【CPSS22】まつり「ひめごとを胸に星を想えば」【まつちづ】
1 : Pサマ   2022/02/10 03:52:53 ID:iU9FjQaOKs
立ったら投下していくのです
2 : Pちゃま   2022/02/10 03:53:06 ID:iU9FjQaOKs
※キャラ崩壊注意
※独自解釈・設定あり
※誤字脱字は全力で見逃してください
※読みづらいのは仕様です
3 : ごしゅPさま   2022/02/10 03:53:29 ID:iU9FjQaOKs
C-1

ふわりくるりんとした内巻き髪のお姫様。彼女から向けられた、まっすぐな眼差しが私の心をざわつかせました。
765プロダクションの新人アイドル発掘・育成一大企画である39プロジェクト。私はスカウトされて採用となり、彼女はオーディションでの採用でした。
顔合わせをした日をよく覚えています。私はこれまでの経験から、出会う人たちの顔を名前を覚えることが得意だと自負しております。ですが、そうでなくても彼女は、誰だって一度会えばそうそう忘れられない子でしょう。
とある日曜日に劇場に集結した39人の新人アイドルとプロデューサー、事務員さんたち。広々としたミーティングルームで、促されるままにしていく簡単な自己紹介。
まさに十人十色。明らかに人前で話をするのが苦手で、こちらにも緊張が伝わってくる子もいれば、一方で、緊張なんてその、アピールタイムだと言わんばかりに堂々と笑顔で話す子もおり、他方、険しい表情に覚悟の色さえ見せながら一言一言を紡ぐ子、それからひたすらにこの場を楽しんでいる子もいて……。
それは今までに味わったことのない不思議な空間と時間でした。
たとえば中学校や高校の入学直後にクラスで行われた自己紹介とも違いますし、より記憶に新しい、ミスコンでの自己紹介とも違いました。
性質としては後者に近い気もしますが、雰囲気としては前者に近いような。
大半が自分よりも年下の子たち。1人1人の自己紹介を見聞きしながら、彼女たちの名前と顔をしっかりと刻み付けていきました。
4 : Pさん   2022/02/10 03:53:45 ID:iU9FjQaOKs
「はいほー!」

彼女の第一声は他の誰とも異なりました。そして身なりもまた際立っています。個性的。端的に表現すれば。似た系統のファッションを大学構内でしている子もいた気もします。
19歳の彼女―――徳川まつりは、自身を魔法の国のお姫様と称し、ふわふわなもの、きらきらとしたもの、可愛いものが好みだと教えてくれました。
淀みのない澄んだ瞳で、朗らかに話していく彼女。私を含めて順番に、1人も余すところなく目と目を合わせ、彼女なりに心を通わせようとする、その姿勢。
私はその時点で、彼女の「お姫様」というのが、ただの独りよがりなキャラクターでないのを確信しました。
誤解を恐れずに言えば、彼女はどこまでいっても「偽物」でしかありません。おそらく一部の子を除けば、そのときその場にいた皆が、彼女が魔法の国のお姫様でないことを承知していたでしょうから。
しかし私はどこまでも彼女が「本物」だと思いました。思い知ったのです。なぜ?きっと彼女の短い自己紹介、その立ち居振る舞いに、強い信念を感じ取ったからでしょう。
いいえ、それだけではないです。まつり側だけの問題ではありません。
私が偽物だから。ええ、だからでしょうか、彼女が貫こうとしている「偽物」であり「本物」であるお姫様という姿があまりに眩く映ったのです。その視線に耐えきれず、思わず避けさえしたぐらいに。
また私は疑問にも感じました。
彼女はたとえお姫様だなんて特異性を謳わずとも、少なくともその顔立ちやスタイルといった、いわゆるビジュアルだけとってみても充分にアイドルとして通じるのです。どんな理由でお姫様であるのでしょう?
徳川まつりがお姫様で在ろうとする、その背景。私はそれを知りたく思いました。もしもそれを知り、理解し、納得することができたのなら、私もまた「本物」に近づけると思ったのです。
5 : ボス   2022/02/10 03:53:57 ID:iU9FjQaOKs
全員の自己紹介が済んだ後、交友タイムが設けられました。座席の位置に関係なく、同じ39プロジェクトの面々と自由気ままにコミュニケーションをとる、そんな時間。プロデューサーや事務員さんたちは見守ることに徹していました。
多くが年齢の近しい相手を話し相手に選んで、自分のことを話し、相手のことを聞き、といったふうに仲間でありライバルでもある互いのことを知っていく。
結果として、私が最初に声をかけたのは、徳川まつりその人でした。結果としてというのは、実のところ彼女と真っ先に話すつもりはなかったのです。
むしろその時は関心がありながらも、避けるのを考えていた気もします。知りたい、でも知られたくない。そんなふうに。
では、どういうわけで私たち2人が話すこととなったのか。
交友タイムの開始直後、ひょっとすると彼女と私は似たようなことをしようとしていたのかもしれません。ごく自然に。
それはたとえば自己紹介でひどく緊張して、呂律だってうまく回らなかった子、あるいは俯き気味でじっと座っている子であったり、きょろきょろ、おどおどとしている子であったり……言ってしまえば人見知りな子に話しかけてみるということ。
偽善なのでしょうか? でも、そうした子を放っておけない性分が働いたのですからしかたありません。
しかたないのですが……そんな子を見つける過程、その十数秒間。あたりを見回した時にちょうど同じように見回していた、まつりと視線がぶつかったのも、しかたないのです。
今度は避けることのできなかった視線の衝突。私たちは微笑みを浮かべ、どちらからともなく一歩、また一歩近づきました。彼女よりもずっと私の笑みはぎこちなかったことでしょう。
6 : P殿   2022/02/10 03:54:13 ID:iU9FjQaOKs
「徳川まつりさん、でしたわね」

「まつりでいいのです。そういうあなたは……二階堂千鶴さん」

「そのとおりですわ」

「千鶴ちゃんって呼んでいいのです?」

「ええ、かまいませんわよ」

「ありがとうなのです」

「私……いえ、わたくし、貴女に質問がありますの。いいかしら」

「ほ?遠慮しなくていいのです。何でも聞いてほしいのです!」

「―――魔法が解けてしまうのを怖く感じませんの?」
7 : 変態大人   2022/02/10 03:54:46 ID:iU9FjQaOKs
M-1

威風堂々たるあの人は、それでいてどこか親しみやすさもあって、妙に惹きつけられた。
あんなに長くて量のある髪、それをああも綺麗に手入れしているなんて。それは彼女自身の几帳面さなのか、それともそれ専門の人がいるのかな。
私のようにお姫様を騙らずとも、あの生まれ持って備わっているであろう高貴さ、気品の高さは素直に感心と羨望が向いた。
劇場に39プロジェクトのみんなを集めて、顔合わせをしたあの日。あの人の自己紹介をよく覚えている。途中で咳こんだ高笑いも。
2つ年上のその人―――二階堂千鶴さんは、セレブアイドルとして邁進するのを高らかに宣言し、何か困ったことや悩みがあればいつでも相談に乗り、期待に沿ってみせますわと豪語した。
横目で周りをうかがってみるに、彼女の自己紹介を見聞きして、憧憬の念を抱く子もいれば萎縮してしまった子もいるみたいだった。
私は……どうだろう。少し、うん、ほんの少しだけだけど気落ちしてしまったかもしれない。
8 : ぷろでゅーさー   2022/02/10 03:55:03 ID:iU9FjQaOKs
だって、千鶴さんは私と違って、生まれながらにして特別みたいで、あんなふうにありのままに振る舞って、煌びやかなのはすごいって。私はそうじゃないんだって。
自信がなくなった?ううん、そんなことはない。あってはならない。私もまたその日から、より正確にはオーディションを受けたあの日からは「特別」だ。
偽物だなんて言わせない。本物で在りたい。それは千鶴さんのような本物とは違ってもいい。うん、そうだよね、違ってもいい。
千鶴さんはどうしてアイドルの道を行くのだろう?彼女には彼女なりの理由があって、この道を進むことにしたのかな。きっとそう。
その理由を、つまりは心の内を知りたい気もするし、知らないほうがいい気もする。私は徳川まつりで、ふわふわでわんだほーなお姫様でいたいから。セレブな千鶴さんの世界の見え方ってのは知らなくてもいいのかも。
でも……やっぱり、話してみたいかな、なんて。せっかくだから。
9 : 3流プロデューサー   2022/02/10 03:55:14 ID:iU9FjQaOKs
交友タイムが始まってすぐには、誰か特定の人と話そうと思わなかった。その気になれば片っ端から声をかけて、明るいトーンで、とりとめのない話をして……仲良くなれる、とは思ったけどね。
ちょっとだけ、この子は気難しいそうだななんて感じもする子はいたけど、だいたいが年下だったこともあって、臆するなんてない。徳川まつりにそんなのあってならないよね。
そうだ、どうせならお姉さんとして、うまく輪に入れない子に話しかけたらどうだろう?でも、そういう同情的な行動って、かえって嫌がられるかな。
けれど、私はこれから徳川まつりっていうアイドルとして活動していくんだよ。お姫様のことを受け入れてくれる人ばかりではないだろうから、だから……こんなところで煙たがられるのを怖がる私でありたくない。
そうして私は周囲を見回してみた。あっ、と声が喉から出かかった。千鶴さんと目が合った。
どちらからともなく、とは思うけど、たぶん千鶴さんのほうから私に近づいてきた。堂々と。微笑みを携えて。私も微笑む。うまくできているといいけれど。ううん、大丈夫。後ろめたいことなんて何もないよ。
千鶴さんは訊ねてきた。
魔法が解けてしまうのを怖く感じませんの?――――何でも聞いてほしいとは言ったけれど、ほぼ初対面でこんな、なんていうか、小難しいのはびっくり。
10 : 3流プロデューサー   2022/02/10 03:56:01 ID:iU9FjQaOKs
「ないのです。解けても、何度だってかければいいのです。いつか本当になるまで、何度でも」

こんな受け答えがさらりと自分の口から出てきたことには、もっと驚きだった。

「そうですわね。ふふっ」

すんなりと千鶴さんはそう返す。その笑い声に嘲りはなかった。うん、一切なかった。

「他にも何かあるのです?」

「いいえ、なんでしたら今のは忘れてもらえますこと?わたくしとしたことが不躾でしたわ。えっと、それより……」

それから私たち2人はなんてことのない話をした。腹の探り合いなんてしなかったけれど、でも、どこか本心を明かさないような、毒にも薬にもならない話。
気を遣ってのことなのだろう、千鶴さんは私の出身地や学校でのどうこうに関してあれこれ訊かなかった。
11 : そなた   2022/02/10 03:56:12 ID:iU9FjQaOKs
数分して、不意に沈黙が訪れて、それを破るためだけに私から出た言葉は、他の人とも話してみたい旨をそれとなく伝えるもので、むしろこっちのほうが不躾だったかもしれない。
千鶴さんはそれに同意した。安堵の素振りさえあった。少し話してみてわかったことには、意外と千鶴さんは顔に出るタイプってこと。
年上の、しかもセレブな人に対して言うのもあれだけど、慌てていたり混乱したりしている千鶴さんのああいう表情は可愛かった。
これまできっと、嘘や演技というのに無縁な日々を過ごしてきたものだから、自分を隠したり偽ったりするのが少ないんだろうな。
その後、交友タイムの間、何度か千鶴さんの様子を見やった。
概ね、自己紹介の時と同様に堂々としていたけれど、何人か、とくにマイペースな子たちには主導権を握られっぱなしで振り回されてもいた。
終わってみれば、千鶴さんとももっといろいろ話してみればよかったかな、なんて。
12 : バカP   2022/02/10 03:56:41 ID:iU9FjQaOKs
C-2

1人になる時間が欲しい、そう思うのはある意味で贅沢なことなのかもしれません。
大学生となって、いつぐらいからでしょうか、あれよあれよと「セレブ」というドレスが仕立てられて、それを纏うことを拒まなくなったのは。
省みてみるに、ちょっとばかり世話焼きなところがあったぐらいで、最初はそこに高貴だとか裕福だとか、そういった言葉は私を形容するのに用いられていなかったはずです。
誰かしら、ひとりふたりがふざけて「セレブ」なんて言いだしたのがはじまり。いいえ……厳密に言うなら、それに私が乗せられてしまったのが、でしょう。
自然と私の周りに人が集まっていき、多くが私を褒め称え、ついつい私も自らが本当にセレブなのではないかと錯覚してしまったのです。
豚もおだてれば木に登るというやつです。幸いだったのは、私が驕り高ぶりすぎることなく、今現在においてなお、馬脚を露わさずに済んでいることです。
集まってくる人が善良な方たちばかりでないのを、なんとなく察しておりました。善良な方たちであってほしいという気持ちがありながらも、私自身をまるで見ていない、噂や偽りの肩書に引き寄せられてきただけなのだとわかってしまうのです。
13 : プロヴァンスの風   2022/02/10 03:56:50 ID:iU9FjQaOKs
それでも私は、彼らをないがしろにした覚えはただの一度もありません。なぜなら、偽っている私に責任があるのですから。軽くあしらうことなどできません。
他方、私を心から慕ってくれる友人たちもいます。では、その中で、私の実際の身分や立場、たとえば実家について知っている子は1人でもいるのでしょうか。「セレブ」という私にとって歪なドレスを着始めてからずっと、私から素性を明かすことはないのですから、もしかしたら1人もいないのかもしれません。
そうして、セレブであるのを受け入れてからは、どうすれば本物に見えるのか、この虚構が崩れることなく、認められるのか、そんなことを考えて過ごしておりました。
さすが千鶴さん、などと称賛されれば、当然であるよう胸を張り、しかし裏では、ほっと息をつく……そんな日々。
推薦されて出場したミスコン。無事に、宣言通りに優勝を収めた直後、私はプロデューサーにアイドルとしてスカウトされました。
思い出してみれば、あの時、アイドルになるかどうかも、周囲の人たちの目と声に寄るものが大きかったのです。完璧。セレブの中のセレブ。そうした言葉に飛びつき、縋りさえしたのだと思います。
本物になりたい。偽物であることは決して知られてはならない。
疲弊感はありました。どんなに見かけ上は充実している毎日であっても。家に帰れば私を、ありのままの私を許してくれる家族がいなければとうに私は……。
14 : ごしゅPさま   2022/02/10 03:57:02 ID:iU9FjQaOKs
1人になりたい。あの日、ふと思ったのです。ミスコン優勝後に私がアイドルとしてスカウトされたことは、ほんの数日で学内で広く知られておりました。
季節は春、それまでに顔を合わせたことのない子たちも、興味本位で会いにやってきます。うららかな陽気にあてられた人たちの相手を私はそつなくこなします。セレブとして。
人、人、人。賛美と期待とそれから下心。
例の顔合わせを挟んで、半月足らず。その日、私はいよいよ堪えられずに、講義が終わるとすぐさま、誰にも引きとめられないよう、たとえ引きとめられようとも、さらりと躱して、1人で学内を歩き始めました。
なるべく人気のないところに。落ち着ける場所へと。でも、不自然にならないよう逸る足を抑えて、ゆっくり、いつもみたいに優雅に、そっと静かな場所、他に誰もいないところへ。
一息つけたのは、附属図書館の裏手にある、並木道と言うには狭く薄暗いだけの小さな通り、その脇に置かれたベンチまでやってきてからでした。
図書館帰りにふらりと立ち寄る場所でもないでしょうから、1人になるにはうってつけの場所。
そのはずでした。
15 : ぷろでゅーしゃー   2022/02/10 03:57:11 ID:iU9FjQaOKs
ベンチに腰掛け、少しぼんやりしていると、何人かの女の子の声が聞こえました。近いか遠いかで言えば、近く。でも、姿や会話の内容がすっかりわかるでもなく。
また明日―――その声は、はっきり聞こえました。よく通る、明るい声。図書館から出てきての、別れのやりとり。再会の約束。
予想外だったのは、何人かのうちの1人が私に近づいてきたことでした。というより、私の腰掛けていたベンチのほうに。
3人掛けのベンチ。私がもしもその端ではなく真ん中に腰掛けていたのなら、彼女はこちらにに来なかったでしょうか。
ベンチまで来ると、私に声をかけずに、ただ小さく頭を下げ、すっと腰掛けた彼女。ベンチの端と端に座る、私とその子。
肩に微かにかかる長さの、まっすぐで綺麗な髪。端正な顔立ち。絵に描いたような大学一年生女子の服装を着こなして。ああ、素敵だなと。そう思いました。春らしいと。
それから何秒か経ってからです、それを見蕩れてしまっていたと表現してもいいでしょう、その子に見覚えがあることに気づいたのです。遅ればせながら。そうそう忘れないと感じたあの子なのだと。

「…………まつり?」
16 : 箱デューサー   2022/02/10 03:57:27 ID:iU9FjQaOKs
M-2

地元の大学に進学するつもりだった。地元で一番有名な。とても立派な大学。
家を出て一人暮らしすることに憧れがなかったといえば嘘になるけど、それ以上に不安があった。
一人暮らしをする上でのいわゆる生活力に関わる不安じゃない。自分でも言うのもあれだけど、要領はいいほうだと思うから、どうにでもなる。
問題は妹のこと。
いつから、と何度考えてみても明確にどの日からというのを定められない。妹が遠い存在になったのは。
私が第一志望の大学に落ちてしまい、すべり止めとして合格していた大学に通うか、それとも浪人生として一年頑張ってみるかを決めなければならなくなったときには、とうに妹は私に寄り添う存在でなくなっていた。
進路について両親は判断を私に委ねてくれて、どちらの道を選んだとしても妹に不自由させないことも約束してくれた。すべり止めの大学は実家から通学が難しい土地にあった。実を言えば、担任の教師に勧められるがままに受験したに過ぎない。
迷った末に――――浪人を選んだ。一年もあれば何か変わる、変えられる。たとえばぎこちない仲である妹とまた昔のように仲良し姉妹となれるかもしれない、なんて。
でも、それが家を離れての一年だったら?さらに長い、数年間だったら?無理だなと直感した。
距離を置くことで事態が好転するとは信じられなかった。両親は時間が解決すると信じていた。それは間違いではないのだろう。反抗期というのは一時的なものにすぎないのだと。
けど、いつまで待てばいいの?それは彼らにだって答えられないのだと思う。あるいは「大人になったら」なんて言い方をするのかな。それはずるくて……せつない。
17 : Pさぁん   2022/02/10 03:57:48 ID:iU9FjQaOKs
浪人生活は確かに状況を変えた。ううん、状況と言うよりも私の心境、そうだ、それが一番変わった。
きっかけってなんだっけ?テレビ番組だったかな。とあるアイドルの密着取材にまつわるもの。
小さい頃の夢物語が不意に私に返ってきた。高校生でも大学生でもない、中途半端な私に。
初めは現実逃避と言われてもしょうがないような、のめり込み方だった。予備校での勉強、家での課題、そういうのは別として、暇さえあればアイドルについて知ろうとした。学んだ、今のアイドル戦国時代ってのを。思えば、それは最初から一人のファンという在り方ではなかった。
もしもあの一年間を、アイドルではなく、たとえば近くの望めば触れられるような色恋にでも現を抜かしていたのなら、私は今とはまったく違う人間になっているだろう。
実際に求めたのは、大人にしてみれば悪気なく笑ってしまうような、おとぎ話に出てくるようなキャラクター。ただのアイドルじゃ意味がない。私は…………幼い頃に、妹と共に憧れ、恋焦がれさえしていたお姫様になる。みんなを幸せにする魔法が使えるお姫様。なりたい。ならなくちゃ。
もはや強迫観念に近かった。それはしだいに信条めいていき、それから……覚悟を要した。ううん、そんな大袈裟な話にしたらダメ。そうだよ、私は夢を取り戻したってだけなんだ。そのために行動した。
18 : Pちゃん   2022/02/10 03:57:57 ID:iU9FjQaOKs
浪人生活の終わりがやってきた。19歳になった私。地元の大学ではなく、東京の大学へと進学を決めた。一人暮らしをはじめる。でも、実家にも月に一度は帰る。必ず。それは私からした約束。
39プロジェクトのオーディションを受けるのを両親に明かしたのは、慌ただしい引っ越しが終わってからだった。相談ではなく報告という形で。
ふたりとも、かなり驚いて、それから応援してくれた。「やっと本気になれることが見つかったんだね」と言われ、これまでの日々に「本気」がなかったことに気づいた。
もしも、と仮定してもどうにもならないけれど、高校の頃を思い出す。もしも、助っ人として参加したあの演劇部が大きな部であったのなら、もしも気晴らしも兼ねて練習に付き合った運動部のいくつかから強引に勧誘されていたのなら、もしも……。そのどれかに本気を見つけたのかな。
ううん、どれをどう考えたって、私が今、本気になっていることに比べたら取るに足らないものだ。だよね?だって、お姫様アイドルなんだよ。最高に可愛くて、綺麗で、ふわふわできゅーとなんだ。
私が全力で演じる、本物にしてみせるんだって、その心意気と成果をオーディションでぶつけた。
――――妹には何も知らせなかった。両親にも口止めした。どうして?だって、あの子は……こんなお姉ちゃんをそう簡単に認めてくれないだろうから。認めてもらうには?言葉じゃない。私が本物になればいい。でしょ?
19 : プロデューサーさま   2022/02/10 03:58:16 ID:iU9FjQaOKs
学部は違えど、同じ大学の先輩にあたる千鶴さんが39プロジェクトの一員としてスカウトされたのは、あの顔合わせの日まで知らなかった。
彼女の存在とミスコン直後にアイドルにスカウトされたらしいというのは、それとなく風の噂ってやつで知っていたけど。そこまでだった。
少なくとも当時の765プロダクションの知名度とそれから私の知っていた情報からして、千鶴さんはより大きなプロダクションに誘われたのだと推察してもいたのだった。
とどのつまり、私は私でオーディションに合格するために必死だったから、正式に合格通知がくるまで他は些細なことだった。おかげで新生活での友達作りは少し出遅れてしまったのもある。
その日は、あの顔合わせから一週間から十日後ぐらいだったと思う。39プロジェクトはまだ内部的に動き始めた段階で、世間へのお披露目も先だった。
別に秘密にするっていうつもりもなかったけど、公表されるまではごく普通の大学生というのも悪くない、むしろ今しかそういうのって楽しめないかも?なんて、そんなふうに半ば浮足立って私は、何人かの新しい友達と寛いでいた。
私の愛読書とも言える有名な少女漫画つながりで仲良くなった子がいて、その子と仲のいい子とも友達になれて、その日3人で図書館でとある講義のミニレポートのための参考図書を探していた。
1、2時間ほど経ってだったか、1人がアルバイトの時間だということで私たちは別れた。もう一人の子もちょっとした用事があるとかで別れ、そうして1人になった私は気が向くままに歩きはじめていた。
20 : 我が下僕   2022/02/10 03:58:30 ID:iU9FjQaOKs
じっとしていられなかった。なぜって、それはやっぱり、アイドルとして765プロに迎えられて、これからどうなるんだろうってわくわくがあって、それでもう、胸がいっぱいだったから。
だから、落ち着けようとして、敢えて人気のないような図書館裏へと歩みが向いたのだと思う。誰にも聞こえないような大きさの鼻歌だって口ずさんでいただろう。え?鼻歌なのに口ずさむなんて変?とにかく、ご機嫌だったってこと。
そんなわけでまあ、そのベンチに腰掛けるまで、ううん、腰掛けてなお、すぐにはその人が誰なのかってわからなかった。先客がいたのは認識していたから、いちおう会釈はしたけど、それでも7、8割は自分の世界に入っちゃっていた。ぼんやり、とは違う。違うよね?
その人は私に声をかけてきた。想定外の出来事。それは独り言めいていたが、発されたのは私の名前に間違いなかった。そこで私は隣を見る。やっと。そして――――

「えっ?………千鶴さ、…ちゃん」

わざとらしい言い直し。千鶴さんは目をぱちくりとさせていた。
21 : おやぶん   2022/02/10 03:58:45 ID:iU9FjQaOKs
C-3

あの顔合わせの後、劇場で何度か見かけた彼女とは佇まいの異なる彼女。まつりは「隠していたわけではないのですよ?」と私の知る彼女の独特な話し方で、こちらの顔色をうかがうよう口にしました。
そうして私は、まつりが私の通う大学に同じく通っている大学生、今春からの新入生であるのを知りました。私が勝手に想像していたのは、彼女は高校卒業後に単身、アイドルを目指して上京してきた強者ないし武士……いえ、お姫様であったので、そうではなくごく普通の大学生という事実にはいささか拍子抜けしたぐらいでした。
がっかりだなんてとんでもない。髪を巻いていない彼女は新鮮で、どこにでもいる大学生らしい恰好なのもまた安心感がありました。
安心?ああ、そうなのです。お姫様ではないまつりに偶然にも出会って、私は安心してしまったのでした。つまりは彼女に特別ではない一面があることに。
劇場で数度見かけはしたものの、あの日以来声をかけられていないあの「本物」がこうして自分の日常に溶け込んでくれている。そんなふうに私は思ったのです。思ってしまった。

「……あの、えっと、どうかしたのです?その……こんなところで」
22 : 監督   2022/02/10 03:58:55 ID:iU9FjQaOKs
私がうっかり口を閉ざし続けていたからでしょう、まつりはやや動揺した様子で訊いてきました。私は素直に「一人になりたくて」と言ってしまおうか迷いましたが、口から出てきたのは「少し気晴らしに。お気になさらないでくださいまし」なんて気取った言い回しだった。
すると、まつりは「邪魔しちゃ悪いのです」と立ち上がろうとしました。このまま彼女がどこかへ行ってしまえば、私は1人になれる、けれど、劇場で声をかけづらさが増すに違いない、それにこの邂逅を大事にするのも悪くない、等々の考えは後付けでしかありません。
私は反射的に「お待ちになって」とまつりに向かって言っていました。まつりは「ほ?」と返します。スイッチはまだお姫様に切り替わったまま。
「ん、ん」と私は咳払いをして、引きとめたはいいものの、何をどう話せばよいのかをすぐに思いつかなければならなくなりました。

「まつり……あなたはあのミスコンのときも、いましたの?」

出てきた話題は私がアイドルにスカウトされたきっかけとなった出来事。これについては顔合わせの日に話したような気もします。
その時、まつりは「すごいのです!」とにっこりしてくれたと記憶しておりました。
23 : P君   2022/02/10 03:59:13 ID:iU9FjQaOKs
「ううん、いなかったのです。そのときはちょうど……街を散策していたのです。あっ、興味がなかったのではないのです。その、急ぎの用事もあったのですよ。でも、千鶴ちゃんが優勝したというのは、噂で知っていたのです!」

まつりにしてみれば入学して間もない頃であったし、何かと入用だったでしょうから嘘ではないのでしょう。

「そういえば千鶴ちゃん、大学では眼鏡をかけているのです?」

話題転換は私にしてみればありがたいものでした。形だけであっても、まつりも話を続けることが嫌ではないと判断できましたから。

「はい?ああ、これは………講義を受けるときは着けていますの。手放せないほどに、視力が悪いわけではありませんわ」

「ほ? じゃあ今は……?」

1人になりたくて講義が終わってすぐにそのまま逃げるように歩いたから、眼鏡をかけっぱなしであるのにすら気がついていませんでした。でも、そんなの説明できません。

「さ、探し物を」

「何か落し物でもしたのです?だったら、まつりも探すのですよ!」

はりきって、まつりは。うっ、言い訳にしても下手でした。どうしましょう。

「い、いいです。もう見つかりましたの!」

「そうなのです?」

何を探していたのか、それを訊かれるより先に私は言葉を続けないといけませんでした。そう、たとえば適当な話題にまた移ってしまうだとか、いえ、それでは不自然で、何か勘ぐられてもよくありませんから、手頃な落し物を捏造してしまって?手頃な落し物ってなんですの!?

「え、えっとですね……まつり、あなたに会えたからそれでいいのですわ」

「ほ?……ほ?」

「わたくし、ほんのわずかに、ええ、雀の涙ほど気が滅入ってしまっておりまして、何かこの春にぴったりの彩り、美しい景色に出会えないものかと歩いておりましたの」

「……そうなのです?」
24 : ダーリン   2022/02/10 03:59:53 ID:iU9FjQaOKs
「ええ、そうですわ!ですから、まつり。あなたに会えて、春らしく、そしてまた可愛らしい子に出会えたから目的は達成しましたのよ!おーっほっほっほっほ、こほっ、けほっ」

よ、よし。自分が目立つだけではなく相手も立てる。これぞセレブですわ。どことなく軟派な口説き文句めいていますが、問題ないですわ。ちょっとした遊び心もセレブの嗜み。……ですわよね?

「ふふふっ、千鶴ちゃんは面白いことを言うのです。もしも今のまつりでも、そんなふうに見えるのなら、きっと妖精さんのおかげなのです。そう言う千鶴ちゃんは今日も素敵なのです♪」

「あ、ありがとう。ん、ん。まあ、当然ですわね。わたくしほどのセレブになると、いついかなる時であっても、オーラを隠せないのですわ!」

「わんだほー!なのですよ、千鶴ちゃん」

ぱちぱちぱちと拍手だってよこしてくれるまつり。あ、あれ?私、かつがれているわけではありませんわよね?

「ところで、まつりこそ何を?図書館にいたようですけれど」

私の質問にまつりはすんなり事情を話してくれました。友達と調べ物をしていたそうです。あら、もしかしてその講義というのは……?

「まつり、そのミニレポートがある講義というのは○○○○という名称でなくって?」

「千鶴ちゃん、知っているのです?」

「ええ、わたくしも一年生のとき、一般教養の科目のひとつにそれを受講しておりましたから。参考にした資料のコピーやまとめたものは、今は部屋の押入れに……」

「部屋の押入れ?」
25 : Pサマ   2022/02/10 04:00:02 ID:iU9FjQaOKs
「はっ……! ではなく、離れの和室を物置にしておりますのでっ、そこを捜索すれば見つかるかもしれませんわね! まつりが望むのなら……」

「ううん、遠慮するのです。そこまでしてもらうのは気が引けるのですよ。でも、千鶴ちゃんは優しいのです。その気持ちだけで姫、嬉しいのです!」

笑顔が眩しいですわ!まつり、髪型や服装は違えど、侮れませんわ。何人かの後輩からも慕われはしておりますが、この子はこの子にしかないものがありますわね。もしかすると、それこそがオーラなのでしょうか?
その後、私たちは2人でベンチに腰掛けたまま話を続けました。隠していたわけではないとの言葉どおり、まつりはまだまだ不慣れな大学生活についても話題にしてくれ、私は私なりのアドバイスやお得な情報―――思わず、商店街での買い物を勧めてしまいました―――を彼女にあげられもしました。
そして、別れ際にまつりから提案がありました。
26 : 我が友   2022/02/10 04:00:22 ID:iU9FjQaOKs
M-3

あの顔合わせをしたときに感じた印象は正しかった。図書館の裏手、寂しげに置いてあったベンチでふたり、話したひととき。
千鶴さんはただのセレブじゃないってよくわかった。庶民的だと一言で片づけるには一挙一動に品格がある。でも、決して雲の上の人じゃないんだって、そう思った。
ご両親というよりお家の教育方針なのかな、金銭感覚ひとつとっても私がイメージしていたスケールじゃなくて、言ってしまえば私と大差ない。たしかにセレブといってもお金持ちであるのが必要条件ってことはないけどね。
春の風景を求めて独り歩きなんてのも風情があって、心が豊かだなって思った。咄嗟に誤魔化したような気もしたけど、どちらにしても彼女ならではの何か、情趣ある用事だったのかなって。
あるいは……独りになってたそがれるにはうってつけの場所ではあったから、ひょっとすると千鶴さんはいろいろと気疲れしていたのかも?
そんな千鶴さんと別れ際、私は約束を交わすことにした。
私たちふたりが同じ大学に通っているのは秘密にしておくこと。
27 : P君   2022/02/10 04:00:32 ID:iU9FjQaOKs
千鶴さんは「まつりがそうしてほしいのなら、そうしますわ」と言って約束してくれた。私に譲るように。彼女からしてみれば、私と同じ大学に通うのが明らかになろうと、それで不利益を被ることもなければ、何か得するってのもないのだろう。
マスコミ関係者が嗅ぎつけたとして、それで取材時にしれっと訊ねてきた時に躱してくれるのだろうか?「あら、まつりだったら魔法の国のきらきらとした学校に通っておりますのよ?わんだほー!ですわ」なんて。ううん、そこまでは期待しないでおこう。
私は、たとえば劇場の子たちや業界関係者には、魔法学校に通っているなんて説明を原則的には大真面目に貫き通すつもり。それが徳川まつりだから。とはいえ、親しくなって、知りたいとせがまれでもしたら答えちゃうかも。
劇場の子たちとはまだあまり話せていないけれど、みんないい子だ。びっくりしちゃうぐらいに。
アイドルで在り続けたい、トップアイドルを目指したい、そんな強い意志を今のところ多くの子たちから感じないのがもどかしい。それを責めるつもりなんてない。もとよりそんな資格はない。
10歳の子もいれば、24歳の人もいる。一部の子を除けば、39プロジェクトが芸能界への入り口となった。私にとってもそうだ。じゃあ、出口は?そんなことにも考えを巡らせてしまうのは、焦って大人になろうとしている子を見たからかな、それとも逆にのんびりゆったりとした子を見たからかな。
私は……うん、マイペースにいくしかないよね。徳川まつりは流されない。そうでしょ?
28 : 貴殿   2022/02/10 04:00:44 ID:iU9FjQaOKs
晩春、関係者のみならず外部の人たち、つまりは一般の方々向けの39プロジェクトの正式なお披露目がなされた。
時はアイドル戦国時代。アイドルファンの人たちがこの765プロダクションの一大新企画にこぞって注目したかといえば、そうでもない。
むむむ、SNSでトレンド入りをしているし、入場者の数字からしても滑り出しが好調なのも間違いないけれど、季節柄なのか他事務所も新しいユニットや構想の発表も目白押しらしくて、そこに埋もれているのも事実みたい。
レッスンにかけられるのが短期間であったことから、全員がステージで同じ時間、脚光を浴びられたわけではない。ようは出番には差があった。が、誰もがそうなってしまうのはなんとなしに察してはいた。
そうしたことがあったうえでの、プロデューサーさんからの発表。センター公演の開催。順次、39プロジェクトの誰かしら1人をセンターに選出して公演していくそうだ。
しかも、その子のための曲まで!アイドルだから、当たり前?いやいや、数十人に及ぶグループの1人でしかなくて、ソロ曲がまったくご用意されないってことだってあるから、これはすごい!
私の……徳川まつりのセンター公演はいつになるんだろう?いつでも準備ができているのです!って言うのは簡単だけど、でも、まだ他のお仕事もそんなにこなしていないし……。実際、ライブ以外のお仕事は難航中。
29 : あなた様   2022/02/10 04:00:53 ID:iU9FjQaOKs
慌ただしく日々が過ぎていく。残念ながら、千鶴さんとあの日からまだ落ち着いて話せていない。
劇場でいわゆるニアミスを繰り返している。顔を合わせられれば、挨拶はするし、一言、二言、話す。短いやりとりの積み重ねって大切だけれど、でもなんだか物足りない。
べつに千鶴さんと親しくなって、どうこうってのはない。もったいない気がしているだけ。……それだけなんだけど、たとえば他の子から千鶴さんのセレブぶり―――それは決まって貧富に関係しないことだった―――を耳にすると、私も知りたい、仲良くなりたいって思った。
自分から提案した約束に奇妙な効果でもあるのかな。ふたりの約束。それは小さくても特別なもので、だから、なんていうか、私だって千鶴さんと今よりずっと仲良くなれていいんじゃないかって。
よくわからない感情。千鶴さんが私をどう思っているかはわからない。もしかしなくても、どうも思っていないんじゃないだろうか?
いくつか新しく構成されたユニットにおいても、私と千鶴さんはいっしょではなかった。
30 :   2022/02/10 04:01:02 ID:iU9FjQaOKs
梅雨入り前のある日に、ばったり千鶴さんに劇場で会うことができた。
控え室で椅子に座ってチラシやクーポンか何かを整理している彼女は上機嫌だった。
ワンテンポ遅れて、私が部屋に入ってきたのを知ると、さささっとテーブル上を片づける。
大量にあるクーポンの類は劇場に来るときに人から貰ったのだという。……全部ってことはないよね?そんな隠さなくてもいいのに。セレブだろうがなんだろうが、お得にお店を利用するのっていいことだよね。
機嫌がいい理由はまったくべつにあるらしい。幸い、時間があるそうで、誘われるままに私は彼女に隣に腰を下ろした。緊張はしないけど、妙な感じ。
あの日、ベンチでは間に一人分の空間があったけど、今はそうじゃなくて。すぐ隣、手を伸ばさなくても、その気になればいつでも触れられる距離。
話を聞く。なんと千鶴さんはとあるドラマで役を得たらしい。すごい。私は思うままに褒める。
31 : 変態大人   2022/02/10 04:01:25 ID:iU9FjQaOKs
「ここだけの話、オーディションで勝ち取ったのとは違うのですわ」

「ほ?というと……」

「あっ。でも、アレですわよ」

「アレ?」

「セレブコネクションの賜物ともまた違いますのよ?」

そのまま受け取ってみるに、セレブが持つセレブのセレブのためのセレブによるコネクション……?なにそれ、ふふっ。

「千鶴ちゃん。もったいつけずに、姫に教えてほしいのです!どんなふうに役をげっと!したのです?」

「実は、私が受けた役では採用されなかったのですわ。手ごたえがありましたのに」

「ほうほう、それでそれで?」

「後日、ええ、それがついさっきのことなのですけれど、プロデューサーといっしょにいたところに、その時の審査員のうちのおひとりが来られましたの。それで別の役をやってみないかと」

「なるほどなのです。それはそれで、千鶴ちゃんが勝ち取ったもの、アイドル二階堂千鶴の努力の成果なのです!」

「まつり……。ふふっ、そうですわね。審査員の一人一人の言葉を胸に刻むよう心がけてよかったですわ。もしも万一、あの方のことを覚えていなかったら、役の話はうまくいかなかったかもしれませんもの」

「そんなにたくさんいたのです?」

「ざっと10人ぐらいってだけですわよ?それにいただいた言葉自体はそれほど長くもありませんでしたわね」

「………」
32 : 5流プロデューサー   2022/02/10 04:01:38 ID:iU9FjQaOKs
「まつり?」

「千鶴ちゃんが当たり前のようにしていること、それはすごいことなのです。もっと誇っていいのですよ?」

予想に反して、千鶴さんはきょとんとした。私は教えてあげないとって思った。教えてあげたい。私が今知った彼女の魅力の一つについて。
33 : 5流プロデューサー   2022/02/10 04:02:01 ID:iU9FjQaOKs
C-4

ベンチでのやりとりから一カ月が経った頃でしょうか。
私は劇場の控え室で、まつりと歌や踊り以外のお仕事について話をしました。その小一時間ほど前に、私はとあるドラマに主人公の同級生役として出演する、そんなオファーを受けたところでした。
それは先日のオーディションで審査員の一人を務めていた方からのオファーでした。そのときに狙っていた役では落選してしまいましたが、別の役でよければと、わざわざ話をもってきてくださったのです。
私が役を得た経緯をまつりに教えると、彼女はいやに真剣な表情で私を褒めてくれました。いえ、最初はいつものようはいほー!わんだほー!ってふうだったのですけれども。
彼女は私に言いました。出会った人たちの顔と名前を覚えることであったり、その人がくれた言葉、評価、そういったものを1つ1つ記憶しておくことであったりは、大事だとわかっていても、誰にでもできるわけではなくて、それは私だからこそ当たり前のようにできるのだと。それが私の長所であり、魅力の1つになっているのだとさえ言ってくれました。
そのときの私の心の内を率直に表現しますと、むずがゆさがあり、どこかいたたまれなくなりさえしました。
ええ、そうです、これまで関わってきた人の中には、私についてああだこうだと中身の伴わない賛辞を贈る人もいました。それに対し、まつり。そのときの彼女は面と向かって、私の人柄を褒めてくれました。上っ面ではなく。
34 : ハニー   2022/02/10 04:02:11 ID:iU9FjQaOKs
思い出されたのは、あの日の彼女の瞳。心を見透かすような、むしろ理解を示すと言ったほうがいいでしょうか。
劇場の子たちからだと初めてと言ってもいいかもしれません。深い部分にすっと入り込んでくるような言葉をもらったのは。
多くが年下の子であるのでどうしても、私のほうがしっかりしているのが、それこそ当たり前であったのもあり、そうした言葉をもらう機会がなかったのです。
強いて挙げれば、天空橋朋花。まつりとも何やら不思議な関係を既に構築しているそうですが、あの子には何もかも見抜かれているようでした。
翻って、まつりにしてもやはり年下なのですが……彼女の言葉には力がありました。私を驕らせるのではなく純粋に嬉しくさせる何か尊いものが。つられて、はいほー!と言ってしまいそうになる、そんな幸福感。
35 : P様   2022/02/10 04:02:20 ID:iU9FjQaOKs
お返しに、というのは変ですが私はまつりの仕事ぶりについて訊ねました。
皆がライブ以外でもドラマやテレビ番組等々の多種多様なお仕事で、世間に自分の顔を売っているのは知っていましたから。
まつりは珍しく――――と言うには、その頃の私はまだ彼女について多くを知っていませんでしたが―――返答に迷いを見せました。話すべきか否かを迷っているのです。
私はそんなまつりに迷いなく言いました。よかったら聞かせてほしい、何か話してみることで力になれるかもしれないし、そうでなくても知りたいのだと。
本心でした。そのときになって私は、あの日以来、あまり会話らしい会話をしていなかった彼女と真に仲良くなりたいのだと思い当たりました。どこまでも偽物であり、かつ本物である彼女と。
どうやらまつりはテレビ番組に出演するのが1つの目標なりステップなりであるそうでした。ですが、オーディションの結果が芳しくない。ふむ……。
まつりの個性、身も蓋もない言い方をすれば彼女のキャラはウケがよくないのでしょうか?強すぎるがゆえに、アイドル番組では活かしづらいとも考えられます。他の子を喰ってしまう、そういうわけです。
まつりに私の考えをどう伝えればいいのか、そこに迷いました。私個人の意見、いえ、想いとして彼女が「徳川まつり」を曲げてしまう姿は見たくないのです。というより、曲げてもいいと思ってような素振りを、そう判断をしてしまった彼女の姿を。
貫き通してほしい。私がそう在りたいように。
36 :   2022/02/10 04:02:35 ID:iU9FjQaOKs
結局、「アイドル番組でなくてもまつりの持ち味が活かせる場面は必ずあるはずですわ」と、なんとも無難なアドバイスしか彼女に与えられませんでした。
聞くところ、アイドル番組にこだわりがあるわけでもないとのことで、とすればあながち方向性は間違っていないのでしょうか?後はプロデューサーにお任せする他ありませんわね。あの方は信用に値する人ですから。
まつりは私に礼を言い、「持ち味を活かせる役を得た千鶴ちゃんからの言葉だから励みになるのです!」と笑ってくれもしました。

後日、私が控え室で次のレッスンまでの時間を軽くつぶしていたところに、まつりが現れました。明るい表情。
何かいいことがありましたの?と私が訊くと「ふっふっふ、よくぞ訊いてくれたのです!」と顔をいっそうほころばせました。どうやらテレビ番組への出演が決まったそうでした。
プロデューサーは、まつりがアイドル系の番組になかなか採用されなかったのを鑑みて、思い切ってアイドルとは馴染みのない番組に狙いをシフトしたようです。結果として、彼女は情報系バラエティ番組のレポーターとしての出演を勝ち取りました。
37 : Pサン   2022/02/10 04:02:53 ID:iU9FjQaOKs
「なるほど……個性が武器の1つであるまつりを、数多の個性的なアイドルの中ではなく、ごく普通の場面に採用してみることで番組に個性を持たせた、と」

「ニュース番組はいくつもあるけれど、伝え方はどれも微妙に違うのです。たとえばお天気リポートも、まつりなら見てくれる人を楽しませながら、伝えられるのですよ!」

「それは面白そうですわね。その様子だと好感触だったのでしょう?」

「もちろんなのです♪千鶴ちゃん、ありがとうなのです」

「え?わたくしは何もしておりませんわよ?」

「そんなことないのです。この前、相談に乗ってくれたのです。よくよく思い出してみれば、千鶴ちゃんが言ってくれたことをそのままプロデューサーさんが実現してくれたのです」

「ええ、ですからプロデューサーと、そしてなによりまつり。あなたの実力あっての結果ですわよ」

「プロデューサーさんの意見を参考に、普通のテレビ番組のオーディションをすんなり受ける意欲が出たのも、事前に千鶴ちゃんのアドバイスがあったからだと思うのですよ?だから、ありがとうなのです」

「そう言ってもらえると、なんだか照れてしまいますわね」

「よかったら、見てくれるのです?まつりが出演する番組」

「喜んで。ぜひ教えてくださいまし。まつりの活躍ぶりを見聞きするのはいい刺激になりそうですわ」

「はいほー!代わりに千鶴ちゃんがしているお仕事のことも知りたいのです。いいのです?」

「断る理由がありませんわ。お互い、どんなふうに活動しているか共有するといたしましょう。同じ劇場の仲間ですもの」

まつりはそこで、ぐるりとあたりを見まわしました。他に誰もいないのを確認したのでしょう。
38 : 下僕   2022/02/10 04:03:08 ID:iU9FjQaOKs
「それに……先輩、後輩ってのもあるのです。ね?」

声を潜め、茶目っ気はそのままで彼女は。

「ふふっ、そんな気もしないですけれど」

「ほ?じゃあ、ふたりきりのときは千鶴先輩とでも呼ぶのです?」

「まさか。そんな気遣いは不要ですわ。わたくしたちはアイドルにおいては対等な関係。でしょう?」

「千鶴ちゃんならそう言ってくれると思ったのです!」

その日を契機に、メッセージアプリでのやりとりをとってみても、まつりとはグループではなく比較的一対一のやりとりが増えました。
所属するユニットや受けるお仕事の傾向が違えど、互いの近況など話し合い、ごく自然に理解を深めていきました。
そんな中、とうとう私にセンター公演の出番が回ってきたのでした。
39 :   2022/02/10 04:08:22 ID:iU9FjQaOKs
M-4

千鶴さんのセンター公演当日、私は幸運にもオフだったので関係者席でその一部始終を観ることができた。
公演のサポートメンバーは歌織さんと風花さん、それにロコちゃんと芸歴では先輩にあたる伊織ちゃんの4人。
千鶴さんの公演に限らず、私もできるだけ公演のステージに立つようにして、経験を積み、自分のセンター公演を自信をもって迎えたい。けど、こればっかりは他のお仕事との兼ね合い、スケジュール管理が必須になるからわがままは言えない。
劇場としてはなるべく途切れないように公演を行い続けているから、そのすべてに出演だなんて到底無理な話だ。
そんな、今更確認するまでもない事実をふまえたうえで言いたい。今回の千鶴さんのセンター公演。同じステージにいたかったなって。
観客としてではなくいっしょにステージを作り上げる仲間として。ロコちゃんたちが羨ましい。それぐらい、千鶴さんのセンター公演は素晴らしかった。
とりわけ、印象的だったのはやっぱり最後の新曲。千鶴さんのソロ。『恋心マスカレード』
いじらしい乙女心を歌い上げる千鶴さんの姿から目が離せなかった。
40 : der変態   2022/02/10 04:08:34 ID:iU9FjQaOKs
『震える手を隠して あなたへの道をかけてく どうか本当の私を見抜いて 』
その歌詞はどこか他人事のようには思えなくて。もしも私が、徳川まつりが誰かに恋心を抱いたとき、どんなふうに接することになるのだろう?想い人はどんな私を求めるのだろう?
本当の私、本当の気持ち。歌に聞き惚れながら私はそんなことを考えてもいた。
興奮冷めやらぬままに、公演後さっそく私は千鶴ちゃんにメッセージを送る。当の彼女はプロデューサーさんたちと打ち上げに向かったらしいから、直接会ってこれでもかと感想をぶつけることもできず、電話にしても邪魔しちゃ悪いかなと思った。
長文を送り付けても困らせてしまうだろうから、要点を絞って、伝えたいことを書き連ねてみた。長くなる。どうしても。うーん……ま、いっか。開き直ってそのまま送信っと。
数時間後、千鶴さんから「今、電話に出られるかしら?」とメッセージが返ってくる。打ち上げは終わったのかな?夜の帳はとうに下りていた。
「いつでもOKなのです!」と返すと、1分しないうちに着信があった。千鶴さんがまず感謝の意を示す。公演に来てくれてありがとうと。いやいや、と私は。感謝するのは私のほうだ。こちらこそわんだほー!な時間をありがとうなのです!と。
41 : EL変態   2022/02/10 04:08:53 ID:iU9FjQaOKs
「公演に至るまでのレッスンを振り返ってみると、わたくしとしたことが少々焦ってしまいましたの」

今日のこと、すなわち公演当日に関して一通り話してから、千鶴さんは感慨深げにそう言った。

「千鶴ちゃんが?」

「ええ。失敗は許されない。セレブとして完璧に。最高のステージを。盛り上げないといけない、絶対に。そんなふうに気負ってばかりでした」

初めてのセンター公演、それは知識・経験ともに豊富な千鶴さんにとっても、これまでにない場であったに違いない。ミスコンとも違うだろうし。
アイドル二階堂千鶴としての新たな一歩。踏み出すのに、それまで感じたことのないプレッシャーがかかるのは想像に易い。

「そこから、変われたのです?」

「ええ、プロデューサーや歌織さんたちの言葉で気づきましたの。なぜわたくしがそうまで公演を盛り上げることに躍起になっているのか、その理由、その源について、よく考え直してみたのですわ」

千鶴さんがアイドルとして公演に対して向けた想い。それを自分で整理してみたってことかな。

「……まつりにも教えてくれるのです?」

「わたくしを応援してくださる人たち、特別な見返りがなくとも、心を寄せ、わたくしの成長を見守ってくださる人たち………彼らの気持ちに報いたい。わたくしが光り輝き、公演を盛り上げることは単なる望みではなく使命なのだとそう思いましたの」

「千鶴ちゃんの、使命……」

「こんなことを言っても困らせてしまうだけなのでしょうが……あなたと違ってわたくしは、アイドルになったのは偶然のようなものでしたわ」

「ほ?」
42 : 変態インザカントリー   2022/02/10 04:09:08 ID:iU9FjQaOKs
千鶴さんの声のトーンがまた1つ落ちた。密やかに紡がれる言葉に私は耳を傾ける。

「まつり。わたくしはあなたに憧れている部分があります。それはあなたがあなたらしさを、徳川まつりというアイドルを一心に貫こうとしているその姿勢ですわ」

「きゅ、急にどうしたのです?」

「嬉しくなったものですから。わたくしの公演を観てあんなふうに感じてくれて、それをまっすぐに伝えてくれたことが。だから、わたくしも言いたいことを、そうですわ、伝えたいことを伝えたくなった……たぶん、そういうことなのでしょう」

「たぶんって……もうっ、千鶴ちゃんったら一人で納得しちゃ、姫、困ってしまうのですよ?」

「ふふっ、それもそうですわね。ああ、でも、肝心なのは、憧れてばかりで終わるつもりはないということですわ」

「え?」

「わたくしも……そう、わたくしなりに二階堂千鶴として邁進していく。突き進んでいく、そう誓います。今、ここに」

突然、誓われてしまった。あまりに真剣な声色だったから何も言い返せなかった。千鶴さんは私が知らなかっただけで、アイドル活動に対する悩みや迷いがあって、それが今日の公演を通じて解決に向かったのかな。明るい方向に。
だったらいいな。私はまた、ううん、何度だって千鶴さんのステージを、舞台上のあの堂々とした姿を見たいのだから。願わくば今度はそばで。

「今日は本当にありがとう、まつり」
43 : 変態大人   2022/02/10 04:09:26 ID:iU9FjQaOKs
今度も返答に詰まってしまった。たとえ電話越しでも、そんなに優しく、心を込めて言われたら……なんだかずるい。
私は千鶴さんにお願いしてみる。いつかそう遠くない未来、私のセンター公演の開催が決定したら、その公演に力を貸してほしいって。
千鶴さんは「喜んで」と二つ返事をしてくれつつ「でも……確約はできませんわね。スケジュールの調整をプロデューサーにお願いしないといけませんわ」と申し訳なさそうにも言うのだった。
正論だった。私としても千鶴さんにお仕事があるのならそっちを優先してほしい気持ちだってある。センターでなくても出演するとなったら、それ相応のレッスンをしなければいけなくて、スケジュールの管理は必須だ。
私はたとえ同じステージに立てずとも、せめて公演当日は観に来てほしい旨を伝える。わかっている。先と同じ理由で、絶対の約束は無理だって。けれど……うん、わがままだよね、でも今はそんなふうにして、千鶴さんからの感謝や誓いに私なりに応えたかったから、だから私のセンター公演には何らかの形で関わってほしくなった。
数秒の沈黙の後、千鶴さんは「わかりましたわ」と口にした。呆れているわけでも気休めでもなくて、固い意志を感じた。電話なのがもどかしい。ビデオ通話にしておけばよかった。
その後、私たちはたわいない会話を挟んで、互いに「おやすみなさい」と言い交わして通話を終えた。
44 :   2022/02/10 04:09:48 ID:iU9FjQaOKs
C-5

まつりのセンター公演。私はサポートメンバーとして出演することは叶いませんでした。
幸か不幸か、ちょうど私に立て続けにお仕事のオファーが舞い込んで歌やダンスのレッスンに時間が割けないような時期に開催が決定したのです。
直接会って私が事情を話すと「それは幸せなことなのです。皆が千鶴ちゃんを見たい、聞きたい、知りたい、会いたい!って思ってくれているのですよ?」とまつりは笑いました。
「千鶴ちゃんは自分のお仕事に専念してほしいのです」と言うまつりはいつもどおりの彼女でした。
ああ、まつりの中では既にセンター公演は始まっているんだ、そう私は思いました。いえ、ずっと前から始まっていたのでしょう。センター公演は私たち劇場のアイドルにとって1つの大きなステップ。それにアイドルで在り続けるための、一定数のファンが呼び込める確証がなければ開催はあり得ませんし。
劇場の一員となって最初に、いつか必ず全員に出番がと明言されているとはいえ、その順番がはじめから決まっていたわけではなく。仲間たちが次々にセンター公演を終えて成長していくのを横目に、次こそは自分が、あるいは自分はいつなんだろう、そんな期待や不安を残された皆が抱えていたに違いありません。
一部のマイペースが過ぎる子であってもなお、センター公演は特別なのだと思います。それはまつりにしても同じ。
私は彼女に、公演当日はオフにしてもらっていること、必ず公演を観に行くことを伝えました。
45 : プロデューサーちゃん   2022/02/10 04:10:01 ID:iU9FjQaOKs
すると「はいほー!」とも「わんだほー!」とも言わずに、まつりは優しげに微笑みました。「ありがとう」と私を見つめて。その場に他には誰もいなかったからでしょうか。それはアイドル徳川まつりと言うよりも素の彼女に近しいものであるよう感じました。
素の彼女―――何気なく用いたその表現を私は自ら反芻してみて、それがいったい何を意味するか悩んでしまいます。
私はまつりに、ひたすらにお姫様アイドル・徳川まつりであることを望んでいました。彼女は「本物」であらねばならないと。お姫様である彼女を見て私は、ええ、「偽物」である私は勇気が出る、励まされるのです。私もかく在りたいと。自分らしく。この仮面をまるで素顔であるようにして。
それなのに、どうしてでしょう。まつりと直接でも、電話越しでも、メッセージでも何でも、交流を重ねていくうちに、別の気持ちも湧いてきたのです。知人から友人となった彼女、劇場の仲間であるまつりのことをより深く知りたく思う気持ち。
なんてことない、どこでにも誰にでもある気持ちでしょう。もっと仲良くなりたい友達がいる。ただそれだけ、そのはずですが……しかし、この場合私が望んでいるのはどのまつりなのでしょうか。
どんな彼女でも、彼女の一部であるのなら、それらすべてを合わせてまつりなのだと、そんなふうに一般論で結論付けてしまうのを躊躇ってしまうのです。
ええ、白状しましょう。
私は……まつりにどこまでもアイドル徳川まつりで在ってほしいと願う一方で、私に、そうですわね、私にはより彼女の深くにある何かを見せてほしい、ここで先の言葉をまた使うなら「素の彼女」に触れたくもあるのでした。
それは憧れとは別の感情。今はまだ彼女に直にぶつけてしまうのはやめにいたします。
46 : 変態インザカントリー   2022/02/10 04:10:39 ID:iU9FjQaOKs
まつりたちが公演の準備を進める中、私は予定どおりにお仕事をこなしました。会って、時間をかけて話をすることはありませんでした。きっと公演が終わるまではできないのだろうと私は思っていましたし、向こうも、もし私を気に掛ける余裕があったのなら、同じよう思っていたのではないでしょうか。
ですから、公演前日に私たちが出会ったその時は互いになんと声をかけていいか、どんな言葉が適当なのか迷うことになりました。
それは夕暮れという時間をさらに過ぎ、夜へと移った時間帯のことです。私は一仕事終えて、なんとなしに直帰せずに劇場に寄りました。思えば、劇場でゆっくりのんびり過ごすこと自体、その期間はほとんどできなかったからでしょう、ホームシックならぬシアターシックといったところでしょうか。。
そして誰かから、おそらくはプロデューサーか事務員のどちらからだと思いますが、公演を前日に控えたまつりたちは最終調整を終えて既に帰宅したというのを聞きました。彼女たちは身体を休めるために帰ったのだと。
それなのに私がレッスンルーム、それも普段はあまり使われることのない小さめの、それに建物としては奥に位置するその部屋にまで足を運んだ理由。
予感があったから、そんな気がしていたから。いいえ、それは嘘です。そのときはただ、自分を含めて劇場の仲間たちがこれまで努力し、汗を涙を流してきたその空間を今一度、確かめて明日以降の糧にしようとそんなつもりで一歩、一歩、廊下を歩いていたに過ぎないのです。
47 : プロデューサー殿   2022/02/10 04:10:55 ID:iU9FjQaOKs
彼女について思いを馳せていたのではありません。まったく頭になかったといえば、それもまた嘘ですが、特別に彼女を思い浮かべてはいませんでした。
そういうわけで、たどり着いたその小さなレッスンルームの前まで来た私が耳にした音に、最初感じたのは恐怖に近いものでした。
誰もいないはずのレッスンルームから音がする……ええ、つまりそういうことです。
それからすぐに、私の頭は切り替わります。心当たり。そうです。あの子であれば、そう、彼女だったら――――まつりなら、と。
私はドアに手をかけて、深呼吸を何度かしてから、ゆっくりとそれを開きました。開かずにその場を去る選択肢はありましたし、そうするかで迷いもなかったとは言えません。
ですが、今もしもあの日あの場所に戻れたとしても、私はドアを開き、そして彼女と出会うでしょう。
48 : そこの人   2022/02/10 04:11:19 ID:iU9FjQaOKs
「――――まつり。やっぱり、あなたでしたのね」

「!! …………千鶴、ちゃん」

「本番は明日。そうでしょう?」

ドアを後ろ手で閉め、彼女に近づきながら私は。

「うん」

首肯する彼女にもう一歩近づきます。

「まだ………まだ、休むつもりはありませんの?」

「だって」

まつりの言葉は続きませんでした。俯きもしません。目線が泳いでいたのは最初だけ、後は私をまっすぐ見据えて。

「不安ですの?いえ、ちがいますわね。そうではないでしょう。ただ……もっと、もっと、最高の徳川まつりを、明日、ファンの皆様に見せたい……その一心ですわね。まだ足りない、そう感じておりますの?」

「さぁ、それを決めるのは姫ではないのです」

まつりはかぶりを振ってみせましたが、そこに余裕のある笑みはありませんでした。
49 : EL変態   2022/02/10 04:11:34 ID:iU9FjQaOKs
「最高の徳川まつりかどうかは、明日、ファンの方々が決めるというわけですこと?」

「………すごいね、千鶴ちゃん」

「え?」

「姫のこと……よくわかっているのです。ここに来てくれたのが千鶴ちゃんでよかったのです」

「それはどうでしょう? わたくしはこれ以上、まつりに居残り練習をさせるつもりはありませんわよ?意地でも帰らせて休ませますわ」

「ほ?姫、ちょうど帰ろうとしていたところなのです」

「本当に?」

「ふふっ、内緒なのです」

「まつり………」

「ごめんなさいなのです。えっと、からかいたいんじゃなくて……。ねぇ、千鶴ちゃん」

「なんですの?ほら、片づけをするなら早くしなさいな」

「―――――あと1回だけ。お願い」
50 : 下僕   2022/02/10 04:11:49 ID:iU9FjQaOKs
真剣な表情のまつりに気圧されました。普段の可愛らしい調子で「ね?」と付け加えることもありませんでした。

「ダメだとわたくしが言ったらやめますの?」

「やめるのですよ。そこまで千鶴ちゃんの優しさと厳しさを軽んじるような真似、姫にはできないのです。けど……今、ここで会えたのも縁だから、よかったら、まつりのダンスを見てほしいなって。千鶴ちゃんに」

明日、ステージで輝くまつりを見届ける、彼女の歌を聴く。それではダメなのでしょうか。明日までとっておきなさい、と私が言えばまつりは了承したのでしょう。渋々?いえ、おそらくすんなりと。
今のまつりは口調はお姫様のままだけれど、でも、素に近いと感じました。だからなのでしょうか、それとも単に彼女の特訓の成果をすぐにでも見たかったからでしょうか、私は彼女のお願いを断れませんでした。
「わたくしでよければ」とすら口にいたのです。
51 : おにいちゃん   2022/02/10 04:12:06 ID:iU9FjQaOKs
M-5

小さく流れる音楽に合わせて、踊り始める。もう何度も、何度も踏み出したステップ、繰り出すターン、手の指、足の指、その先端まで神経を集中させる。全身全霊、それって言うは易く行うは難し。
自分の身体を理想どおりに、イメージどおりに100%コントロールするのは不可能に近い。それでもなお、諦めずに、一心不乱に。
その部屋で、たった一人の観客、千鶴さんを前に私はそれまでのすべてを―――今はダンス部分に限定されてはいるけどね―――見せる。見せたい。感じてほしい。アイドル徳川まつりを。完全無欠のお姫様を。
びしっと。最後のポーズ。音楽がループに入るのを止めたのは千鶴さんだった。それから、すーっと深く息を吸い込んだのは、私ではなく千鶴さんだった。私はむしろ、呼吸を忘れてしまったようになって、千鶴さんを見た。言葉を待った。

「明日が楽しみですわね。みんながあなたの虜になりますわよ」

その言葉と笑みに顔がかーっと熱くなるのがわかった。照れよりも高揚感。当たり障りのない賛辞よりもずっと嬉しかった。
そうなんだよね、明日こそ本番。だからそのときを一番期待してくれて、最高の瞬間を確かな未来だと信じてくれるのが、はっぴー!だ。
52 : 変態インザカントリー   2022/02/10 04:12:23 ID:iU9FjQaOKs
「千鶴ちゃん……っと」

何か返そうと、返さなきゃと思った矢先に体がふらつく。千鶴さんが駆け寄り、私を支えてくれる。

「さぁ、今日は帰って休みますわよ。わたくしに家まで送らせてくださいまし。嫌と言っても、ダメですからね」

その提案に私は、返答に困って、数秒してからこくりと頷いてみるのだった。
その後、シャワールームに寄り、着替えて、ようやっと呼吸を整えた。その間中、近くで待ってくれていた千鶴さんにお礼を言う。秘密特訓の締めくくりに付き合ってくれたことを含めて。

「でも、まつりがあそこにいたのは、みんなには秘密なのですよ?」

内心、「なぜ?」と言われてしまったらどうしようと不安がっていたけれど、千鶴さんは「ええ、わかりましたわ」と快諾する。なんだか、甘えちゃっているかも、私。
さらには「またふたりの秘密が増えましたわね、ふふっ」って。大人の余裕ってやつなのかな。
2人で劇場を出て、帰り道。「今日は千鶴ちゃんがまつりのナイト様なのです!」などと戯言を口にすれば「はいはい」とあしらってくれもする。
電車に揺られながら、そういえば劇場の子で自宅を知られるのは千鶴さんが初めてになるんだと思い当たる。
学生である私のことを知っていて、秘密の特訓を直に見られている、そんな彼女にであれば……べつにいいかな、なんて。ううん、劇場の子に限って言うなら、知られて後ろめたい何かってのはないけれど、徳川まつりのイメージとして、「お城」とは到底呼べない部屋を紹介するのは気が引ける子もいるよなぁってだけ。
そんな些末なことに考えを巡らせていると部屋の前まできた。うん、お城の門やドアにしては小さすぎるよね。
そばにいた千鶴さんが改まって私の名を呼ぶ。
53 : 監督   2022/02/10 04:12:41 ID:iU9FjQaOKs
「どうしたのです?」

「こんなときに、こんなこと言ってもしかたありませんが……言わせてください」

千鶴さんは彼女自身の両頬を軽く手でぱんぱんっと叩いた。咳払いもする。

「どうぞなのです」

え?なに言われちゃうんだろう?

「無理をしないでくださいまし。ぜったいに」

「ほ?………ほ?」

「わかりますでしょう?無理をして何かあったら元も子もないですのよ。いいですこと?わたくしとの……約束ですわよ!」

意識して強気に出る千鶴さんの表情は、それこそこんなときに言うのも変だけれど、可愛らしかった。わかっている、私を心配しての言葉だって。けど……ふふっ、まるで小さい子を相手に言い聞かせるような、そんな口調でもあったから。

「わかったのです。姫、無理なんてしないのです。千鶴ちゃんとの約束、破りたくないから」

私の返しに千鶴さんは一瞬、安堵の表情を浮かべたかと思えば、きりっとした面持ちに切り替えた。

「そうですわ、破ったらタダじゃおきませんことよ!おーっほっほっほ、コホッ、ケホッ、ん、ん。」
54 : 番長さん   2022/02/10 04:12:56 ID:iU9FjQaOKs
「千鶴ちゃん、今日はありがとうなのです。ううん、今日も、なのです」

「お気になさらずに。わたくしは、舞台で輝くあなたが見たいのですから」

「ほ?まるでプロデューサーさんやファンの人たちみたいなのです」

「いいえ、同じ劇場の仲間、それに友人としての気持ちですわ。何にもおかしくないでしょう?」

「ふふっ………そうだね」

「また明日、ですわね。しっかり休みなさいな」

「うん、また明日」

そこで千鶴さんと別れるのは名残惜しくもあった。もうちょっと何か話したい気分。彼女のことを知りたい、そんな純粋な気持ち。
でも、体が限界。ばたんきゅー。私は部屋に入ると、明かりもつけないまま、暗い中でふらふらとベッドを探して、そして見つけると倒れ込むようにして横たわった。
ふと仰向けになって、天井を見やる。睡魔に誘われるままに夢へと沈み込むそのわずかな時間に、その天井、そして頭の中に描かれたのは煌めくステージ。それを明日、現実にする。できるよね?うん、やってみる。
55 : 兄ちゃん   2022/02/10 04:13:06 ID:iU9FjQaOKs
私のセンター公演から1週間が立った。
数日間、ほとんど四六時中続いていたような興奮、うずうずは収まりつつある。
舞い上がりすぎてもいけないのはわかってはいるけれど、たしかに満足のいく公演だった。それでいて、私はまだ高みを目指せるとも確信を抱いた。ってことは満ち足りていないと同義かも。
でも、ほら、お姫様ってわがままなものでしょ?私はもっと輝きたい。みんなに、アイドル徳川まつりを届けたいから。いずれは妹にも。認めてもらいたいから。うん、大丈夫。私ならできるよね?
ライブの熱からクールダウンしていく私とは逆に、季節は夏真っ盛りを迎え、太陽が日に日にぎらぎらを増している。いわゆる夏休み期間はお仕事盛りだくさんだ。
そんなお仕事の1つを終えて、劇場の控え室に戻るとそこに千鶴さんがいた。冷房のがほどよく効いた部屋で涼しげな装いをして、何か読んでいる。ファッション雑誌かな?
そんな千鶴さんを見て、思い出されたのはライブ後に送られてきたメールだった。私が千鶴さんのセンター公演を観て衝動的に送り付けたのとは違う。
「本当なら電話や直接会って話をしたいところですが、文字にしてみて、わたくしなりに整理したほうが伝わるかと思いまして。読み苦しい部分があれば、ごめんなさいね」
そんな文から始まる、千鶴さんからのメッセージ。詳細は……やっぱりこれも私と千鶴さんの秘密なのだけど、とにもかくにも私が伝えたいのはありがとうという気持ち。
ファンの人たちの笑顔や歓声に喜び、勇気づけられ、次も頑張ろうって思うのともまた異なる、面映ゆさが生まれた。
そういう経緯があってのことなのだ。その夏の日に控え室で出くわした千鶴さんにすぐには声をかけられなかったのは。
56 : P様   2022/02/10 04:13:28 ID:iU9FjQaOKs
「あら、まつり?いつからそこに」

雑誌から顔をあげた千鶴さんから声がかかる。棒立ちの私。

「ほ?気づかれてしまったのです?気配を消していたのに、見破られちゃったのです」

「はい?いや、そんな正面に堂々と立っているのに……雑誌を読んでいなければ入ってきた時点で気づいたはずですわよ?」

「それはそれ、これはこれなのです!」

「なんなのですの!?」

「……お隣いいのです?」

「ええ、もちろん。ああ、喉は渇いていませんこと?よければ冷たい麦茶を給湯室からとってきますわよ」

気遣い上手というか、世話焼きな人だなぁと感心するのはこれで何度目かな。
私が「それなら姫がびゅーん!ととってきてあげるのです!」と言ったら「今、仕事から帰ってきたのでしょう?ここはわたくしにお任せなさいな」としれっと返される。
「じゃぁ、競走なのです!」と言って駆け出そうとすると「ええ!?」と素っ頓狂な声をあげてくれた。楽しかった。
最終的に二人並んで腰掛けて麦茶を飲む。
夏のファッションアイテムについてあれこれとおしゃべりして、オフが重なった日に一緒にお買い物に行く約束を取り付けもした。
中高生の頃にだって仲のいい先輩はいるにはいたけど、その人たちとはなかった不思議な距離感。それを縮ませていくことに心を弾ませるのだった。
57 : 彦デューサー   2022/02/10 04:13:51 ID:iU9FjQaOKs
C-6

あの夜、まつりは私におふざけてナイト様と言いましたが、まさかこのような形で私に騎士(剣士)役がめぐってくるとは思いもよりませんでした。
夜想令嬢-GRACE&NOCTUNE-は私と朋花、恵美、それに莉緒さんの4人のユニットです。これまでの劇場で行われてきた公演と異なり、しかしまさしく「劇場」らしい試みとして、楽曲のみならず演劇がセットになっているのです。
その劇の内容というのが、まぁなんとダークでエレガントなことでしょう!懸命に生きる者たちが織りなす哀切の物語なのです。
私たちの歌う『昏き星、遠い月』は曲名からして、この劇の内容に沿うものでありました。私が演じるアレクサンドラは、莉緒さんが演じる辺境伯夫人ことエレオノーラに仕え、不浄を祓う能力をもってしてヴァンパイアを狩る人間なのですが……。
劇の終わりでは、アレクサンドラはわけあってエレオノーラを殺め、妹のノエルと安息の地を求め旅に出ます。朋花の演じるクリスティーナと恵美の演じるエドガーも事情は違えど、約束の地を求めて旅立ちます。
それぞれの旅路、果てにあるのは希望か絶望か。この幕引きは小さな幸福か大きな不幸か。実際に演じた私であっても、はっきりとこうだと言いきれない劇です。

「朋花ちゃんが女装している男の子役で、恵美ちゃんが男装している女の子役……これはプロデューサーさんの趣味なのです?」

「わ、わたくしに言われても困りますわ!どの程度、あの方が脚本に携わっているのか確認しておりませんし」
58 : Pさん   2022/02/10 04:14:30 ID:iU9FjQaOKs
それは公演の準備が順調に進んでいたある日のこと。私はまつりと劇場近くのカフェ―――私のセンター公演直後にオープンして、プロデューサーとも行ったことのある、あのお店です―――で待ち合わせをしてお茶しました。
互いに忙しい中での息抜き。めりはりは必要なのです。同じ劇場のアイドルでも、小中高生だと時間の都合が合わないことも多く、その点、まつりは比較的合わせやすい相手です。なんでしたら、大学で待ち合わせができるのですから。
ほんの数日前に過ぎたばかりの夏休み期間であれば、劇場の子たちとでもと合わせやすかったでしょうか。いいえ、誰かと羽休めだなんてとてもできない日々を過ごしました。代わりに顔合わせ以来、さほど親しい交流のなかった子たちともお仕事で共演する機会もあり、刺激的でかなり充実した夏になったよう思います。これもプロデューサーのはからいあってでしょうか。
そんなわけで、まだまだ残暑が尾を引く初秋、涼しげなカフェでまつりと話しておりました。まつりにせがまれ、例の劇のあらましを教えてあげて、台本も読ませてあげました。無論、公演までは他言無用。とはいえ、言いつけなくてもまつりなら心配無用といったところでしょうか。

「伊織ちゃんがこのノエルっていう、千鶴ちゃんの妹役なのです?」

「そうですわ」

「高貴な姉妹なのです!」

「ふふっ、ですわね。……朋花にも驚かされてばかりでしたけれど、伊織も演技が上手でしたわよ、本当に。劇中だと高貴な雰囲気というより、仄暗さがありますけれど。ぬくもりのある美しい姉妹の絆、という描かれ方はしておりませんでしたわね。妹を想う気持ちは痛いほど伝わりはしましたが。アレクサンドラにとって残された家族なわけですし」
59 : ぷろでゅーしゃー   2022/02/10 04:14:43 ID:iU9FjQaOKs
「妹かぁ……」

「そういえば、まつりにもいるのですわよね?妹さんが」

「ほ?いつそんな話をしたのです?」

「いつって、わたくしが夜想令嬢の一員に選出されて、現実では妹だけれどどうやら劇中では姉をやることになった……とまつりに報告しましたわよね?あの時もこのカフェではありませんえでしたこと?」
忙しいから仕方ないとはいえ、会って話したことを忘れられてしまうのは快くありませんわね。気心の知れた仲だけにいっそう。―――という気持ちが表情に出てしまっていたのでしょう、まつりは「言ってみただけなのです。ちゃんと覚えているのですよ?」とすかさず口にしました。
思い返せば、あの時の会話、あたかも追及を躱すようなまつり……あれ……?もしや、まつり………。

「あの、答えたくなければ答えなくていいのですけれど」
60 : 我が下僕   2022/02/10 04:14:59 ID:iU9FjQaOKs
「すとっぷ!なのです。その先は姫から言うのです。隠しているってわけでもないから」

そんなにわかりやすい顔をしているのでしょうか?まつりは私が何を言わんとしたかを察して、先んじてそう言いました。

「妹とは、えっと、今はそんなに仲良しって言えないのです。反抗期みたいで」

「そうでしたの」

「千鶴ちゃん、そんな申し訳なさげな顔、めっ!なのです。これはその、まつりと妹との問題で、千鶴ちゃんが気に掛けなくていいのです」

「あら、わたくしはべつに何か具体的な行動を起こそうと思ってもおりませんわよ?家族関係や恋愛関係、そういったものに第三者が下手に介入すれば事態が悪化するのは珍しくないと知っておりますもの」

あっさりと私がそう言ってのけたからでしょうか、まつりは肯きもしなければ、首をかしげもしませんでした。今度はこちらの予想どおりの反応です。

「ですが、まつり。あなたは知っておいた方がいいですわね」

お値打ち価格のアイスティーを優雅に一口啜って、私は言います。

「ほ?何をなのです?」

「あなたの友人たちはきっと皆、あなたが悩んでいるのを知ってもまったく気に留めず、忘れてしまおうとする、そんなことはできないのだと。たとえ具体的な解決策を提案できなくとも、話せば多少は楽になるかもしれませんし、何か好転のきっかけになり得るのではとそう感じて、気に掛けずにはいられない、力になりたいと切に思うのですわ」

「……つまり?」
61 : der変態   2022/02/10 04:15:13 ID:iU9FjQaOKs
「ん、ん。えーっと……同じ妹という見地に立つわたくしから、あなたたちの姉妹関係について、アドバイスの一つや二つ、できるかも、と」

私が話している間、まつりはじーっと私を見つめています。瞳の奥の奥に何か探るように。そのことで、かえって私は素に近いまつりを覗いた気にさえなりました

「ありがとう、千鶴ちゃん。でも……妹の話はまた今度。ね?」

拒絶?そこまでの強い反応ではありませんでしたが、彼女の愛想笑いにしては下手でした。こちらから追究する選択肢を失くすには十分でした。
私はなぜだか、傷ついた心地がしました。その理由。まつりと別れて、よくよく考えてみましたら、それはすれ違いのような感覚。
まつりとは友好的な関係を築けているのだから、彼女の抱える問題に関して、この私になら話してくれるのではないか、そんな驕り。
62 : P殿   2022/02/10 04:15:28 ID:iU9FjQaOKs
がっくりと気落ちするには、私の心にも身にも余裕がありませんでした。すなわち、カフェでの息抜きを終えると、その後は公演に向けて、気持ちを切り替えレッスンに励む日々に急かされてしまったのです。
アレクサンドラがノエルを想う気持ち、まつりが妹を想う気持ち。それを比べて、考察らしい考察をしてみるには、情報が不足しておりました。
前者については実のところ、劇の核心部分とは言えませんし、後者については姉である彼女から話を聞けずじまい。
ただ、劇にのめり込んでいくなかで別に思うところが1つありました。
クリスティーナはヴァンパイアであるのを隠し、また性別も誤魔化していた。
エドガーは性別を偽っていた。
エレオノーラもまた野望のためにヴァンパイアであるのを隠していた。
では、アレクサンドラは?彼女は何を隠し、秘密にし、偽っていた?それとも最初から最後まで実直で誠実でありました?
その不浄を祓う力の真実は――――?
63 : プロデューサーちゃん   2022/02/10 04:16:09 ID:iU9FjQaOKs
図らずも、あの日のカフェでのまつりとのやりとりが私に劇への理解、自分の演じるアレクサンドラへの心理の探究を進める結果を導きました。
かくして公演が大盛況かつ大成功で終了した後、かつて私に芽生えた感情は育っているのだと自覚せずにはいられませんでした。
お姫様ではない彼女を知りたい。暴くのではなく、あの子が望んで私にそれを見せ、示してくれるのであれば私はすべてを受けいれて、私自身もありのままぶつけよう。そう思ったのです。
64 : おやぶん   2022/02/10 04:16:37 ID:iU9FjQaOKs
M-6

自己嫌悪に陥らないようにしてきた。弱さを曝け出すのが嫌なのは昔々からで、苦手になったのはいつからだろう。
頼れる姉。その肩書は自分の意に反して一時的に―――と信じたいよ―――今は剥奪されているふうで。
代わりにってのも変だけど、お姫様アイドル、魔法の国のふわふわきゅーとなプリンセス!ってのが私だ。
暦は秋でも夏の暑さを引きずるあの日に、カフェで千鶴さんから妹について訊かれた時、私は話さないのを選択した。
それは単に、知られたくないからだとかじゃない。ましてや、千鶴さんが頼りにならないからでもない。
逆なんだよ。たぶん。妹からの「ファンレター」のことだったり、お盆期間中にすら帰省できなかったことで深まった溝であったりを千鶴さんに話しまえば、あの人は必ずきちんと受け止めてくれて、まるで自分のことのように憂いてくれて、何か温かい言葉をかけてくれたのだと信じられる。
でも、それはこのタイミングではないって、私よりも、39プロジェクトとしても大きな挑戦になる夜想令嬢のことに集中してほしい、いたずらに心をかき乱したくないって思った。
65 : Pちゃま   2022/02/10 04:16:46 ID:iU9FjQaOKs
千鶴さんと別れた後で、もう一度考え直してみれば、話さない選択、ある意味で彼女の優しさを拒んでしまうそれは誤った判断だったのかなって。
そんなこんなで自己嫌悪。他の、どうでもいい番組関係者、ううん、そんな人はいなくて、どんな人であろうと関わる人との感謝って大切なんだけど、ああ、いや、そういう話じゃなくてね、えっと、つまり千鶴さんだからいっそうこういう自己嫌悪になってしまったって話。
たとえば、思い出す。真夏の事務所。時間を作ってサインをひたすら書く千鶴さん。一枚、一枚、丁寧に。誰だって肩はこるものだよね。私はお節介かなー、と思いながらもいつもの調子ではいほー!と一息ついている彼女の背後をとり、肩を揉んであげた。お返しにと肩を揉まれもした。
仲良くなれている自信があった。顔合わせしたときに感じた、あの親しみやすさは本当だったって。
だからこそ、あのとき、話してみればよかった?千鶴さんは優しい人だ、話さないほうがかえって心にもやもやを残してしまった?
………そんな自己嫌悪を密やかに積もらせているうちに、公演の日がやってきた。ありがたいことに、私も観ることができた。前のお仕事が押していたらまずかったな。
66 : 彦デューサー   2022/02/10 04:17:02 ID:iU9FjQaOKs
私の悶々としたあれこれは観劇の間、吹き飛んでしまった。剣の露となり消えた。それほどまでに夢中になった。
負けていられないなぁ、と熱い何か、対抗心と表現していいのか、演じることにかけての私なりの矜持とでも言えばいいのか、そうしたものが沸々と湧き上がりもした。
とりわけ朋花ちゃん、あの子には負けたくない、何事も。楽屋に突撃するのはプロデューサーさんに前もって禁じられていたので、後のお仕事がなくても私はすごすご帰路につかざるをえなかった。
夜想令嬢の4人とプロデューサーさんたちとで打ち上げもあるんだろうな、いいなぁ。
その夜、千鶴さんに送るメールの文面を考えていると気がつけば1時間が過ぎていた。
そんなとき思いもがけない人物からメッセージが着信する。目を疑った。意識も。夢かと。
妹からのメッセージ。内容は家族の危篤に関係することではなかった。そこには安心。
67 : プロデューサーちゃん   2022/02/10 04:17:20 ID:iU9FjQaOKs

『夜想令嬢って知っている?』

………。
誰に向かって何を訊いているんだ、この子は。
宛先間違いを何秒か疑って、いや、それはないなと結論付ける。直感だけど。
でも、そんな間違えるような相手じゃない。話題について言うなら、学校の友達とする可能性はあるかな。
千鶴さんへの文面を整える作業に戻るか、それとも妹への返信を検討するか。
待って、妹からすればすぐに返事がほしいわけじゃないんじゃない?だって、私がアイドルしていて忙しいのはわかっているし、だから電話じゃなくてメッセージだし、そうだよ、そんなすぐに返さずとも、今は千鶴さんへの、今日の公演を観ての熱い想いをしたためるのを優先してもいいのでは?

『知っているよ。今日、劇&ライブ観てきたんだよ。興味あるの?』

……。違うんです、千鶴さん。つれない態度をとられ続けてきた妹から、ふらっといきなりメッセージがきたから舞い上がって反射的に返しちゃう姉心とか、そういうあれでは……あるんですけど、でも、千鶴さんのことは後でいいかなって思ったんじゃないのですーーー!!
そうして妹から返信の返信がなんとすぐにやってきた。

『かっこよかったよね、アレクサンドラ』

「え?」
68 : 夏の変態大三角形   2022/02/10 04:17:58 ID:iU9FjQaOKs
短く大きな独り言はお姫様には似つかわしくない部屋にお姫様とは言い難い響きで放たれた。クリスティーナが男性であるのを知ったエドガーはこんな反応じゃなかった……よね?
私は電話をする。誰に?妹に!返信を考えていたら時間がかかる!コールが1回、また1回と、なかなか出てくれない。じれったい。そして―――――つながった。

「説明を!」

開口一番、思い切って私は言ってやった。久しぶりに、とか時候の挨拶だとかを抜きにして。
そうしてスタートが切られた姉と妹との電話越しではあるけど、何年かぶりのまともな会話は39分後に『あ、お風呂入らなきゃ』との妹の言葉でピリオドを打った。
でも、大切なのは最後から2番目の台詞だ。妹は言った。早口で、小さく、聞き取りにくかったけど、言った。
『気が向いたらお姉ちゃんのも観に行ってあげていいよ』
………言ったよね?
69 : プロデューサー   2022/02/10 04:18:14 ID:iU9FjQaOKs
経緯を手短に話すと、こうなる。
妹の友達に朋花ちゃんの大ファンがいる。女の子だ。あのお団子頭の可愛い聖母が地方の女子中高生をも難なく子豚ちゃんにしてしまう事実はすんなり受け入れられた。まあ、いるよねって。
その子が妹を今回の公演に誘った。気が進まない妹に対して、ついてこないなら姉である私を探して挨拶してくるからと脅したらしい。脅し……?
つまりは、私と共に妹も今日、公演に来ていたってことだ。ああ、そんなのあり得ないけれど、もしも万一、公演が大したことなかったら、私は一般観客席や劇場の中で妹を見つけられたのかも。けれど現実は、どっぷりとあの世界に浸かってしまった!
ぐぬぬ……。ううん、もし会えていてもその場でうまく話せた自信もないんだけど。ないけど!一言あってもいいんじゃないかな、妹から。
いや、あったのだ。時間が過ぎ、夜になり、あったのだ。遠回しにでも、なんでも、あの子なりに私とコミュニケーションを………。どうだろう?単に照れくさくてその友達とは語れなかった夜想令嬢の感想を語りたくなっただけなのでは?それでも、いいけどね!

夜が更けていく。私はスマートフォンを握りしめ直す。
時刻は……。もう眠っているだろうか。だって、疲れているよね。
でも―――――。私は電話をかけてみる。コールが1回、2回……ドキドキした。妙に。さっきとはなんか違う。

「もしもし?」

「あっ。え、えっと。今、大丈夫ですか、じゃなくて!大丈夫なのです?……千鶴ちゃん」
70 : P殿   2022/02/10 04:18:29 ID:iU9FjQaOKs
C-7

シリウスはおおいぬ座で最も明るい恒星なのだそうです。それだけではありません。太陽を除けば、地上から見ることのできる星のうちで最も明るいのだとか。
そのシリウスから反時計回りにリゲル、アルデバラン、カペラ、ポルックス、そしてプロキオンとたどって象られるのが冬のダイヤモンド。
以前に聞いたことはありましたが、造られた夜空を使って教えてくれたのはまつりでした。
71 : プロデューサーくん   2022/02/10 04:18:40 ID:iU9FjQaOKs
年末年始は大忙しでした。アイドルになる前は実家の手伝いやら含めて商店街の中でてんてこ舞いだった覚えがありますがその比ではありません。私たちを目当てに、年末年始の特別な時間を私たちと過ごすために何百、何千という人がいたのですから。さすがに百万はいませんでしたけれど。
華やかな新年ライブが終わってから企画された、貴音、海美、美也、そしてまつりの4人を歌唱メンバーとした、とある商業施設でのコンサートライブ。それは施設内のプラネタリウムと紐づけられており、ライブの前には彼女たちがナレーターを務め、収録されたものが上映されるのだとか。
4人とも澄んだ綺麗な声をしていますから、うってつけですわね。夢見心地な時間になりそうです。
今回のこのイベント参加(観客側)には私も一人のアイドルとして勉強をしに、そして同じ劇場の仲間の活躍ぶりを見届けるために、等々と私側からの理由もありましたが、他ならぬまつりからのお願いでもありました。
「妹が来てくれるかもなのです」
数日前、まつりはいつものカフェで私に言いました。
72 : お兄ちゃん   2022/02/10 04:19:14 ID:iU9FjQaOKs
まつりの妹さん――――あれからもう4か月余りも経とうとしているのだと、私は記憶を辿りました。
秋の初めに開催された私たち夜想令嬢による公演。それにまつりの妹が偶然にも観に来ていたそうです。姉である彼女に黙って。公演の夜、妹さんはまつりに電話をして私たちの主に劇について話したらしいのです。それはまつりに言わせれば、何年か越しの姉妹のまともな会話であり、忘れられない時間になったのだとか。
それにしては、なんというか、明るい劇でなかったことに少しだけ申し訳なさもありますが、その電話の後でまつりは、今度は私に電話をかけてきました。
彼女の名誉のためにも、そのときの慌てぶり、興奮ぶりは詳細を省くと致しましょう。いずれにせよ、彼女は私に礼を言い、そしてもちろん、私も姉妹で観に来てくれたことに感謝至しました。
それから即座に彼女たち姉妹の仲がかつてのように睦まじいものに戻ったのかというとそうではありません。ただ緊張が緩まったのは間違いないようで、月に一度帰省した際には少しずつ話すようになったのだとか。
まつりはそうした経過を私に話してくれるようになりました。アイドルではない彼女のプライベートの部分。そう表現してしまうのが陳腐と思える程度に、私は彼女から妹さんのことであったり、彼女たちの思い出だったりを聴く時間が好きです。紛れもなくまつりのありのままが覗けるそのひと時が。
妹さんとの関係について、まつりは後ろ向きではありません。輝かしい過去を懐かしんでばかりではないということです。妹さんが、まつりがアイドル活動をするのに反対だったのは歴然たる事実でありますが、それでも認めつつあるよう思うのです。新しく関係性を築いていけばいいのでしょう。
73 : 魔法使いさん   2022/02/10 04:19:31 ID:iU9FjQaOKs
「千鶴ちゃんも……来てくれるのですよね?」
そのカフェで話す前に既にメールでそのことは伝達済みでした。忘れてはいないのでしょう。忘れていなくても、わかっていても、言葉にしてほしいことがある。それは私もわかります。
私が「ええ、楽しみにしておりますわ」と本心で告げると顔をほころばせるまつり。

当日、私は丸1日オフをもらっていました。会場である施設内に到着したら知らせてほしいとまつりが事前に連絡をよこしていたので、私はそれに従います。
するとまつりはプラネタリウムに来るようメッセージを送ってきました。妙だなと思いました。彼女たちのナレーションが流れる例のプラネタリウムの上映時間はまだ先なのです。
もともと少し早めに施設に到着する予定でありましたが、それはまつりや貴音たちと本番前に何か話せたらいいかな、ぐらいの心持ちでした。
私はあえて理由を訊かずに、ええ、そうです、その時点で必要であればまつりなら伝えてくるでしょう、ですから私は言われるままにプラネタリウムまで足を運んだのです。
果たして上映時間ではないそのプラネタリウムの会場は大きな両開きの扉で固く閉ざされていました。数秒、そこで立ち尽くしていると、聞き慣れた声が「こっちなのです、千鶴ちゃん」と私を導きます。
74 : 下僕   2022/02/10 04:19:51 ID:iU9FjQaOKs
「まつり、その恰好……下に着ているのはステージ衣装なのではなくて?」

上着を羽織っていてもなんとなしにわかってしまいます。どうせ着てくるなら全部が隠れるようなものにすべきでしたわね。いえ、それよりどうしてステージ衣装?

「リハーサルが終わったところだったのです。抜け出してきちゃった。あ、ちがうのですよ?許可はとったのです。プロデューサーさんや美也ちゃんたちにも伝えてあるのです」

「それでいったい何の用ですの?プラネタリウムだってまだみたいですし」

一瞬、ライブ前にいっしょにプラネタリウムを見聞きしに来たのではないかという考えが浮かびました。しかしそれはないでしょう。そんなのんびりしていたら、ライブの準備に間に合いません。美也だったら眠ってしまうのでなくて?

「千鶴ちゃんに星のこと、教えてあげようと思って。さぁ、こっちなのですー!」

「あっ、まつり、どこへ……!」

うきうきしているのが伝わってきました。それにわくわくも。リハーサルはうまくいったようです。
まつりについていくと関係者用の通用口からプラネタリウム内にふたりで入ります。
待っていたのは暗闇ではありませんでした。スタッフさんたちが既に準備を開始しているのでしょうか、造られた夜空には星が投影されています。
75 : プロデューサーちゃん   2022/02/10 04:20:06 ID:iU9FjQaOKs
「いいのです?千鶴ちゃん、あちらをよーく見るのです」

「まつり?あの、これはいったい……」

「いいから、いいから」

まつりの指先に視線を合わせます。そうしてまつりは星々について私に教えてくれました。
しばらくそれが続いたあと、まつりは黙ってしまいました。黙って本物よりもずっと近くにある狭い空を見つめていました。
私がそれを見守り、しびれを切らして話しかけようとしたときに、彼女は口を開きます。さっきまでの自信ありげで楽しげな口調からうって変わって。

「千鶴ちゃん、姫……緊張しているのです」

「え?」
76 : 箱デューサー   2022/02/10 04:20:20 ID:iU9FjQaOKs
「特別、大きな会場でもないのはわかっているのです。年末年始はもっともっと広い場所で、大勢の人たちを前にやり遂げたばかりだって」

「ええ、そうですわね。まだあれから半月しか経っておりませんもの。よく覚えていますわ」

「不思議なのです。本当に………不思議」

「まつり?あの、それは、その緊張というのは……妹さんが見に来るからですか」

「見に来るかも、なのです」

「……………」

妹さんが来てくれるかもしれない、そう改めて意識してしまって緊張に苛まれている。……とは違うのでしょうか?なぜ彼女はこうも切ない表情をしているのか。

「去年はたくさん、いろいろなことがあったのです。765プロのアイドルになって、無我夢中にきらめく舞台を目指して、テレビやラジオ、イベントのお仕事も頑張って」

「そして今年も、ですわ。去年にはできなかったこと、果たせなかった目標も、きっと今年は―――」

「わかっているのです」

まつりが私の話を遮りました。静かな声でした。でも力強くもあって。
77 : プロデューサーさま   2022/02/10 04:20:36 ID:iU9FjQaOKs
M-7

そわそわしている。なんでだろう。
目が回るような年末年始―――大半を収録で済ませて、のんびりできると思っていたのに!―――を終えてからそわそわしっぱなしだ。
何に?と訊きたいのは私のほう。何にこうも、心をざわざわとさせているのかなって。
あと2ヶ月もすれば、アイドルになって1年が経つ。そのことがうまく信じられない、実感がない。
記憶のうちで軌跡を辿れば、決して実りのない1年ではなかった。ほとんどの場合、努力した分だけ、成果が出てくれた。
今年についても既にいくつか、ライブ以外のお仕事、ドラマのオファーやイベント諸々、話が舞い込んで嬉しい悲鳴をあげている。あげているんだけど……。
このそわそわは妹が理由?どうだろう?たしかにあの初秋から、ゆるりゆるりとだけれどあの子との仲は回復している。編み物でもするように、糸の一本、一本が絡んで何かを成していくように。
けれど、そこにそわそわはなくて。
78 : Pたん   2022/02/10 04:20:55 ID:iU9FjQaOKs
焦りなのかな。
そう思い当たったのは、貴音姫や美也ちゃん、海美ちゃんといっしょにライブをするお仕事を受けたときのことだった。より正確にはその話を劇場でプロデューサーさんから聞いて、それから自分の部屋に帰ってから。
1年足らずで、増えたもののせいですっかり手狭になってしまった自室。大学に通うのも、劇場に通うのにもちょっと不便かなーって場所に位置するのも気にはなる。いっそ引っ越してしまうのはありかもしれない。いちおうアイドル。もっとセキュリティー面でもしっかりしたところがいいかな。
そういえば前に、千鶴さんも両親から「実家の手伝いもいいけど一人暮らししてみたら」なんて提案をされたって話していたっけ。ああ、それなら、少し広い部屋にふたりでいっしょに住んじゃう?いやいや、そんなこと言えやしないよね。けど……うん、千鶴さんとだったらルームシェアしてみていいかなって。そんなふうに思えるの。
そんなふうにあれやこれや考え事をしながら部屋を軽く掃除してみて、そして受けたお仕事についても考えてみて、そうしていると……うん、なんだか心が揺れ動いていた。
焦り……どうして?たぶん、みんながきらきらしているからだ。私よりいくつも年が下なのに、学校だって忙しそうなのに、それでも負けずと頑張って、頑張って、すっごくきらきらしている。
嫉妬や劣等感とは違う。いっそんな単純なものであれば、解決というか割り切るのは簡単だったかも。
79 : 貴殿   2022/02/10 04:21:08 ID:iU9FjQaOKs
劇場には私よりも年上の人がアイドルをしているし、他の事務所についていうなら小鳥さんと同い年ぐらいの人でも現役アイドルをしているのだ。
年齢で焦る必要なんてない。わかっている。わかっているんだけどね。まだまだこれからだって。ああ、でも、そっか。もうすぐ二十歳になるんだ。その節目の年を迎えるにあたって、覚悟ができていない。覚悟の有無に関係なく、その日を迎えるときは迎えるわけだけれど。
――――わかった。なんだ、あんな言葉に今更、引っかかってしまっていたんだ。
それは年末特番の収録、その裏側で出演者のひとりから、何気なく、そうだ、不躾に言われたもの。
いつまで私がまつり姫であるのか。
そんな趣旨の問いを投げかけられた。問い、じゃないよね。それってつまり、いつまでもは無理だと暗に言っているも同じだったから。あの時は他の共演者に、今日の衣装も可愛いねみたいなことを言われていたんだっけ?
ふわふわで、きらきらで。私はそうありたくて。でも……いつまで?いつまでって、それは……いつまでも。本音だけれど建前でもある。なぜなら時は止まってくれないものだから。ひたすらにどこまでも進むのだから。
いずれ終わりが来る。でも今じゃない。今じゃなくても、終わりを想像するとやるせなくなる。
80 : do変態   2022/02/10 04:21:20 ID:iU9FjQaOKs
今更だよ、全部。その程度の覚悟で私は徳川まつりをしてきたわけではない。だよね?
それなのに、どうしてだろう……この頃は、そわそわしている。
たとえば千鶴さん。年相応に大人で、余裕があって、最近はあのセレブというのが生まれやお家のあれこれではなくてむしろその心意気、あえて大袈裟な言い方をすればその魂の在り方なんだと認識している。
彼女は今後もそう在り続けられると確信できる。これからどんどん綺麗になって、理想的な年の取り方をして、そのうちいい人でも見つけるのだろうか?引く手あまただろうなって。
私は、徳川まつりは、いつお姫様でなくなる……?
81 : Pくん   2022/02/10 04:21:42 ID:iU9FjQaOKs
ふたりでのプラネタリウム。
つい千鶴さんの話を途中で遮ってしまった。これからのこと、今は話さなくたっていいじゃない、とそう思ってしまった。
この偽物の空の下で、偽物の星々に見蕩れながら、幸福感に酔いしれるのが悪くないと、今だけはそうやって千鶴さんとふたりでそんなふうに、心を落ち着かせられたらって。

「まつり?」

不安そうに。千鶴さんは私の名を呼ぶ。

「あっ……ごめんなさいなのです。えっと」

半歩、後ずさり。無意識に彼女と距離をとる。が、千鶴さんが一歩、ううん、二歩進んで歩み寄ってきた。

「ん、ん」

彼女の控え目な咳払い。何を言うつもりだろう。
82 : 5流プロデューサー   2022/02/10 04:22:07 ID:iU9FjQaOKs
「少しよろしくて?」

「え?」

千鶴さんが私に近寄る。そして私を―――――ぎゅっと抱きしめた。

「ち、千鶴ちゃん……!?」

「ダメですわね、わたくしは」

想定外の行動と、それから想定外の言葉。ため息まじり。その吐息はすぐそばで。

「あなたにどんな言葉をかければいいのか、どんなふうにあなたからその悩みを、想いを聞き出せばいいのか、わかりませんもの。ですが、まつり。こうすることで伝わってほしいのですわ。………あなたは一人じゃないと」

抱きしめられながら千鶴さんに囁かれる。その事実だけ切り取ってみれば、ああ、なんて体験なんだろう。顔が熱くなる。
83 :   2022/02/10 04:22:20 ID:iU9FjQaOKs
「ねぇ、まつり。プラネタリウムはお好き?」

「………まぁまぁなのです」

「たとえ本物の宙でなくとも、星でなかったとしても、とても綺麗で、感動的でさえある。それは同じですわよね」

「でも……本物の夜空、輝く星々を知る人たちにしてみれば、嘘でしかないのかも……なのです」

「どうでしょう?魔法のようなものと考えてしまえばいいのでなくって?」

「魔法?」

「ええ。真昼間でもわたくしたちが見えないだけで宙では星が瞬いておりますわよね。わたくしたちとは関係なく、勝手に。それはそれとして人は、真昼でも星たちのことを眺められるように、誰かに教えることができるように、夜空の美しさを伝えられるように、こんな素敵な空間を作り始めました」

「…………」
84 : プロデューサー様   2022/02/10 04:22:35 ID:iU9FjQaOKs
「わたくしは好きです。嘘だと、虚構に過ぎないのだと言い切ってしまうことができないほどに。だって、こんなにもきらきらしているんですもの。魔法なのだと信じたくありません?」

「千鶴ちゃん……」

「あなたなら覚えていますわよね?あの日……顔合わせをしたとき、わたくしがあなたに訊いたこと。そしてあなたがどう答えたか」

「――――――あっ」

フラッシュバックする、あの日の出来事。なんだ……私、あの頃から答えは持っていたんだ。ただちょっと忙しくて、疲れて、だから……弱気になっちゃった。そうなんだね。そのことを千鶴さんが教えてくれた。

「ふふっ、忘れていました?思い出してくれたならいいのですわ!」

すっと千鶴さんが私から離れる。そうして私たちは向き合う。

「まつり。いいこと?」
85 : 箱デューサー   2022/02/10 04:22:52 ID:iU9FjQaOKs
千鶴さんの眼差しから逃げることをやめ、私は見つめ返して、続きを待つ。

「あなたの魔法が解けそうになって、そしてそれをあなた自身でかけ直すことが難しいのなら、その時は……わたくしが何度だって魔法をかけてあげますわ。本物だとか偽物だとか、気にならなくなるまで何度も。あなたに信じさせてあげます、ええ、教えてあげますとも、わたくしの大切な友達がどんなに素敵な女の子で、アイドルであるかを」

でしょう?と千鶴さんの目が言い、そしていつもどおり、おーっほっほっほっほと彼女は笑う。咳こまない。
私は胸の奥、心の底からとめどなく気持ちが、いろんな、一言で表すなんて到底無理な、想いが溢れて、うん、溢れてしまって、何も言えない。言葉にできない。

「あ、あれ?えっと、見当違いでしたか?ま、まつり……?」

おろおろと、千鶴さんは。こういうとき最後までビシッとは決まらないのが彼女らしい。いい意味で。お仕事だと決めてくれるのにね。でも、そういうちょっと抜けたところも大好きで。

「千鶴ちゃん――――」
86 : 変態インザカントリー   2022/02/10 04:23:12 ID:iU9FjQaOKs
今度は私から。千鶴さんに抱き着いた。抱きしめる。言葉にならなくて。でも、伝わってほしくて。感謝を、嬉しさを伝えたくて。
一分ほど抱きしめたままだったかな、私はやっと落ち着いた。

「私も………」

「え?」

「もしね、千鶴…さんが、その、魔法が解けてしまいそうになったら、私が何度だってかけ直してあげるね」

「なっ!? そ、それはどういう……」

「ふふふっ。秘密なのです!……でしょ?」

私は彼女から離れ、おどけてみせた。くるりとその場で一回転してみせる。

「やれやれ、かないませんわね。ほら、ハンカチを貸してあげますわ」

「あ、あれ?ほんとだ。泣いちゃっているのです」

気づかなかった。自然に零れていた。
87 : せんせぇ   2022/02/10 04:23:30 ID:iU9FjQaOKs
「さぁ、わたくしたちに見せてくれる、聞かせてくれるのでしょう?」

「もちろんなのです!わんだほー!な姫たちのライブ、見届けるのですよ!」

そうして千鶴さんは私を送り出してくれる。
千鶴さんがプラネタリウムを楽しんでいる間に、私たちはライブの最終調整を行う。
あてがわれた控室で、美也ちゃんが「もう大丈夫そうですな~」と私をまじまじと見て、いつもののんびりした口調で言い、笑った。
貴音姫とそれに海美ちゃんも横でうんうんと頷いていた。
88 : プロデューサー君   2022/02/10 04:25:37 ID:iU9FjQaOKs
ライブが終わって、そのまま帰ろうとしていた妹を捕まえて、抱きしめて、少し話をして、それでまぁ、また涙を見せちゃって。
その帰り道。ふと見上げた夜空にシリウスが輝いていた。私の瞳に映ったそれも輝いていればいいな、だなんて思ったの。

そして私は決めた。あと一週間して、二十歳になったら。
試しに、そうだよ、べつに深い意味なんてないんだけど、思い切って提案してみよう、するだけタダだもん、うん、千鶴さんに――――いっしょに住んでみませんか?って。姫のお城にご招待!ってのはなんか違うかな。
89 : おやぶん   2022/02/10 04:40:43 ID:iU9FjQaOKs
そんなことを考えながら私は歩いた。一歩ずつ、私の道を。

あなたのおかげだよ、千鶴さん。ありがとう、大好きな人。
魔法が解けるのを怖がっていたお姫様はもういない。
綺麗な綺麗な 心が満ちていく星空で 夢も満ちる だからもう大丈夫
でしょ?
ひめごとを胸に星を想えば、溢れてくるこのあたたかな気持ちが私を支え、強くするから。
私は明日もはいほー!と笑顔で明るく進むのだ。
90 : プロデューサーさま   2022/02/10 04:41:00 ID:iU9FjQaOKs
以上です。報告してきます。
91 : Pさん   2022/02/10 06:58:35 ID:4ty5dv2HSE

読み応えあった
読み辛いのは仕様ってことだけど、作ったキャラじゃない本心とか溢れてくる思いを表現したのかな?と勝手に解釈した
92 : プロデューサー殿   2022/02/10 10:56:38 ID:JuJ/ZHxFBw
乙!
この2人いいよね
93 : Pサマ   2022/02/10 15:38:30 ID:L51NWZG.II
乙乙
面白かった
モノローグのまつりをみてると何だか庇護欲が強く湧いてくるね……
94 : 兄ちゃん   2022/02/19 14:03:53 ID:teqfwz/c7E
長目だけど面白かったよ
95 : おやぶん   2022/02/19 21:01:10 ID:7KpZ1Zr24U
良かった
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