【SS】千早「……‟幸せな夢を見る呪い″、ですか?」
1 : P   2023/11/24 10:50:09 ID:aSzN77JqUU
 ――目の前で、幼い女の子が救いを求めるような、か細い声ですすり泣いている。
 その子に手を差し伸べようとして、目が覚めた。

「千早……?」

 その女の子は、千早だった。
 上半身だけ起こし、露わになっていた肢体をシーツで隠したまま、両手で顔を覆い、静かな嗚咽を漏らしている。

「! ……すみません。起こしてしまったようですね」

 僕の様子に気づくと、気まずそうな声色で慌てたように、目元をぬぐった。

「いや、それはいいんだけど」

 と、千早の顔を覗き込み、目尻で膨らみかけていた水滴を拭いさる。

「悪い夢でもみた?」
2 : P   2023/11/24 10:50:30 ID:aSzN77JqUU
 千早は大きなため息をつく。
 悪い夢なら、どれほどよかったでしょうか、と。
 潤んだ瞳から雫が、またひとつ、零れた。

「……悪い夢どころか、とても、幸せな夢でした。
 家族の夢です。
 そのなかでは私はまだ幼くて、両親も、仲が良いままで。
 2人に可愛がられながら私は、お絵かきをして、ご飯を食べて、お歌を歌います。
 私は楽しくて、うれしくて、幸せでした。
 ……しあわせと、思ってしまったんです」

 ――優が居ないのに。

 消え入りそうな声で放たれたそれは、他ならぬ千早自身をひどく打ちのめした。
 傷だらけの躰(からだ)へ自ら鞭を振り下ろしたように声をあげながら、悲痛な表情で顔を覆う。
3 : P   2023/11/24 10:50:52 ID:aSzN77JqUU
「私の幸福を体現したようなあの夢のなかに、優は居ませんでした!
 疑問にすら思わなかった!
 姿も声も記憶も! 何もかもが無い!!
 忘れるはず、ないのに。
 私だけは、絶対に忘れてはいけなかったのに……!!」

 息が尽きた指の隙間から一瞬だけ、救いを求めるような視線を感じた。
 けれど、そんなことは許されない、と言わんばかりに背中を向けてくる。

 僕は、なんだか腹が立ってきた。

「……ひどい話だな」

 千早の肩がビクリと跳ねる。
 白く小さな背中を丸めた彼女は、まるで大目玉を喰らってしょげる幼子のようだ。
 両肩に、天使の羽のような肩甲骨が浮かび上がってみえる。

 ……優くんか誰かは知らないけどさ。
 どうして、こんな天使を泣かせるんだ。
4 : P   2023/11/24 10:51:17 ID:aSzN77JqUU
「すみませーー」

 言いかけた彼女を、強引に振り向かせる。
 驚き顔を上げた所で優しく髪をなでながら、絶望の言霊を吐き出すパンドラを、僕の唇で塞いだ。
 ――水っぽい音がして、確かな感触と温かさが、ゆっくりと、2人の心へと響いていく気がする。
 ……響いてくれていると、いいんだけど。
 少なくともそれは、絶望の言霊を吐き出すパンドラの箱を食い止めるには、十分だった。

「……プロデューサー……」

 さあ、最後の大仕事だ。
 僕は吐き出されたそれらを、『希望』へと変えなければならない。

「本当に、ひどい話だ。
 千早は、呪いをかけられたんだね。
 これはきっと、‟幸せな夢を見る呪い″、だ」
5 : P   2023/11/24 10:51:35 ID:aSzN77JqUU
「……‟幸せな夢を見る呪い″、ですか?」

「そう。……それを強制的に決めつけて、見させられる呪いなんじゃないかな。
 まったく。どこのどいつが、俺の千早に呪いをかけやがった?
 黒井社長か? 黒井なのか?
 やっぱりあのときコロしておけば良かったのか!?」

「や、やめてくださいプロデューサー! あのときって何ですか!?」

 あ、しまった口が滑った。……なーんちゃって。

「……もう、なんなんですか」

 千早が少しだけ、笑った。
6 : P   2023/11/24 10:51:56 ID:aSzN77JqUU
「……それに。呪いなんか無かったとしても、さ」

 僕は、千早の左頬につたっていた涙の線を拭い去り、そのまま手の平で感触を楽しんだ。
 柔らかくて、すべすべで、温かいなぁ。
 されるがままの千早は、どこか、うれしそうで。

 ……ああ。僕は本当に、千早が好きなんだ。

「幸せの形は、1つじゃない。
 千早が、”両親の愛情を一身に受けた”その夢を、幸福ととるのは、間違いじゃないよ。
 それは誰もがみんな、当たり前に持っている感情だ」
7 : P   2023/11/24 10:52:15 ID:aSzN77JqUU
「……そう、なんでしょうか……」

「”両親からの愛情を独り占めしたい”ことと、”優くんと一緒にいたい”、ということ。
 これらの感情は千早のなかで同居できているし、矛盾しないだろう?
 ただ千早は、その一面を覗いたに過ぎないと思うんだ」

「一面、ですか」

「それにさ。
 ……さっきから僕は、たいへん腹が立っているし、とっても悲しいんだけど」
8 : P   2023/11/24 10:52:45 ID:aSzN77JqUU
「え――」

 僕は千早を、きつく抱きしめた。

「その”幸せな夢”とやらのなかに、僕が居ないじゃないか。
 こんなことってあるかよ、冗談じゃない!」

 千早は微かに笑って、抱き返してきた。

「……千早はさ。幸せじゃないのか? 僕といて」

「いいえ」

 向き直った視線の先には、すっかり顔の赤くなった千早のほほ笑みがあった。

「私は、しあわせです。
 ……貴方がいてくれたから、私は今、とっても幸せなんです」
9 : P   2023/11/24 10:53:05 ID:aSzN77JqUU
 ――私に、幸せな呪いをかけてください。
 と、千早が耳元でささやく。

 僕たちはもう一度、くちびるを合わせた。
 パンドラの箱からはもう、希望しか出ない。


 ー了ー
10 : P   2023/11/24 10:53:25 ID:aSzN77JqUU
お察しのとおり、アイドルが幸せな夢を見る呪いをかけられたあのスレから思い立って書いてしまった
千早さんが悲しむのを想像すると耐えられなかった

スレに投下しようかとも思ったけど、流石に長すぎてスレ立てた

読んでくれた人がいれば嬉しい
11 : P様   2023/11/24 11:10:23 ID:tia3K0czts
ありがとう、本当にありがとう
12 : Pサマ   2023/11/24 11:24:24 ID:76vurY5uAM
千早は隣にPがいないとヤバいことになりそうだよなぁ。
13 : ハニー   2023/11/24 11:42:39 ID:gEYzc32pKw
乙!
ちーちゃんを幸せにするPにも幸あれ!
14 : イルデューサー   2023/11/24 11:54:03 ID:f3tVA.oDkI


逆として不幸な由愛を見るノロイがあっても、淡々と受け入れそうで恐くもあるんだよなぁ
15 : へっぽこ大名行列   2023/11/24 12:12:33 ID:bgW2MgcD8w
乙です
幸せとは……深いSSでした
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