【SS】琴葉「私が見ているから」
1 : Pチャン   2021/11/07 07:22:13 ID:YZxM8SBCBk
ミリオンライブのSSです。結構粗が多いと思いますが、皆さんの暇つぶしになれれば幸いです。
2 : プロデューサークン   2021/11/07 07:22:48 ID:YZxM8SBCBk
レッスンルームからシューズの底が床を擦る音が聞こえてくる。そっと覗くと紗代子が鏡を見ながらダンスのステップを踏んでいる。でも、表情と足音にいつも宿っている熱さが感じられない。何かに焦っているような、そんな悲痛な表情だった。
ステップが止ったタイミングで、私は紗代子に声をかけた。

「紗代子」

「あ、琴葉さん」

「調子は、どう?」

「ぁ、えっと……」

少し言い淀んでから紗代子は答えた。
3 : 貴殿   2021/11/07 07:26:06 ID:YZxM8SBCBk
「ちょっとだけ、心配なところがあってそこに躓いちゃってます」

「……そう」

恥ずかしそうに困ったような笑顔で紗代子は現状を伝えてくれた。私は短い返事しかできなかった。
少しの沈黙の後、私はこう切り出した。

「それなら‘見て’いるから、もう一度やってみて」

「はい、お願いします」

私は鏡の前に移動して腰を下ろした。紗代子は先程まで練習していたステップを再開した。でも、その動きと表情には、やっぱり活気は宿っていない。焦りと、怯えが支配していた。
4 : Pくん   2021/11/07 07:28:15 ID:YZxM8SBCBk
一か月前、紗代子は事故で大怪我をした。ある野外ライブのゲネプロ直前の出来事だった。
ステージ上で出はけのタイミングや演出についてみんながそれぞれの場所で打ち合わせをしていた時、大型の機材が倒れ込んで紗代子を下敷きにした。あまりにも唐突の出来事だったため、紗代子は体が動かなかったと言っていた。

私も同じステージの上に立っていて、紗代子からだいぶ離れた位置にいた。何より、機材が倒れるところを‘見て’いなかった。

紗代子の回復には長く時間がかかったけど、こうしてレッスンに来れるまでになった。ただ、問題があった。
5 : Pーさん   2021/11/07 07:31:11 ID:YZxM8SBCBk
「あっ」

小さい悲鳴を上げて紗代子は倒れ込んだ。いや、へたり込んだと言った方が正しいかもしれない。立ち上がろうとするけど腕や足に力が入らないのかなかなか立てず、紗代子は苦悶の表情を浮かべている。
6 : Pちゃん   2021/11/07 07:33:28 ID:YZxM8SBCBk
私は黙って紗代子の近くに行き、腰に腕を回した。立つ時の補助のためだ。

「立てる?」

「……ごめんなさい」

「いいのよ、謝らないで」
7 : do変態   2021/11/07 07:35:53 ID:YZxM8SBCBk
息を合わせて立とうとするけど、紗代子の力が入るのは遅いので私が無理やり立たせる形になる。

「痛いところはない?」

「……平気です」

「そう……」

深い愁いを帯びた目と声で紗代子は無事を報告する。いつもの私だったらきっと無理やりにでもレッスンを中断するように勧めるだろう。でも、それはしない。……できなかった。
8 : 復帰後のライブで   2021/11/07 07:38:01 ID:YZxM8SBCBk
初めに異変が見られたのは退院して少し経った後の劇場でのライブ。舞台袖で待機している紗代子とお互いを鼓舞するように会話をしていた時だった。機材を見てはすぐに目を逸らすその姿に疑問を覚えた。何事かと聞いたら何でもないと答えた紗代子は片腕を抑えていた。よく見たら震えているようにも見えた。

そして出番が来てステージに上がっていくとき、転びかけた。まだ調子が戻っていないのかとこの時は思っていた。そしてそれは甘い認識だったと直後に思い知らされた。
9 : 復帰後のライブで 2   2021/11/07 07:40:31 ID:YZxM8SBCBk
まず、歌い出しが遅れた。それでいて歌声が不安定だった。更に酷く荒い息がマイクを通じて音を奏でている。舞台袖で控えているみんなは止めた方が良いんじゃないかと話し始めていた。私もそれに同意見だったのでプロデューサーに進言し、フォローに入るために一緒にステージへ向かった。タイミングを見計らって紗代子と入れ替わる。その手筈を打ち合わせていざ、ステージへ出ようとした時、紗代子はへたり込んでしまった。それを見た私は思わず駆け出していた。紗代子の名前を叫びながら。

『紗代子っ!』

反対側の舞台袖から駆け付けようとしていた恵美が驚きの表情を浮かべていたのが一瞬だけ見えたけど、私の視線は紗代子に集中していた。
10 : 復帰後のライブで 3   2021/11/07 07:42:38 ID:YZxM8SBCBk
紗代子は断続的に荒い呼吸を繰り返していて俯いたまま誰も観ようとしていない。見ることが出来なかったのかもしれない。私は紗代子の体を無理やりに引っ張って袖へはけていった。どよめくお客さんたちの視線を気にする余裕もなかった。
11 : おにいちゃん   2021/11/07 07:45:18 ID:YZxM8SBCBk
紗代子は事故のことが強いトラウマになっていた。誰もそのことに気付かなかったのは戻ってきた彼女が変わらぬ笑顔を見せられて大丈夫だと思い込んでいたからなのかもしれない。いや、気遣って事故のことを深く聞けなかったというのもあるのかもしれない。

復帰後のライブ前日までは問題なさげだったのに一体どうして?何人かが抱いた疑問に一緒にレッスンしていた娘達から「レッスン中は何度も足が止まりかけていた」という証言があった。紗代子からは心配かけたくないということで口止めされていたらしいけれど今回のような事態を受けて黙っている訳にもいかなくなったらしい。プロデューサーが様子を見に来る時はどうにか取り繕っていたらしく、見抜けなかったとかで。プロデューサーも様子がおかしいとは思っていたものの本人の意思を尊重して無理に引き留めようとはしなかった。そのことを後悔している姿がしばらく見られた。
12 : プロデューサーちゃん   2021/11/07 07:47:56 ID:YZxM8SBCBk
ある日、自主練のためにレッスンルームを訪れた時のことだった。中からシューズの靴底が床を擦る音が聞こえる。私は何故か、先客に気付かれないようにそっと室内を覗き見た。そこでは紗代子がダンスの自主練をしていた。一つ一つ、丁寧にステップを踏み振付を踊る。でも、その動きに以前のような活気が見られなかった。しばらくそれを見ていたけど、だんだん居た堪れなくなって声をかけようと思い入室した時だった。紗代子の足が止まり、その場にへたり込んでしまった。
私はライブの記憶がよぎり、何か考えるまでもなく紗代子の元へ駆け寄っていた。直前まで私に気付いていなかったからか驚く紗代子を支えていた。少し休むように提案すると紗代子は首を横に振って突っぱねた。それでも休ませたい私と休憩を拒む紗代子との間で少しの間押し問答が繰り広げられた。それを経て紗代子は本心を吐露してくれた。
13 : Pちゃん   2021/11/07 07:50:35 ID:YZxM8SBCBk
『本当は怖いんです。また、何かに押し潰されてしまうんじゃないかと思って』

『でも、そんなことで頑張るのを止めちゃったら弱い自分に取り込まれてしまいそうなんです』

『だけどっ!だけど、体が思うように動いてくれないんです。力が入らないんです』

『頑張りたいのに頑張れない。頑張れない私なんて、もう誰も見てくれないんじゃないかって……』

『それが怖いから頑張りたいのに、頑張らないといけないのに、体が動かないのが悔しいんです……』

眼から大粒の涙を零し、拭わずに紗代子は本音を伝えてくれた。私は、そんな紗代子の言葉を聞きながら頭の中で考える。そして、導き出した答えをそのまま伝えた。
14 : ボス   2021/11/07 07:54:00 ID:YZxM8SBCBk
『大丈夫。例え頑張れなくなってしまっても貴女から目を離す人はいない』

『私がこうして、ううん、今後もずっと‘見て’いるから』

『だから紗代子。怖がらないで』

決して、安心させるために吐いた嘘ではない。紗代子がこうなってしまったのは、私のせいでもあるから。私があの時、紗代子をちゃんと‘見て’いたら体に恐怖が染みついてしまうことが無かったはずだから。
15 : あなた様   2021/11/07 07:56:41 ID:YZxM8SBCBk
それから私はレッスンが一緒の日は必ず紗代子を‘見て’いることを義務として実行するようになった。しばらく日が経って、それだけじゃ足りないと考えて、レッスンの予定をプロデューサーに聞きだして予定を合わせた。
恵美にこのことを話したら、過保護過ぎじゃないかと怪訝な顔をされた。傍から見たらそうかもしれない。それでも私は紗代子のことを‘見て’おくことを決めた。恐怖が薄れてパフォーマンスの力強さが戻るその日まで。

その時は、紗代子の笑顔と最高のステージから見える景色を一緒に‘見る’。それを達成するまで私は紗代子から目を離すわけにはいかない。
16 : Pさん   2021/11/07 07:59:27 ID:YZxM8SBCBk
私は誓いを握りしめるように胸の前で手を握りながら、現在もレッスンに精を出そうとする紗代子を見つめていた。

(大丈夫よ紗代子)

(貴女の頑張っている姿はみんなも、私もよく知っているから)

(だから安心して……)
17 : der変態   2021/11/07 08:02:12 ID:YZxM8SBCBk
終わりです。元々短くしようと思っていましたが、行数制限に引っ掛かって止む無く分割したらこうなってしまいました。

元々、オファーテキストなどからお互いの仕事に対する姿勢や努力する姿を尊敬していると読み取れる関係のこの2人。書きたかったのはそれを主軸にした話だったんですが、何故かこう言う薄暗い話に。

お目汚し失礼しました。願わくば誰かが明るいことさよを書いてくれることを。それが私が残す、最期の望みです。
18 : プロデューサー君   2021/11/07 08:35:54 ID:v0iZdThl7.
1、最期とか言わない
そして明るいことさよに取り掛かるんだ
19 : Pさぁん   2021/11/07 11:22:52 ID:hyAE.5DqRg
おつ
某スレでことさよを書き進めるか悩んでいるって話していた人なんかな、たぶん
薄暗いというか、シリアス一辺倒であるわな。それは好みが別れるってだけで、自分としてはありやなー
こういうシチュできたか!ってなった
琴葉が見続けると誓った紗代子がここから(ふたりで)立ち直っていく、その軌跡は読んでみたいとも思った
これで最後にするのは惜しいぞ!
20 : プロデューサーはん   2021/11/07 13:00:52 ID:YZxM8SBCBk
温かいコメントありがとうございます
続編は少しばかり構想を練ってみます。説得力のある立ち直りが考えられるかどうかわかりませんが、出来上がったらいつの日か。
21 : プロデューサーさん   2021/11/08 12:10:49 ID:pCw4jp/CSA
トラウマになってるのは多分琴葉も同じなんだな
見てなかったからこうなった、だからもう目を離さないって強迫観念に近いものに
22 : 箱デューサー   2021/11/08 12:41:12 ID://uK1ElS72

地の文かつシリアス気味なSSは大好物だ
23 : Pたん   2021/11/08 16:11:43 ID:khwE8OnjQI
この二人だと負のスパイラルに陥るのはすごいわかる
けどやっぱりここからの逆転、立ち直りが見たいな
続編待っています
24 : スレ主   2021/11/24 00:12:57 ID:6iWlsg1cQg
「おはようございまーす」

挨拶をしながら事務所へ入る。小鳥さんは出掛けているのか姿が無い。代わりにプロデューサーが顔を出した。

「おう琴葉。おはよう」

「おはようございます、プロデューサー」

今日はレッスンの後に営業がある。開始時間までまだ余裕があるので勉強をしておこうと控室へ向かった。と、ここで気になることがあったのでプロデューサーに聞いてみた。
25 : スレ主   2021/11/24 00:15:49 ID:6iWlsg1cQg
「あの、プロデューサー。紗代子は、来ていませんか?」

「紗代子か。自主練をしたいからと言ってレッスンルームへ向かったよ」

今日のレッスンで一緒の紗代子のことだった。プロデューサーは手元のスケジュール帳を確認しながら教えてくれた。

「そうなんですね。ありがとうございます」

私は控室へ向かっていた足をそのまま扉の方へ運んだ。紗代子から目を離すわけにはいかないから。そしてドアノブに手をかけ回そうとした時、プロデューサーはハッと思い出したような調子で、慌てて付け加えた。
26 : スレ主   2021/11/24 00:18:12 ID:6iWlsg1cQg
「いや、ちょっと待ってくれ。その前に劇場に寄ってから行くと言ってた」

「劇場に、ですか?」

「ああ。やっておきたいことがあると言ってた」

「……分かりました」

事務所の外へ出てから一旦目を瞑る。そして、目を開けてすぐに私は駆け出した。胸騒ぎがしていて、廊下を走ってはいけないことに注意が向けられなかった。
27 : スレ主   2021/11/24 00:20:48 ID:6iWlsg1cQg
「あ、琴葉ー!」

ビルの入り口で海美ちゃんが私の姿を見かけて手を振っていた。

「ごめん、海美ちゃん。ちょっと急ぐから」

「えっ、うん。気を付けてねー……」

キョトンとした表情を浮かべていた海美ちゃんには申し訳なかったけど、私は足を止めず、それどころか更に急がせて劇場に向かった。
28 : スレ主   2021/11/24 00:23:06 ID:6iWlsg1cQg
――
レッスンへ向かう前に確かめておきたいことがあって劇場へ来た。美咲さんにお願いしてステージの出入り口を開けてもらい、照明も最低限の箇所だけ点けてもらった。美咲さんからは去り際に「無理はしないでね?」と心配させちゃったけど、それでもやらないといけない。

「すー……、はー……」

深呼吸をしてから、一段ずつ踏みしめるように階段を上る。ステージに出て客席を見渡し、上手と下手それぞれの舞台袖にも視線を移した。私にとってこの二ヶ所は特に念入りに見ないと安心できない場所でもある。ひとしきり周りを見渡してから客席の方へ向き直り、復帰後のライブで踊るはずだった振付を思い出しながら私は踊り始めた。
29 : スレ主   2021/11/24 00:25:25 ID:6iWlsg1cQg
「……っ、ふっ、……っ」

ステップや腕の振りを頭の中で確かめながら確実に踊る。踊ろうとした。

「……ぅ」

頭の中で影が差す。あの日、私に倒れ込んできた機材。まず先に腕が痛かった。倒れ込んできた時に身を守る姿勢を無意識にとっていたけど、間に合わずに顔まで上がりきらなかったところまでは覚えている。続けざまに顔や肩、そして全身に……。
30 : スレ主   2021/11/24 00:27:55 ID:6iWlsg1cQg
「……ふぅ、……はぁっ」

自分でもよく分かる。息が上がってきた。思い出したくないのに、パフォーマンス中に倒れてきたわけじゃないのに、ステージに立つとあの時のことがフラッシュバックして動きを妨げていく。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

振り付けも、ステップも、何もかもが止ってきた。誰もいない客席に視線を移せば、私を見つめるお客さんたちの目が見えてくる。どんな気持ちで私を見ているんだろう。私はお客さんたちの目にどんな姿で映っているんだろう。
31 : スレ主   2021/11/24 00:30:10 ID:6iWlsg1cQg
1つの余計な考えが体を支配し、私は頭を抱えて膝を着き徐々に姿勢が低くなる。私の目の前には床しか映らない。頭を抱え込む両手に力が入る。こんなことになるはずじゃないのに。どうしてこんな……。そんな私の両手を温かい何かが包み込んだ。

「ここにいたのね」

「琴葉さん……」

両手を包んでいたのは琴葉さんの両手だった。見上げれば困ったような笑みで私を見つめている琴葉さんの表情が目に映った。

「レッスンあるでしょう?迎えに来たわ」

優しい口調で私に言い聞かせながら、琴葉さんは手を握ってくれていた。
32 : スレ主   2021/11/24 00:31:57 ID:6iWlsg1cQg
とりあえず、構想を練っているんですが続編に入る前にこのパートはこちらに続けた方がいいかと思い、投稿しました。

本格的な続きはこのスレを引っ張り出すか、タイトルを変えて新しくスレ立てするかもしれません。それでは一旦失礼します。
33 : プロデューサー殿   2021/11/24 06:22:43 ID:JK2Gk8H93U
おつ!
そばで見守る決意をした琴葉側のみではなく、当の紗代子側の視点、胸中を並行ないし平行して書いていくことでふたりの物語がより深くなっていく気がしますね

なんてのはともかく、自分のやり方、ペースで書いてもらうのが1番ですなー
続き待っていまーす
34 : 変態大人   2021/11/24 07:09:15 ID:HF9Z8rABeg
おつです
上がったら読ませてもらいます
名前 (空白でランダム表示)
画像 ※JPEG/PNG/GIFのみ。最大サイズ合計: 8MB



画像は3650日で自動削除する
画像認証 (右画像の数字を入力) 投稿キー
コメント スレをTOPへ (age)

※コメントは15行まで
※画像などのアップロードの近道 : http://imgur.com/
※コメント書き込みの前に利用規約をご確認下さい。