこともなく、今日もレッスンに参加していたのだろう。
などと絵空事を思い描けば、歩の笑顔は、一層濃く苦味を増した。
「でも、それは歩さんのせいじゃないと思います。そんなに思い詰めなくたって……」
「ありがと。でも、それは静香も同じだよね。静香のせいじゃないのに、なんで静香はそんなに思い詰めてるの?」
271 :
プロデューサーさん
2021/01/12 23:15:59
ID:TbYJMmSmRQ
ぎょっとしたように静香は視線を泳がしてしまう。その様子を歩が、くすくすと笑う。理由が分からず静香は内心、複雑だった。
「な、なんでって……あ、当たり前じゃないですか。同じアイドル仲間なのに……」
「そうだよね。アタシも同じだよ。でも、何か助けになりたいのに、何かやっているだけで何の解決にもなってないんだよね」
静香の手を離した歩は、夕風に体を預けたように、また柵にもたれかかる。そうして、やり場のないように歩も視線を泳がすように西日に向けた。その横顔を見る静香の眉間には皺が寄りつつあった。
「……それって、私のやっていることなんて無駄だからやめておけって事ですか?」
272 :
レジェンド変態
2021/01/12 23:17:50
ID:TbYJMmSmRQ
言って深読みしすぎたと、静香は我に返った。しどろもどろに、すみませんと伏し目がちに謝る静香の心模様は分かりやすくて歩は、また笑ってしまう。
「そんなんじゃないけどさ。何もできないって自覚したなら、黙って耐えなきゃいけないのかなって思うんだ。静香だって分かっているんじゃないのかな? 今の志保にしてやれることなんて見守ることだって」
「そ、それは……」
言い淀む静香の瞳が揺れる。認めたくはなかった。それを認めてしまえば、志保のことは『彼』に任せざるを得ないから。でも、それはまだ受け入れたくはなかった。
273 :
プロちゃん
2021/01/12 23:27:58
ID:TbYJMmSmRQ
「静香の気持ち、何となく分かるよ。何かアクションしないと罪悪感、感じちゃうよね。何もしない自分が許せないっていうかさ。でも、そういう行動ってさ、相手の為ってよりかは自分の為になっちゃうよね。自分の不甲斐なさを認めたくないから。自分は相手の助けになれるって自分を疑いたくないからさ」
歩は、また笑う。明後日の方向に向けるそれは自嘲のようにも取れた。静香の両手からカサっと音が鳴り、その中と包装紙は、やや丸められ、皺が増える。
「わ、私は……そんなつもりじゃ……」
「ごめん、責めてるつもりじゃないんだ。勿論、静香がそんな事、考えてるなんて思ってもないよ。ただね、自分でやってダメだったら誰かを当てにしていいと思うんだ。アタシは志保に話しかける程度で、何にも良くならない。自分に出来る事なんて、この程度だって自覚しちゃったら、もっと力になってくれる人を当てにしちゃうんだ。まあ、プロデューサーなんだけどね……」
静香は、もう反論しなかった。ただ、もう冷め切ったハンバーガーを持つ手だけが震えてた。
返事が帰らず、棒立ちする静香の手から、歩は、そっとハンバーガーを抜き取った。また暖かいのをご馳走するよ、と歩は言い残し、静香の肩に手を置きつつ、夕風と共に屋上から去っていった。
274 :
プロデューサーさん
2021/01/12 23:29:39
ID:TbYJMmSmRQ
静香は数歩進み、行き止まった柵の手すりに触れれば、広がる街並みの光景を視界に入れた。
「分かってる……。最初から……分かってたわ……」
そうして、手すりに顔を沈めては額を置いた。その彼女の顔は消沈を絵に描いたようで。静香は、夕風の寒気も忘れ、ただ現実を噛み締めるのが精一杯だった。
275 :
Pくん
2021/01/12 23:30:40
ID:TbYJMmSmRQ
・・・・・・・・・・・・
事務室の『彼』は机上のパソコンの前にも関わらずキーボードに触れる事なく、その空虚な視線を窓辺へ、その先の黄昏に染め落ちる街並みへと飛ばしていた。
ふと、デスクの引き出しから分厚いファイルを取り出した。内容は、765プロダクションに所属するアイドル達のプロファイル。か行のラベルを過ぎ、ページをさっと止めれば、そこは北沢志保のプロファイルだった。
(アイドルの志望動機は『働きたい』ということ。それから、絵本の中のお姫様みたいというアイドルへの憧れ。14歳。○○中学に在学中。家族構成は、お母さんと保育園に通う弟さんが一人。父親の情報は特になし……)
規定の書式の枠組みから、はみ出る手書きのメモを指でなぞりながら、ふと39プロジェクトのオーディション風景を思い出していた。志望動機の項目枠に記入した『働きたい』の一語句に付け加えてある注釈の吹き出しには。
『母子家庭で母親に楽をさせたい。家族想いの子?』
と当時書いたメモで、なぞる指を止めた。
276 :
プロデューサーさま
2021/01/12 23:32:33
ID:TbYJMmSmRQ
(あの時は……特に家族について深く聞きはしなかった。母子家庭とは聞いていたが、父親とは何らかの形で定期的に会っているものかと思っていた……。けど、志保はもう何年も、お父さんとは会っていないのかもしれない……)
その注釈を、なぞった指でトントンと押すように叩く。ふと、オーディション当時、志保の言葉の断片を思い出す。
『うちは母子家庭なので。私が何もしないのはもったいないと思って』
(志保は自分が働けば、お母さんが家にいられると言っていた。母子家庭の為にアイドルをやっているなら、お父さんがいる、ごく一般的な家庭環境だったら、志保にはアイドルを目指さなかった未来もあったのかもしれない……ん?)
腕を組んでは天井を仰ぐ。
(お母さんを助けるのは結果的にお父さんがいないから? つまり、お父さんがいないからアイドルをしていて……。お父さんがいたらアイドルをしていない……?)
仰いだ天井を怪訝な瞳で睨む。
277 :
プロデューサー殿
2021/01/12 23:33:53
ID:TbYJMmSmRQ
当たり前の事象が『彼』の脳裏に何度も木霊する。ふっと目を閉じ、思案を頭の深淵に落とし込み熟考する。次に天井を見据えた時、『彼』は立ち上がり窓辺に寄りて、夕暮れの河川に目を落とす。
(何か……見落としているような気がする……)
追求の思考を回していると、控え目のノックからの来訪者に振り向いた。期待焦がれる相手に、『彼』は歩み寄る。
「失礼します、お疲れ様です」
「ああ、風花。お疲れ様。すまないな、レッスンもないのに呼び立ててしまって」
「いえ、私も早くプロデューサーさんに言っておきたかったので。今からでも大丈夫ですか?」
「ああ、勿論。首を長くして待っていたよ。ミーティングルームを押さえてあるから早速行こう」
278 :
プロデューサー
2021/01/12 23:39:01
ID:TbYJMmSmRQ
・・・・・・・・・・・・
「プロデューサーさんの言う、志保ちゃんが記憶障害ではなく多重人格ではないかという指摘ですけど、《解離性同一症》という症状が当てはまるんじゃないかと思うんです。それで、その線で友達にも話を聞いて、私なりに志保ちゃんの状態と照らし合わせて、どういった現状かを考えてみました」
場所を変えたミーティングルームで対面する風花は、普段とはどこか違う笑顔の消えた面持ちだった。その声色も当たり障りのない事務的な調子のはずが、どことなく冷淡さが目立っていた。
見慣れた鞄から取り出した見慣れないノートを広げ、やや乱れ調ではあるものの、一頁に渡るメモに目を走らせながら、『彼』に向き直った。
「解離性同一症というのは多重人格障害の呼び名が変わったもので、内容は同じことです。一人の人の中に、いくつかの人格が共存しているのが特徴です」
『彼』は前のめりになりつつ、静かな相槌を打つ。
279 :
ぷろでゅーしゃー
2021/01/12 23:40:39
ID:TbYJMmSmRQ
風花はノートに目を落としつつ、メモに指を這わせる。
「最初、志保ちゃんは心の年齢が進んだり戻ったりして、記憶障害としては不可解な状況でした。ですが、実は小学生の志保ちゃんの人格がいて、また13歳の志保ちゃんの人格がいて、二つの人格が入れ替わっていたという仮定なら記憶障害ではなくて、多重人格だったと、まだ納得できます」
「な、なるほど……」
「解離性同一症によって生まれる別の人格は、本来の人格とは異なる人間意識の場合が多く見られます。志保ちゃんの場合は他の人格が二人とも『北沢志保』だと自分を認識していたので、記憶障害と診断されたのでしょうね。ちなみに、この症状の原因は幼い時に強いストレスやショックを経験していたことが挙げられています」
「強いストレス……ショックか……」
『彼』はもたれると腕組みの後、顎に手をやる。
(志保に、それがあるとしたら……父親に起因が……?)
280 :
ご主人様
2021/01/12 23:42:09
ID:TbYJMmSmRQ
視線を泳がしつつ思案する『彼』だが、頁をめくる紙音に現実に戻されると、神妙な風花に目線を戻した。
「ただ、多重人格だったとして、気になる点もいくつかありまして」
『彼』は頷き、風花はまたノートに目を落とす。
「プロデューサーさん。いつもの志保ちゃんの人格が出ていた時は、あるように見えましたか?」
「いや、見る限りは出てきていないな。小学生、あるいは13歳を自称する志保しか目にしていないよ」
「そうですか……。一つはそこが気になりました。事故から一週間は経っているのに、どうして本来の志保ちゃんの人格が一度も出てこないのか。共存しているのだから一度は出てきてたっておかしくないはずだって」
風花が言い淀む中、また顎に手をやる『彼』の脳裏に今朝の夢が過ぎる。自由を奪われた志保。そして、その夢にもう一人の影がいた事を思い返した。志保の自由を奪った小さな影の存在が。
「……あるいは共存と言いつつ、志保の中で力の強い人格者がいて、そいつが本来の志保の人格を出さないようにしている。……というのは想像が過ぎるかな」
と、目を細めて、まさかなと、しかめて笑ってみせる。
281 :
Pさぁん
2021/01/12 23:43:59
ID:TbYJMmSmRQ
しかし、芳しくない表情のまま、面を上げない風花を見ると『彼』の作り笑いは絶たれた。
「実は、そういう症状もあるようなのです……」
「何だって……? そんな事が、か……?」
虚を突かれた『彼』の目が潜まる。
「元の志保ちゃんが出てこない要因は二点、考えられます。一つは、元の人格意識が極端に弱まって……言わば、志保ちゃん自身が深い眠りについている可能性です。二つ目はプロデューサーさんの指摘通りで、後から出来た別の人格が、本来の人格よりも支配力が強い場合です。……それは主となる人格が入れ替わるようなこともあるそうなんです……」
『彼』に目を向けない風花の語調が濁り出す。
「前者はともかく、後者の場合は……元の志保の意識はどうなるんだ? 自力では出てこれないのか?」
282 :
プロデューサーはん
2021/01/12 23:46:24
ID:TbYJMmSmRQ
「い、今の時点では……な、何とも……。ただっ、本当にそういう状況でもちゃんとした治療をしていけば……ま、また入れ替わる……事も……」
質疑が続く程、俯く彼女の言の葉が散っていく。
「治療というのは、すぐに効果が出るのか……?」
平静な口振りの『彼』。机上に置かれた手が拳となる。
「そ、その……長期的な治療になるかもしれないので……すぐかどうか……」
風花の目が泳ぐ。ノートから離れた手が膝元のスカート生地をきゅっと掴んだ。
「治療の効果が出なければ……どうなる……?」
『彼』が前のめりになる。押し付けられたままの拳が机を、わずかに揺らす。
「……ずっと別の人格が……志保ちゃんを支配……している事に……なるかと……思い……ます……」
風花の語調がますます弱くなる。思わず目を閉じる。
283 :
P君
2021/01/12 23:51:28
ID:TbYJMmSmRQ
「待ってくれっ。それじゃ、志保が志保でなくなるのも同然じゃないかっ」
「プロデューサーさんっ。声が大きいですっ……。外に聞こえてしまいますっ……」
我慢し切れず、と立ち上がる『彼』に、風花は小さな入口を見やっては大きく首を振った。
「す、すまない。思わず叫んでしまった……。でも、13歳の志保は『もうすぐ14歳になれる』って言っていた。それが……元の14歳の志保に戻るという可能性はないか……?」
『彼』は胸を撫で、深呼吸一つにまた腰を下ろした。風花も持ち直したように顔を上げる。しかし、両者とも表情の色味は、強張りが増していた。
「確かに、元の志保ちゃんに戻るのかもしれません……。でも、別人格の13歳が、そのまま別人格の14歳になる事だって考えられます。そうだとしたら、元の志保ちゃんに戻るとは思えません……」
284 :
ボス
2021/01/13 17:39:51
ID:bxQAu5YOZY
「……風花の言う通りだ」
風花の指摘は充分に予測できる範疇だった。そのはずが、戻る兆しと勘違いした自分は愚かだった。自分のぬか喜びを指摘してくれた風花に逐一状況を報告していた事は正解だったと安堵した。
「もし……13歳の志保が14歳になったら……どうなるって言うんだ……」
「わ、分かりません……。もしかしたら、本当に人格が入れ替え……いえ、すげ替えられて本来の志保ちゃんの人格が出てこれない、ことも……」
静まる空気が張り詰める。その時、何かの物音が、どこからか囁いたが、そんな些末な事を気にかける余裕は二人にはなかった。何か話さなければ、と『彼』は口をこじ開ける。
285 :
監督
2021/01/13 17:40:44
ID:bxQAu5YOZY
「それは最悪のケースだ……。そうなったら、志保がアイドルを毛嫌いするのも静香を拒絶するのもずっと、このままに……」
「そもそも、アイドルに関わった事は、全部なかったことになるかもしれません……。そうなったら、もうアイドルじゃない別の人生を歩むのも同じことです……」
張り詰める所か、凍りつくような空気に『彼』と風花は沈黙する。『彼』の脳裏に最悪を想定する事態が張り巡らせてゆく。そのイメージがあまりに膨大過ぎて『彼』は、わなわなとした震えを抑えるだけで精一杯だった。
(志保の中にいる支配力の強い人格者……。見えない所に厄介な存在がいるとなれば、どうすれば……)
286 :
魔法使いさん
2021/01/13 17:41:47
ID:bxQAu5YOZY
・・・・・・・・・・・・
「これは……振り出しに戻ったのか……」
報告を終え、やり場のない風花は、志保ちゃんを見てきます、とミーティングルームを後にした。向かい相手のいない机で一人腰掛けるだけの『彼』は目を伏せて呟いた。
志保の症状が記憶障害ならば友達同士の触れ合いで記憶を取り戻せるかと『彼』は踏んでいた。『13歳の志保』が14歳になれるという言葉を今度こそ回復の前兆だと鵜呑みにしてしまっていた。
百合子の本から得て、風花が調べた絵空事にも似た情報が、やけに現実味に溢れて『彼』は迷走一歩手前で何とか踏みとどまっていた。たかが夢の中で聞いた志保の助けを求める声が脳裏から離れない。
287 :
3流プロデューサー
2021/01/13 17:44:16
ID:bxQAu5YOZY
『13歳の志保』が14歳になれば、それは志保の本来たる人格の消失を意味するかもしれない。そんな結末が頭の中で見え隠れして『彼』は呼吸の仕方を一瞬、忘れる。何気ない携帯端末の通知音が響き、『彼』は現実に戻された。
(とにかく、状況が変わったも同然だ。こうなっては志保のオファーもキャンセルを……いや、まだ代役でも間に合うか……ディレクターさんに交渉して……。……北沢さんにも状況を知らせて……皆には……何と言えば……)
また『彼』はハッとして顔を上げた。やけにその目を見開いて。いつの間にか荒い呼吸の自分に、ふつふつと得もしれない怒りが込み上げる。思わず机上を拳で打ち付ける。
(違うっ。そんな事、誰が得をするんだっ、誰が喜ぶっ。やっぱり記憶は戻せない、ごめんなさいと頭を下げるだけなら誰にだって出来るっ)
『彼』は歯を食いしばり、不甲斐ない少し前の自分に激怒する。
288 :
せんせぇ
2021/01/13 17:48:08
ID:bxQAu5YOZY
(北沢さんもシアターの子達も俺を信じて、いつもの志保の帰りを待っているっ。本当の志保だって、お母さんを助ける為にアイドルに戻りたいはずだっ……ん?)
また目を見開く。それは先立つ怒りが鎮火されたように何とも腑抜けたようで、何度も瞬きをしていた。
(なんだ……? 何か……大事なことが矛盾しているような気がする……。この違和感は……なんなんだ?)
今一歩。僅かな所で何かを掴めそうな、そんな時だった。
「え……?」
唐突に『彼』の背筋が強烈に痺れ、強い淀みを感じた。異なる負の感情が渦巻いては、ぶつかり合っている。
しかも、ちょっとやそっとのものではない。さながら金属の打ち合いの如く、火花を散らしているのような強い衝撃が、シアターのどこかから発せられている。気づかぬ内に垂れた冷や汗が床を叩けば、己の戦慄を物語っていた。
(控え室だ……)
289 :
Pはん
2021/01/13 17:52:52
ID:bxQAu5YOZY
『彼』は駆け出した。そこで何が起きているのか分からない。ただ、行かねばならないと控え室へと駆けていく。
止めなくては。この負の感情を野放しにしてはいけない。
「プロデューサー!」
10秒もしない内に、廊下の奥から息せき切る歩に遭遇した。彼女は『彼』の目の前まで来るや、下がる手を膝で支えて、大きく肩を上下させた。
「歩。そんなに急いでどうした?」
「ぷ、プロデューサー……静香が……志保に……掴みかかってて……どうにもならないんだよ……」
呼吸荒い歩の言葉に、『彼』は目を見開いた。思わず背筋に寒気が走る。
「お、お願いだよ、すぐ控え室に来てっ……」
頷けば『彼』は、また駆け出した。背中から追ってくる歩の存在すら忘れて。
290 :
Pさん
2021/01/13 19:13:51
ID:bxQAu5YOZY
・・・・・・・・・・・・
バンッ!
「静香っ! 志保っ!」
そうして、衝突事故への気配りも皆無に扉を開け放てば、静香が志保の両肩を掴んでは、怒りの形相をしていた。志保は抵抗もできず首を、ぶんぶんと振るばかりで閉じた瞳から涙が滲んでいる。その二人の間に割って入ろうとする風花は、静香を引き離せないでいた。
次いで可奈、未来、翼、エミリーの傍目も憚らんばかりに泣きじゃくる少女たちの悲痛極まり情景が飛び込んできた。可奈は尻もちをついて項垂れ、未来はそんな可奈に寄り添いながら、翼はへたり込み、エミリーは立ち尽くし顔を覆い、雫を落とし続けていた。
(4人には志保の話し相手をしていて貰ったはずなのに……。この状況は何なんだ……)
立ち竦む『彼』の息が詰まる。
291 :
ご主人様
2021/01/13 19:52:43
ID:bxQAu5YOZY
「お父さんっ! お父さんっ、助けて、助けてぇぇぇっ!」
「あんたのお父さんはあの人じゃない! あの人は、あんたをアイドルにするプロデューサーなのよ!」
「静香ちゃん! やめて! お願いだから!」
悲鳴に、怒声に、嗚咽が渦巻く阿鼻叫喚も同様な空間に『彼』の思考も凍り付きそうになる。揉み合う二人の少女を諌める風花の焦り顔が、こちらを向いた。
「ぷ、プロデューサーさんっ。し、静香ちゃんをっ」
燃え盛るような気迫の静香に、体を動かせずに泣いて叫ぶ志保。一歩を踏み出すのに躊躇した『彼』は、くっと歯を食いしばって静香の背中に回り込む。
292 :
貴殿
2021/01/13 19:53:57
ID:bxQAu5YOZY
「静香っ、落ち着くんだっ!」
大の男が繊細な少女に、強引も止む無し。『彼』は我武者羅に暴れる静香の手首を取ると、志保から引き剥がした。我を失いかけている少女は、不似合いな力で『彼』に抗う。
「放してっ! 放してっ、プロデューサー!」
背中からの拘束も何のその。静香の標的は変わらず志保だった。志保は介抱する風花の袖を掴んで息も絶え絶えに、冷や汗が浮かんでは瞼をぎゅっと開こうとしなかった。
「どうしたんだ、静香っ。何があったんだっ」
「志保の、志保の記憶を戻すんですっ! このままじゃ!」
「静香、落ち着いてくれっ。志保が怯えているっ」
「あんなのっ! あんなの志保じゃないっ! 放してぇっ!」
「静香、堪えてくれっ」
・・・・・・・・・・・・
293 :
プロデューサーちゃん
2021/01/13 21:29:13
ID:bxQAu5YOZY
それは、ほんの数十分前だった。
窓から差し込める夕影で茜に染まる廊下を歩く静香の視界は、少し先の床しか映っていない。彼女の足は『彼』がいるであろう事務室に赴いていた。近づくにつれ、静香の口角がきゅっと締まった。
(お願い……しなきゃ……志保のこと……)
歩と別れた後の静香の歩調は、ゆったりとしているも物寂しげではあった。一歩一歩と踏み締める度に、心で盛っていた熱は徐々に冷めつつあった。知らぬ内に張っていた肩筋は、また知らぬ内に降りていた。何となく息の通りが滑らかに思える。あれやこれやと考えては回っていた頭も鳴りを潜めていた。あれだけ頼るまいとしていた『彼』への抵抗はまだ残りつつあるものの構わなかった。
分かっている。私に出来ることなんて、この程度だって。『父親』であるあの人にしか出来ない事ばかりなんだって。
294 :
貴殿
2021/01/13 21:31:02
ID:bxQAu5YOZY
「失礼します。あの、プロデューサー?」
扉を開けた事務室は夕焼けの眩しさのみで静寂だった。どこに行ったのか、と思い留まり、ホワイトボードの行動表を一瞥して『彼』の足取りをすぐに追った。
(何て言おうかな……。また、お願いしますって……)
ミーティングルームゾーンに辿り着けば、数ある部屋の一つだけ『使用中』のサインプレートを見つけた。その目の前まで来た、その時だった。
「待ってくれっ。それじゃ、志保が志保でなくなるのも同然じゃないかっ」
扉の向こうから漏れてきた声。『彼』の張りつめた声が扉の遮蔽を越えてきた。それは周囲の静けさに乗って、はっきりと静香の耳に運ばれていた。
「……え……」
ノックをしようとした手が硬直した。半開きになった口から漏れる小さな驚愕。踏み出せず棒になった両足。急に聞き耳の神経が研ぎ澄まされる。いまの、ことばは、なに?
295 :
我が下僕
2021/01/13 23:25:10
ID:bxQAu5YOZY
「プロデューサーさんっ。こ……おお……す。そと……しま……」
断片的だが潜めるもう一つの声。風花さんだ。そして、『彼』も声を潜めたのか。ごそごそとした雑音しか聞こえなくなってしまった。
静香は気づいた時には扉に耳をつけていた。目は呆然とし、抜け殻のように気配は死んでいたが耳にだけ全神経が集中されていた。止まった頭のまま、静香は情報だけを取り込む。
「確かに、元の志保ちゃんに戻るのかもしれません……。でも、別人格の13歳が、そのまま別人格の14歳になる事だって考えられます。そうだとしたら、元の志保ちゃんに戻るとは思えません……」
風花の声に、静香は息を呑んだ。呑みすぎて瞳孔が開いた。
296 :
高木の所の飼い犬君
2021/01/13 23:27:23
ID:bxQAu5YOZY
「もし……13歳の志保が14歳になったら……どうなるって言うんだ……」
「わ、分かりません……。もしかしたら、本当に人格が入れ替え……いえ、すげ替えられて本来の志保ちゃんの人格が出てこれない、ことも……」
あれだけ滑らかだった呼吸が、絞首も同然に苦しくなれば、息遣いが無闇に、かき乱される。
「それは最悪のケースだ……。そうなったら、志保がアイドルを毛嫌いするのも静香を拒絶するのもずっと、このままに……」
あれだけ冷めていた熱が沸点を飛び越え、身を焦がしていけば、頭が焦燥に振り回される。
297 :
Pチャン
2021/01/13 23:28:25
ID:bxQAu5YOZY
「そもそも、アイドルに関わった事は、全部なかったことになるかもしれません……。そうなったら、もうアイドルじゃない別の人生を歩むのも同じことです……」
あれだけ静寂を保っていた体が、指の先から震えれば、心臓にまで不快な振動を伝えてくる。
吐息の熱が意図せず高まると共に、杭を打たれたように高まる心音が、そこから先の会話をかき消した。静香は瞳の焦点が定まらないまま、ゆらりと立ち上がり、ふらふらと歩き出した。足音が立つことなく。
「早く……早く……しないと……」
ミーティングルームを離れ、角を曲がる静香の呟きは誰にも届かなかった。
298 :
師匠
2021/01/13 23:32:14
ID:bxQAu5YOZY
・・・・・・・・・・・・
「あ、静香ちゃん! 来てたんだ! 教えてくれたら良かったのにー」
「未来……。志保は……どこにいるの……? いるんでしょ……?」
「え? 志保なら控え室に、みんなといるよ。あ、知ってる? 志保ってばまた小学生に戻っちゃったんだよー」
トイレの帰り道。廊下の丁字路を突き進む未来の視界の端に入った静香を、彼女は思わず二度見して戻ってきては手を振る。未来は、にこやかに迎えたつもりだったが、静香はちらっと自分を一瞥するだけで、そのまま横を通り過ぎる。小学生という言葉に、眉を潜めて。
「静香ちゃん? 控え室に行くの? 待ってよー」
一瞬、見えた視線が妙に冷たく感じたけど、気のせいかなと構わず静香の後を追いかける。隣に並んで、静香ちゃんと呼び掛けても、うんの一言しか返って来ず、未来はちょっと不機嫌寄りの困惑気味だった。
その凍てた目は何を見据えるか。静香は視線を前に置いたまま、ずんずんと控え室を目指していく。
299 :
おにいちゃん
2021/01/14 00:15:04
ID:Rb3idbXHfU
・・・・・・・・・・・・
ノックをすることもなく扉を開ける静香は、控え室の机に座る志保に、彼女を囲う可奈、翼、エミリーの姿を見つけると息を呑み、わずかに顎が下がった。
談笑でもしていたのだろう。志保に笑いかけていた可奈は、異様な視線にハッとして笑顔を崩した。その視線の先には静香がいて、その彼女が刺すような鋭い目をしていて更に疑問符が浮かんだ。静香ちゃん、と問いかけても当の本人は自分ではなくただ、志保を見据えていた。
静香が一歩を踏み出した時、志保はびくっとして隣に座る可奈の裾を握る。可奈は、え、え、と静香と志保を交互に見ていることしかできなかった。唯ならぬ静香の佇まいに困惑するエミリーは翼に求める視線を送るも、翼はふるふると首を振るばかり。
「し、静香ちゃん。どうしたのっ」
我慢できず張り上げた未来の声も構わず、静香は椅子に座る四人の目の前にまで来て、やはり志保を刺すように見下ろした。
300 :
貴殿
2021/01/14 00:20:01
ID:Rb3idbXHfU
「し、静香ちゃん? な、なんで、そんなに~……怖い顔~……してるの、かな~……?」
リズムに乗せたかった可奈の言葉は掠れ出るだけだった。裾を掴む志保の手が震えているのを横目に見て、余計に慌てる。
「志保……。あんた……いつまで、そんな調子でいるつもりなのよっ!」
場を凍り付け、天津さえ砕いてしまうような静香の強い語調。後ろから静香の肩を掴もうとした未来。落ち着かせようと志保の手を取ろうとした可奈。落水に打たれたように志保以外の少女は、えっ、と間抜けな声で言葉が詰まってしまった。
静香の眉が吊り上がり、唇が絞られ微かに震えている。その雰囲気に可奈の袖を掴む志保の手が強まる。
「な、何……? 志保、怖いよ……」
301 :
おやぶん
2021/01/14 00:24:53
ID:Rb3idbXHfU
「……違うわよ。志保は……志保は……そんな喋り方しないわよ!」
「ね、ねえ、静香ちゃん……。なんか~めちゃめちゃ……怖いん……だけど……」
何が皮切りだったのか。あれだけ志保を気遣っていた姿勢など微塵も見えず、激情を飛ばす静香の姿に翼は拍子抜けだった。その矛先の志保は、ひっと怯え震え、可奈の肩に顔を伏せようとしている。
「し、静香ちゃんっ。お、怒らないでっ」
「やだ……やめて……。志保、知らない……! あっち、行って……!」
可奈は志保を庇って前に出ようとしたが、静香の眼光がそれを許さない。まだ弱々しくすがる志保の姿が今の静香には怒りでしかない。
302 :
ボス
2021/01/14 00:26:09
ID:Rb3idbXHfU
「静香ちゃんっ。志保、記憶がまだ」
「志保は! 何も知らない小学生なんかじゃない! 私たちと同じアイドルなのよ!」
未来の制止でも収まらない静香は、可奈の肩に伏せる志保の両肩を掴んで無理矢理、立たせた。共に怒声を浴びせられた可奈が、ひうっと鳴き、一瞬、瞼を閉じてしまう。
「このまま、ずっとそのままなんて! 絶対に許さないんだから!」
静香が声を荒らげる程、志保の瞳が恐怖で震えている。自分相手に物怖じしないはずの瞳が揺れている様は、何とも憎らしい。これが、志保の目なのか。偽りの志保の瞳が憎らしくて仕方ない。
303 :
魔法使いさん
2021/01/14 00:32:16
ID:Rb3idbXHfU
「いやっ! いやっ!」
「し、静香さんっ。ど、どうか落ち着いて下さいっ」
両肩を揺す振られる志保は抵抗しようとも静香に、ひっしと掴まれ身動きするのもままならない。立ち上がったものの静香に近づけないエミリーを他所に、可奈は止めなきゃ、と呟き畏怖に駆られつつも静香の腕にしがみつこうと掛かった。
「静香ちゃん、や、やめてあげてよっ」
ドンッ
「きゃっ」
仕掛けるタイミングが悪かったか。可奈は二人の揉み合いで衝突を受け、よろけては尻もちをついた。静香も志保も可奈を見てもいなかった。可奈は呆然としていた。それは打ち付けた痛みではなく、見上げた静香の形相、瞳の色に。今まで見たことのない色に呆然としていた。
「志保! あんたはアイドルなのよ! 今まで一緒に活動してきたじゃない!」
「知らないっ! 知らないもん! 志保はアイドルじゃない! あっち行ってよ!」
ただただ、絹を裂くような二人の争い声が、この空間を支配していた。
304 :
ご主人様
2021/01/14 00:37:53
ID:Rb3idbXHfU
♡♡♡♡♡♡♡♡
私は、見上げる二人の存在を急に遠くに感じた。いつもおしゃべりしているこの部屋が、どこか別世界のように感じて。張り詰めた空気が息苦しくて、全身が凍ったのかなって思えて。
怒る静香ちゃんに、叫ぶ志保ちゃん。二人はよく口喧嘩もするし、意地の張り合いだってしてる。けど、こんな追い詰めるようで掴みかかる喧嘩なんて、ただの一度だって見たことなんかない。
どうして、こんな事になっちゃったのか分からなかった。今日だって本当は公演の打ち上げやろうって前から約束してて、志保ちゃんもお家の事情で忙しいけど、オッケーしてくれてたのに。
305 :
我が下僕
2021/01/14 00:40:41
ID:Rb3idbXHfU
そうじゃなくても、つい先週まで私たちは普通にレッスンして、帰りにどこか遊びに寄ったりして、普通に過ごしていただけだったのに。
志保ちゃんが記憶をなくしてから、静香ちゃんはずっと泣いたり、落ち込んだり、今みたいに怒ったりして、他のみんなだって、どこかぎこちない日ばっかりが続いていた。
どうして、こんな事になっちゃったの。分からないよ、分からないよ。誰かが悪いことしたの? 私が悪いの? 静香ちゃんが悪いの? それとも志保ちゃんが悪いの? もう訳が分かんない。
妹みたいな志保ちゃんもありかな、ってずっと誤魔化してたのに……志保ちゃんはいなくなってない、って誤魔化し続けてたのに……。
プロデューサーさんだって、志保ちゃんの記憶は戻るよって言ってくれたから……我慢できたのに……。我慢……してたのに……ずっと……我慢してたのに……なぁ……。
こんな現実……見ちゃったら……もう……むり……だよ……。全然……いつも通りじゃ……ないよ……。
306 :
お兄ちゃん
2021/01/15 19:16:58
ID:ncNqsfQ2Wc
・・・・・・・・・・・・
「か、可奈っ。だ、大丈夫っ?」
尻もちをついたままの可奈は未来に腕を揺らされると、見上げた視線をゆっくりと振り向けた。その怯えるようで、冷めきったような可奈の目を見た未来が、ぎょっとだじろいだ。それが引き金だったのか。可奈の目元が震えだせば、見る見るうちに『溢れ出した』。
「未来、ちゃん……もう……わた、し……むり……」
可奈は項垂れる首と共に崩れるように折れていく背を両手を床につき支えるも、溜めに溜め込んだ涙までを支えることはできなかった。その落ちていく雫が床に弾けていく様を歪んだ視界で見れば見るほど、可奈は自制の術を見失う。
「もう……むり……だよ………うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
307 :
Pサマ
2021/01/15 19:51:01
ID:ncNqsfQ2Wc
「やめてよ……やめてよぉ……。わ、私……だって……!」
泣き叫ぶ可奈の腕を掴む指が緩まり、しかし、袖をぎゅっと掴み直した未来の肩もまた震え出した。それは伝染するように未来の目頭を瞬時に熱くさせ、緩やかに滲むはずの雫が溢れ出るのは、別の意思が介在しているような錯覚で、未来もまた理性を失った。
「私だって我慢してたんだからぁぁぁぁ……!」
未来はより一層の力で袖を掴み、可奈の肩に額を押し当て、本能のままに喚いた。
二人の少女が泣き続け、二人の少女が争う状況に後ろの翼は、力を奪われたように床にへたり込んだ。更に肩が沈みかける所で踏みとどまる彼女だったが、その瞳が潤み始めたのも束の間。
「なに……これ……。こんなの……こんなの……全然楽しくない……。もうやだ……もうやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」
天井を仰ぎ一気に泣き喚いた。頬を伝う涙は無常に床に落ちていくだけで、翼の何を晴らすこともできなかった。その瞳は現実を避けるかのようにぎゅっと閉じられていた。
308 :
箱デューサー
2021/01/15 19:52:39
ID:ncNqsfQ2Wc
「み、みなさんっ。お、落ち着いて……おちつ……。おち……つい……あ、あ……ああああぁぁぁぁぁぁ……」
必死で皆を宥めようとエミリーの声は縮れていき、己の無力さと、混ざり合う叫びに踏ん張り切れなかった。堪らず両手で顔を覆い、さめざめと泣いては立ち竦んでいた。その指の隙間から雫が漏れ出したのはすぐのことだった。
その時、外からのノックと共に出入口が開かれた。
「志保ちゃん、いる……え?」
志保を探していた風花が何の気なし控え室に入れば、目の前で繰り広げられる異様な光景に、目を見開いて一瞬、押し黙る。
309 :
変態大人
2021/01/15 19:55:49
ID:ncNqsfQ2Wc
「違う! 志保は! あんたはアイドルなのよ! 思い出してよ!」
「やだっ! やだっ! お父さん! お父さん、助けて!」
烈火に燃え、怒声を浴びせる静香に、ぎゅっと閉じられた瞼から涙が滲み、叫ぶ志保。その周りで悲痛な声を上げ続ける未来、翼、可奈、エミリー。途中から一緒にやってきた歩が怪訝そうな視線を風花の背後から覗かせると、理解に数秒を要した。
「し、静香ちゃん! 何してるの!」
「マイガー……。み、みんな、どうしちゃったんだよ!」
風花は、声を荒らげては二人の間に割って入ろうも、静香の腕はびくともせずに志保の肩から離れなかった。鋭利に細められた静香の瞳の標的は志保だけだった。歩は泣く少女たちに駆け寄るも、その落涙を止められず、慌てふためくばかりだった。
310 :
3流プロデューサー
2021/01/15 19:57:09
ID:ncNqsfQ2Wc
「しっかりしてよ! しっかりしてよ、志保! ねえ!」
「やだっ! やだっ! やだっ!」
「静香ちゃん! お願いっ、やめてっ!」
静香の心根は如何ものかと考えるよりも、大粒の涙を溢れさせては頭を一心不乱に揺らす志保の姿に風花は、顔面蒼白だった。
「歩ちゃん! プロデューサーさんを呼んできて! ミーティングルーム!」
「お、オッケー!」
歩は、泣く少女達を前に一瞬の戸惑いはあったものの頷けば、弾かれるように飛び出していった。不幸中の幸いか、『彼』が、この阿鼻叫喚に踏み込んできたのは数分も経たない内だった。
311 :
ぷろでゅーしゃー
2021/01/15 20:00:03
ID:ncNqsfQ2Wc
・・・・・・・・・・・・
「どうしたんだ、静香っ。何があったんだっ」
『彼』は静香への拘束に細心を払いつつ一歩、二歩と風花に縋り付く志保から遠ざく。だが、両手首を掴まれた静香の顔は、ますます怒りの色が濃くなるばかりだった。その凄みは鉄格子を破壊しかねい獰猛な獣の、それに近い。
「志保の、志保の記憶を戻すんですっ! このままじゃ!」
「静香、落ち着いてくれっ。志保が怯えているっ」
「あんなのっ! あんなの志保じゃないっ! 放してぇっ!」
志保、という名前に静香の目が見開く。それはもう仲間を見る目とは違う。まるで仇討ちとばかりに、目の前の『志保似』の少女に飛び掛かる勢いと眼光の凄まじさが静香を支配していた。勢いが衰えない静香は、離すまいとする『彼』の力加減を忘れそうにさせる。
312 :
ダーリン
2021/01/15 20:02:07
ID:ncNqsfQ2Wc
「静香、堪えてくれっ」
「どうしてっ! 志保の記憶は戻らないのにっ! あなたは何もしてくれないのにっ! どうして、私を止めるんですかっ!」
長髪を舞わせるように首を向ける静香の顔に『彼』は肝を抜かれる。牙を立たせるかのように食いしばる歯を露にした唇は蠢き、見る物を切り刻むようで瞳孔開き切る瞳は、まるで『お前も敵だ』と仇なす睨みを強めるばかりだった。ただ、その目から滲み出る存在が辛うじて、静香が少女であることを『彼』に認識させていた。
「し、静香……お前……」
「あなたがもっと……もっと……してくれ……たら……」
やがて生気を奪われるように静香は『彼』への抵抗が消えていき、がくりと項垂れた。小さく漏れる嗚咽混じりの声を残して。
313 :
ダーリン
2021/01/15 21:23:47
ID:R0t7Ga9llk
そうして、悲哀の暴風は通り過ぎ、荒く息づいていた志保は風花の介抱によって、泣き続けた4人は歩の励ましによって、平静を取り戻しつつあった。この控え室が静寂に包まれた所で『彼』と、風花と歩の視線が重なった。
「風花、歩。志保を仮眠室で休ませてやってくれ。他のみんなもついていてくれないか?」
はい、と頷く一同が志保を連れて、一歩を踏み出した所で、脱力したはずの静香が、再び襲いかかるように『彼』の拘束から逃れようとする。
「志保っ! 待ちなさいよっ!」
「し、静香っ!」
不意を突かれた格好だったが、『彼』は何とか踏みとどまる。
314 :
P君
2021/01/15 23:37:58
ID:R0t7Ga9llk
静香は構うことはなかった。尚も藻掻きながら、皆に連れられ、弱々しい影を、その顔に帯びた志保を睨みつけている。だが、その猛々しいまでの静香の瞳から滲み、溢れようとしてる物が、差し込む夕影で儚く煌めいていた。
「逃げないでよ! あんたはアイドルなのよ! ちゃんと、あんたのステージに立ちなさいよ!」
痛ましいばかりの怒声が一同の足を止めさせた。風花は沈んだ表情ながらも俯く志保の肩をそっと抱いた。志保の横顔は静香に振り向かない。
「私との事だって! 知らないの一言で済ませないでっ! 今までやってきた事は何だったのよっ!」
なんて自分勝手なんだろう。この期に及んで、まだ私は自分のことを言っている。理性では理解していた。ただ、本能が本音を隠すことを許さなかった。未だ『彼』との拮抗で押し出せない腕の代わりに顔を前に出そうと一歩踏み込むと、目元から千切れた煌めきの一部が宙に散る。
315 :
我が下僕
2021/01/15 23:40:13
ID:R0t7Ga9llk
乱れた前髪で目元を隠したままの志保は微動打にしない。
「あんたにとって、アイドルなんて、そんなどうでもいい事だったのっ!? ふざけないでよっ!」
まくし立てた余波が静香の肩を揺らしていた。その瞳は波紋止めどない水面の如く。口元に漂う吐息の熱さも、緊迫した空間に打ちひしがれる身の震えも、今の静香には、取るに足らない事。どれだけ思いをぶつけても振り向いてくれない志保の姿が、ただただ悲しく虚しかった。
そうして少しの沈黙を挟んでも何も動かない志保に、静香は力無く項垂れてしまった。
「戻って……戻ってきてよ……志保ぉ……」
精魂尽きたように静香の声は消えゆき、また嗚咽となった。
「……俺は静香と話をするよ。みんな、志保を頼む」
見兼ねた『彼』が、いたたまれない風花と歩に頷くと、二人は志保を連れて歩き出した。動かなくなった静香を、またいたたまれない横目で見送ろうとした未来は、べそを引きずったまま、『彼』へと歩を向けた。
316 :
下僕
2021/01/16 01:56:13
ID:T4DqX/uxD6
乙
こっから関係修復できんのか?
317 :
プロデューサー殿
2021/01/16 12:39:03
ID:q8p667cOKA
「わ、私……し、静香ちゃんについています……」
その未来に続いて、私も、私も、と可奈、翼、エミリーが目元を擦りながら歩み寄った。数秒の思案の後、『彼』は分かったよ、と頷く。戸口に手をかけた風花が止まり、こちらに驚きの顔を向ける。その視線に再度、小さく頷く『彼』の顔を見た風花は、視線を伏せがちに歩と共に志保を連れていく。
『彼』は、その時見た。俯く志保の口が空白の三音を綴っていた。口元の動きを頼りに『彼』は思案する。
(し……ず……か……?)
318 :
番長さん
2021/01/16 12:40:00
ID:q8p667cOKA
・・・・・・・・・・・・
風花、歩が無言の志保を仮眠室に連れていき、控え室には茜に焼かれる『彼』と静香。そして、未来、可奈、翼、エミリーが残され、空気も静まり返っていた。『彼』は静香の拘束を離し、俯く彼女を見続けた。
「静香……落ち着いたか……?」
そうして、気遣う次の言葉を探る『彼』は。
「プロデューサー」
首を上げた静香の目に溜まる物をまた見て、それを失った。加えて、先の狂犬の様は消えて、儚い少女に戻っていたとなれば尚更に。それ所か、憔悴しているのかと言う程に茫然自失の有様だった。その肩はまるで笑っている様。
「このままだと……志保の人格は……別の人格に……変わって……しまうかも……しれないん……ですよね……」
319 :
プロデューサー
2021/01/16 12:42:28
ID:q8p667cOKA
しゃくり上げ、ちぐはぐに喋る静香が痛々しい。その後ろに控える少女達がえっ、とざわめく。『彼』の緊張が眉間を険しくさせる。
「静香、お前は……俺と風花の話を聞いていたんだな……?」
力なく頷く静香。その拍子に一筋の涙が頬を伝った。その潤んだ瞳は悲しみの淀みに支配され、『彼』は直視し難く眉を潜めそうになる。
「プロデューサーさん……どういう……ことなんですか……?」
覇気がなく手もだらんと垂れ下がるだけの可奈は呆然と『彼』を見据える。『彼』は淡々と口を開いた。志保が記憶障害ではなく多重人格である可能性。その中で力の強い人格者が志保を支配している恐れ。その影響による志保本来の人格の挿げ替え。
続ければ続ける程、少女達の顔色は青ざめていくのが見て取れた。たかが推測で皆の心境を振り回す事は望まなかったものの、静香に聞かれてしまった落ち度は自分で拭うしかなかった。
320 :
Pさぁん
2021/01/16 12:43:54
ID:q8p667cOKA
その代償たる彼女達の面持ちから『彼』が目を背けるのは許される事ではない。言葉を失い、目を伏せる少女達に代わり、静香は『彼』への視線を外さなかった。
「プロデューサー……言い……ましたよね……。必ず……志保の……記憶を……戻すって……」
「ああ……」
『彼』は言い訳しなかった。
志保の中に、もう一つの人格がいて、それが本来の人格に成り代わるなど、高々個人の推測に過ぎない。しかし、気にするな、考えすぎるなとそんな今更の上辺文句が、涙をたたえる少女達の何を癒せるものか。
「もう……嫌です……。志保の……あんな……姿……」
一歩を踏み出したかと思った静香は、吊られた糸が切れたように倒れ込んだ。その小さな頭は『彼』の胸板に沈んだ。ふわっと浮き上がった後ろ髪が降りる様を『彼』は、黙って見ていた。
321 :
貴殿
2021/01/16 12:46:33
ID:q8p667cOKA
こんな時、肩に手を添えて元気づけの一言も投げる『彼』だったが、今は傍観しかできなかった。胸元から静香の火照った熱と同時に、冷たい感触が広がると『彼』の拳は強く握られていた。
「なのに……どうして……戻して……くれないん……ですか……」
か細い左の指が『彼』のシャツを掴む。胸元を締め付ける握力、それは『彼』の心まで及んだのか、変な息苦しさに陥った。
「言った……じゃない……ですか……戻す……って……。記憶を……戻すって……言ったじゃ……ない……ですか……」
か弱い右の拳が『彼』の胸板を叩く。型崩れした拳骨で、衣擦れ程度の打音なのに、届くはずのない『彼』の心を揺さぶった。
322 :
魔法使いさん
2021/01/16 12:50:01
ID:q8p667cOKA
「このまま……だと……志保が……いなく……なって……しまう……のに……どうしてっ……どう……して……」
もうどれだけ心を擦り減らしたのか。こんなにも泣き顔を晒し、弱々しく縋る静香の姿を、今まで見た事があっただろうか。少女ながら子供扱いはするなと、普段は自分に引き目を見せない気丈さを振舞っていたのに。限界まで静香を追い詰めてしまった、と己の無力さに『彼』の拳が、わななく。
『彼』は呼吸を整え、静香の両肩に手を添えた。
ゆっくりと自分の胸元から引き離し、膝を折れば、流れる涙で頬が溶けてしまいそうな少女の顔を正面から見据えた。
「静香。二言はないよ。志保の記憶は必ず取り戻す」
例え、その言葉に根拠はなくとも、その気持ちに嘘はない。
323 :
ボス
2021/01/16 12:52:18
ID:q8p667cOKA
「……本当……? 本当に……本当に……?」
大きく胸を上下させ、泣きじゃくる静香。
「約束だ」
『彼』は頷く。目を逸らさず、真っ直ぐに見つめて。
「約束……」
静香の呟きに『彼』は再度、頷くも静香は首を横に振る。え、と『彼』が内心驚いていると、茫然自失寸前の少女の目に意志の光が宿り始める。流るる涙は、強ばる頬でせき止めていた。
「……ちゃんと……約束……して……!」
ぴくぴくと落ち着かない小指を『彼』に差し出す静香の目は涙をたたえつつも執念浅からぬ気風で『彼』を見定めている。
それは指切り。ある種の契りの証。
324 :
EL変態
2021/01/16 12:55:06
ID:q8p667cOKA
(信用されてないな……)
内心、自嘲気味に小指を差し出す『彼』だが、唐突に、この数日間の静香とのやり取りが脳裏に蘇った。そして、この契りの意味を探る。
(俺は……ちゃんと静香の気持ちを……理解していたか……? 志保のことばかり気にして……ちゃんと周りを見ていたか……?)
志保の事故から自分は必死になる静香に対して何をしていたか。ただ、静香の主張に蓋をして、志保から遠ざけようとしていただけではないか。
静香を守る為、志保を守る為に、それが最善だと思い込んで。そして、結果も出せないまま、ただ静香に無意味な言い訳を繰り返していた。
(この一週間、俺はただ必死だった……。でも、それ以上に辛かったのは、静香たちのはずだ……。静香たちは、きっと一日千秋の思いで待っていてくれていたはずなのに……俺は……)
325 :
そこの人
2021/01/16 12:57:22
ID:q8p667cOKA
自身の言葉も聞かず、何を示すこともできない者に対して、どうして信用が置けようものか。だが、それでも静香は、そんな『彼』を彼女なりに信用しようとしている。それがこの指切りなのではないか。
いや、違う。
これは限界まで心を擦り減らした静香が『諦め』を決意させたものかもしれない。志保を助ける事を諦め、信用足らずとも任せ、身を引く為の割り切り。この契りは静香自身への折り合いではないか?
だとすると、そこまでの行動を取らせた自分とは何か。『彼』はつい先程自嘲した自分を情けなく思えば粛々と憤る。
(信用されなくて当然だ……。俺は結局、静香を子供としか見ていなかったんだ……。心のどこかで子供が出しゃばっているんだと……そう決めつけ……荷が重すぎると言い訳して……静香の気持ちを理解しなかったんだ……)
326 :
プロデューサーちゃん
2021/01/16 12:59:22
ID:q8p667cOKA
「お前の『言う通り』だ……」
そんな思考の渦を刹那の間に『彼』はポツリと漏らせば、まだ震える少女の小指差し出す手をもう一つの手で支えた。
「すまなかった、静香」
「え……?」
静香の目が見開かれる。それは手から伝わる温もりと、どこか鋭利で深淵な『彼』の瞳に吸い込まれそうだったから。
「俺はお前を志保から遠ざけようとするばかりで、お前の気持ちにちゃんと向き合ってなかった。本当にすまない」
静香の頬から強ばりが消えた。すると、眉間の皺もなくなり、やたらと瞬きを繰り返している。だが、その目は『彼』の視線から逃げることはなかった。
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