【アイマスSS祭2025】納涼事務所奇譚
1 : 夏の変態大三角形   2025/08/10 17:50:03 ID:EzUxw4qCZI
これは私が担当アイドルと共に遭遇した怪異のお話です。

とある休日の昼、某芸能事務所のプロデューサーである私は都心の繁華街にあるとある廃ビルに来ていました。
ただ繁華街とはいっても中心から遠い端の路地裏にあり、ネオン煌めく大通りとは異なって灯りも少ないうら悲しい雰囲気の場所でした。

ここに来たのは数日後に行われるロケの下見の為です。
何でも数年前に火事にあったこの建物では火元となった2階に髪の長い女性の幽霊が出るとのことで、ネットではちょっと有名な肝試しスポットになっているとの事でした。
今回はビルのオーナーが代わり建物の建て替えが決まったのを期にその前にここで心霊番組を撮ろうとの企画が持ち上がり、そのレポーターに選ばれたのが弊社所属のアイドルだったというわけです。
2 : 我が下僕   2025/08/10 17:50:39 ID:EzUxw4qCZI
下見を言い出したのは彼女です。ロングな髪と清楚で真面目な雰囲気から委員長というあだ名で呼ばれることもしばしばな彼女は実際に内面も真面目で、今回の下見も予習をしておきたいという彼女の要望によるものでした。

メンバーは4名。私と彼女に加え番組スタッフが2名。うち1名は念のためという事でカメラを回しています。

「本日はご足労をおかけして申し訳ありません。よろしくお願い致します」
「いえいえ構いませんよ。こちらこそよろしくお願いします」
3 : プロデューサー様   2025/08/10 17:51:07 ID:EzUxw4qCZI
挨拶もそこそこにビルの新オーナーから預かった鍵でもって工事用の仮囲いの扉を開けて中に入ります。
囲いの外からでは分かりませんでしたが建物の構造自体はよくある雑居ビルのそれで、2階への階段はすぐに見つかりました。

火事の後長いこと放置されていたであろう通路には剥がれた外壁や建材であろうゴミが散らばり、壁や天井の煤が否応なくここで起きた出来事を想起させます。
なるほどこれは雰囲気がある。今は日が高いから良いものの、収録本番である夜になったらさぞ不気味であろう。足元も悪いし念のためこっちでも懐中電灯を用意した方が良さそうだ。
4 : 夏の変態大三角形   2025/08/10 17:51:56 ID:EzUxw4qCZI
そんな事を考えていたらすぐに件の2階へと着きました。
開け放たれたガラス扉は割れていて、かろうじて残った部分からここがかつて焼肉屋であった事が伺えました。

扉の前で1度立ち止まり、やや緊張した面持ちのアイドルに向かって振り返ります。
5 : 兄(C)   2025/08/10 17:52:20 ID:EzUxw4qCZI
「心の準備が出来たら言ってくれ」

自分のその言葉に軽く頷くと、彼女は2、3回大きな深呼吸をしてから「お願いします」と返してきました。
彼女の後ろにいるスタッフさんにも目をやると、彼らも大きく頷いています。

「分かった。じゃあ行こうか」

ガラス等々に気を付ける様、スタッフさんにも聞こえるよう少し大きめな声で注意してから扉を潜ります。
6 : Pくん   2025/08/10 17:52:47 ID:EzUxw4qCZI
その瞬間、ぱっと周囲の景色が一変しました。

下手に触れたら怪我をしそうなほど荒れていた店内は整然と整理された木目調のおしゃれなものとなり、昼間で明るかったはずの光景は通り側の大窓をから差し込む僅かな光だけが頼りの夜のものへと変化しています。
7 : 兄ちゃん   2025/08/10 17:53:17 ID:EzUxw4qCZI
「ぷ、プロデューサー…?」

背後から担当アイドルの不安げな声が聞こえて来ます。
慌てて振り替えるとそこにいたのは突然の出来事に困惑した表情の彼女のみ。帯同していたスタッフさん達の姿は通ってきたガラス扉の向こうにも見えません。

「とにかくここを出よう」

そうしていつの間にか直っていた扉に手を伸ばすも、固く閉ざされた扉は何度力を込めて押し引きしても一向に開きません。
それじゃあと思い直し何かこのガラス扉を壊せそうな物を探そうとしたその矢先、
8 : 我が友   2025/08/10 17:54:09 ID:EzUxw4qCZI
「プロデューサー!」

彼女の悲鳴にも似た呼び掛けに勢いよく振り返ります。すると飛び込んできた光景。
それは黒い煙が充満し、方々で赤い炎が立ち上がる燃える店内の様子でした。

私はとっさに彼女に覆い被さるようにして伏せさせます。
幸いにも煙を吸った様子はなく一安心しましたが、この異常事態に怯えているのか彼女の震えが押さえ込んだ手から伝わって来ます。

「大丈夫。大丈夫だから。な?」

とにかく彼女を落ち着かせようと根拠の無い言葉が口から飛び出ます。
今出来ることは扉を壊して脱出することだと信じ、椅子でもないかと炎の勢いが増しつつある店内に向かおうとしたところ──
9 : 3流プロデューサー   2025/08/10 17:54:40 ID:EzUxw4qCZI
「──ないの──えないの……」

自分でも彼女のものでもない第三者の声が唐突に聞こえてきました。
びくんと腕の中の彼女が強ばったのが分かります。
そんな彼女を庇うようにして伏せたまま、声のした方へと体を向き直します。

「──えないの……きえないの……」

声は徐々に大きくはっきりとしたモノになって来ています。
おそらく……若い女性のその声は明らかにこちらへと近づいてきていました。
10 : お兄ちゃん   2025/08/10 17:55:28 ID:EzUxw4qCZI
私は直感的にアイドルと声の主とを会わせてはいけないと思いました。
幸い声が聞こえてくるのは扉と反対の方向からです。声を出さない様にジェスチャーで彼女に扉の方へ向かうよう示すと、彼女は頷きそろりそろりと動き出しました。
よかった、あとは何か扉を壊せそうな物を探すだけです。声の主と遭遇しないよう祈りながら炎に照らされた店内に向け1歩、また1歩と進んで行くと──
11 : P様   2025/08/10 17:56:09 ID:EzUxw4qCZI
「ひゃぁっ!」

不意にアイドルの悲鳴にも似た驚きの声が響きました。
急いで振り向くと、尻餅をついた彼女を睥睨するようにして黒煙に佇む背の高い女性が立っているではありませんか。

「……えないの……きえないの……」

腰元まで下がった長くぼさぼさの髪が前面に垂れ下がり、女性の顔は見えません。
しかしそこから発せられる言葉は今やもうはっきりと聞こえて来ます。
12 : ミスター・馬車馬   2025/08/10 17:56:38 ID:EzUxw4qCZI
「消えないの……消えないの……」

冷たく、そしてとても重い情念が込められた声に──おそらく反射的に出たのでしょう、彼女が震えた声で問いかけます。

「何がですか…?」

がらり、と女性の雰囲気が変わりました。
ただ無機質にアイドルを見下ろしていた彼女でしたがわなわなと全身が震えだしたかと思うと、がばりと天井を見上げ叫び出します。
13 : 高木の所の飼い犬君   2025/08/10 17:57:10 ID:EzUxw4qCZI
「消えないの!消えないのよ!この忌々しい煙の臭いが!人の焦げる臭いが!ああもう──なんで!?どうしてよ!?これじゃあ彼に嫌われちゃうじゃない!捨てられちゃうじゃない!!」

堰を切った様にというのはまさにこの事でしょう。
それまで静かに佇んでいただけの女性はおもむろに頭を振り乱し、腕を振り回し、地団駄を踏み、その怒りを、恨みを振り撒くようにして取り乱します。
その姿はまさに狂気としか言い表せません。
14 : Pチャン   2025/08/10 17:57:37 ID:EzUxw4qCZI
その彼女がおもむろに、ぴたりと動きを止めました。そしてまたもや彼女のそばで怯えているアイドルに向かって向き直ります。
いけない!何をバカみたいに呆気にとられていたのでしょうか?私は彼女のプロデューサーです。相手がどんな存在であろうとも、アイドルを守らなければいけないというのに!

煙なんて気にしている場合ではありません。弾かれるようにして彼女の元へ駆け寄ると、彼女を庇いながら女性から距離を取るようにして下がって行きます。
15 : お父さんネズミさん   2025/08/10 17:58:06 ID:EzUxw4qCZI
「ねえ?」

するとその時でした。女性がこちらに向かって初めて口を開きました。

「私の髪、きれい?」

相変わらずぼさぼさの長髪に覆われていて顔は見えません。
ですが先程の激しさから打って変わった静かな佇まいと口調でもって、一房掬い上げた髪を見せながら聞いて来ます。
16 : 変態インザカントリー   2025/08/10 17:58:48 ID:EzUxw4qCZI
「ああ、きれいだと思う」

アイドルを背に庇いながら答えます。

「ふふ、ええそうでしょう?彼もね、いつも、褒めてくれるの。君は髪も、君に似て、とてもきれいだよ、って。ふふ、素敵な彼でしょ?」

返事をするべきかしないべきか。
しかしながらこうしている間にも火は益々強くなり煙もどんどん立ち込めて来ていました。
そして肝心の出口は彼女の後ろ。
こうなれば怪我を覚悟で通り側の大窓を破って飛び降りるしか無さそうです。
17 : ご主人様   2025/08/10 17:59:27 ID:EzUxw4qCZI
「彼はね、いつも私のことをね、褒めてくれるの。きれいだね、かわいいね、センスもいねって。特に、この髪がお気に入りで、いっぱいいっぱい、褒めてくれるの。モテモテだったのに、いっぱい、女の子に言い寄られて、いたのに、他の女じゃなくて、私を選んで、くれたのも、この髪があった、から、だったんだって」

彼女から目を反らさずゆっくり後退りしていきます。今の彼女の目には私たちなど写っていない様でした。

「でもね、それなのに……ああ、それなのに、なんて事──髪の臭いが取れないの……」
18 : プロデューサー様   2025/08/10 17:59:51 ID:EzUxw4qCZI
どん、と背中に衝撃が走りました。
慌てて振り向くとそこあったのは先ほどまでは無かった壁。
そして見渡せば目指していた窓は消え失せているではありませんか。

「ああ、くさいくさい!焼肉の臭い!煙の臭い!店が燃える臭い!人が燃える臭い!私が燃える臭い!彼が燃える臭い!」

かぶりを激しく降って怨嗟をあげる女性。
ようやく見えた顔は焼け爛れ、窪んだ目は狂気で爛々としています。
19 : Pちゃん   2025/08/10 18:00:38 ID:EzUxw4qCZI
「こんな髪じゃ、嫌われちゃう!くさくて、ぼさぼさで、汚い汚い、こんな髪じゃ、爛れた顔じゃ、彼は私を見てもくれない!」

女性の狂気に気圧されたのか背後から息をのむ声が聞こえました。
なんとか彼女を守らなければ。
幸い入り口のガラス扉はまだ消えていません。こうなったら一か八かだと腹を括り立ち上がろうとしたまさにその時、
20 : プロデューサー君   2025/08/10 18:01:37 ID:EzUxw4qCZI
「ねえ、あなた、キレイな髪をしてるわね?」

女性がこちらに、正確には自分の背後で震えるアイドルに向き直って言いました。

「ねえ、このままだと彼に嫌われちゃうの。だから、ねえ?あなたのその、きれいな髪を──ううん、そのきれいな髪と、顔を、私にちょうだい?」

そう言い放った女性の手にはいつの間にか大きな包丁が握られているではありませんか!
このままでは不味い。もう迷っている暇はありません。
私は入り口に急ぐため彼女の手を取り引き起こします。そしてすぐさま駆け出そうとしたところで──どうした事でしょうか、金縛りにあったかの様に、一向に体が動きません。

「ああ、これでようやく、臭い髪ともバイバイね。ようやくようやく、彼に私を、見てもらえる。きれいなきれいな髪の、私を、見てもらえる」
21 : Pたん   2025/08/10 18:02:05 ID:EzUxw4qCZI
動けないのは彼女も同じな様で、怯えた表情でこちらを見つめています。
なんとかしなければ。
気は急いていますが体は一向に動き出す気配がなく、女性はゆっくりですが一歩一歩確実にこちらに近づいて来ます。

「ああ、長かった。でも、これで、ついに彼に、会いに行ける。彼が、迎えに、来てくれる」

とうとう女性は彼女の前へと辿り着いてしまいました。
そしてついに包丁を高々と振り上げます。
私は満身の力を込めて彼女を、自分の大切なアイドルを庇おうと必死に体を動かそうと足掻きます。
しかし無情にも私の体はぴくりともせず、ついに女性の包丁が彼女に振り下ろされようとしたまさにその瞬間──
22 : 我が下僕   2025/08/10 18:02:41 ID:EzUxw4qCZI
「おーっほっほっほっ!」

突如響き渡る聞き覚えのある声。セレブ生まれでうちの所属アイドルのTさんだ!

「よろしいこと?焼肉の前はヘアスプレーやヘアフレグランスを髪に、消臭スプレーを服にかけておくと臭いの付着防止になりますの。またボリュームのある方は髪をまとめて抑えておくとより効果的ですわ!」

そう言うと何かを女性の髪に吹き付けていくセレブ生まれのTさん。
23 : Pたん   2025/08/10 18:04:07 ID:EzUxw4qCZI
「もちろん帰ったらすぐに入浴して髪を洗うのが一番ではありますが、疲れていたりお酒が入っていて入りたくない場合もございますわよね? そういう時はせめてドライシャンプーを使って下さいまし。最後に櫛ですくとよりグッドですわ」

どうやらあれはドライシャンプーらしい。セレブ生まれのTさんは丁寧に女性の髪を洗っている。

「またお洋服ですが、お店を出たあとに軽く振る、お風呂のあとの浴室に一時間ほど吊るしておく等々をしておくと、次のお洗濯の時に臭いが落ちやすくなりましてよ」
24 : 我が友   2025/08/10 18:05:36 ID:EzUxw4qCZI
髪を洗い終えたあと「最後にこれを」と女性に美容室の無料クーポンを渡すTさん。確かあそこは最近話題のスタイリストがいるお店だったはずだ。

「もしよろしければこれから皆様で焼肉ランチに参りませんか? 私この近くにあるリーズナブルで美味しいお店を知っていますの。せっかくの楽しい焼肉ですもの、臭いを気にせずに存分に楽しみたいですわね!」

Tさんがそう言うと女性は何やら満足げににっこりと笑って消えて行った。

セレブ生まれってすごい、俺は色んな意味でそう思った。

【了】
25 : 師匠   2025/08/10 18:06:23 ID:EzUxw4qCZI
くぅ~疲れましたw これにて完結です!
実は、夏風邪をひいたのが始まりでした
本当は話のネタなかったのですが←
あまりに暇なので廃りのネタで挑んでみた所存ですw
以下、(略)

改めて、ありがとうございました!

本当の本当に終わり
26 : ミスター・不純物   2025/08/10 18:16:27 ID:keRd2gG92I

あまりに雰囲気のある怪談でどう話を纏めるのかと恐る恐る読んでいたらセレブオチw(正直、途中で予測できなくもなかったですが)
でもこれ、こういうオチにしなかったらどう纏めたらいいのか検討つかないのも事実でしたが…
27 : 夏の変態大三角形   2025/08/10 18:33:19 ID:GLzA9te/iU
文章上手いなぁ羨ましいなあ、って引き込まれたらセレブなTさんw
もうちょっと頑張れよと思っちゃったがまあ面白いから良いかw
乙!
28 : 矢橋P   2025/08/10 18:48:09 ID:bUqwWKCRTk
セレブってすげーー(小並感)

結局長髪の女性は何者だったのだろうか

乙でした
29 : 5流プロデューサー   2025/08/10 19:34:39 ID:E3xrSK8zxg
懐かしいですね、寺生まれのTさん
30 : 仕掛け人さま   2025/08/11 03:24:51 ID:Inj6n9BF0.
乙です

Tさん…どこの二階堂さんなんだろう?
31 : 変態マスター   2025/08/12 22:23:08 ID:XPHXeb8oYM
アイドルの名前がほとんど出てこないのにしっかりアイマスSSしてるのが凄い
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