田中「1ドル87セント。なんど数えても1ドル87セント。しかもその内60セントは小銭」
1 : 仕掛け人さま   2021/07/17 02:04:22 ID:5r/M1vfD3k
これでは、まったくのところ、紫のソファーに突っ伏して泣くしかできません。ですから田中は嘘泣きをしました。
そうしている内に、人生というものは、ばいばい泣くのと、笑ってるけど心で泣くのと、微笑みさんとでできており
しかも、笑ってるけど心では泣くのが大部分を占めていると思うようになりました。

この家の田中がヒョウモントカゲモドキからカメレオンに少しずつ餌やりしている間に、家の様子を見ておきましょう。
ここは週8万のタワマンです。階下には郵便受けがありましたが手紙が入る様子はなく、呼び鈴はありましたが知らない人間では入れそうにありません。
しかし、田中が家に帰ると、すでに御紹介済みの田中が「琴葉」と呼びながら、いつでもぎゅうっと田中を抱きしめるのでした。これは大変結構なことですね。
2 : レジェンド変態   2021/07/17 02:05:37 ID:5r/M1vfD3k
田中は窓辺に立ち、灰色の東京湾の灰色のコンクリートジャングルにある劇場の中で野球をしている昴を物憂げに見ました。
そろそろ8月だというのに、お中元に使うお金が1ドル87セントしかありません。
何月も何月も、コツコツと周りの人間に悪戯をしたのが、この結果なのです。
大したことはしていません。太く、長く、末永くお付き合いできるように、うどんを知り合いの服やカバンに忍ばせていただけです。
田中の悪戯はいつだってそういうものでした。しかし肝心の田中への悪戯をするのに1ドル87セントしかないなんて。大切な田中なのに。
田中は、田中のために素晴らしいうどんをどこかに仕込もうと、長い間計画していたのです。
何か、素敵で、滅多にない場所――田中が驚いて叱るに値するどこかを。

その部屋の窓と窓の間には姿見の鏡がかけられていました。多分あなたは見たことがないような独特のセンスの姿見でした。
たいそう細身で機敏な人だけが、たいそう細身で機敏な人だけが、 縦に細長い列に映る自分をすばやく見てとって、 全身像を非常に正確に把握することができるのでしょう。
田中はすらっとしていたので、その技術を会得しておりました。
急に田中は窓から繰るりと身を翻し、その鏡の前に立ちました。田中の目はニヤニヤと輝いていましたが、顔は20秒の間、色を失っていたのでした。
3 : 兄(C)   2021/07/17 02:07:00 ID:5r/M1vfD3k
さて田中家には誇るべき2つのものがありました。
一つは田中の吹きガラスです。田中がガラス工房で一生懸命ガラスを吹いていたのは……何時何分でしょう?
もう一つは田中の髪でした。その田中の髪は紫色の綿あめのようにふわふわで、輝きながら彼女の周りを流れ落ちていきました。
田中は迷彩のジャケットを羽織り、丸い眼鏡をかけました。スカートを煌めかせ、ドアの外に出ると、表通りに続く階段を降りていきました。

田中が立ち止まったところの看板には「マツダ・フオオオニー。アイドル用品なら何でも」と書いてありました。
田中は階段を一つかけのぼり、胸をドキドキさせながらも気持ちを落ち着けました。

「前髪を買ってくれますかー」と田中は尋ねました。

「買いますとも!」と女主人は言いました。「眼鏡をとってくださいよー」

紫の滝がさざなみのように零れ落ちました

「20ドル」慣れた手つきで髪を持ち上げて女主人は言いました。
4 : ぷろでゅーしゃー   2021/07/17 02:08:27 ID:5r/M1vfD3k
ああ、それから伊吹のような翼に乗って2時間が過ぎていきました。……なんて使い古された比喩は忘れてください。田中は田中への贈り物を探してお店を巡っておりました。

そしてとうとう田中は見つけたのです。それは確かに田中のため、田中のためだけに捏ねられたものでした。
これほどすばらしいものはどの店にもありませんでした。田中は全部の店をひっくり返さんばかりにみたいのですから。
それは備前焼のうどんで、デザインはシンプルで上品でした。真田紐で結ばれた肇のサイン付きの桐箱には乾麺のみがその価値を主張していたのです――すべての良きものがそうあるべきなのですが。
そのうどんを見た途端、これは田中のものだ、と田中にはわかりました。このうどんは田中に似ていました。純粋で、価値のある――この表現は田中と日ハムの監督の両者に当てはまりました。
うどんには21ドルかかり、田中は87セントをもって家に急いで帰りました。
このうどんをカチューシャにすり替えれば、どんな人前でも時間を気にすることすらできないでしょう。
うどんは白なのですが、白は清廉潔白。白はどんな色にも染まるので、どうかあなた色に染めることができるのです。

田中が家に着いたとき、興奮はやや醒め、分別と理性が頭をもたげてきました。
ヘアアイロンを取り出し、電気を入れると、愛に気前の良さを加えて生じた被害の跡を修繕する作業にかかりました。
そういうのはいつも大変な仕事なんですよー、ねぇ琴葉――とてつもなく大きな仕事なんですよー。
5 : ぷろでゅーさー   2021/07/17 02:10:37 ID:5r/M1vfD3k
「私のことを殺しはしないでしょうけどー」と田中は独り言を言いました。
「琴葉は私のことを見るなり、昔の伊織ちゃんみたいだって言うかも。でも私になにができるって言うんですか――ああ、本当に1ドル87セントで何ができるんでしょうねー」

七時にはうどんの用意ができ、鍋の生クリームと牛乳は空になり、卵黄と砂糖とバニラエッセンスに加えたタネは冷蔵庫で冷やして準備ができました。
田中は決して遅れることはありませんでした。田中はタンスのカチューシャを全てうどんで二重に巻き、彼女がいつも入ってくるドアの近くのテーブルの隅に座りました。
やがて、田中のエレベーターが到着した音が聞こえると、田中は一瞬顔が青ざめました。「神さま、どうか琴葉が私のことを今でも可愛いと思ってくれますように」と囁きました。

ドアが開き、田中が入り、ドアを閉めました。田中はB79で、生真面目な体つきをしていました。かわいそうに、エレナは85恵美は88あるのに――彼女は年長者を背負っているのです。
ハーヴェイ君になる必要もないし、フェンシングでウェアを着ることもあるのでした。
田中は、ドアの前で立ち止まりました。なーちゃんがくるまでじっとしている甜花と同じように、そのまま動きませんでした。
田中の目は田中に釘付けでした。そしてその目には読み取ることのできない感情が込められていて、田中は恐くなってしまいました。
それは憤怒ではなく、驚嘆でもなく、拒否でもなく、恐怖でもなく、田中が心していたどんな感情でもありませんでした。
田中は顔にその奇妙な表情を浮かべながら、ただじっと田中を見つめていたのです。
6 : Pちゃん   2021/07/17 02:11:48 ID:5r/M1vfD3k
田中はテーブルを回って田中の方へ歩み寄りました。

「琴葉ー。ねぇ、琴葉」田中は声をあげました。「そんな顔して見ないで欲しいんですけどー。前髪はー切って売っちゃいましたー」
「だって琴葉に悪戯一つせずに夏を過ごすなんて絶対できないでしょー?前髪はまた伸びるし――気にしない、よね?」
「私の髪ってすぐ早く伸びるしー。『でこ出しもセンスいいねって言ってよー、琴葉。それで楽しく過ごそー?どんなに面白い――琴葉が叱ってくれるような悪戯を用意したか、当てられないよー?」

「前髪を切ったって?」田中は苦労しつつ尋ねました。まるで懸命に頭を働かせても、明白な事実にたどり着けないような有様でした。
「切って、売っちゃいましたー」田中は言いました。「それでも、私のこと、変わらず構ってくれますよねー?前髪が無くても摩美々は摩美々ですよねー?」
田中は部屋を探しものでもするかのように見渡しました。
「前髪が無くなっちゃったって?」田中はなんだか未来ちゃになったように言いました。
7 : 兄(C)   2021/07/17 02:13:28 ID:5r/M1vfD3k
「琴葉の前髪はちゃんとありますよー」と田中は言いました。「だから、――しっかり纏めなきゃいけないから、ねぇカチューシャいるでしょー?部屋用にして?」
「うどんを贈るのは太く、長くお付き合いが続きますようにって為なんですよ。たぶん、うどんの一本一本まで神様には数えられているんでしょーねー」
田中は急に真面目になり、優しく続けました。
「でも、私がどれだけ琴葉が好きかは、誰にもはかることはできないと思うんですけど。うどんをかけていい?琴葉」
田中はぼうっとした状態からはっと戻り、田中を窘めました。
田中は白衣のポケットから瓶を取り出すと、テーブルに置きました。
「ねぇ摩美々、私のことを勘違いしないで。うどんを贈る意味とか予習していて知っているわ。食べ物で遊んだことは怒ったりするけど」
白い指が瓶のラベルを返しました。ラベルには『めんつゆ』と書かれていたのです。
8 : 兄ちゃん   2021/07/17 02:14:03 ID:5r/M1vfD3k
そのめんつゆが高価だということは田中は知っていました。前髪を売って買ったうどんにぴったりでした。
田中はめんつゆを胸に抱きました。そしてやっとの思いで涙に濡れた目をあげ、微笑んでこう言うことができました。
「私の買ったうどんは、とっても早く伸びますよー、琴葉」
そして田中は炎上した夢見のようにジャンプして声をあげました。
「そうだ!」田中の大好きなアイスの凝固時間をまだ確認していないのです。
田中はガラス工房で2時34分を指していた時計を探しました。
田中はソファーに行儀よく腰を下ろし、両手を胸の前で組んでにっこりと微笑みました。
「めんつゆを買うお金を作るために、私は時計を売ってしまったのよ。さあ、うどんを食べましょう」
9 : レジェンド変態   2021/07/17 02:15:16 ID:5r/M1vfD3k
大陸の導師は御存知のように賢い人達でした。――素晴らしく賢い人達だったので、付き合いが長く続くようにと麺を贈るという習慣を考えたのですね。
彼らは賢明な人たちでしたから、贈り物ももちろん賢明なものでした。
私はここまで拙いながらも、タワマンに住む二人の愚かなトップアイドルたちに起こった、平凡な物語をお話しました。
二人は愚かなことに、家の宝物をお互いのために台無しにしてしまったのです。しかし、贈り物をする全ての人の中で、この二人のような人たちこそ、最も賢い人たちなのです。
世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。

うどんこそ、本当の、お中元なのです。
10 : そこの人   2021/07/17 02:16:57 ID:5r/M1vfD3k

原作『賢者の贈り物(著・オー=ヘンリー 訳・結城浩)』

11 : プロデューサーちゃん   2021/07/17 02:17:53 ID:yPd6TVXJn6
賢者の贈り物ってうどんのことだったのか
12 : プロデューサー様   2021/07/17 02:29:51 ID:BVOzW6jubI
田中は文学 うどんは人生
13 : Pちゃん   2021/07/17 06:09:57 ID:kLEHdxIRDM
オチも含め今年見たなかでも五指に入る傑作
それと松田は後で事務所に来るように
14 : お兄ちゃん   2021/07/17 09:23:26 ID:PW35r1.f1I
伊吹のような翼ってなんです?
15 : Pたん   2021/07/17 09:24:20 ID:vrDRQU3mJQ
??「うどんへの愛にあふれた素晴らしい作品でした!」
16 : 変態インザカントリー   2021/07/17 13:12:21 ID:pVXUfDsh4s
新シナリオでシャニPにうどん贈ったまみみはもう立派なアイマスうどんクラスター
17 : 彦デューサー   2021/07/17 13:15:42 ID:HyDuefzUPY
>>16
あ、そんな謂れがあってのスレだったのね
納得……できるかなぁ?
18 : Pちゃん   2021/07/17 18:51:11 ID:mXpWfLvWIY
今日の晩ごはんはうどんにしよう
19 : プロデューサー   2021/07/17 22:58:29 ID:xccOYjQD9I
大地を震わす和太鼓の律動に甲高く鋭い笛の音が重なり響いていたぐらいの文学
20 : ダーリン   2021/07/18 00:48:01 ID:fFRfKOk3tg
>>16
シズカール、マミミス、ハジメスでアイマスうどん三銃士揃ったよ、ドラえもん!!


生地ねる力が おまえにあるかぎり 切れない縁は この世にない
水のしずくが 小麦と出逢えば 琥珀のツユに 絡めるように
啜ってあげたい 麺と出逢えば おまえはすでに お箸もつ アイドル
さあ いざ いま もう 箸をとれ
さあ いざ いま もう 喉をぬけ
おまえの 饂飩は 元気
21 : ぷろでゅーしゃー   2021/07/18 03:30:36 ID:7gz9ZKlXMM
>>17
まみみと同棲してただけの琴葉は完全に巻き込まれた形なので納得できない
22 : 彦デューサー   2021/07/18 07:13:30 ID:EFOw8RP9Yo
なんなんすかねこれ?
23 : 仕掛け人さま   2021/07/18 12:15:46 ID:9uLKWH1t62
アスペですまんですが「なんど数えても1ドル87セント。しかもその内60セントは小銭」がよくわからないです
1ドル27セントは小銭ではないという事でしょうか?
24 : ハニー   2021/07/18 21:11:44 ID:v7XBsyt5oc
多分だけど25セントが1コインみたいな感じなんで
765円持っているけど100円玉は一枚だけで、残りの665円は50円玉と10円玉と1円玉でジャラジャラしててみっともない
みたいなことだと思う
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