【ss】幽谷霧子「休みのない食堂」
1 : 兄ちゃん   2019/07/16 21:42:18 ID:E2hwbhvedY
偶然重なった恋鐘ちゃんとの少し長いお休み。
わたしの学校も既に夏休みに入っていたため、このまま青森県の実家へ帰ろうかなと思いましたが、恋鐘ちゃんから

「長崎はばり良かなところだから、霧子もうちと一緒にくるとよか!」

と言われ、彼女の帰省について行く事となりました。
2 : ご主人様   2019/07/16 21:42:45 ID:E2hwbhvedY
恋鐘ちゃんと新幹線に乗って駅のお弁当を食べて冷凍した蜜柑を食べて、初めて富士山を恋鐘ちゃんと一緒に見て、恋鐘ちゃんの話を聞いていたらあっという間に長崎県です。

新幹線から降りて外の空気を吸えば青森に降り着いた時は青森を肌に感じてただいま、帰って来たよとなるのですが、長崎に降り着いた今は隣にいる恋鐘ちゃんがそんな感じに背伸びをグッとしていたので、知らない土地の空気でも霧子は恋鐘ちゃんといっしょに帰って来たよって隣で揃ってわたしも背伸びをしました。
3 : 監督   2019/07/16 21:43:02 ID:E2hwbhvedY
それから何本もバスを乗り継いで、海岸沿いを登ったり降ったりしていると気が付けばバスの中に恋鐘ちゃんとわたしだけ。車内は聞きなれない名前のバス停のアナウンスとエンジンの音が響きます。

わたしは遠く遠くに見える水平線をバスの窓から眺めていると、太陽がゆっくりと落ちていき時が過ぎるにつれて静かに吸い込まれそうになります。

だから少し怖くなって目をそらすと、ピンと背筋を伸ばした恋鐘ちゃんがお行儀よく隣に座っていてくれました。そしてわたしの視線に気が付いてくれます。
4 : バカP   2019/07/16 21:43:48 ID:E2hwbhvedY
「霧子、長崎は良かとこでしょ?」
「うん……」
「ずっと変わらんね。このバスも、バスから見える景色も……ばってん今日ば霧子が隣にいるから少し違うかもしれんね」
「恋鐘ちゃん……緊張してるの……?」
「そ、そんな事なか、少し久しぶりに帰るからそう見えるだけたい」

そう言ってもバスの中の恋鐘ちゃんはいつもよりも口数が少なくて、おしとやかなお姉さんに見えました。

「何年振り……?」
「……うちば飛び出してから、283プロに入って霧子と長崎に来るまで」
「それって……凄く久しぶりだよね……。わたしが一緒でも、よかったの……?」
「それは……き、霧子に長崎を案内するついでばい」
「そうなんだ……」
5 : プロデューサーくん   2019/07/16 21:44:14 ID:E2hwbhvedY
どうやら恋鐘ちゃんが帰省する為の言い訳に使われてしまったみたいです。

恋鐘ちゃんはわたしの頭を飛び越えて窓の外に視線を移すので、耿々とする瞳から目を逸らして恋鐘ちゃんと一緒に窓を見ます。

「海、綺麗だね……」
「ばりばりおっきな海見てると悩みなんかちっぽけに思えるとね。霧子、岬からは夕日も綺麗に見えると」
「……うん♪ 見に行こうね……」
6 : Pはん   2019/07/16 21:44:33 ID:E2hwbhvedY
スピーカーの割れた音から、恋鐘ちゃんの名前が車内に響きわたると隣でうとうとしていた恋鐘ちゃんはピクッと震わせて目をさましました。

「恋鐘ちゃん……あってる……?」

恋鐘ちゃんはあたりときょろきょろ見回し確認すると、またスピーカーから運転手さんのハスキーボイスでわたしたちに教えてくれます。

「恋鐘ちゃんお帰り。お店、着いたよ」

この運転手さんのことを聞けば、学校に行く時も上京するときもこの人のバスに乗ったそうです。二人でお礼を言って、海外沿いの坂を少し登ると、定食屋さんがありました。
7 : プロデューサーさま   2019/07/16 21:45:11 ID:E2hwbhvedY
昔ながらの人情ある雰囲気のお店で、漁師さんが朝ごはんを食べに来るようなそういう感じのイメージを受けました。駐車場には赤い車が一台停めてあり、中にはお客さんがまだいるみたいです。

「恋鐘ちゃん……入らないの……」
「霧子、中に誰がいるか確認してもらってもよか?」

そう言って恋鐘ちゃんの手を握って引いても背中をグッと押しても、足に根が張ったみたいでわたしの力だけでは動きません。病院に行きたくないわんちゃんみたいに
8 : Pくん   2019/07/16 21:45:39 ID:E2hwbhvedY
「ここまで来たんだよ……入ろう……。わたし……少しお腹も空いちゃったから……」

お店の外でこんなやりとりをしているのならば中の人は気づいているに違いありません。換気扇がぐるぐる回っていてその側で少し開いている窓からお父さんもまだかまだかと覗いているはずです。

ここで引き返しても次のバスまで一時間以上あるため、凄くお腹が空いてしまいます。それと、

「恋鐘ちゃん夕日……見ないと……」
「……あー、うん。霧子に長崎のよかとこ案内せんとね。やけんここまで来たら……うん。うちがお店に入らんと!」
「うん……行こう……」
9 : プロデューサーちゃん   2019/07/16 21:46:06 ID:E2hwbhvedY
お店へ入ると入れ替わりで赤い車の3人家族がお会計を済ませました。

それからわたしはお店の片隅にちょこんと座り恋鐘ちゃんのお母さんの話し相手になっていました。というものわたしの心配をよそに少し弱気だった恋鐘ちゃん本人が、お父さんとそれはもう盛り上がっているからでした。恋鐘ちゃん本人は説得する為の材料としてキャリーバックに自身の活動を証明できるものをあれやこれやと詰めてきたみたいなのですが、この定食屋さんのいたるところにそれがありました。置いてある雑誌をめくれば恋鐘ちゃんがいて、厨房から聞こえてくるのはアンティーカの曲です。
10 : プロヴァンスの風   2019/07/16 21:46:28 ID:E2hwbhvedY
「んふふふー、お父ちゃんばうちのファンになったと?」
「お母ちゃんの趣味ばい」
「何を言っとっとー、厨房もうちの曲かけて説得力なかー。んふ、CDにサイン書いても良かよー、今なら霧子のサインもつけるけん!」
「恋鐘より摩美々ちゃんが良か。一番くーるたい」
「お父ちゃん、詳しかねー」

お母さんは二人のやりとりを見ているわたしに
「お父ちゃんは不器用だから」
なんて言います。

「ふふ……仲、良いんですね……」
11 : Pさぁん   2019/07/16 21:47:12 ID:E2hwbhvedY
きっと此処にある恋鐘ちゃんは生まれた時から上京するまで、そして東京でのほとんどがあるに違いありません。それをお父さんは口ではああ言っているものの、コツコツと集めていたのでしょう。

恋鐘ちゃんのお母さんはずっとニコニコしていてわたしにもそれがうつってしまいそうで、次第に頬が緩んできます。そうしてお腹も少し鳴ってお母さんが

「ほら、霧子ちゃんもいるけん、何か食べさせてあんげんと」

とお父さんに言うとすぐに熱々にかたやきそばが出てきました。あまり見かけない太麺です。
12 : P様   2019/07/16 22:32:41 ID:E2hwbhvedY
「霧子、うちのに負けないくらいばりうまか。熱々のうちにたべ!」
「うん……。いただきます……」
13 : P様   2019/07/17 00:15:59 ID:t6sP5IR7gs
恋鐘ちゃんの心配をよそに恋鐘ちゃんのお父さんとお母さんは彼女のことを受け入れてくれました。なので今日のお宿の心配がありません。

お腹を満たし少し重たい瞼にうつらうつらしていると、肩を叩かれ目が覚めました。目の前に恋鐘ちゃんがいて、窓から溢れる陽射しは少しばかり黄色がかっています。

「霧子、約束した夕日見に行くと?」
「うん……。恋鐘ちゃん起こしてくれて……ありがとう……」
「ううん。霧子の方こそありがとう」
14 : Pサマ   2019/07/17 00:16:17 ID:t6sP5IR7gs
お父さんはまだ定食屋さんを閉めるわけにはいかないから、お母さんと恋鐘ちゃん、それからわたしの3人で、夕日の綺麗な岬に車で向かいます。

来たときに乗ったバスの進行方向へ車を走らせ、海岸線をまた登ったり降ったりします。自転車で走ると少し大変そうです。恋鐘ちゃんにそのことを言うと
「ここらの高校生ば、自転車で登校する人もいるとよ」
とのことです。毎日学校に行くだけでもたいへんそうです。歩くなんて以ての外です。
15 : プロデューサー   2019/07/17 00:16:39 ID:t6sP5IR7gs
少しばかり車を走らせると、ずっと遠くの方で光線状の光が空を幾度もかき分けていました。

「あれは……灯台……?」
「うん!岬の先に灯台、良かところでしょう」
「幻想的……だと思う」
「うちにぴったりってことばい?」
「うん……?」
「アンティーカみたいって事けんね」
「うん……」
16 : プロデューサーさま   2019/07/17 00:17:00 ID:t6sP5IR7gs
陽も次第に傾いてきます。駐車場で車を降りるとそこから歩いて岬に先まで行きます。ここにはわたし達の車と赤い車しかなくて、お母さんは何度も来ているからとここでお留守番です。なので恋鐘ちゃんとわたしだけ。
少し薄暗くなった木々の間を歩きます。恋鐘ちゃんが手を引いてくれて、進む先はオレンジ色の光で明るいです。でも、少しでも後ろを向いたり横を見ると先は夕方のぼやけた闇で心を不安にさせてくれます。

「暗いところをずっと見ていたら変なものをみるばい。前を向いていた方が良かよ」
「出るの……?」
「そがん気持ちになるとそがん気がしてくるばい。ばってん今はうちが手ば引いてるから無敵ばい」
「うん……♪」
17 : EL変態   2019/07/17 00:17:44 ID:t6sP5IR7gs
恋鐘ちゃんが言うと本当にそんな風になる気がします。もしここで本当にお化けが出たとしても、今繋いでる手をぎゅっと離さずにいてくれる気がしました。
道は急勾配な木で出来た階段になり、少し息が上がります。そうしてやっと上まで登り切ると、今までいきくるしかった木々を抜けて、見渡す限りの海が目前に広がりました。

「綺麗……」
「でしょ?」

恋鐘ちゃんはわたしの方を振り向くと自信満々の顔でそう言ってくれます。
18 : プロデューサーはん   2019/07/17 00:18:00 ID:t6sP5IR7gs
「あとはここで夕日が沈むのを待つだけ、日が沈むのは……あと少しばい」

わたしは落ちないように設けられている柵に体重を預けて夕日が水平線に落ちる時を待ち構えます。この間も恋鐘ちゃんは

「手を離したらこのまま落っこちてどこか行ってしまいそうやけん、霧子の手は離さんばい」

と言っていました。
その恋鐘ちゃんの瞳は夕日からの光輝を吸い込んで綺麗です。
19 : ご主人様   2019/07/17 01:01:20 ID:t6sP5IR7gs
いつもはじっとしているように見える太陽さんは水平線へとゆっくり身を隠します。すると水面にオレンジ色の真っ直ぐな道が出来てわたしをどこかへ導いてくれます。少しでも近づいて見たくなってほんの少しだけ身を前に乗り出すと恋鐘ちゃんがわたしを掴む力が強くなった気がします。だからわたしも握り返します。

夕日に目を奪われているから恋鐘ちゃんがどんな顔をしているのか、わたしにはわかりません。長崎に帰りたくなった理由もこの夕日を見せてくれた理由も本当は恋鐘ちゃんにあったのかもしれません。けれど聞かないでおこうと思います。
20 : お兄ちゃん   2019/07/17 01:02:22 ID:t6sP5IR7gs
半円だった夕日は次第に歪に形を崩し、何処かへ吸い込まれて行きました。余韻に浸りたいところですがオレンジ色だった空は薄暗い夜の色へと変わっています。
安全柵のところに引っ掛けてある太陽みたいに真っ黄色いな児童帽子のようにここへ何かを忘れていくなんてこともいいかもしれません。

けれど恋鐘ちゃんに手を引かれ振り向けば闇。時間が許してはくれません。街灯は当然なく携帯で足元を照らしてくれるからなんとか見えるほどです。
21 : ハニー   2019/07/17 01:02:43 ID:t6sP5IR7gs
「霧子、帰るばい。行きは良い良い、帰りは暗くて怖かよー。やけん手は離しちゃいけんよー」

そう言って茶化す恋鐘ちゃんは少し急ぎ足でした。
22 : おやぶん   2019/07/17 22:06:28 ID:t6sP5IR7gs
来た道を二人で戻ります。下り坂なのでそこまで苦には感じませんが、どこかで転んでしまわないか少し心配でした。恋鐘ちゃんは階段から落ちたり何もないところで転んだりしますから。だからそうならないように恋鐘ちゃんの手をはなしません。

駐車場は想像しているよりも早く着きました。いつのまにか、気付いたらくらいの速さです。未だに赤い車が停まっていて、もう一つの車にはお母さんが中で携帯を触っていました。恋鐘ちゃんが助手席の窓をトントンと叩くと、車内にいたお母さんは気がついてくれて、ドアのロックが外れるとわたしは助手席の後ろに乗りました。
23 : Pちゃま   2019/07/17 22:07:07 ID:t6sP5IR7gs
「夕日ばどうだった?」
「はい……綺麗でした……。とっても……」
「今日晴れてよかね。途中で誰かとすれ違ったりしたと?」
「いえ……」

ここに来てから戻るまでずっと恋鐘ちゃんと二人きりでした。けれど岬の先に帽子の忘れ物があった事を伝えると

「もう遅いから取りに戻るのは難しいかもしれんね」

と言っていました。
24 : 変態大人   2019/07/17 23:44:18 ID:t6sP5IR7gs
とても大切なものならば後日取りに来るに違いありません。その間に雨が降らなければいいのですけれど。そう思って窓から空を見るけれどその心配は杞憂に終わりました。どこまでも星の綺麗な空です。
25 : 3流プロデューサー   2019/07/17 23:44:43 ID:t6sP5IR7gs
夜は恋鐘ちゃんの部屋に泊まりました。定食屋さんの2階にその部屋があります。恋鐘ちゃんが出て行った時のままにしていたそうで、掃除はどこまでも行き届いています。座布団に座って見回せば部屋の片隅に恋鐘ちゃんが使っていた勉強机があって、あたりの壁には少し前に有名だったアイドルのポスターがたくさん貼ってありました。クローゼットにはセーラー服や昔来ていた服が綺麗な状態でかけられています。

「霧子、あんまり見んといて」
「恋鐘ちゃんの部屋には何度も行ったことあるけど……恋鐘ちゃんもこいう時期があったんだなって……ふふ、少し不思議……」
「うちだって、学校に行って青春を送っていたばい。ばってん青春はまだ終わってなか、まだまだアイドルはこれからばい」
「そう、だよね……」
26 : プロデューサーさま   2019/07/17 23:45:03 ID:t6sP5IR7gs
それから、恋鐘ちゃんの洋服の中で気に入ったものがあれば持ち帰ってもいいよと言われたのでファッションショーをしました。恋鐘ちゃんの洋服はおしゃれなものばかりで色とりどりカラフルです。わたしは恋鐘ちゃんに自由を奪われて着せ替え人形に。けれど着る服着る服サイズが合わなくてどれもブカブカです。

「恋鐘ちゃん……サイズ合わないみたい……」
「霧子は小さくて可愛かねー。羨ましかー」
「となりの芝は青く見えるっていうから……恋鐘ちゃんを羨ましいって思う人もたくさんいると思うよ……」
「そげん不便なことばかりたい。見んね、霧子いやしい服ば少なかー」
「恋鐘ちゃんが着ればどれも可愛いと思うけど––––」
27 : ハニー   2019/07/17 23:45:21 ID:t6sP5IR7gs
バァン バァン

どこかの戸を叩いた音がしました。一瞬の出来事に場は静まり返り息を飲みます。恋鐘ちゃんと目配せをします。壁にかけられている時計が目に入り針は1時を指しています。

「誰か……来たの、かな……?」

バァン バァン

また音がなりました。
恋鐘ちゃんは抜き足差し足で窓に近づくとカーテンの隙間から外を見ています。
28 : 兄(C)   2019/07/17 23:45:58 ID:t6sP5IR7gs
「誰もいなか、何もなか。けど少し下を見てくるけん」
「一人だと不安だから……わたしも着いて行ってもいい……?」

バァン バァン

「離れてみてるだけなら」
「うん……」

二人で一階に向かいます。前を歩く恋鐘ちゃんは廊下と階段の電気つけてくれて、わたしも転ばないように階段の手すりをしっかりと掴んでおります。

バァン バァン

また鳴りました。ガラスが震えたような音がします

「お店の入り口からばい……」
29 : Pちゃま   2019/07/17 23:46:54 ID:t6sP5IR7gs
恋鐘ちゃんはサンダルをカコンと鳴らして、その音の方へ行きます。わたしはその背中についていくだけです。

恋鐘ちゃんはお店の電気をまばらにつけると、少し暗い入り口のすりガラスに人影が3つあることがわかりました。暖簾は中に掛けてあるため肩から上は見えそうにありません。
わたしはまたお店の片隅にある椅子に座り様子を伺います。

バァン バァン

恋鐘ちゃんはサンダルを鳴らし、何の問題もなく引き戸を開ければ、そこには日中このお店で入れ違いになった3人家族がいます。

「こんな時間になんばしよっと?」
30 : 変態インザカントリー   2019/07/18 18:51:23 ID:37vy4amwnI
赤い車はあるのに誰もいないからてっきり心中したのかと
31 : der変態   2019/07/18 23:07:20 ID:JEhl/W8M1E
お店に入れないように恋鐘ちゃんの小さい体で通せんぼして言います。
この問いに誰も何の反応も見せません。頷くでもなく首を横に降ることもありません。
背の高い男の人が恋鐘ちゃんの前に立っていて、恋鐘ちゃんの頭を飛び越えてお店の中を見ています。
そうして一つの席を見つめて言いました。

「ご飯を……息子に、食べさせてもらえないでしょうか……」

少し聞き取りづらい嗄れた鈍い声です。
恋鐘ちゃんは、男の子の方を少し見ます。ずっとうつむいたままで、両手には太陽のように黄色い児童帽子を持っています。
「お金ははあるとね?」
恋鐘ちゃんはそう聞くと、男の人は静かに
「一人分だけ……」
と言いました。
32 : der変態   2019/07/18 23:07:58 ID:JEhl/W8M1E
恋鐘ちゃんは少しだけ片隅に座っているわたしの顔をちらっと見ると、通せん坊していたとから退きました。

「ろくなものは出せんばい、それでも良かなら」

招かれた3人は歩く音も立てずそろりそろりとお店の中に入ってきました。
恋鐘ちゃんはわたしに眠たくなったら部屋に戻るとよかよと言ってくれましたが、どこか胸騒ぎがしたので見届けることにしました。
33 : ボス   2019/07/18 23:08:13 ID:JEhl/W8M1E
日中活気のあったお店の中ですが、テレビも付いておらず換気扇も動いていませんから、静かにわたしの呼気と胸の鼓動が時計の針の音に合わせて聞こえます。
家族はカウンターの席に、男の子を真ん中に座っていました。わたしには背中しか見えませんが、お父さんの背中は少し丸まっていたどこか疲れている様子を伺わせます。
恋鐘ちゃんは厨房で何かを作っている様子はありません。ただ開けたり閉めたりを繰り返して、静かに今あるもので何かを用意している様子でした。
少しばかりして恋鐘ちゃんは出てきました。
34 : 仕掛け人さま   2019/07/18 23:08:40 ID:JEhl/W8M1E
お盆にお茶碗と、丸めた白いものを持ってです。

「お代はいらんよ。路銀は……」

一番近くにいた女の人はゆっくりと首を横に振りました。男の人は静かに

「私達の我儘に付き合わせてしまったので」

と言いました。
35 : プロデューサーさま   2019/07/18 23:09:58 ID:JEhl/W8M1E
恋鐘ちゃんは男の人と女の人の前には、紙で包んだ何かを。そして男の子の前にはご飯をよそったお茶碗をひとつ置きました。そこにはお箸が一膳立てられています。

「みんなでご飯食べれてよかね」

恋鐘ちゃんはそう一言言い残しました。
36 :   2019/07/18 23:39:10 ID:JEhl/W8M1E
翌朝恋鐘ちゃんに埋まった行き苦しさで目を覚ましました。久しぶりの実家で安心してから身体を揺すってもしっかり抱きつかれて動きません。なので起きる事を諦めて意識を手放せば、いつしか恋鐘ちゃんがわたしを覗いていました

「霧子、身体が重かったりなかばい?」
「重いかな……」
「い、いかんばい!霧子に塩を振らんと、お母ちゃん!しおー」
「恋鐘ちゃんで……潰れちゃいそう……」

危うくぺったんこになってしまいそうです。
37 : Pーさん   2019/07/18 23:39:29 ID:JEhl/W8M1E
家の中で食塩を振ろうとした恋鐘ちゃんはお父さんにカンカンに怒られ、わたしと二人でお店の外へ。
今日の空も青々と晴れていて、お互い食塩の瓶を振り合います。頭だったり肩にさらさらと、なんだが美味しくなれそうな気がして大きな山猫に食べられてもいいかもしれません。きっと淡白で美味しいです。恋鐘ちゃんは柔らかくて美味しそうです。
38 : Pちゃん   2019/07/18 23:40:06 ID:JEhl/W8M1E
「恋鐘ちゃん、美味しそうだね」
「霧子ば何言ってると、美味しくするにはお酒も使わんといかんばい」
「流石にお酒はダメだよ……」
「今日だけはよか!」

お店の奥からお酒を取ってこようとする恋鐘ちゃんの背を尻目に、あのカウンターにはお茶碗と太陽みたいに黄色い児童帽子がひとつ置いたままになっていました。


おわり
39 : ごしゅPさま   2019/07/18 23:41:24 ID:JEhl/W8M1E
有難う御座いました
40 : ぷろでゅーしゃー   2019/07/19 01:30:19 ID:Mx9o4ovcNI
霧子目線の優しい語り口すき
41 : 30   2019/07/19 09:40:47 ID:zagqWreOXY
やっぱり心中じゃないか!この手慣れた対応は以前にも同じようなことがあったんだろうか……
42 : Pサン   2019/07/19 11:14:09 ID:TH3SCb9sMw
怖い話かと思ったらそうでもなかった。霧子と恋鐘は可愛い
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