【SS】はてしないTHE iDOLM@STER
1 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:46:11 ID:kVGxoUcuNw
SSを書いたので投下します。
いくつか注意点があるので、まずそちらから書いていきます。
2 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:47:30 ID:kVGxoUcuNw
注意点1

長いです

地の文多めで、字数は9万文字程度あります。
そのため、投稿は何回かに分ける予定です(Act-4開幕までには終わらせたいです)。
完結した後、改めて推敲・校正し、Pixivかハーメルンに置こうと思っています。
3 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:48:31 ID:kVGxoUcuNw
注意点2

THE iDOLM@STER諸作品のネタバレがあります

THE iDOLM@STERの名を冠する様々な作品の、核心部分を含むネタバレ及び引用を含みます。
主に過去作品ですが、気にされる方はご注意ください。
4 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:50:25 ID:kVGxoUcuNw
注意点3

はてしない物語のネタバレがあります

タイトルから分かる通り、ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」と関係のあるお話になります。
未読の方、とりわけ百合子Pで未読の方は、ここから進まず、「はてしない物語」を先に読むのをお勧めします。
その際は、文庫本や電子書籍ではなく、ハードカバーを入手しましょう。
理由は言えませんが、そのほうが後悔しないと思いますし、おそらく百合子も同意見だろうと想像します。
5 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:52:51 ID:kVGxoUcuNw
注意点は以上となります。
それでは、始めます。
6 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:54:17 ID:kVGxoUcuNw
 蒸し暑い7月の、3連休の中日となる日曜、昼過ぎだった。折から降り出した大粒の雨の中、人通りのあまりないバス通りの歩道を、中学生くらいの少女が、編み込みの入ったボブヘアを揺らしながら走っていた。青地にアーガイルチェックのあしらわれた半袖のサマーカーディガンを通した両腕には、やや小ぶりなハードカバーの本が抱えられている。少女の目は、20メートルほど先にある屋根付きのバス停に向けられていた。短めのスカートからのびる脚で、ラストスパートだと言わんばかりに強く地面を蹴った少女は、ほどなく目的地へと到着した。
7 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:55:13 ID:kVGxoUcuNw
 風がないため、バス停の下に雨はほとんど吹き込んでこない。少女は息を切らしながらも、ほっとした表情で腕の中の本を見下ろした。その際、ベンチに座っている男の姿が視界に入ったはずだが、それはあまり気にならなかっようだ。少女は立ったまま本を開くと、ページをめくり始めた。
8 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:56:21 ID:kVGxoUcuNw
「おい」

 突然聞こえた声に、少女は顔を上げた。その声が自身に向けられていて、さっきちらりと見えた男が発したものだと理解するのに、少女はしらばく時間を要した。だから、男が座ったままハンカチを差し出しているのにも、何のリアクションも取れなかった。
9 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:57:02 ID:kVGxoUcuNw
「拭けよ。風邪ひくぞ」

 少女は改めて男を見た。年上のようには思えたが、男というよりも少年と言ったほうがいい年齢、高校生くらいに見えた。赤いシャツにジーンズ、スニーカーといったいでたちで、眼鏡の奥のたれ目に、どこか見覚えがあるような気がした。
10 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:58:12 ID:kVGxoUcuNw
「遠慮すんなって」
「は、はいっ!」

再度促され、反射的に返事をした少女は、本をベンチの端に置くと、四つ折りされた真っ白なハンカチを受け取った。そして手中の物体と少年の顔とに視線を数度行き来させてから、前髪のへばりついたおでこと首筋、それから腕を軽く拭くと、

「あっ、ありがとうございましたっ!」

上ずった声で、ほとんど叫ぶように言いながら、顔を伏せ気味にして少年にハンカチを差し出した。それを受け取りショルダーバッグにしまう少年の横顔を、そっと窺っていた少女は、少し逡巡の様子を見せた後、思い切ったように口を開いた。
11 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 22:59:12 ID:kVGxoUcuNw
「あのっ! ジュピターの天ヶ瀬冬馬さん、ですか?」
「……ああ」

 手をバッグに突っ込みながらの少年の肯定に、少女はぱっと顔を輝かせた。

「友だちに天ヶ瀬さんが好きな子がいて、ブロマイドを生徒手帳に入れて持ってて、それで……」
「声がたけぇよ。抑えてくれ」
「あっ、はい、すみません」

 少女は軽くあたりを見まわした。2人の会話が聞こえるような距離に、人影は見当たらなかった。少女はあらためて、声を落とし気味にしながら、話を続けた。
12 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:00:12 ID:kVGxoUcuNw
「その、私の友だちなんですけど、天ヶ瀬さんが961プロをやめちゃってから、ちょっと元気がなくなっちゃって。このまま引退しちゃうのかなって……」

少女がそこまで言ったとき、低くゆったりとしたエンジン音とともに、バスが到着した。天ヶ瀬冬馬が立ち上がり、乗車扉へと向かうのを、少女はその場に立ったまま、目で追った。冬馬はバスのステップに足をかけながら振り返り、怪訝そうな表情を浮かべた。

「乗らねぇのか?」
「あ、はい、雨宿りしてるだけなんで」
「ふぅん……お前、名前は?」
「え? えっと、七尾百合子です」
「じゃあ七尾、その、俺のファンの子に言っておいてくれ。今はこのあとどうするかとかは言えねぇけど、俺は絶対、みんなの期待を裏切ったりしないぜ、ってな」
「は、はい、伝えておきます!」
「じゃあな」
13 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:01:16 ID:kVGxoUcuNw
扉が閉まり、エンジン音が再スタートする。ウインカーを点滅させて出発していくバスを見送りながら、少女、七尾百合子の胸のうちには、抑えがたい興奮が湧き上がっていた。人見知りがちな百合子にとって、初対面の異性との会話は、それだけで冒険だった。しかも、相手はテレビの向こう側の存在だと思っていた人気アイドルだ。百合子は自身の勝ち取った素晴らしい成果を友人たちに報告すべく、ブラウスの胸ポケットからスマートフォンを取り出そうとした。しかし、ベンチに置いた本が目に入ると、一瞬でそちらに気を移し、手を動かす先を変えた。買ったばかりなのに、うっかり置き忘れでもしたら、泣くに泣けない。
14 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:02:12 ID:kVGxoUcuNw
「あれ?」

 本に手を触れる寸前、思わず声が出る。ベンチの反対側の端に、もう一冊、本が置かれていた。冬馬の身体の影になる位置だから、今まで気が付かなかったのだろう。冬馬が置き忘れたのか、それとももっと前にここに座っていた他の誰かのものか、判断はつかなかったが、とにかく百合子は、ベンチの前に足を踏み出し、そちらの本を手に取った。
15 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:03:03 ID:kVGxoUcuNw
 本はハードカバーで、青い表紙には、アルファベットのAに顔と翼をつけたような、見ようによっては天使と受け取れなくもないマークと、ごく小さな「Advanced Media ★ Creation Girls!!」という文字とが、それらを取り囲む歯車状の文様とともに、一体感のあるデザインとして施されている。その図柄を地とした上には、「THE iDOLM@STER」という白抜き文字のタイトルが、「アイドルマスター」とカタカナ書きを添えて、記されていた。
16 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:03:51 ID:kVGxoUcuNw
 「THE iDOLM@STER」。知らない本だった――アイドルの話? なら、やっぱり天ヶ瀬さんが置き忘れたのかな。というか、ハードカバーだけどタイトルはライトノベルっぽいような……
17 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:07:19 ID:kVGxoUcuNw
 百合子は何気なく本を開いた。そこは、いわゆる序文のページのようで、こう書いてあった。
18 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:08:01 ID:kVGxoUcuNw
「あー、そこでこっちを見ている君! そう君だよ、君! まあ、こっちへ来なさい」
「ほう、何といい面構えだ。ピーンと来た! 君のような人材を求めていたんだ!」
「わが社は今、アイドル候補生たちをトップアイドルに導く、プロデューサーを募集中だ」
「わが社に所属する、アイドル候補生の女の子は……この子たちだ!」
19 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:09:24 ID:kVGxoUcuNw
 とりたてて特別なところのあるわけでもない、ごく普通の文章だった。しかしそれを読んだ瞬間、百合子は心の中で、何かのスイッチが動いた気がした。
20 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:09:48 ID:kVGxoUcuNw
 本を閉じて辺りを見まわすと、いつの間にか雨は止んでいた。通り雨だったようだ。バス停の周囲に、相変わらず人影はなかった。百合子はベンチに置いたままだった自身の本も手に取り、2冊合わせて胸に抱きかかると、ふたたび走り出した。
21 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:11:39 ID:kVGxoUcuNw
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22 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:12:27 ID:kVGxoUcuNw
 百合子の自室は一方の壁は、一面、本棚になっている。幼少期から物語が好きで、両親に「おはなし」をせがみ続けた百合子は、文字が読めるようになると、たちまち本の虜となった。百合子にとって、本は未知の世界への扉だった。どんな困難にも決して屈しない勇気、身を切られるような犠牲をはらっても守り通す友情、実らないと知っても貫く愛……本を読んでいる間、幼い百合子の心は、登場人物といつも通じ合っていた。読み終えて本を閉じたあとでも、新しい世界の扉が開いたままになっていることも多かった。そういうとき、百合子は自身で考えた、本の続きの「おはなし」を、両親に聞かせたものだった。
23 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:13:17 ID:kVGxoUcuNw
 成長して学校に通うようになってからも、百合子の本に対する情熱は変わらなかった。国語と道徳の教科書は毎年もらったその日のうちに読み終え、学級文庫も4月中には読破した。中3になった現在も毎日のように足を運んでいる図書室では、広げた本の前で、 理想に燃える革命家もかくやといった高揚感に包まれていたり、解きがたい謎を前にした探偵といった風情で頭を抱えていたり、恋人への未練を断ち切れずにいるかのごとき切なさを漂わせたりしていたりするのが常だった。ときには興奮のあまり立ち上がったり、閲覧テーブルの周囲を早足で歩き回ったりすることさえあった。その姿をしばしば目撃する同級生からは、「図書室の暴走特急」という二つ名も頂戴していた。
24 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:14:38 ID:kVGxoUcuNw
 そんな百合子は今、本棚と向かい合う壁側に据えられたベッドに、汗だくの服を着替えもしないまま腰掛け、早鐘のような胸の鼓動を聞いていた。その目は、膝の上に乗せた一冊の本、バス停のベンチから持ってきてしまった「THE iDOLM@STER」に注がれていた。どちらかというと小心で臆病な性質だと自覚している百合子は、信じられない思いだった。今、見下ろしているものは、自身の所有物ではない。どうして忘れ物として警察に届け出なかったのだろう。百合子は、中1のときの国語の教科書に載っていた、「少年の日の思い出」という小説を思い出していた。蝶集めに夢中になっていた少年が、友人のコレクションにあった珍しい蝶を盗む話だ。少年は魔が差して罪を犯したが、直後に良心に目覚め、友人に蝶を返そうとする。しかしポケットに入れていた蝶は、羽が破れ、脚や触覚は無くなっていて、既に取り返しのつかない状態だった、という筋の物語だ。
25 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:15:28 ID:kVGxoUcuNw
 あのバス停で、私も魔が差したんだ、と百合子は思った──どうしても続きが読みたくて、他のことが考えられなくなっちゃったんだ。でも、今はそうじゃないから。これを持って帰ってきたのがいけないことだって分かってるし、それに、「少年の日の思い出」の蝶と違って、「THE iDOLM@STER」は破れても無くなってもいないんだし。 今から警察に行っても遅くないよね……
26 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:16:10 ID:kVGxoUcuNw
 そう思いながらも、百合子の右手は表紙を開いていた。バス停で読んだ序文が目に飛び込んでくる。心臓の音がまた一段、大きくなった気がした。自身のしていることが、なすべきことと違っているのは分かっていた。それでも、指の動きは止められなかった。息をつめ、目を大きく見開きながら、百合子はページをめくった。
27 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:17:21 ID:kVGxoUcuNw
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28 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:17:54 ID:kVGxoUcuNw
THE iDOLM@STER
29 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:18:57 ID:kVGxoUcuNw
>>28
「アイドル」
それは
女の子達の永遠の憧れ
だがアイドルの頂点に立てるのは
ただ、1組‥‥

そんなサバイバルな世界に
今9人の女の子と
1人のプロデューサーが
足を踏み入れる!
30 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:20:13 ID:kVGxoUcuNw
>>28
 東京・渋谷の裏通りに面した、1階にだるい家という居酒屋が入居している小さな雑居ビルの前で、俺は深呼吸した。快晴とまではいかないものの、十分に晴れて、気持ちのいい朝だ。初出勤の日としては上々。ビル内に足を踏み入れ、薄暗い階段を3階まで上がると、「芸能事務所 765プロダクション」と書かれたドアの前で、もう一度深呼吸する。いよいよ俺がアイドルをプロデュースする日がやってきた……そんな感慨にふけりながら、ドアを押した。
31 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:21:17 ID:kVGxoUcuNw
>>28
 おはようございます、と言いかけた言葉を飲み込んだのは、ドアの向こう側に女の子が立っていたから。ショートカットにリボンを2つつけていて、ピンクのインナーに白いジャケット、青いスカート姿。高校生くらいに見えるし、明らかに社員じゃない。とりあえず、何か言わないと。
32 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:22:01 ID:kVGxoUcuNw
>>28
「あ、え、え~と、キミー……運命の出遭いを信じてる?」

 挨拶代わりにしては珍妙な問いかけになってしまった。それに戸惑ったせいか、あるいは見知らぬ男ってことで警戒したのか、女の子は何も言わないまま、にっこり笑って会釈すると、俺の横を通って事務所を出て行った。あの娘、アイドル候補生の女の子かな……そんなことを考えながら、俺は社長室に脚を向けた。
33 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:24:07 ID:kVGxoUcuNw
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34 : レジェンド変態   2024/02/18 23:24:35 ID:kVGxoUcuNw
 765プロダクション。芸能界に明るくはない百合子だが、その名前は知っていた。最近勢いのあるらしいアイドル事務所だ──じゃあ、これってノンフィクション?
35 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:25:07 ID:kVGxoUcuNw
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36 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:26:18 ID:kVGxoUcuNw
>>28
「おはようございます」
「よく来てくれた! 私がこのプロダクションの社長、『高木』だ」

 初対面ではないけど、今日からここで働くという節目になるからか、あらためて自己紹介された。高木順一朗社長はこの765プロダクション、略して765プロの代表取締役社長で、真っ黒に日焼けした初老の紳士だ。
37 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:27:03 ID:kVGxoUcuNw
>>28
「君の仕事は、わが社に所属するアイドル候補生たちを、プロデュースすることだ。目的は、彼女たちを芸能界のトップへと導くこと。道は厳しいと思うが、がんばってくれ」
「はい! がんばります!」
「では、まず、プロデュースする女の子を選んでもらおうと思うのだが、今の君はまだ新人だから、1人しかプロデュースすることはできない。が、経験を積んでいけば、いずれ2人、3人のユニットをプロデュースできる日もくるだろう。プロデューサーとしてのランクを上げることが、トップへの近道でもある。まずは、ひとりのアイドル候補生をしっかり育てて、腕をみがくのだ。では、選びたまえ」

 そう言うと高木社長はファイルを差し出してきた。そこに綴じてあったのは、9人のアイドル候補生のプロフィールだった。
38 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:28:15 ID:kVGxoUcuNw
>>28
天海春香(あまみ はるか)
Age 16
158cm 45Kg B83 W56 H80
歌が好きな普通の女の子。基本的に素直で前向きだが、感情がたかぶると手がつけられない。

水瀬伊織(みなせ いおり)
Age 14
150cm 39kg B77 W54 H79
少々ワガママで高飛車、負けず嫌いのお嬢様。うまく乗せて、実力を引き出すのがコツ。

高槻やよい(たかつき やよい)
Age 13
145cm 37kg B72 W54 H77
いつもパワー全開、明るい笑顔の元気娘。素直で扱いやすい反面、歌やダンスは少し苦手。
39 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:28:56 ID:kVGxoUcuNw
>>28
三浦あずさ(みうら あずさ)
Age 20歳
168cm 48Kg B91 W59 H86
人を惹き付け和ませる、癒し系お姉さん。いつでもマイペースなのが、長所であり短所。

如月千早(きさらぎ ちはや)
Age 15歳
162cm 41Kg B72 W55 H78
クールでストイックな努力家。歌の才能に富むが、真面目すぎるため少々扱いずらい面も。

萩原雪歩(はぎわら ゆきほ)
Age 16歳
154cm 40Kg B80 W55 H81
気弱で泣き虫。臆病で傷つきやすい彼女の心を理解すれば、必ず期待に応えてくれるはず。
40 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:29:49 ID:kVGxoUcuNw
>>28
秋月律子(あきづき りつこ)
Age 18
156cm 43Kg B85 W57 H85
勝気な女の子ではあるが、頭が良く冷静なので筋の通った対応を行えば、実力を引き出せる。

菊地真(きくち まこと)
Age 16歳
157cm 42Kg B73 W56 H76
りりしく精悍、王子様のような外見とは逆に、誰より女の子らしい内面を理解するのが重要。

双海亜美(ふたみ あみ)
Age 12歳
149cm 39Kg B74 W53 H77
いたずら好きで手がかかるが、テンションはいつも高く扱いやすい。双子の妹、真美がいる。
41 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:30:57 ID:kVGxoUcuNw
────
42 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:31:35 ID:kVGxoUcuNw
 百合子も聞いたことのある名前がいくつかあったが、ノンフィクションの書き方ではないように思えた。推理小説でよくある、登場人物紹介みたいなもの──というか、ゲームのキャラクター選択っぽい?
43 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:32:36 ID:kVGxoUcuNw
────
44 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:36:25 ID:kVGxoUcuNw
>>28
 ファイルには写真も貼ってあったが、そのうちの一人に目が吸い寄せられた。さっきすれ違った娘だ。やっぱりアイドル候補生だったらしい。名前は……

「天海春香……」
「お、天海春香君を選んだか。彼女とは、たしか先ほど、顔を合わせていたな」

 ……ん? さっきの入口でのやりとり、見られてたのか。 

「はい。とはいっても、かるくアイサツしただけなので、なにもわかりませんけど」
「あの子は……まあ、普通の子だから、君でもさほど苦労することはないだろう。天海君は、どうやら近くの公園に行ったようだ。早速、迎えにいき、活動を開始してくれたまえ」
「はい!」
45 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:38:18 ID:kVGxoUcuNw
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46 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:41:00 ID:kVGxoUcuNw
 ──やっぱりキャラ選択だ。
 そもそも、文体からして小説というよりゲームに近い。オンラインRPGなども嗜む百合子には、わりとなじみのある書き方だったが、本で読む文章としては、なんだか新鮮な気がした。
 読み進めていくと、主人公のプロデューサーは公園に向かい、そして天海春香を見つけていた。
47 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:41:27 ID:kVGxoUcuNw
────
48 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:45:03 ID:kVGxoUcuNw
>>28
「あ~あ~、ドレミレド~♪ ちょっと音程、ずれたかな。もう1回!」

 必死に練習してるな。まだまだ未完成だけど、歌に対する真剣さが伝わってくる……

「うーん、なんかこのクツ、歩きにくいなぁ。ああっ、私、スリッパで出てきちゃった!」

 ……え? あ、よく見ると、確かに……

「……ぷっ! くっくく、あははは! ドジだなあ」
「えっ、だ、誰っ? あなたは、さっき事務所で会った……」

 俺が思わず笑ったら、びくっとしてから振り向いて話しかけてきた。うん、リアクションも面白い。社長は普通の子、って言っていたけど、案外逸材かもしれない。
49 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:48:42 ID:kVGxoUcuNw
>>28
「おっと。驚かせてゴメン。……歌の練習?」
「はい……。私、これでも、デビューを待つアイドル候補生なんです」

そうだね、今までは。

「歌うことが大好きなんですけど、とくにうまいわけでもないので、こうして、練習を……」
「そうか、感心だな」
「と、ところで……あなたは誰なんですか? ま、まさか──!」
「そう、その、まさかだよ。俺は──」

そこで一呼吸置く。今日でアイドル候補生は卒業だよ、と心の中でつぶやいてから、俺は言葉を継いだ。

「君の、担当プロデューサーだ」
50 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:49:09 ID:kVGxoUcuNw
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51 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:50:32 ID:kVGxoUcuNw
 担当プロデューサー。初めて目にする単語だった──1人のアイドルのプロデュースを専門にするってことだよね? 現実のアイドルにも、そういう人がいるのかな?
 実際、そこから先のページでは、レッスン、営業、オーディションといったアイドルとしての物語が進んでいったが、それらはすべて、プロデューサーと春香の二人三脚で紡ぎだされていた。最初のころは、仕事の規模も小さく、プロデューサーも春香も、ちょくちょく失敗していた。
52 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:50:54 ID:kVGxoUcuNw
────
53 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:51:49 ID:kVGxoUcuNw
>>28
「さっき、春香が隣のオジサンのジョークにツッコミ入れたときは、少々肝を冷やしたぞ」
「ど、ど、ど、どうして? 私、何か言っちゃいけないことを?」
「あのディレクターには、髪の毛の話はご法度なんだよ」
「ええっ!! そ、そうだったんですか! ああ、しまったぁ……」
「うかつに口を滑らせて、仕事が吹っ飛んだ奴もいるとかいないとか」
「うわぁ! ど、どどどどどど、どうしよう……どうしましょう! プロデューサーさん! せ、せっかくのチャンスがっ」
「そんなにパニクらなくても。笑い飛ばしてもらえたから大丈夫。今回は問題ないよ」
「うううっ、恥ずかしい。私、もうあのディレクターさんに会えませんよぉ~」
「お、落ち着けって!」
54 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:52:13 ID:kVGxoUcuNw
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55 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:52:32 ID:kVGxoUcuNw
しかし2人はだんだんと成長し、一人前のプロデューサーとアイドルになっていく。
56 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:52:45 ID:kVGxoUcuNw
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57 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:54:22 ID:kVGxoUcuNw
>>28
「録りのほうは順調に進んでるのかな?」
「うーん、なんだか、コーラスがきれいに決まらなくって。うまくハモってなくて……でも、何回やっても、なんだか変なんですよ」
「そうなのか……なぁ、もしかしたら、譜面がちょっとミスってるんじゃないか?」
「えっ!? うーん、言われてみると、確かに、難しすぎる譜面かもですね。もしほんとにミスなら、スタッフさんに伝えなきゃ! ああでも、勘違いだったら……」
「春香に思うところがあるなら、堂々と言ったほうがいいよ!」
「は、はい! ……そうですよね?」
「黙っていてずっと気にするよりは、思い立ったときに訊いてみたほうがいいさ」
「そうですね。話が早い、ってやつですよね! 録りが始まる前に、ちょっとアレンジャーさんに確認してみます」
「俺からも伝えておくよ」
58 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/18 23:56:59 ID:kVGxoUcuNw
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59 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:00:04 ID:cAjfqEAb1Y
 仕事以外の部分でも絆を深めていった2人は……
60 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:00:28 ID:cAjfqEAb1Y
────
61 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:01:01 ID:cAjfqEAb1Y
>>28
「私のお母さんも、お菓子作りと歌が大好きなんですよ! というか、私の趣味が、お母さんの趣味に似たのかなぁ」
「春香のお菓子好きはお母さん譲り、ってことかな?」
「あっ、はい。そうですそうです。私もいつか、お母さんみたいになりたいなぁ♪」
「なれるさ! もちろん!」
「ほんとですかっ?」
「いや、きっとなるさ」
「そうだったら嬉しいな♪ お母さんみたいに、明るいキッチンで、お料理つくって……」
「春香が家庭持ちになったら……歌とケーキに囲まれた楽しい家庭になりそうだな」
「わぅ、そ、そうかな……が、頑張ります! 期待しててくださいね、プロデューサーさん!」
「あ、ああ。頼むぞ」
「はい! ふふふーん♪ ふんふんふふーん♪」
62 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:01:22 ID:cAjfqEAb1Y
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63 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:01:55 ID:cAjfqEAb1Y
 ついにはトップアイドルの座にまでたどり着く。
64 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:02:10 ID:cAjfqEAb1Y
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65 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:02:47 ID:cAjfqEAb1Y
>>28
「プロデューサーさんっ! ドームですよっ! ドームっっ!」
「ははは……落ち着け春香」
「落ち着いていられないですよ! だってだって、あのドームスタジアムですよ! 見てください! どうです、この大きさ!」
「ああ、さすがに広いな!」
「ええ、すっごく広い……うわっ! 客席の向こうが、かすんで見えますっ!」
「スタジアム全体が熱気に包まれているからね」
「でも、この広いドームいっぱいに、お客さんが来てくれるなんて……! こんなにお客さんが集まってくれるなんて、まるで夢みたい!」
「ああ、でも夢じゃない。満席だ。ちょっと信じられないけど、本当なんだ」
66 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:03:55 ID:cAjfqEAb1Y
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67 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:04:30 ID:cAjfqEAb1Y
「んっ……」

 百合子は手で本を押さえたまま、顔を上げると、首と肩を軽く動かした。集中して読んでいると、つい身体に力が入ってしまう。強張った筋肉が少しほぐれたのを感じてから、百合子は膝の上に目を戻した。物語が佳境に入りつつあるのは明らかだった。期待をふくらませながら、百合子は軽く腰を浮かせて座りなおすと、ページをめくった。ところが、その先にあった展開は、思いもよらないものだった。
68 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:05:04 ID:cAjfqEAb1Y
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69 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:06:00 ID:cAjfqEAb1Y
>>28
「お疲れ様でした、プロデューサーさん」
「ああ、お疲れ様」
「あんなにファンの人が増えたなんて……ますます頑張らなくっちゃいけませんね!」

事務所の入口を背にそう言うと、春香は帰っていった。今週もよく頑張ったな……っと、俺の仕事はまだ終わりじゃない。高木社長に呼び出されていたんだった。それを思い出した10秒後には、俺は社長室にいた。事務所の狭さがよくわかる。

「社長、お疲れ様です!」
「うむ、お疲れ様」

入ってきた俺にそう言ったきり、社長はなかなか話を切り出してこない。何かマズいことでもあったか? でもこのまま2人して黙っていても話は進まないし、ここはこっちから聞いたほうが……と思っていると、社長は軽くため息をついてから、口を開いた。

「さて……実に言いにくいのだが……天海春香君のプロデュースは、終了してもらう!」
「…………!」
「今まで、本当にご苦労だったね。ここまでのアイドルを育てあげるとは……予想以上だった。君はまだ続けたいかもしれないね。でも私は、その力でまた、新しい芽を育ててほしいのだよ」
70 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:07:03 ID:cAjfqEAb1Y
────
71 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:07:59 ID:cAjfqEAb1Y
「へ?」

 百合子の口から声が漏れた──ちょっと待って。プロデュース終了? せっかくトップアイドルになったのに?
 困惑する百合子をよそに、「THE iDOLM@STER」の物語はそのまま進んでいった。プロデューサーはあっさりと社長の指示を受け入れ、春香も少しごねたものの、結局はプロデュース終了に同意する。2人の最後の仕事となったコンサートもあっという間に終わってしまい、そして……
72 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:08:33 ID:cAjfqEAb1Y
────
73 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:10:26 ID:cAjfqEAb1Y
>>28
終演してから数時間、日付が変わるまでもあと僅か。ドーム周辺は静まり返っている。ときおり通る車の音と、搬入口で撤収作業を続けるスタッフの声とが、遠くに聞こえる程度。春香のファンたちであふれかえっていた開演前の光景、あれはひょっとして幻だったのか、と錯覚しそうなくらいだ。もちろん、そんなわけはないけど。

「ふぅ~、外の空気、ひんやりしてて、気持ちいいです♪」

隣を歩く春香の声は、達成感に溢れている。

「ステージの上は、すごい熱気だったもんな」

俺の言葉に、飛び切りの笑顔で答える春香。多くの言葉は必要はない。自分たちが何を成し遂げたのか、俺も春香もよくわかっているんだから。2人で会場の回りを歩きながら今日の余韻に浸る、この至福の時間がいつまでも続けばいいのにな……でも、そうもいかない。

「……で、話したいことって?」

頃合いを見計らい、立ち止まって促した俺に、春香は2、3歩先まで進んでから振り返って口を開いた。

「あ、えっと……ひとつ、お願いが」

今までで、いちばん真剣かもしれない顔つきで、俺をまっすぐ見つめ、春香は言葉を続けた。
74 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:12:31 ID:cAjfqEAb1Y
>>28
「プロデューサーさんっ。これからも、ずっと私といてください! お別れなんてイヤです!」

おいおい、いきなり、なんてことを……いや、違うか。いきなりなんかじゃないんだ。プロデュース終了のこと、春香はずっと、納得できていなかったんだろうな。でも、それをおくびにも出さずに、今日のステージを大成功させたわけだ。本当に成長したよ。だからさ。

「もうトップアイドルなんだし、俺の助けなんて……」
「必要ですよぉ!」

っと、今日の春香は押しが強いな。

「ここまでこられたのも、全部プロデューサーさんのおかげですし、それに……」

口ごもった春香は、目線を外す。
75 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:13:35 ID:cAjfqEAb1Y
>>28
「も、もし、よかったら……私のこと、今より、もっと近いところに、置いてほしいなって」
「は?」

いったい何を……

「って、おい、それ……ヤバい意味じゃないだろうな?」
「全然、ヤバくないです! だって、これって、自然にわいてきた気持ちだしっ!」

再度俺の目を見て、春香は強く言い切る。

「それぐらい……プロデューサーさんのそばにいたいんです……」

……俺は、動揺している、らしい。想像もしていなかった春香の告白……想像もしていなかった? 本当に? 心のどこかで感じていなかったか? わからない。ただ、はっきりしていることもある。アイドル・天海春香のプロデューサーとして、言わなければいけないこと。それは。
76 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:15:00 ID:cAjfqEAb1Y
>>28
「そこまで、思ってくれるのは、うれしいけど……ここからは、やっぱり別の道をいこう」
「え、どうしてです? わ、私じゃ……ダメってことですか?」
「そうじゃないよ。俺はただ、春香の将来を、大切にしたいだけだ。スキャンダルで、人気に影を落としたくはないし」
「アイドルとしての将来の方が、私の気持ちより、大切なんですか!?」
「う、そうは言わないけど……わかってくれ。今の人気は、一緒に苦労して作り上げたものだろ」
「それも、そうですね……私たちの時間は、全部そのために使ってきたようなものだし……」

俯いて少しの間考えていた春香が、顔を上げたとき、そこには穏やかな表情があった。

「わかりました。今はこれ以上、考えるの、やめにします」

……ほっとしたのが8割、残念なのが2割、って感じかな。そんな気分の俺に向かって、春香は言葉を続けてくる。
77 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:16:00 ID:cAjfqEAb1Y
>>28
「でもっ! いつか、アイドルを辞めたら、戻ってきても、いいですか?」
「ああ。その時は、この話の続きをしよう。もし、気持ちが変わっていなければ」
「変わるわけないですっ。プロデューサーさんは、今も、そして、これからも……私にとって、生涯ただひとりの、代わりのきかない人ですから」

 迷いのない春香がまぶしい。アイドルとして、一人の少女として、最高の輝きを放っている。その姿を前にして、俺は今までのすべてが報われた気がした。

「ありがとう、春香……それじゃあ、また、いつか!」
「はいっ! 今日まで……今日まで、本当にありがとうございましたっ!!」

 深々と頭を下げてから、春香は車が待っている搬入口へと下りていった。中に入る瞬間、こちらを振り返って笑顔で手を振ってきたのに、俺も手を上げて応える。そしてそれを最後に、彼女の姿は俺の視界から消えた。
 こうして、俺が育てた少女は、ひとつの約束を残し、トップアイドルとして巣立っていった。俺たちの活動は、いったん終わった。けれど、これまでの記録が、色あせることはない。どんなに時が経とうと、記憶の中で、光を放ち続ける。それが、真のトップアイドルだから。
78 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:17:05 ID:cAjfqEAb1Y
────
79 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:18:31 ID:cAjfqEAb1Y
 最後のページを読み終えた百合子は、本を両手でぱたんと閉じてベッドの上に置いてから、一つ息をついた。ラノベのようなタイトル、ゲームを思わせる文体からは想像できない、ほろ苦い別れのエンディングだった──プロデューサーも春香も、どうしてプロデュース終了を受け入れられたのかな。いくら社長に言われたからって、私だったら絶対納得できないと思う。
 
「んー……」

 今度は息と同時に声も鼻から抜きながら、百合子は両手を支えにして上半身を後ろへ傾け、天井を見上げた──2人はこのあと、どうなるんだろ? 春香はアイドルを続けて、プロデューサーは新しいアイドルを育てて。もしかしすると、その新人アイドルと春香が出会ったりして。新たなトップアイドルとなるべくプロデューサーに鍛えられた少女の登場、とか、お約束だけど、熱いよね。かつて想いを寄せ告白までした相手と、その傍らに立つ後輩を前にしたとき、春香は……
80 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:20:16 ID:cAjfqEAb1Y
「百合子ー!」

 階下からの母親の声で、百合子は現実世界に帰還した。枕元にある時計を見ると、すでに6時近かった。

「百合子ー! お風呂入っちゃってー!」
「はーい!」

 大声で返事をした百合子は、腰を前にずらしてフローリングに膝をつき、ベッド下の収納ケースから下着とTシャツ、ショートパンツを取り出した。そして、それらを持って立ち上がると、ベッド上の「THE iDOLM@STER」にちらりと目をやってから、自室を後にした。
81 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:21:17 ID:cAjfqEAb1Y
────
82 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/19 00:24:40 ID:cAjfqEAb1Y
今日はここまでにします。
引用部分は名前欄も変えたほうが見やすいかもしれなかったですね。
明日、また続ける予定です。
それでは。
83 : 矢橋P   2024/02/19 06:02:23 ID:ASj580XXaU
>>1
>>82
9万文字以上あって台詞形式でもないしもはやSSというよりは普通の短編小説なのでは……(褒め言葉)
はてしない物語ですか、自分の記憶が正しければ幼い頃持っていて読んだことありますね
ただ小学生の頃読んだっきりなのでほとんど覚えてないので自信ないです
赤いカバーに分厚い本でところどころに これは別の物語 いつかまた 別の時に話すことにしよう って表現が出た気が……あってますかね?
84 : 矢橋P   2024/02/19 13:23:30 ID:tyV3a8LaQA
内容も読みました。ご自分はグリマスからのPなので少し新鮮な感じです
冬馬が出て来ておおっとなりました
百合子も役にはまって良いですね
85 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:31:52 ID:cAjfqEAb1Y
>>83
>>84
一般的なSSの形ではなく、需要ゼロの可能性も考えていたので、読む方がいらっしゃったことにほっとしています。
はてしない物語はまさにそれです、僕も小学生のときに読みました。
グリから入られたということですが、初期のアイマスの雰囲気が少しでも伝わっていれば、と思います。
感想、ありがとうございました。
86 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:32:50 ID:cAjfqEAb1Y
それでは、再開します。
87 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:34:52 ID:cAjfqEAb1Y
 風呂と夕食を終えて自室のドアを開けたとき、百合子の頭の中は、今日買った本のことで占められていた。大好きなヒロイックファンタジーシリーズの最新刊。本当なら夕食前に読み終える予定だったそれは、部屋の奥の机に置かれたままになっている。百合子はドア脇のスイッチを押して電気をつけると、ベッドと本棚の間をまっすぐ進んだ。その際、ベッドに置きっぱなしにしていた「THE iDOLM@STER」が目に入り、明日は警察に行かないと、と思った。同時に、何か妙な感じを受けた気もしたが、それはすぐに意識から消えた。だから脚を止めずに机へと向かい、椅子を引き出してぽすっと座ったのだが、その途端、数秒前のごくわずかな違和感が、胸の中で急激に膨れ上がった。百合子は机上の小説に手を伸ばす代わりに、椅子の背もたれに肘をかけて、肩越しにベッドを見た。そこには確かに一冊の本が置いてあった。一瞬の間をおいた後、息が止まりそうになった百合子は、立ち上がってもう一度目を凝らした。「THE iDOLM@STER」は、青い表紙だったはず──じゃあ、あの黄緑色の本は、何?
88 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:35:50 ID:cAjfqEAb1Y
 百合子は足早にベッドへ歩み寄ると、両手で本を取り上げた。おかしいのは色だけではなかった。ハードカバーではなくソフトカバーになっているし、サイズも少し小ぶりになっている。一方で、「THE iDOLM@STER」というタイトルと、その下に「アイドルマスター」とカタカナ書きされているのは、そのままだった。
 わけがわからなかったが、百合子はとにかく本を開いた。そこには、序文が載っていた。
89 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:36:31 ID:cAjfqEAb1Y
「あー、そこでこっちを見ている君! そう君だよ、君! まあ、こっちへ来なさい」
「ほう、何といい面構えだ。ピーンと来た! 君のような人材を求めていたんだ!」
「わが社は今、アイドル候補生たちをトップアイドルに導く、プロデューサーを募集中だ」
「わが社に所属する、アイドル候補生の女の子は……この子たちだ!」
90 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:37:07 ID:cAjfqEAb1Y
「同じ……」

 百合子の呟きには、混乱と疑問が現れていた──違うのは装丁だけで、中身はそのまま?
 百合子は本を開いたまま椅子に戻ると、デスクライトをつけた。そして、天板に前腕を乗せ、身を乗り出すようにしながら、次のページへと進んだ。
91 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:37:47 ID:cAjfqEAb1Y
────
92 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:38:31 ID:cAjfqEAb1Y
THE iDOLM@STER
93 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:39:24 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「アイドル」
それは
女の子達の永遠の憧れ
だがアイドルの頂点に立てるのは
ただ、1組‥‥

そんなサバイバルな世界に
今10人の女の子と
1人のプロデューサーが
足を踏み入れる!
94 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:40:04 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
 東京・渋谷の裏通りに面した、1階にたるき亭という居酒屋が入居している小さな雑居ビルの前で、俺は深呼吸した。快晴とまではいかないものの、十分に晴れて、気持ちのいい朝だ。初出勤の日としては上々。ビル内に足を踏み入れ、薄暗い階段を3階まで上がると、「芸能事務所 765プロダクション」と書かれたドアの前で、もう一度深呼吸する。いよいよ俺がアイドルをプロデュースする日がやってきた……そんな感慨にふけりながら、ドアを押した。
95 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:40:40 ID:cAjfqEAb1Y
────
96 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:41:55 ID:cAjfqEAb1Y
 やっぱり変わってない、今日の午後に読んだ「THE iDOLM@STER」だ、と思った百合子は、まず自身の記憶を疑った。小さいころの百合子は、たいていの子どもと同じように、想像と現実の境があいまいだった。家族旅行で泊まった古い旅館の柱時計が真夜中に13回鳴るのを聴き、両親の部屋にある大きなクローゼットの中に広がる魔法の国の森を見た、という印象は、15歳になった今でも、まるで本当に経験したことかのように、鮮明に残っている。今日も、同じことが起きただけなのかもしれない。青い表紙のハードカバー本など、もともと存在しなかった。それは、ありあまる想像力が作り出した幻で、実際には、今こうして読んでいる、黄緑色のソフトカバーの本だった──ううん、違う。
 空想癖は昔から変わっていないと自覚している百合子だったが、現実との区別をそこまでつけられない時期は、さすがに卒業していると思いたかった。だいたい、今日初めて手に取った、特に思い入れもない本のことで、そんな白昼夢を見るはずもない。
97 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:42:40 ID:cAjfqEAb1Y
 百合子は無意識にぱらぱらと数ページめくった。そこには、相変わらず、昼間に読んだ文が続いているのが見て取れ……

「あっ!?」

 短い声と同時に、百合子の手の動きが止まった。社長がプロデューサーに渡したファイルに載っている、アイドル候補生のプロフィールが紹介されているページ。その最後の部分を、百合子は瞬きもせずに見つめた。
98 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:42:57 ID:cAjfqEAb1Y
────
99 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:43:40 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
星井美希(ほしい みき)
Age14 159cm 44kg
B84 W55 H82
苦労を知らない人生を歩んできたので、過度の世間知らず。彼女の眠れる才能を呼び覚ますのがポイント。
100 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:44:05 ID:cAjfqEAb1Y
────
101 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:45:22 ID:cAjfqEAb1Y
 星井美希。765プロのアイドルの中でも、テレビCMや雑誌などでよく見かける1人で、百合子も顔を思い浮かべられる。もし前に読んだとき美希の名前があったら、印象として残っているはずなのに、それがない。ということは、装丁だけでなく、中身も違っている。つまり──これ、別の本だ!
 誰が本をすり替えたのだろう。いや、誰と言っても、家にいるのは百合子のほかには両親だけだ。父親か母親のどちらかが、百合子の部屋で青いハードカバーの「THE iDOLM@STER」を見つけ、黄緑色のソフトカバーの「THE iDOLM@STER」に置き換えた。そんないたずらをするような両親ではないと思うものの、他には考えられない。
102 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:46:52 ID:cAjfqEAb1Y
 百合子は左手で本を押さえながら、大きくため息をつき、それから右手で握りこぶしを作って、側頭部をコツコツと叩いた。明日、警察に届けようと思っていた本が、今は親の手元にある。返して、と言いに行けば、きっと「この本、どうしたの?」と聞かれる。そのとき、どう説明すれば──「バス停にあったのを持ってきちゃった」なんて言ったら、泥棒と同じだって怒られるかも。でも、このまま届け出ないでいたら、本当に泥棒だし。ああ、もう、どうしよう……
 結論を出せない百合子は、開いたままのページに視線を落とした。星井美希という四文字に、再び目を射貫かれる。その瞬間、百合子は決断した──明日! ぜんぶ明日! お母さんやお父さんに言うのも、警察に行くのも、考えるのも!
 完全に開き直った百合子は、紅潮した両頬の間で口を真一文字に結び、睨むような目つきで続きを読み始めた。
103 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:47:30 ID:cAjfqEAb1Y
────
104 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:48:42 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「星井美希……」
「おお、星井美希君を選んだか。彼女はうちの期待の新星で、ルックス抜群の世紀の逸材……と思っていたんだがなあ。はぁー」

社長が大きな溜息をつく。話し出したときはテンション高めだったから、落差が凄い。

「なにを落ち込んでるんですか?」
「会えばわかる。彼女は公園にいるから、早速、迎えに行き、活動を開始してくれたまえ」
「はい!」
105 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:49:06 ID:cAjfqEAb1Y
────
106 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:50:10 ID:cAjfqEAb1Y
 同一の書き出しから、主人公が前回と異なる選択をすることで、別の物語へと進む展開に、百合子は一度クリアしたゲームの2周目のプレイを連想した。一冊目の「THE iDOLM@STER」を読んだときに抱いた、ゲームみたいという印象と合わさって、余計にそう思うのかもしれない。ともあれ、この二冊目の「THE iDOLM@STER」では、百合子の期待通り、プロデューサーと美希の話が進んでいくようだった。
107 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:50:35 ID:cAjfqEAb1Y
────
108 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:51:42 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
ルックス抜群か。なら、きっと目立つはず。そう思って公園の中を見渡してみると……

「おっ、あの子か!」

金色に輝くロングヘアに整った顔立ち、中学生離れしたスタイル。ファイルに貼ってあった写真も魅力的だったけど、実物はもっと凄いな。それにしても、何してるんだ、カップルの前に立って?

「ねえ、つめてくれる? ミキもそのベンチ、座りたいから」

うわ、なんだ、あの子? 普通、カップルのジャマするか? 空気読めって……とりあえず、呼ぼう。

「あー、君、君。ヤボなことしてないで、ちょっと、こっちへきなさい」
「? 誰?」

手招きすると、素直にこっちに来てくれた。よし、重大発表といこうか。
109 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:52:39 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「俺は、さっき決まった、君のプロデューサーだ。社長から迎えにいくよう、言われてね」
「プロデューサーの……、人?」

 うん? なんだか反応が薄いな。アイドルデビューが決まったっていうのに。

「よくわからないけど、それって、なにする人?」
「決まってるだろ。プロデューサーってのは、つまり……いろいろする人だ」
「そーなんだ。いろいろするってことは、いろいろ大変だよね」
「まあな。でも、これが仕事だから」

 話しているうちに、なんとなく社長の溜息の理由がわかってきた。やる気がないというか、マイペースというか、とにかく独特な感性を持ってる娘みたいだ。これはプロデュースするのに骨が折れるかもしれないぞ。
110 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:53:27 ID:cAjfqEAb1Y
────
111 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:54:28 ID:cAjfqEAb1Y
 写真や映像で見てきた美希とはかけ離れた姿に、百合子は面食らった。クラスメイトの天ヶ瀬冬馬ファンに、彼がどれほど頑張っているか、さんざん聞かされてきた百合子は、アイドルといえば前向きな努力家で、だから応援したくなるものだと思っていたし、前の本での春香もその通りの存在だった。そういったイメージとは180度違っている美希──ほんとにアイドルやってけるのかな?
 百合子の懸念通り、美希はアイドルとしてのスタートを切ったものの、とんでもない言動の連発で、プロデューサーを振り回し続けた。
112 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:54:51 ID:cAjfqEAb1Y
────
113 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:55:59 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「大変なの、プロデューサーさん! ミキのケータイに、ありえないメールが!」
「なに!? まさか、それは……告白メール?」
「そんなの、全然ありえないメールじゃないよ。ミキ、しょっちゅうもらってるもん」
「ちがったか。じゃあ、どんなメールなんだ?」
「それがね、おどしのメールなの。この間、取材にきた、雑誌記者の人から」
「って、メールアドレス、教えちゃったのか? うかつだぞ!」
「ううん、教えてないよ。返信で来たの。内容は『そこまで言うなら、もうあなたの取材は絶対しません』って」
「は? 返信? じゃあ先に、美希がメール出したのか?」
「うん。ほら、この間、けっこうしゃべったのに雑誌に載せてくれたの、ちょっとだったでしょ。だから、文句送っておいたのっ。『バカにしないでよ、ベー』って」
「なに考えてんだ! まだ駆け出しなんだから、きてくれただけで、ありがたいってのに!」
「……でも、ガッカリしちゃったんだもん。もっと大きく載るって、ずっと思ってたから」
「正式なおわびには、後で行くとして……まずは謝罪のメール書いて送るんだ。すぐに!」
「……わかったよ。ていねいに書いたほうがいいよね。教えて。謝る言葉は、どんなのがいい?」
114 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:56:26 ID:cAjfqEAb1Y
────
115 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:57:08 ID:cAjfqEAb1Y
 ただ、美希にも学ぶ意欲はあるようだった。するべきこと、してはならないことをプロデューサーから教わるうちに、その才能はだんだんと花開いていく。
116 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:57:30 ID:cAjfqEAb1Y
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117 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:58:38 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「おつかれさま! さすがだな。1回でOKだったじゃないか」
「ダメ……あんなんじゃ……ミスっちゃった」
「え、どうして? 役柄に上手くハマッてたし、監督もよろこんでたよ?」
「ミキ、カン違いしてたの。ほら、背景、ぜんぶ合成でしょ? 合わせた映像見せてもらったけど、思ってたのと違ってて。ミキ的には『あーあ』ってカンジ」
「そうか。合成映像だと、その辺は、どうしても監督任せになるからな」
「最高の撮りたいって思ってたのに……くやしいかも」
「まあ、今回は及第点ってことで、ガマンしておこう。次は、同じ失敗しないように、監督とよく話そう」
「そうすれば、今日みたいなことなくなる?」
「ああ。事前に、合成前の素材をすべて見せてもらっておけば、解決するだろ?」
「あ、そーだね! ミキ、撮られるコトばっか考えてて、そういうの忘れてた……今度は、ちゃんと聞いとくね。もし忘れそーになってたら、プロデューサーさん、教えて!」
118 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:59:09 ID:cAjfqEAb1Y
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119 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 22:59:41 ID:cAjfqEAb1Y
 また、春香のときに比べて、プライベートなシーンが多くなっている感じもした。
120 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:00:00 ID:cAjfqEAb1Y
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121 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:01:04 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「へー、美術館って、こーゆートコロなんだね。で、ミキはここに立ってればいいの?」
「は? 立ってたって、絵は見られないだろ?」
「じゃあ、会場をまわる乗り物が、迎えにきてくれるの?」
「まさか。自分で歩いて、見てまわるんだよ」
「そーなんだ……ベルトとかで、絵がグルグルまわってくれれば、ラクなのにね」
「……回転寿司じゃないんだから。ま、ノンビリ見てまわろう」
「うん! あ、これ、ピカソだよ! この間、美術の時間にやったから、ミキ知ってるの」
「お、本当だ。この独特な色づかいは、まさに芸術って感じだよな」
122 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:01:45 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「ミキの描く絵もね、学校じゃ、ピカソみたいって、よく言われるよっ」
「え、そんな才能があったのか!? 一体、どんな風に描いてるんだ?」
「知りたい? まずはね、普通にスケッチするの。外に出て、校舎とか空とか」
「うんうん、それで?」
「下書きが終わったら、見たまんまの色に、塗っていくの。そうすると、そのうちに飽きてきちゃうの。で、空とかピンクにしちゃえって思って、好きにやってるうちに勝手にピカソそっくりになるんだよ!」
「それは、なんていうか……ねらってやったんじゃなくて、途中で投げた結果だろ?」
「ピカソもきっと、ミキとおんなじだよ。途中で、テキトーでいいや、って思うんだよ。会ったコトないけど、もしどっかで会ったら、いいトモダチになれるかもっ」
「ピカソは、故人だって。なんというか……失礼も、そこまでいくと、すがすがしいな」
123 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:02:20 ID:cAjfqEAb1Y
────
124 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:02:42 ID:cAjfqEAb1Y
 そして、プロデューサーに導かれた美希は、トップアイドルの栄光をつかみ取る。
125 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:03:00 ID:cAjfqEAb1Y
────
126 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:03:48 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「もうすぐ本番だね。夢のドーム・ライブ……ミキの言った通り、照明、そろえてくれた?」
「ああ。数聞いた時はビックリしたけど、なんとかね。見ろ、天井からぶら下がるライト群! 星のようだろ?」
「ホント……アレが一斉に光って、ミキのこと、照らすんだね」
「そうだ。今日くるファンは、度肝抜かれるだろうな。美希を中心とした、光の祭典に」
「ミキね、思うの! ライブは、やっぱゴージャスじゃなきゃって」
「でも、ここまでセッティングがハデだと、主役の美希が飲まれたりしないか?」
「飲まれると思う? 今のミキが」
「ははは……その心配はないか。昔とは違うもんな、なにもかもが」
「ライブは、次もドームがいいな。その次も、次の次も♪」
127 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:04:22 ID:cAjfqEAb1Y
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128 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:04:55 ID:cAjfqEAb1Y
 百合子は顔を上げると、首をぐるっと回した。デビューからトップアイドルに至るまでの大まかな流れは、春香のときと同じだった──ってことは、この後、美希もプロデュース終了になるかも?
 左手の親指が押さえている残りページのボリュームを一瞥し、その数が多くはないと確かめてから、百合子は続きにとりかかった。
129 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:05:17 ID:cAjfqEAb1Y
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130 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:06:11 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「おつかれさまー」
「お疲れ様」
「次のお仕事、早くしたいな。ミキ的には今、元気余ってるカンジだし! 連絡、待ってるね!」

事務所の出入口のところでそう言うと、美希は帰っていった。今週もよく頑張ったな……っと、俺の仕事はまだ終わりじゃない。高木社長に呼び出されていたんだった。それを思い出した10秒後には、俺は社長室にいた。事務所の狭さがよくわかる。

「社長、お疲れ様です!」
「うむ、お疲れ様」

入ってきた俺にそう言ったきり、社長はなかなか話を切り出してこない。何かマズいことでもあったか? でもこのまま2人して黙っていても話は進まないし、ここはこっちから聞いたほうが……と思っていると、社長は軽くため息をついてから、口を開いた。

「さて……実に言いにくいのだが……星井美希君のプロデュースは、終了してもらう!」
「…………!」
「今まで、本当にご苦労だったね。今回、プロデューサーとしての君の手腕は、見事だった。ぜひもう一度、その手腕を発揮して、新しい芽を育ててくれないか? 心から頼むよ!」
131 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:07:05 ID:cAjfqEAb1Y
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132 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:07:38 ID:cAjfqEAb1Y
──やっぱり。
 予想通りの展開だった。ゲームでよくある、どうプレイしても必ず起きる強制的なイベントみたいだと思いながら、百合子は前の本をなぞるように進むストーリーを読み続けた。やがて、美希がプロデューサーと臨む最後のコンサートの場面となり、それは春香のときと同じく、大成功を収める。そして終演後、プロデューサーに送ってほしいと頼んだ美希は、車が家に近づくと、今度は降りて歩くと言い出した。
133 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:08:01 ID:cAjfqEAb1Y
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134 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:09:13 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
 並んでゆっくり歩く俺たちを、残業帰りらしいスーツ姿が早足で追い抜いていく。歩道の幅はけっこうあるから、そんな迷惑ってわけでもないだろうし、まあいいよな。

「……美希の家は、もうすぐか?」
「うん、あとちょっと……そしたら……」

 消え入りそうな声、つま先を見るような視線。何か言わないと、と思った瞬間、美希は笑顔を作って俺を覗き上げてきた。

「ねえ、今日まで、いろんなコトあったよね」
「ああ、数えきれない程にな」
「アイドルはじめるコトになった朝もね、この道、歩いてたの。その頃は、やる気もなくて。そんなミキを、ドームまで引っ張っていっちゃうんだもん。ホントすごいよね」

 言葉を切って脚を止めた美希に、一瞬遅れてから立ち止まった俺は、半歩先で振り返る。夜の大通りの明るさに照らされる中、まっすぐ俺を見つめるその瞳には、今までで一番、柔らかな光が浮かんでいる感じがした。
135 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:10:57 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「会えてよかったって……思うな」
「そう言ってもらえると、うれしいよ」
「……でも、そんなミキを、プロデューサーさんは、ポイするんだね」

えっ?

「ちょっと待てよ。ポイだなんて……」
「だって、そうでしょ? なんだかんだ言って、捨てるんだもん。遊びだったんだよね」

いやいや、何を言ってるんだ?

「明日からは、別の子、見つけて……やっぱそれ、ひどいよ……うう……」
「美希……」
136 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:13:01 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「ミキ、キレイになったよ? なれたの、見てくれる人が、隣にいたからだよ? せっかく、ここまでになったのに……ね、さよならなんて、やめよ? やめてくれないなら、ミキ引退するっ」
「おいおい……」

 夜の路上で必死に訴える声、トップアイドルに輝いた美少女の涙。目を引いて当然だし、実際、通りがかる人たちの視線が痛い。なにより、こんなところを悪徳記者に撮られでもしたら、一大事だ。とにかく、美希を落ち着かせないと。

「うーん、弱ったなあ。じゃあ、こうしよう。明日からは友達っての、どうだ?」
「友達?」
「そう、個人的な友達。もう美希も一人前なんだし、そういう関係だって、成り立つだろ?」

 ……その場しのぎにしても、もうちょっとマシなこと言えないかな、俺。真剣な想いをはぐらかされたって思われるに決まってるじゃないか。案の定、美希は不満げな表情を見せている。
137 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:14:30 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
「むー、ただの友達なの? なんかやだけど、でも、これから言う約束守れるなら、いーよ」
「約束? なんだ、言ってごらん」

うながすと、いつの間にか涙の乾いていた美希はにっこりと……いや、にやりとした?

「まずー、毎日、朝と昼と夜に、電話とメールくれるコト。ミキも絶対するからっ」
「そんなに連絡するのか!? ま、まあいい。わかったよ」
「それから、お休みの日は1日中、一緒にいてくれるコト。祭日がある時は、週2がいいなっ」
「おい、それって……本当に友達か?」
「うん、トモダチ♪ カンケーの名前なんて、どーでもいいの! ただプロデューサーさんが、ミキのコト、24時間考えてくれれば!」
「……困った奴だなあ」
「プロデューサーさん、これからもミキのコト、ずーっと大事にしてね。そうすればー、ミキ、いつまでだってキレイなまんまで、いられるから。10年でも、100年でもっ!」
138 : THE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:15:18 ID:cAjfqEAb1Y
>>92
 満面の笑みで思うままを口にする美希を前に、俺はあきらめた。この子には、このまま振り回されていくしかないんだ。出会ったときから今まで、そしてこれからも……とりあえず、今日は家までちゃんと送ろう。
 こうして俺が育てた少女は、その素質を見事開花させ、アイドル史に残る華麗な花となった。少女が、素晴らしい容姿を持っていたのは確かだ。しかし、それをここまで磨き上げたことを、素直に誇りに思うとしよう。至高の花は、最高の陽光を浴びてこそ、輝いていられるのだから。
139 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:16:17 ID:cAjfqEAb1Y
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140 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:18:35 ID:cAjfqEAb1Y
 本を閉じて机の上に置いた百合子は、読んでいたときと変わらない姿勢のまま、今回の結末に思いを巡らせていた──プロデュース終了なのに個人的な関係は続くって、大丈夫なの? プロデューサーが新しいアイドルを育て始めたら、三角関係確定のような。だいたい、これが許されるなら、春香とプロデューサーの別れは何だったのってことにならない? 作者はアイドルとプロデューサーの関係を、どう考えて……
 作者、という単語が脳裏を過った瞬間、百合子は机上の本を再び取り上げ、表紙、背表紙、裏表紙と順に確認した。ところが、作者名はどこにも書かれていなかった。他にも、出版社や定価、ISBNコードなど、通常なら書籍の外装にあるべきものが、まったく見当たらない。思い返してみると、1冊目の「THE iDOLM@STER」も、表紙にはタイトルや天使のデザインしかなかった気がする──ほんとは2冊ともカバーか外箱がついてて、全部そっちに書いてあった、とか?
141 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:20:11 ID:cAjfqEAb1Y
 百合子は裏表紙をめくり、最後のページを開いてみた。さっき読んだばかりの、美希とプロデューサーのやり取りが目に入る。指先で2,3ページめくり、また最後のページに戻って、百合子は小首を傾げた──奥付も、ない?
 本文が終わったあとには、タイトルや著者名、出版社や発行年月日の書いてあるページ、すなわち奥付をつける。百合子の知る限り、それが本の形だった。

「うーん……」

 ただの落丁とも思えなかったが、小さく唸って考えを巡らせてみても、納得のいく答えは出てこない。しばらくして、百合子は立ち上がった──とりあえず、トイレ行こう。
142 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:21:57 ID:cAjfqEAb1Y
────
143 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/19 23:27:00 ID:cAjfqEAb1Y
今日はここまでです。
算用数字と漢数字の使い分けができていなかったり、段落頭の字下げができていなかったりしますね。
明日、また続けたいと思います。
それでは。
144 : Pはん   2024/02/19 23:50:50 ID:K3mtKdV/bc
>>143
本の内容が変わるのはよくありますが表紙まで変わるとは……
一つの物語が終わるたびに新たな物語が生まれる仕組みなのかな?
ここまでストレートな美希もなんだか久しぶり。しかし春香さん……
145 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:45:38 ID:OzVtO70y6g
>>144
一応、表紙が変わるのにも意味を持たせているつもりです。
アケマス、箱マスを知っている方に、具体的な絵を思い浮かべてもらえたら、成功だと思っています。
感想、ありがとうございました。
146 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:46:44 ID:OzVtO70y6g
それでは、再開します。
147 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:48:00 ID:OzVtO70y6g
 部屋に戻ってきたとき、百合子の頭には1つの仮説が浮かんでいた──「THE iDOLM@STER」って売り物じゃないかも?
 現役アイドルを登場させる小説に、所属プロダクションが関わっていないはずがない。だとすると、たとえばファンクラブ限定の特典品といった感じで、もともと本屋に並べるつもりのないもの、という可能性は、十分ありそうな気がする。定価や出版社が書いてないのは、非売品のファンアイテムと考えれば納得だし、作者名や奥付がないのも理解できなくはない。春香と美希の物語が似たような展開だったのも、同じ事務所のアイドル間で格差をつけないようにする工夫だったのかもしれない──そうだ、スマホで調べれば、いろいろ分かるかも。でも……
 もし、この仮説が正しいとすると、2冊目の「THE iDOLM@STER」を百合子の部屋に置いた人物は、765プロのファンクラブの会員か何か、ということになる。百合子は両親が法被姿でペンライトを手にしている姿を想像して、ぶんぶんと頭を振った──この説は無かった、ってことに。とにかく、明日、お父さんとお母さんにちゃんと話そう。そうすれば、全部わかるんだし。
148 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:48:47 ID:OzVtO70y6g
 とっ散らかった思考をどうにかまとめ、先送りという結論に落ち着かせた百合子は、意識を今日買ってきた本へ向けた。今から読みはじめると、徹夜か寝落ちのどちらかになるだろうが、幸い、明日は海の日だ。カーテン越しに感じる朝日の中、あくび交じりの溜息をつきながら、のろのろと制服に袖を通す、なんてことをする必要はない。心置きなく夜更かしできるめぐり合わせに、自然と足取りも軽くなった百合子は、期待に胸をふくらませながら机に近づいた。しかし、腰を下ろすべく椅子の背に手をかけた刹那、その姿勢のまま、動けなくなってしまった。百合子は我が目を疑った。さっきまで読んでいたソフトカバーの「THE iDOLM@STER」があるべきはずの場所。そこに、文庫本が置かれていた。
 操り人形にでもなかったかのように、百合子はぎこちなく右腕を伸ばした。指先が文庫本に触れたとき、それが3冊重なっているとわかった。1冊ずつ手に取り机上に並べると、落ち着きのある赤、青、黄のグラデーションをそれぞれの地の色とした表紙には、「THE iDOLM@STER SP」というタイトルが、「アイドルマスター」というカタカナ書きとともに記されていた。そしてその下には、1冊ずつ別々の、「パーフェクトサン」「ミッシングムーン」「ワンダリングスター」という副題が続いていた。
149 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:49:23 ID:OzVtO70y6g
 百合子はしばしの間、呆然としていたが、やがてはっとして、血の気が引いていく感覚を覚えた──この本、誰が置いたの!? お母さんもお父さんも下にいるのに!?
 顔を上げた百合子は、まず手を伸ばしてカーテンをめくり、窓に鍵がかかっているのを確認すると、次いで作り付けのクローゼットに目を移した。「THE iDOLM@STER」が限定品の類だったとするなら、何としても手に入れたいマニアがいてもおかしくない。そんな人に、バス停でハードカバーの「THE iDOLM@STER」を手に取ったところを見られていたとしたら。家まで走ってきたとき、後をつけられていたとしたら。そして、今もどこかから見られているとしたら!?
 百合子はおそるおそるクローゼットに歩み寄ると、深呼吸してから扉の取手に手をかけ、一気に開いた。制服と通学鞄、私服と小物、幼稚園や小学校のころの思い出の品々、本棚に入りきらなくなった本をつめた段ボール。目に映るのは、見慣れたものばかりだ。念のため、下げられている洋服をかき分け、本当に誰もいないと確かめてから、百合子はゆっくりとクローゼットの扉を閉めた。そして振り返ると、今度はベッドをじっと見下した。そのまま数回呼吸し、口の中にたまった唾を飲み込むと、膝を折って四つん這いになり、右腕を伸ばして収納ケースをベッド下から引き出す。顔を床につけるようにして覗き込んだそこは暗かったが、誰もいなのは分かった。百合子は収納ケースを元に戻しながら、大きく息を吐いた。考えてみれば、住居侵入を企ててまで「THE iDOLM@STER」を狙うような人が、律儀に代わりの本を置いていくはずもない──じゃあ、どういうこと?
150 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:50:46 ID:OzVtO70y6g
 百合子は上体を起こして、机に顔を向けながら、かつて読んだ本に出てきた少年少女たちを思い浮かべていた。宝石泥棒や殺人犯と対決する親友3人組。気が付かない間に船が海へ出てしまった4人兄妹。ローラースケートをはいた馬に乗って南洋へと旅立つ少年。彼ら彼女らに訪れたような、特別でときに不思議な出来事が、いつか自身のところにもやって来ると、幼い百合子は信じていた。何も起きないまま年を重ね、常識なるものを身につけてしまったはずの今になって、ついにその瞬間が訪れたのだろうか。
 百合子はどきどきしながら立ち上がって机に向かうと、さっき並べたままの文庫本を見下ろして、また唾を飲み込んだ──たとえば、トイレに行ってる間、黄緑色の「THE iDOLM@STER」がまばゆい光に包まれながら消え去って、その輝きがおさまったあとには、3冊の「THE iDOLM@STER SP」が残されていた……なんて可能性は?
 「そんなの、ありえない」と「でも、ひょっとしたら」が頭の中をぐるぐる駆け回る中、百合子は半ば無意識のうちに1冊を手に取り、そのまま後ずさりして、ベッドにお尻を落とした。そして背中を倒し、脚もベッドに上げて仰向けに寝転がると、両手で文庫本を持ち上げ、あらためて表紙を見つめた。「THE iDOLM@STER SP」──SPはスペシャル? 特別編ってこと? ううん、それより。

「ミッシングムーン……」

サブタイトルを読み上げた百合子は、太陽、月、星の中なら、自身は月だろうと、何となく思った。3冊のうちから、この1冊を選び取ったのも、何かの運命なのかもしれない。百合子は三度唾を飲み込むと、身体をひねって腹ばいになり、枕を書見台代わりにして、本を開いた。
151 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:53:20 ID:OzVtO70y6g
THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン
152 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:53:57 ID:OzVtO70y6g
>>151
アイドル……
それは女の子のあこがれ、夢
だがアイドルピラミッドの頂点に立てるのは
ただ、1人……

そんなサバイバルの世界に
今新たに、9人の女の子達と
1人のプロデューサーが足を踏み入れる!
153 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:54:38 ID:OzVtO70y6g
────
154 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:55:06 ID:OzVtO70y6g
 今までの2冊と変わらないように見える書き出しだったが、百合子は少し引っかかった──9人だっけ? 10人だったような? 違ったかな?
155 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:55:29 ID:OzVtO70y6g
────
156 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:57:24 ID:OzVtO70y6g
>>151
 東京・渋谷の裏通りに面した、1階にたるき亭という居酒屋が入居している小さな雑居ビルの前で、俺は深呼吸した。快晴とまではいかないものの、十分に晴れて、気持ちのいい朝だ。初出勤の日としては上々。ビル内に足を踏み入れ、薄暗い階段を3階まで上がると、「芸能事務所 765プロダクション」と書かれたドアの前で、もう一度深呼吸する。いよいよ俺がアイドルをプロデュースする日がやってきた……そんな感慨にふけりながら、ドアを押した。
 おはようございます、と言いかけた言葉を飲み込んだのは、ドアの向こう側に女の子が立っていたから。きれいな長髪、明るいブルーのインナーに白いシャツジャケット、黒っぽいパンツ姿。高校生くらいに見えるし、明らかに社員じゃない。とりあえず、何か言わないと。

「あ、え、え~と、キミー……この事務所の子?」

俺の言い方がはっきりしなかったせいか、それとも見知らぬ男ってことで警戒したのか。女の子は何も言わないまま、すっと俺の横を通って事務所を出て行った。まるで、最初からそんな女の子はいなかったかのような、一瞬の出来事だった。もしかして俺、夢でも見ていたのかな?
157 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:57:51 ID:OzVtO70y6g
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158 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:58:30 ID:OzVtO70y6g
 前の2冊では、ここでプロデューサーが出会ったのは春香だったが、今回の女の子の描写は、明らかに別人のものだと思えた。今、出てきた娘が、この「ミッシングムーン」のヒロインかもしれない。このあと、プロデューサーが社長室に行って誰だか判明するはず、と思いながら百合子はページをめくったが、そこには予想と違う場面が待っていた。
159 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 22:58:47 ID:OzVtO70y6g
────
160 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:00:00 ID:OzVtO70y6g
>>151

「あれ? えーと、あなたは……どちら様でしょうか?」

 気を取り直して社長室に脚を向けようとしたとき、事務所の奥から女性の声がした。

「あ。す、すみません! えーと、その、俺は……」
「ああ、あなたが、今日から765プロで、働いてくださる人ですね!」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「ふふ。そんなに、かしこまらないで下さい」

 軽く下げた頭を戻したとき、声の主はすぐ近くまで来ていた。緑のベストにタイトスカート、いかにもOL、って感じだ。どうやら765プロの職員らしい。ってことは、さっきの子のことも知っているかも?
161 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:00:42 ID:OzVtO70y6g
>>151
「あ、あの、ところで、今、そこに、女の子が……」
「女の子? 誰かしら? 多分、事務所の誰かだとは思うけど……うふふ、もしかしたら、運命の相手だったりして!」

 運命の? いや、そういうことを聞きたいんじゃなくて……

「あ、そういえば、まだ自己紹介をしてなかったわ! あの、あたし、いえ、私、765プロで、事務などをしております、音無小鳥と申します。社長が、あちらでお待ちです! どうぞ♪」
162 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:01:11 ID:OzVtO70y6g
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163 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:01:33 ID:OzVtO70y6g
 1冊目や2冊目の「THE iDOLM@STER」には出てこなかった、新たな登場人物の出現に、百合子は意表を突かれた感じがした。ただ、考えてみれば、社長とプロデューサーと所属アイドルだけで、芸能プロダクションが成り立つはずもない。春香や美希のときも、実はこの人が陰でいろいろ仕事をしていてくれたのかも、などと思いながら、百合子は先へ進んだ。そこでは、高木社長とプロデューサーが、おなじみの会話を始めていた──ここは前と一緒なんだ。
164 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:01:59 ID:OzVtO70y6g
────
165 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:03:01 ID:OzVtO70y6g
>>151
「おはようございます」
「よく来てくれた! 私がこのプロダクションの社長、『高木』だ」

初対面ではないけど、今日からここで働くという節目になるからか、あらためて自己紹介された。高木順一朗社長はこの765プロダクション、略して765プロの代表取締役社長で、真っ黒に日焼けした初老の紳士だ。

「君の仕事は、わが社に所属するアイドル候補生たちを、プロデュースすることだ。目的は、彼女たちを芸能界のトップへと導くこと。道は厳しいと思うが、がんばってくれ」
「はい! がんばります!」
「では、まず、現在プロデュースを待っているアイドル候補生3人の中から1人を選んでもらおう。その子とトップを目指し、二人三脚で頑張ってもらうことになるから、慎重に選びためよ。なお、1人選べば、他の子はライバルとなる。もちろん同じ765プロの仲間ではあるが、アイドルの頂点に立つのは、あくまでたった1人だからね。厳しい世界なのだよ。あ、それと、トップアイドルを育てあげるには、君自身の経験や力量も、とても重要だぞ。プロデューサーとしてのランクを上げることが、トップへの近道でもある。腕をみがきたまえよ。では、君の大切なパートナーとなる、アイドル候補生を選びたまえ」

そう言うと高木社長はファイルを差し出してきた。そこに綴じてあったのは、3人のアイドル候補生のプロフィールだった。
166 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:03:46 ID:OzVtO70y6g
>>151
如月千早(きさらぎ ちはや)
Age 15歳
162cm 41kg B72 W55 H78
クールでストイックな努力家。歌の才能に富むが、真面目すぎるため少々扱いずらい面も。

秋月律子(あきづき りつこ)
Age 18
156cm 43kg B85 W57 H85
勝気な女の子ではあるが、頭が良く冷静なので筋の通った対応を行えば、実力を引き出せる。

三浦あずさ(みうら あずさ)
Age 20
168cm 48kg B91 W59 H86
人を惹き付け和ませる、癒し系お姉さん。いつでもマイペースなのが、長所であり短所。
167 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:04:15 ID:OzVtO70y6g
────
168 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:04:36 ID:OzVtO70y6g
──3人? さっきは9人って書いてあったのに?
 百合子は少し考えてから、はたと思いついて机をちらりと見た。このミッシングムーンが3人で、パーフェクトサンとワンダリングスターも3人ずつなら、全部で9人──うん、それなら辻褄があってる……気がする。
169 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:05:03 ID:OzVtO70y6g
────
170 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:05:49 ID:OzVtO70y6g
>>151
 ファイルには写真も貼ってあったが、そのうちの1人に目が吸い寄せられた。さっきすれ違った娘だ。
やっぱりアイドル候補生だったらしい。名前は……

「如月千早……」
「お、如月千早君を選んだか。目が高いな。彼女は、うちでも飛び抜けた才能の持ち主だよ」
「そうですか。それで……、その子は今、どこに?」
「ここの向かいの部屋で、ひとり音楽をきいているはずだ。集中するために、部屋を暗くしてな」
「では、早速、迎えにいって、活動を開始してくれたまえ」
「はい!!」
171 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:06:15 ID:OzVtO70y6g
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172 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:06:59 ID:OzVtO70y6g
 如月千早。聞いたことのある名前だとは思ったものの、それ以上のことは知らなかった。百合子は右手の親指を開いているページに挟むと、人差し指で前のページをめくり、あらためて千早のプロフィールを確認した。如月千早、15歳──え、同い年?
 テレビでアイドルを見ることはあっても、彼ら彼女らの年齢などろくに気にしたことのなかった百合子にとって、プロデューサーの選んだ候補生が同年齢というのは、ちょっとした発見だった。百合子は何人かのクラスメイトを思い浮かべた。もし、彼女たちの誰かがアイドルだったら──やっぱり、私もライブを観に行ったりするのかな? ペンライトとか持ってないけど、どこで買えるんだろ? そういえば、春香や美希って何歳だったっけ?
 とりとめのない考えが浮かび消える中、親指を滑らせて元のページに戻ると、続くシーンではプロデューサーと千早の出会いが描かれていた。
173 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:07:37 ID:OzVtO70y6g
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174 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:08:50 ID:OzVtO70y6g
>>151
 社長が言っていたのは……この部屋か。ホント、真っ暗だな。流れてる曲は……クラシックか。如月、千早……どこにいるんだろう? あっ、そこかな?

「この曲……ブラームスのロ短調に似ている。けど、抑揚の付け方と、振り幅が、やや大きい」

 なにか、こむずかしい事を、つぶやいている。社長の言う通り、すごい子みたいだな。

「あっ!? 誰、です!?」
「あ、ごめん。おどろかせちゃったな。今、電気をつけるよ……」

 壁のスイッチを押すと、部屋の奥に座っている千早が、俺のほうへ顔を向けていた。
175 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:09:27 ID:OzVtO70y6g
>>151
「はじめて見る人ですね。なにか用でしょうか? 今、忙しいのですが」
「そう、邪険にするなよ。俺は、君の面倒を見ることになった、プロデューサーだ」
「あなたが、私の?」

デビューが決まったっていうのに、全然喜んでる風に見えないな。というか……

「な、なんで、そんなキツイ目で、こっちを見るんだ? もしかして、ケンカ、売ってる?」
「……まさか。ただ、どんな人なのかと思っただけで、気にさわったのなら、あやまります」
「いや、まあ……悪意がないのなら、いいけど」
「どうやら……悪い人では、なさそうですね。これから、よろしくお願いします」
176 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:09:56 ID:OzVtO70y6g
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177 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:10:32 ID:OzVtO70y6g
──かっこいい!
 親しみやすい春香ともマイペースな美希とも違う、プロデューサーと対等に渡り合うクールビューティーなヒロイン。信じる道を迷わず進んでいけそうな、千早の気持ちの強さは、百合子好みの人物造形だった。前2冊の「THE iDOLM@STER」以上にストーリーへの期待を高めた百合子だが、数ページ先で待っていたのは、夜の765プロ事務所を舞台にした、思いがけない展開だった。
178 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:10:57 ID:OzVtO70y6g
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179 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:11:33 ID:OzVtO70y6g
>>151
がたんっ

「だ、誰だっ!? もう、このフロアには、誰もいないはず……」
「くう……すう……。わぁ~、おにぎりでできたお城だ。おにぎり城なの。むにゃ……」
180 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:11:55 ID:OzVtO70y6g
────
181 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:12:25 ID:OzVtO70y6g
 百合子は数度瞬きしてから、もう一度同じ行を読み返した──え……これ、美希?
182 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:12:45 ID:OzVtO70y6g
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183 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:13:19 ID:OzVtO70y6g
>>151
誰か、フロアのすみのソファーで、眠っているみたいだ。

「くう……すう……。おにぎり城で、ミキ姫は、王子様と幸せに暮らしましたとさ、なの……」

うわ、すごくカワイイ女の子だ。アイドル候補生の子かな? よく眠ってるようだし、起こしちゃかわいそうかな。早く用事を済ませて、出て行こう……あっ! 何か、蹴っとばしてしまった。これは……おにぎりの形のマスコット?

「……あふぅ。今の、何の音?」
「ご、ごめん。起こしちゃったか。今のは、俺が床に落ちてたマスコットを蹴った音だよ」
「あっ! それ、ミキのおまじない用マスコットなの! もしかして、拾ってくれたの!?」
「あ、ああ。そうだけど。ところで……、君は?」
「ミキ、星井美希なの。14歳だよ」
184 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:13:50 ID:OzVtO70y6g
────
185 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:14:28 ID:OzVtO70y6g
 美希が名乗ったところで、百合子は頭の中を一度整理すべく、本から顔を上げた。前の2冊では出てこなかった、プロデューサーの選んだ子以外のアイドル。顔見せだけの登場とも思えない。とすると、ほぼプロデューサーとアイドルの2人だけで進んでいった、今までの「THE iDOLM@STER」とは全然違う、SP独自の展開が、この先に待っているはず──でも、登場シーンや社長との会話は変わってなかったし。
 ゲームにたとえるなら、同一作品の3周目か、それとも新作なのか。判然とはしなかったが、とにかく百合子は続きに取り掛かった。美希はプロデューサーに一目惚れして、自身をプロデュースするように社長に頼むなどと言い出す。しかし……
186 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:14:51 ID:OzVtO70y6g
────
187 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:16:10 ID:OzVtO70y6g
>>151
「美希君、落ち着きたまえ!」

ん? なにやら、社長室の方から、怒鳴り声が聞こえる。トラブルか!?

「社長! 大丈夫ですか、高木社長っ!」

社長室の扉に向かって呼びかけた、その瞬間。

「ううう、もういいもんっ! 社長なんか……こんな事務所なんか、知らないっ!」
188 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:16:44 ID:OzVtO70y6g
>>151
バタン! ドンッ!

「いててっ!」

急に誰か飛び出してきて、顔面を強打してしまった……って、美希か?

「あれ? ぷ、プロデューサー」
「や、やあ、美希。どうかしたのか?」
「ううっ。ぐすっ。ミキは、ミキは……。うわあああーんっ!」
「あ、美希! ちょっと待って……」
189 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:17:26 ID:OzVtO70y6g
────
190 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:18:06 ID:OzVtO70y6g
 高木社長と喧嘩して765プロを飛び出した美希は、その後、とんでもないことをやらかしていた。プロデューサーと千早が、社長にTV出演の報告をしているシーンで、それが発覚する。
191 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:18:22 ID:OzVtO70y6g
────
192 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:18:59 ID:OzVtO70y6g
>>151
「実は、君達に、1つ、報告というか……謝罪せねばならないことがあるのだよ。先程、如月君の後に、TV出演した子達の中に、よく知っている顔を見かけてね……説明するより、歌をきいてもらった方が早いな。ちょっと、これをきいてくれたまえ」

そう言いながら、高木社長がCDラジカセの再生ボタンを押す。一応は芸能事務所なのに機材が安っぽいのはどうなんだろう、なんて思っているところに流れ出したのは、ゆったりめイントロから歌いだしの直前にテンポを上げる楽曲。かっこいいな。でも、この歌声、どこかで聴いたことがあるような……

「これは……美希!? 歌っているのは、星井美希ですよね、社長?」

千早の言葉に、俺もはっとした。そうだ、これは美希の声だ。

「彼女もデビューしたんですか?」
「うむ。ただし、我が765プロからではなく、961プロ所属の新人アイドルとしてな」
「ええっ!?」
193 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:19:23 ID:OzVtO70y6g
────
194 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:19:56 ID:OzVtO70y6g
「ええっ!?」

 プロデューサーと同時に、百合子も思わず声を上げていた。961プロ。バス停で出会った冬馬が、もともと所属していた事務所だ。そこに──美希が移籍!?
 プロデューサーと千早の話に美希がどう絡んでくるか、いろいろ想像しながら読み進めてきた百合子だったが、この展開にはさすがに驚いた。百合子が知る限り、現実の星井美希は765プロのアイドルで、黄緑色の表紙の「THE iDOLM@STER」でもそうだった。タイトルが「THE iDOLM@STER SP」に変わり、今までとは違う話になりそうだという感じはしても、根本的な設定がひっくり返るとは思いもよらなかった。
 さらに物語が進むと、千早はプロデューサーの指導のもと、「IU(アイドルアルティメイト)」という歌番組に出演し、そこで美希と競い合うようになっていった。
195 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:20:44 ID:OzVtO70y6g
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196 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:21:36 ID:OzVtO70y6g
>>151
「プロデューサー! 千早さーん! 久しぶりなの! これからIUの予選?」
「美希……ええ、そうよ。あなたも?」
「ううん。ミキは先週の予選で、もう勝っちゃったから、今日は出ないの。別の仕事で来ただけ。でも、千早さん達と、話したいなって思って、のぞきに来たんだよ」
「そうか。美希が961プロに移ってから、ほとんど話せていないもんな」
「うん。特に千早さんとは、移るちょっと前くらいから、あんまり会えてなかったから。相談もしないで、急に移っちゃって、ごめんね、千早さん。ビックリしたよね?」
「ええ、確かに、突然のことで、驚きはしたけど、別に、謝ることはないわ。あなたには、あなたの事情が、あるのでしょうし。特に、気にはしていないから」
「むー。ミキは、765プロの中では、千早さんのこと、一番尊敬してたんだよ? お姉さんみたいって思ってたし。なのに、千早さんは、ミキが移っても、平気なんだね」
「……私に、どういう反応を期待していたのか知らないけど、今は歌に集中すべき時よ。お互い、すべきことをしましょう、美希。それ意外のことを考えるのは、ムダだわ」
197 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:22:01 ID:OzVtO70y6g
────
198 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:22:30 ID:OzVtO70y6g
 プロデューサーと千早の前には、961プロの社長や、所属するアイドルも現れる。
199 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:22:44 ID:OzVtO70y6g
────
200 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:23:12 ID:OzVtO70y6g
>>151
「まさか、あなたが黒井社長ですか?」
「ウィ。いかにも、私が961プロ社長の、黒井だ。ご機嫌いかがかな、負け犬諸君」
「負け犬? 失礼ですね、俺達は、何にも負けていませんよ。今日のIU予選だって勝ちました」
「フンッ。生意気な。弱小で品性下劣な765プロに所属している時点で、負け犬だろうが。美希ちゃん程の素晴らしいアイドルが、高木なんかの元にいたとは。なげかわしい限りだ」
201 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:23:45 ID:OzVtO70y6g
────
202 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:24:24 ID:OzVtO70y6g
>>151
「自分、我那覇響! 15歳! クールなイメージで売り出し中のアイドルだぞっ!」
「クール!? どっちかというと君は、かなり、にぎやかな雰囲気だと思うけどなあ」
「でも自分、だまってたらクールに見えなくもないし! その方が皆、喜ぶんだから仕方ないよ。それが961プロのやり方だからね! ま、それはさておき、モモ次郎見なかった!?」
「モモ次郎? ……って何だい?」
「自分が飼ってる、モモンガのモモ次郎だよ! カゴをあけたら、うっかり逃がしちゃって! さっきからずっと、探してるんだよ。モモンガって飛ぶから、逃げると、やっかいなんだぞ!」
203 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:24:44 ID:OzVtO70y6g
────
204 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:25:11 ID:OzVtO70y6g
>>151
「私の名は、四条貴音、と申します」
「四条、貴音……。君、失礼だけど、まだ十代だよね?」
「そ、それは、いかなる意味でしょうか?」
「いや……、その、話し方が少し……」
「……この話し方は、じいやと話すことが、多かったゆえです。やはり、その……どこかおかしいのでしょうか?」
205 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:25:32 ID:OzVtO70y6g
────
206 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:25:55 ID:OzVtO70y6g
 一方で、プロデューサーと千早が絆を深めていくストーリーも、同時に進行していった。その中で、千早の強さ、ストイックさの理由も、明らかになる。
207 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:26:11 ID:OzVtO70y6g
────
208 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:26:45 ID:OzVtO70y6g
>>151
「墓地……? 千早、俺をつれてきたかったところって、ここ?」
「はい。くわしく話すなら、ここがいいかと。両親の離婚の原因になった、事件について。父と母の仲が悪くなりはじめたのは、8年前……と、いうのは、話しましたっけ?」
「きいた気がする」
「8年前……とても大切な人が、私達の前から、突然、姿を消しました。この……目の前のお墓の下に眠っているの、私の弟なんです」
「亡くなった、のか?」
「はい、交通事故で。母と買い物に出かけた時、手を振り切って、道に飛び出してしまって……一瞬だったそうです。父は、母を激しく責めて、母は、泣きじゃくるだけで……弟は……いつも、私の下手な歌、よろこんできいてくれました。私はあの日、たったひとりの兄弟と、幸せだった時間を、同時になくしたんです」
「……そうか。それ以来、千早の両親は」
「はい。そのせいで、ずっと苦しい思いをしてきました。けど、もう両親を責めようとは、思いません。あれは、やはり不運な事故だったんです。ふぅー、こうしてゆっくり、弟に会いにきたの、デビュー前以来です。なにから、話せばいいでしょう? いろいろ、ありすぎたから、迷ってしまいますね」
「当然、千早の活躍ぶりだろ。そんなにお姉ちゃんの歌、好きだったんなら」
「ふふっ、そうですね。悲しい話は、あまりしたくないです。プロデューサーからも、いろいろ話してあげてくれますか? きっと、よろこぶと思うので」
209 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:27:30 ID:OzVtO70y6g
────
210 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:27:58 ID:OzVtO70y6g
 そして千早と美希は順調にIU予選を勝ち上がっていくが、2人の関係は徐々におかしな雰囲気になっていき……
211 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:28:17 ID:OzVtO70y6g
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212 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:29:48 ID:OzVtO70y6g
>>151
「……あふぅ。あれ、千早さん。あ、そっか。今日、IUの予選の日なんだね」
「美希……。ちょうど今、あなたの話を、していたのよ。どうしたの、今日は仕事?」
「うん。番組の収録なんだけど、今、休けい時間だから、お散歩しにきたの。つまんない番組だし、このまま帰っちゃおっかな。ねえ、プロデューサー、ミキと遊び行こ?」
「な、何、言ってるんだよ。俺は仕事! 千早のIUオーディション、これからなんだぞ」
「ふーん。でも、IUも、最近、つまんないよね。ミキ、ちょっと飽きてきちゃったかも。どうせミキが勝つし。そんなのほっといて、やっぱミキと遊びに行こ? その方が楽しいよ」
「み、美希! 何を言ってるの!?」
「あ、千早さんも、一緒に来たい? オジャマだけど、いいよ、来ても。構わないの」
「そんなことを言ってるんじゃないでしょうっ! 不真面目なこと言うのは、止めなさいっ!」
「ひゃん! 大きな声出しちゃ、や! なに怒ってるの、千早さん?」
「……美希。私は真剣にIUに取り組んでいるの。このオーディションに来ている他の人もそうよ。皆、自分の限界と戦っているわ。その人達の前で、どうせ美希が勝つとかつまらないとか、そんなことを言うのは、失礼なの。そのぐらいのことも、わからない?」
「うう……。だって、ホントにつまんなくなってきたし、ホントにミキが勝つつもりなんだもん」
「……見損なったわ、美希。はっきり言って、すごく失望した」
「え……」
213 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:30:24 ID:OzVtO70y6g
>>151
「いつもの怠けグゼが出ただけなのか、事務所が変わって人格まで変わってしまったのかは、わからない。けれど、私の知っているあなたは、周囲の人をバカにして、そのまま平気で、『自分は悪くない』って、開き直るような子じゃなかった」
「あ、あの、ミキ、そんなつもりじゃ……」
「言い訳は、ききたくないわ」
「うう……」
「ち、千早。そう怒るなよ。少し、お互い冷静になった方が……」
「私は常に冷静です! よりによって、プロデューサーを遊びに誘うなんて、美希ったら」
「!! もしかして、千早さんが、怒ってるのって、そこ? 道理で怒りすぎだと思ったの。千早さん、ミキのこと無神経だとか失望したとか言って、ホントは、ミキがプロデューサーを誘ったから、ムカついただけなんじゃないの?」
「な……そ、そんなわけないでしょう?」
「どうかなあ。千早さん、自分がプロデューサーのこと、素直に誘えないからって、ミキにシットしすぎなの。バカみたい!」
「……バカバカしくて、話す気にもならない」
「それは、ミキのセリフなの!」
214 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:30:52 ID:OzVtO70y6g
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215 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:31:10 ID:OzVtO70y6g
 本選・準々決勝に進出したころには、完全に千早、美希、プロデューサーの三角関係の話になっていた。
216 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:31:30 ID:OzVtO70y6g
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217 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:32:54 ID:OzVtO70y6g
>>151
「……わかったの。プロデューサーが欲しいのは、才能のあるパートナーってことだよね? だったら、ミキにも、なれるもん! ミキの方が才能があるってこと、ハッキリさせるの」
「ど、どうするつもりだよ?」
「千早さん、ミキと勝負して!」
「それはIU優勝を目指して戦うということね? 望むところよ」
「それと、プロデューサー!」
「え、俺!?」
「もし、ミキが勝ったら、961プロに来て、ミキをプロデュースしてほしいの! ミキが優勝したら、千早さんより才能あるってことになるから、パートナーにしてくれるよね」
「ええっ。そ、それはだな……」
218 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:33:37 ID:OzVtO70y6g
>>151
「美希! あなたは、プロデューサーを賭けの賞品にするつもり? やめなさい、そんなことは。プロデューサーが、あなたにとって、本当に大切な人なら、そんな風に扱ってはいけないわ。大切な人を粗雑に扱えば、その人を失った時、傷つくのは、あなたなのよ!」
「……この勝負に勝ちさえすれば、ミキはプロデューサーを失ったりしないもん。千早さんがプロデューサーと恋人じゃないなら、ミキに譲ってよ。そしたらIUで負けてあげる」
「美希。千早は、そんなことを言ってるんじゃ、ないんだぞ。どうしてわからないんだ?」
「プロデューサーは黙っててってカンジ! 今のプロデューサーは、ただの賞品なんだから!」
「そんな言い方をして……プロデューサーは、モノじゃないのよ、美希! それに、勝ちを譲ってもらう必要など、私にはないわ。実力で、あなたに勝ってみせる」
「できるなら、やってみてほしいな。ミキだって、本気出せば、千早さんには勝てるもん!」
「わかった。あなたが、そんなに勝負にこだわるなら、その挑戦、受けてあげるわ。そして、大切なものを全て、手に入れてみせる……私の歌で!」
219 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:34:32 ID:OzVtO70y6g
────
220 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:35:23 ID:OzVtO70y6g
ぱさっ。

 開いているページの上に落ちた額を、百合子はのろのろと持ち上げた。そして両手で本を枕の向こう側へ押し出すと、今度は顎を枕に落とした。午後から夜にかけて、興奮しっぱなしだった反動か、急にエネルギーが切れた感じがした──でも、お話も盛り上がってきてるし、読んじゃいたいな……
 うつらうつらしながらも字面を追うと、千早はついに、たった6人にしか許されないIU決勝の舞台に立つ日を迎えていた。
221 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:35:38 ID:OzVtO70y6g
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222 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:36:30 ID:OzVtO70y6g
>>151
「プロデューサー、本当に、たどり着いてしまいましたね。今日という日の、この場所に……初めてお会いした頃、一緒に頂点を目指そうと約束したこと、覚えていますか?」
「当然だろう。昨日のことのように、覚えているよ……」

『歌でトップに立てないのなら、その程度の力しか、私にないのなら……私の存在など、歌の歴史から消えてしまった方がいい。けれど、そうはなりません。至高の座、必ずつかみとってみせます。道は険しくても、この手で……必ず!』
『よし、その決意、俺も全力でサポートする。必ずIUで優勝して、トップに立とう、千早!』
『はいっ! 約束です、プロデューサー。共に行きましょう、誰も到達したことのない高みへ!』

「思えば、あれが、私とプロデューサーの、初めての約束でしたね」
「そうだったなあ。最初は、ただの約束だったのに、本当に、ここまで来ちゃうなんて……千早は、スゴイよ。素直に、尊敬する」
「そんな……スゴイのは、プロデューサーです。私は、的確な指導に導かれてきただけですから」
「そうか。じゃあ、二人ともスゴイってことで、いいんじゃないか」
「ふふっ。そうですね。では、二人ともスゴイということに」
223 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:37:03 ID:OzVtO70y6g
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224 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:37:17 ID:OzVtO70y6g
決勝に残った6人の中には、美希もいた。
225 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:37:32 ID:OzVtO70y6g
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226 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:38:07 ID:OzVtO70y6g
>>151
「美希! ……健闘を祈っているわ」
「千早さん……うん、ミキも!」
「「……でも、負けない!」」
227 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:38:28 ID:OzVtO70y6g
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228 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:38:50 ID:OzVtO70y6g
 そしてついに始まったIU決勝。1位に輝いたのは……
229 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:39:07 ID:OzVtO70y6g
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230 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:39:43 ID:OzVtO70y6g
>>151
「……」
「IU優勝おめでとう、千早! スゴイぞ! トップアイドルだーっ! ……って、あれ? どうしたんだ、千早。だまりこくって。優勝したのに、うれしくないのか?」
「う、うれしいです。でも、こういう時、なんと言ったら……?」
「なんだっていいんだよ。叫んだっていい。『やった』でも『最高』でも『愛してる』でも!」
「で、では、失礼して……。やったー! 最高っ! 愛してるーっ!」
231 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:40:07 ID:OzVtO70y6g
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232 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:40:32 ID:OzVtO70y6g
 一方、黒井社長の叱責を受けた美希は、泣きながら会場を飛び出してしまった。千早は美希を追い、プロデューサーも続いた。
233 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:40:54 ID:OzVtO70y6g
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234 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:41:54 ID:OzVtO70y6g
>>151
スタジオの裏まで走ったところで、ようやく追いかけっこは終わった。

「はあ、はあ……。やっと追いついた。相変わらず足が速いわね、美希……」
「ぜえー、ぜえー……ち、千早も、相当速いぞ。うう、ちょっと休ませてくれ。息が苦しい……」

現役、アイドル、の、体力に、ついていけるわけ、ないだろ。心の中でこぼした愚痴まで、ぜーはー言ってる感じだ。両ひざに手をついて、なんとか呼吸を整えようとしているところに、美希の声が降って来た。

「……うう。なんで、追いかけてきたの? 2人して、ミキのこと、笑いにきたの?」
「違うわ、心配だからよ。私は、もう二度と大切なものを無くさないって決めているの」

身体を起こしはしたものの、まだ息の荒いままの俺を置いて、話が進んでいく。なんだか情けないぞ。
235 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:43:15 ID:OzVtO70y6g
>>151
「大切なのは、プロデューサーでしょ? IU本選が始まる前、千早さん、言ってたの。歌で、大切なものを手に入れてみせる、って」
「プロデューサーを賭けての美希の挑戦を、受けた時ね? 覚えているわ」
「それって、IUでミキに勝って、プロデューサーを手に入れるってことでしょ? いいね、千早さんは……望み通りのもの、ちゃんと手に入って」

 いや、だからそれは誤解……と言っても、美希には通用しないだろうな。何て言えばいいんだ?

「私は『大切なものを全て』と言ったのよ、美希。プロデューサーだけじゃ、足りないわ」
「え……」
「『大切なもの』の中には、美希も入っているの。知らなかった? 私は意外と欲張りなのよ。美希、お願い。戻ってきてくれないかしら、765プロへ」
236 : THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:43:50 ID:OzVtO70y6g
>>151
千早……すごいな。俺以上に、美希のことをきちんと考えてる。それに、今の千早の、美希を見つめるおだかやかな眼差し。初めて会ったときの、鋭い目つきとは大違いだ。歌の技術と一緒に、千早は人間としても大きく成長した。俺のプロデュースは成功だった、って言っても、自惚れじゃないよな。よし、これからも頑張って……

「もし戻ってくれるなら……私は、他のプロデューサーと組むことになっても、いいと思っているわ」

は?

「ち、千早! 本気か? 俺とのコンビ、本気で解消する気なのか!?」
「有能なプロデューサーを、私だけが独占していては、高木社長に、怒られてしまいます。私は……、ここまで連れてきていただいただけでも、満足していますから……本当です」
237 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:44:36 ID:OzVtO70y6g
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238 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:45:26 ID:OzVtO70y6g
 ──またアイドルとプロデューサーが別れちゃうんだ……トップアイドルになったあとにだって、いろんなドラマがあるはずなのに……ダメ、今、目、閉じたら……
 そう思ったのを最後に、半睡半醒だった百合子は、瞼の重みに耐えきれなくなった。残りわずかなページを押さえていた手から力が抜けて、「THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン」が閉じる。そして数秒後には、百合子は枕に頬を押し付け、規則正しい寝息を立てていた。
239 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:46:00 ID:OzVtO70y6g
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240 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/20 23:49:46 ID:OzVtO70y6g
今日はここまでです。
今回は3人以上いるシーンで、会話文のみになっている部分がありました。
なるべくわかりやすい部分を取り上げたつもりですが……
それでは。
241 : Pチャン   2024/02/21 09:41:47 ID:vGFs0/hYZg
Pとアイドルの1対1から対決アイドルを加えて1対1対1になったわけですか
今度の物語はどう変化するのか楽しみ
242 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:32:48 ID:RAPLbyYwO6
>>241
Pとアイドルの1対1からの変化は、SPの大きな特徴ではないかと。
ネガティブに捉える人もいましたが、僕はこの流れは良かったと思っています。
感想、ありがとうございました。
243 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:34:29 ID:RAPLbyYwO6
なお、昨日の投稿で、一行抜けがありました。
>>187の一行目に

「ミキだって、ミキなりにがんばってるもん! いじわるばっか言わないでよ、社長のバカっ!」

が入ります。
単純なコピペミスです。
失礼しました。
244 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:35:20 ID:RAPLbyYwO6
それでは、再開します。
245 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:36:35 ID:RAPLbyYwO6
 目が覚めたとき、カーテン越しの朝日以上の明るさに気づいた百合子は、心の中で溜息をついた──またやっちゃった、電気、つけっぱなし。
 枕の脇にある時計は5時半を指していた。もう一度寝なおそうと思った百合子は、やはり枕元にあるはずの電気のリモコンを手探りで取ろうとした。しかし、指先にまず伝わったのは、硬いプラスチックではなく、つるりとした紙、つまり本の表紙の感触だった。ぼんやりした頭の中に、「THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン」を最後まで読む前に寝落ちしたんだ、という認識が形作られていく。残りの部分に描かれているだろう、千早とプロデューサーの別れのシーンや美希のその後に思いの向いた百合子は、本を引き寄せようとしたが、同時に、何か変だとも感じていた。その感覚はだんだん強くなり──文庫本、だったよね? にしては、大きいような……
246 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:37:08 ID:RAPLbyYwO6
 違和感を具体的な言葉に変換できた瞬間、百合子は一気に覚醒した。うつ伏せのまま寝ていた姿勢から、肘に力を入れて勢いよく頭を持ち上げる。視線の先、右手の下にあったのは、「THE iDOLM@STER SP ミッシングムーン」ではなく、2冊目の「THE iDOLM@STER」と同じくらいの大きさの、白いソフトカバーの本。事態を把握するには、ひと目で十分だった。百合子は本を鷲掴みにすると、跳ねるようにベッドから降り立ち、そのままの勢いで机に向かった。椅子を荒っぽく引き出し、全体重を一気にかけて座ったとき、昨夜机上に置いたままにした残り2冊の「THE iDOLM@STER SP」も無くなっているのに気づく。それで百合子は確信した──これ、前の本が消えた代わりに、この世界に出現したんだ!
247 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:37:59 ID:RAPLbyYwO6
 机上に乗せた両手で支える本の表紙には、「THE iDOLM@STER 2」というタイトルが、「アイドルマスター」というカナと共に記されていた。頬を紅潮させ、爛々とした目で、超常の力を宿したアイテムを睨みつける百合子の頭の中には、収拾のつかなくなるほどに想念が渦巻いていた──私、選ばれたの? 魔法の本の読み手として? どうして? 誰に? もし、選んだのが悪魔か何かで、これが呪われた本だとしたら? 際限なく新しい本が出てきて永遠に読み続けることになるとか、1冊読むたびに寿命が縮まるとか、これを読むこと自体が世界を滅ぼす呪文の詠唱になっているとか。でも全然違うかも。たとえば、この本の出現が、全宇宙をつかさどる大いなる神からの啓示、って可能性。そしたら、この本を読むことが、私の使命ってことにならない? あと、こうやって悩んでる私を見て笑うために、トリックスターが仕掛けたいたずら、ってパターンも……ああ、もう、読むべきなの? やめるべきなの? フロドは一つの指環のことをガンダルフに教えてもらえたし、アーサー王はマーリンからいろんなアドバイスを受けられたじゃない! なんで私には何のヒントもないの!?
 持前の想像力が暴走するのを止められず、昂ぶりが頂点に達したとき、百合子は叫びそうになった。それをなんとか抑え、息を数回、吸って吐くと、体温が少し下がった気がした。その瞬間、百合子の心は決まった。ずっと夢見ていた、本物の冒険の始まりが、今、目の前にある。ここで思い切らなかったら、一生、後悔するに違いない。運命の歯車を自ら回すことへの、高揚、歓喜、不安、恐怖。それらがないまぜになっているのを示すかのような、わずかに震える指で、白い表紙を開く。
248 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:38:34 ID:RAPLbyYwO6
「おーい、そこで、こっちを見ている君! そうそう君だよ、君! まあ、こっちへ来なさい」
「君、確か、我765プロに入社予定の、新人敏腕プロデューサー君だね!?」
「いやいや、隠してもわかるよ。その、いい面構えで、ピーンと来た。新人なのに敏腕、それこそまさに君だ」
「ここだけの話、我が社は今、才能はあるものの、人気が今ひとつのアイドル達を大勢抱えていてね……」
「彼女らをトップアイドルに導いてくれる、プロデューサーを、大募集中なのだよ」
「では、さっそく紹介しよう。我が765プロに所属する、アイドルは……、この子達だ!」
249 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:39:05 ID:RAPLbyYwO6
 ──序文が変わってる!
 今まで共通していた箇所の変化は、新たな物語を予感させた。胸を躍らせる百合子だったが、「人気が今ひとつ」「トップアイドルに導いてくれる」といった表現は気になった。「2」というナンバリングがされたタイトルから、今回は念願かなって、「THE iDOLM@STER 」の続編を楽しめると思っていたのに、違うのだろうか。トップアイドルに輝いた春香や美希、千早たちの、その後を描いた話ではないとすると──後輩が主役の話とか? それで、前作主人公が先輩として出てくるパターンかも。定番の展開だけど、やっぱり盛り上がるし。
 若干の戸惑いとそれを上回る期待とにどきどきしながら、百合子は本文へと進むべく、ページをめくった。
250 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:39:36 ID:RAPLbyYwO6
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251 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:40:19 ID:RAPLbyYwO6
THE iDOLM@STER 2
252 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:40:53 ID:RAPLbyYwO6
>>251
 地下鉄の出口から道路へ出たとき、一瞬、目が眩んだ。季節は初夏、天気は上々、いい一日になりそうだな。俺にとっても、新しい生活の始まりの、大事な日だ。芸能事務所『765プロダクション』にプロデューサーとして採用されて、今日は出勤初日。プロデューサーらしく、さっそうと行こう。

「んっふっふ~、ペンペン、ペンギン♪ 海の中では、ジェットでギュィ~~~ン!!」

ん? なんだ、あのヘンな歌を歌いながら、道を歩いてる女の子は?

「やっとDVD、返してもらっちゃった~♪ これでまた思いっきり、ペンギン歩きが見られるよー。せっかく貸してあげたのに、これが、つまんないとか、メッチャ信じらんないよねー」

長めのサイドテールがかわいい。服装は小学生っぽいけど、背はけっこうあって見栄えもする。出勤時間を気にしないでいいなら、スカウトしてみようか、って思うくらいだ。

「動く鳥、見てると疲れるとか言ってたけど、動かない鳥なんて、たぶんトリ肉くらいだよ。トリ肉のDVDとか、メッチャつまんなさそう。そっちの方が『あふぅ』だね~!」

すれ違ってからも、後ろから声が聞こえてくる。おもしろそうな子だな。なんの話してるのかは、さっぱりわからないけど。っと、事務所に急がないと!
253 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:41:21 ID:RAPLbyYwO6
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254 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:41:47 ID:RAPLbyYwO6
「あふぅ?」

 百合子は小さく呟いた。今、出てきた女の子は、今回のヒロインになるアイドルたちの1人だろう。その娘が、美希のあくびの物まねをしている──やっぱり、後輩? でも、先輩に対する口ぶりじゃないっぽいかも。あと、プロデューサーは別人だよね? 出勤初日って言ってるし。なら、前のプロデューサーも、どこかで登場するかな?
 次のシーンに進むと、事務所に到着したプロデューサーが、社長と対面していた。
255 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:42:02 ID:RAPLbyYwO6
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256 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:42:27 ID:RAPLbyYwO6
「よく来てくれた! 私が、このプロダクションの社長、『高木順二郎』だ」

初対面ではないけど、今日からここで働くという節目になるからか、あらためて自己紹介された。高木順二朗社長はこの765プロダクション、略して765プロの代表取締役社長で、真っ黒に日焼けした初老の紳士だ。

「君の仕事は、わが社に所属するアイドル達を、プロデュースすること。目的は、彼女たちを、芸能界のトップへと導くことだ。道は険しいと思うが、がんばってくれ」
「はいっ! よろしくお願いします!」
「うむ。いい返事だ! その返事をきいて、改めて私は、ピンときた! 君は将来有望そうだな! ぜひ、活躍して、我が事務所の救世主となって欲しい。実は、今回、君に担当して欲しいアイドル達は、数か月前のデビュー以来、どうもパッとせんのだよ。だから、彼女らには、若手のすごいプロデューサーを担当につける、と伝えてある。皆、とても期待しているから、よろしく頼むよ!」
「は、はい!」
257 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:42:53 ID:RAPLbyYwO6
────
258 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:43:20 ID:RAPLbyYwO6
 今まで読んできた「THE iDOLM@STER」のプロデューサーと社長を彷彿とさせる会話の中、百合子の関心が向いたのは、「数か月前のデビュー以来、どうもパっとせん」という部分だった。前の3冊では、アイドル候補生をデビューさせるところからプロデュースが始まっていたので、大きな違いだと思えた。それから、社長の名前も気になった──順一朗だったよね? 社長が変わってる?
259 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:43:35 ID:RAPLbyYwO6
────
260 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:44:39 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「では、まず、プロデュースする女の子を、選んでくれたまえ!」

そう言うと高木社長はファイルを差し出してきた。そこに綴じてあったのは、9人のアイドル候補生のプロフィールだった。
261 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:45:09 ID:RAPLbyYwO6
>>251
天海 春香(17) HEIGHT 158cm WEIGHT 46kg BLOOD TYPE O B-W-H 83-56-82
歌が大好きで普通っぽさが魅力のアイドル。明るく前向き、そしてちょっぴりドジ。 

星井 美希(15) HEIGHT 161cm WEIGHT 45kg BLOOD TYPE B B-W-H 86-55-83
スタイル抜群で、アイドルとしての才能はバッチリだが、とってもマイペース。

如月 千早(16) HEIGHT 162cm WEIGHT 41kg BLOOD TYPE A B-W-H 72-55-78
クールでストイックな努力家。歌が全てと考えていて、アイドル活動に少々抵抗がある。

高槻 やよい(14) HEIGHT 145cm WEIGHT 37kg BLOOD TYPE O B-W-H 74-54-78
素直で頑張り屋、そして家族思い。元気いっぱいで、周りを笑顔にしてくれるアイドル。

萩原 雪歩(17) HEIGHT 155cm WEIGHT 42kg BLOOD TYPE A B-W-H 81-56-81
気弱で泣き虫な、優しいアイドル。自分に自信がないが、シンの強いところもある。
262 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:45:35 ID:RAPLbyYwO6
>>251
菊地 真(17) HEIGHT 159cm WEIGHT 44kg BLOOD TYPE O B-W-H 75-57-78
りりしい外見で、サッパリした性格だが、内面は乙女なアイドル。女性ファンが多い。

双海 真美(13) HEIGHT 158cm WEIGHT 42kg BLOOD TYPE B B-W-H 78-55-77
外見は成長中。でも、中身は、いたずらっ子なアイドル。双子の妹も765プロにいる。

我那覇 響(16) HEIGHT 152cm WEIGHT 41kg BLOOD TYPE A B-W-H 83-56-80
沖縄出身の元気少女。自信家で楽天的だが、実はさびしがり屋という一面も。

四条 貴音(18) HEIGHT 169cm WEIGHT 49kg BLOOD TYPE B B-W-H 90-62-92
気高くミステリアスな、王女様のようなアイドル。その正体は多くの謎に包まれている。
263 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:45:58 ID:RAPLbyYwO6
────
264 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:46:37 ID:RAPLbyYwO6
 百合子はあっけに取られた──デビューしたけどパっとしないって、春香や美希や千早も? なんで? 「THE iDOLM@STER」や「THE iDOLM@STER SP」でトップアイドルになったのに?
 頭の中を疑問符であふれかえらせながら、百合子は視線を、後のほうにあるアイドルの名前に向けた。我那覇響、そして四条貴音。「THE iDOLM@STER SP」では961プロ所属だった2人が、765プロにいる。いったい、どういうことだろう。その両名が入っているにも関わらず、選べるアイドルの数は9人と、「THE iDOLM@STER SP」から変わっていないのも、気になった。さらに千早の年齢も、百合子の注意をひかずにはおかなかった。16歳。自身と同い年だったアイドルが、1つ上になっている。前作の1年後の話だとしたら、春香たちのデビューが数か月前というのは明らかにおかしい。
 わからないことだらけの中、百合子はとにかく、ページをめくった。
265 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:46:56 ID:RAPLbyYwO6
────
266 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:47:45 ID:RAPLbyYwO6
>>251
 ファイルの最初には、集合写真が挟んであった。ん? この右端の子、さっきのヘンな歌を歌ってた女の子……か? いや、それより気になるのが、真ん中に写っている、頭の赤いリボンが特徴的な子だ。他の子を見ていても、いつのまにか目が吸い寄せられている。個別プロフィールはどこに……なんだ、1ページ目か。

「天海春香……」
「お、天海春香君を選んだか。彼女は、とても歌が好きで、素直な子だったのだが……」

……だった?

「今は違うんですか?」
「いや、最近、少し落ち込んでいるようなのだよ。でも、根は明るくて、頑張り屋の、ごく普通の子だぞ」
「天海君は、朝一番で、近くの広場に向かったようだ。迎えにいき、活動を開始したまえ」
「はい!」
267 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:48:10 ID:RAPLbyYwO6
────
268 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:48:40 ID:RAPLbyYwO6
 今回のヒロインが春香だとわかり、本を持つ手にいっそう力が入る。頂点に輝いた春香達に何があったのか。この先を読んでいけばきっと分かるはず、と思いながら、百合子はプロデューサーと春香の出会いの場面へと進んだ。
269 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:48:56 ID:RAPLbyYwO6
────
270 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:50:26 ID:RAPLbyYwO6
>>251
 社長によると、春香はここにいるはずだけど……あっ、あそこでダンスの練習をしている子だな。

「ワン・ツー、ワン・ツー、あれ? わからなくなっちゃった。もう一度、最初から……きゃあああ」

(どんがらがっしゃーん!)

 うわっ、あの子、すごい勢いでコケたぞ!? さ、さすがにこれは助けないと。

「おい、君! 大丈夫か!? ずいぶん派手に転んだみたいだけど……」
「いたたたたた……あ、はい。平気ですっ、慣れてますから! あはははは……」

 慣れてる!? あんな転び方にか!?
271 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:51:18 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「……まあ、大丈夫なら良いんだけど。君、アイドルの天海春香さんだよね?」
「えっ!? はい、そうですけど、あなたは……? どうして私のことを?」
「社長から聞いてないかな? 今日から、俺が君のプロデューサーになったんだよ」
「ほ、本当ですか!? プロデューサーさんが来るって話はきいてたけど、社長の冗談だと思ってました!」

 心底驚いた、って顔をしている。うーん、社長、全然信用ないんだな。

「今回の話は冗談じゃないぞ。今日から、よろしくな!」
「はいっ! こちらこそ、よろしくお願いします」

 にっこり笑う春香だけど、すぐにその表情が曇る。

「あ、でも本当に良いんですか? 私、もうデビューして半年も経つのに、全然人気がなくて……同じ時期にデビューして、人気が出てる人達もいるのに、私は、レッスンぐらいしかすることがないんです」

 落ち込んでいるみたいだって社長が言ってたけど、このことか。よし、ちょっと景気よくいこう。
272 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:51:57 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「なんだ、そんなことを気にしていたのか。大丈夫、今の人気なんか関係ない。大事なのは可能性だ! 俺は、君となら、トップアイドルを目指せると思ってる」
「ええっ! そ、そんなこと突然言われても、まだピンときませんけど……でも、ありがとうございます!」

 さすがに盛り過ぎたかなと思ったけど、受け入れてくれたらしい。素直な娘っていう社長の評価は、確かみたいだ。 

「今はピンとこなくてもいいよ。これから、一歩一歩階段をのぼっていけば、実感がわいてくると思うし」
「はいっ!」
273 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:52:20 ID:RAPLbyYwO6
────
274 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:53:16 ID:RAPLbyYwO6
──罠じゃない、こんなの!
 百合子は内心で抗議の叫びを上げた。タイトルに2とついていたので、前の3冊の続編か、そうでなくとも地続きの世界と時間を描いた作品だと、当然のように思っていた。それなのに、春香は今までの物語など無かったかのように、新人アイドルとして出てきている。要するにこの「THE iDOLM@STER 2」は、前作までとまったく関係ない、パラレルワールドを描いた別作品、ということなのだろう。
 トップアイドルになった春香達の、さらにその先のお話を求めていた百合子は、落胆と憤慨を抱えながら、背もたれに寄りかかった。そしてそのままの姿勢でしばらく間をとってから、気持ちを落ち着かせるべく、目を閉じた──確かに、また2人の出会いからからやり直すことになったけど、春香がデビューしたあとにプロデューサーと出会ってるとか、前と違ってるところもあるよね。なら、ここから先も、何か新しい、わくわくするようなお話が待ってるかも。それに、これはこの世ならざる力を持った魔法の本で、私は選ばれし読み手、七尾百合子。だとしたら、この展開にも、絶対、何か意味があるはず!
275 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:53:41 ID:RAPLbyYwO6
 気を取り直した百合子は、目を開き、ずり落ちそうになっていたお尻を浮かせ座りなおしてから、ページをめくった。そこにあったのは、やはり今までの「THE iDOLM@STER」とは違う、「THE iDOLM@STER 2」独自の物語だった。まず、社長はやはり交代していた。
276 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:53:58 ID:RAPLbyYwO6
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277 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:54:32 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「……社長~! 順一郎前社長から、絵ハガキが……って、あっ! プロデューサーさん、お疲れ様です!」
「お疲れ様です。音無さん……あの、絵ハガキって、なんですか?」
「あ、はい。プロデューサーさんは、ご存知かどうか、わからないんですけど、実は765プロの社長は、以前は、高木順一朗社長だったんです。今は、高木順二朗社長なんですけど」
「へえ~。そうなんですか」
278 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:54:50 ID:RAPLbyYwO6
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279 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:55:31 ID:RAPLbyYwO6
 その順二朗社長から、プロデューサーに新たな指示が出る。
280 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:55:44 ID:RAPLbyYwO6
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281 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:56:14 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「先週は、ユニットのリーダーを選んでもらったわけだが、今週は残りの2人を選んでくれたまえ!」
「え? 『残りの2人』とは、どういう意味でしょうか?」
「ん、説明していなかったかな? 君には、3人編成のユニットをプロデュースして欲しいのだよ」
282 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:56:31 ID:RAPLbyYwO6
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283 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:56:53 ID:RAPLbyYwO6
 いくらかの行き違いがありつつも、プロデューサーは千早と美希を選び、春香をリーダーとするユニット「ナムコエンジェル」を誕生させる。
284 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:57:14 ID:RAPLbyYwO6
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285 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:57:43 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「春香、私達のリーダーとして、これからもよろしくね。困ったことがあったら、少しは相談にのれると思う」
「へー、春香がリーダーなんだね。なんか普通だけど、普通が一番って、ママも言ってたし、いいことなの!」
286 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:58:02 ID:RAPLbyYwO6
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287 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:58:36 ID:RAPLbyYwO6
 その直後には、同じ765プロのアイドル、水瀬伊織、三浦あずさ、双海亜美からなる先輩ユニット、「竜宮小町」と、そのプロデューサー、秋月律子が登場し……
288 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:58:49 ID:RAPLbyYwO6
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289 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:59:15 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「まぎらわしい所にいるんじゃないわよ! 新入りなら新入りらしくとっとと仕事を探しに出かけなさーい!」
「あらあら、伊織ちゃん、新人さんには親切にするものよ……あの、安心して下さいね? うちはとてもいい事務所ですから。ぜひ、のびのびと活動して、立派なアイドルになって下さいね~。ふふっ」
「うあうあ~。あずさお姉ちゃん、朝から大ボケだよ! この兄ちゃんは、新入りは新入りでも、んーと、ほらほら、前に社長が言ってた、若年寄の便せんプロデューサーだよね?」
「……それを言うなら若手の敏腕プロデューサーでしょ、亜美。ウロ覚えでわけのわからないこと言わないの! すみません、お騒がせして。私はプロデューサーの秋月律子です」
290 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 22:59:34 ID:RAPLbyYwO6
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291 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:00:17 ID:RAPLbyYwO6
 また、テレビ局のロビーでは、謎の男と遭遇する。
292 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:00:35 ID:RAPLbyYwO6
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293 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:01:07 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「じゃまだ、どけ」
「あ、す、すみませ……」
294 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:01:27 ID:RAPLbyYwO6
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295 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:02:19 ID:RAPLbyYwO6
 そして、その日の夜、ナムコエンジェルのメンバーとプロデューサーは、1年後に発表される「IA(アイドルアカデミー)大賞」の受賞という目標を、社長に示された。真のトップアイドルと認められた者のみに贈られる、名誉ある賞を目指すことになり、奮い立つ3人と1人。その後、社長からはさらに2つの伝達事項があった。1つは、961プロの黒井社長に気をつけるように、という忠告。もう1つは、春香達が帰った後、プロデューサーだけに告げられる。
296 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:02:33 ID:RAPLbyYwO6
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297 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:03:14 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「実は、IA大賞にノミネートされた、ユニットのプロデューサーは、主催者である『IAU』、すなわち、『アイドルアカデミー連合協会』から、1年間のハリウッド研修に派遣されるのだよ」
「ええっ!? い、1年間、ハリウッドで研修ですか!?」
「その通り。本場のショウビジネスや、スターのマネジメントについて学ぶ、素晴らしいチャンスだ! まあ、それも、ノミネートされればの話だがね。ぜひ選ばれるよう、頑張ってくれたまえ!」
298 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:03:34 ID:RAPLbyYwO6
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299 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:04:08 ID:RAPLbyYwO6
「ふぅ……」

 怒涛の情報量に飲み込まれていた百合子は、ようやく訪れた段落の切れ目で、なんとか息を入れた。プロデューサーとアイドルの一対一の関係を中心に据えていた今までの物語に比べ、登場人物が増え、複雑な構成になっている。前3作では社長のファイルのところで名前を見た気のするアイドルが、事務所内の別ユニットや、主人公以外のプロデューサーとして出てくるのも、新鮮な感じがした。一方で、961プロがストーリーに絡んできそうだったり、IUと同じようにIAという目標があったりと、これまでの要素が取り入れられているのもわかった──ってことは、今回もやっぱり、プロデューサーとアイドルのお別れで終わるのかな? ハリウッド研修はその伏線かも。
 続きを読み進めると、ナムコエンジェルは、同じくIA大賞を目指す竜宮小町と競い合いながら、だんだんと力をつけていっていた。IA大賞ノミネートに必要な、売上チャートのランキングでも、徐々に順位を上げていく。そんな中、とあるフェスの終了後、春香とプロデューサー、そして律子の前に、TV局のロビーの場面で出てきた男が再び現れる。
300 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:04:29 ID:RAPLbyYwO6
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301 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:05:03 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「チームワークだなんだって、甘いこと言うのは、決まって弱いやつだぜ。言い訳がましいんだよ!」
「うう……」
「……おまえ、ユニットのリーダーなんだろ? チームワークが大事って、本当に思ってんの?」
「そ、それは、あの、えっと……」
「ちょっと、からむのは、やめなさいよ! 春香が、おびえてるじゃないの」
「フン。何も言うことないのかよ。その程度の覚悟じゃ、IA大賞なんて、とてもじゃないけど、届かないぜ」
「IA大賞……? もしかして君も、IA大賞を目指すアイドルなのか!? 名前は?」
「さぁね。ま、そのうち、イヤでも耳に入ってくるんじゃない? じゃーな!」
302 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:05:31 ID:RAPLbyYwO6
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303 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:06:38 ID:RAPLbyYwO6
 ──何なの、何様!?
 心の中で百合子は毒づいた。春香が何も反論できないのにも、腹が立った──トップアイドルになったあとの春香なら、こんな男、目じゃないのに! ああ、もうっ、代わりに言い返してやりたい! たとえば、私が春香の後輩とかで、「あなたに何がわかるんですか!? トップに立ったこともないくせに!」「……なんだ、おまえ?」「分不相応だって言ってるんです! 文句があるなら、頂点の輝きを手に入れてからにしたらどうですか!? ま、無理でしょうけどね!」「ちょ、ちょっと百合子ちゃん、落ち着いて!」「春香さん、でも……」「いいから、ね?」……こんな感じで!
 空想の中で無礼者を成敗し、溜飲を下げた百合子だったが、それも束の間、彼は三度登場した。舞台は竜宮小町が参加した、パフォーマンスの質を競うフェス。IA大賞を目指し、ランキング上昇を狙った律子達4人は、勝算ありと踏んで対戦に臨むものの、敗北。事務所に戻り、プロデューサーと顔を合わせた律子は、その時のことを話す。
304 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:06:58 ID:RAPLbyYwO6
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305 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:07:41 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「たった一人のアイドルに完敗だったんです。彼は私の予想をはるかに超えるレベルで、とにかくすごかった……」
「な、なんだって? それじゃ、あいつ、そんな実力のある、すごいアイドルだったのか!?」
「……しかも、あの子、961プロの所属らしくて」
「ええっ! 961プロって、あの……!?」
「ええ、そう。うちの社長といわくつきの、あの961プロです。どうも昔からのライバルらしいですね。だから、961プロには注意するように高木社長からも言われてたのに、なすすべもなく惨敗だなんて……これで竜宮小町の、今年のIA大賞は、完全に無くなってしまったわ……」
「い、いや、そんなこと言うんなよ! あきらめるのは、まだ早いだろ?」
「いいえ、ムリなんです。今回の敗北で、竜宮小町は961プロの、天ヶ瀬冬馬に、はるかに劣ると証明されてしまった。これがランキングに与える影響は、絶大だわ。現実問題として、IA大賞は、もう……」
306 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:08:01 ID:RAPLbyYwO6
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307 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:09:04 ID:RAPLbyYwO6
「ええええっ!?」

 寝坊する人も多い祝日の朝には似つかわしくない頓狂な声を、百合子は止められなかった。完全に不意打ちだった。天ヶ瀬冬馬。まさかの敵役の正体──おかしいでしょ!? 天ヶ瀬さん、こんなイヤな人じゃなかったから!
 ハンカチを貸してくれ、ぶしつけな質問にもきちんと応じてくれたバス停での印象と、本の中で描かれている人物像は、どう考えても一致しない。かといって、同姓同名の別人のはずもない。最初の「THE iDOLM@STER」を手にするきっかけになった人物との、思わぬ形での再会。偶然とは思えない。もし、あのときの出会いも、この魔法の本に仕組まれたものだったとしたら。物語が現実を浸食してきたような気がして、百合子は何となくぞくりとした。
308 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:10:04 ID:RAPLbyYwO6
 その後、ナムコエンジェルもフェスで冬馬に挑むことになるが、悪天候による機材故障でイベントは中断、勝負はお預けとなる。
309 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:10:29 ID:RAPLbyYwO6
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310 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:11:14 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「アクシデントも勝負のうちだ。だから今回は、引き分けってことにしといてやるよ」
311 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:11:33 ID:RAPLbyYwO6
────
312 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:11:57 ID:RAPLbyYwO6
 冬馬のレベルが段違いなのは、中断前までのステージを見ていた誰の目にも明らかだった。そんな彼に対抗すべく、ナムコエンジェルはレッスンを重ね、団結力を武器に全国各地のライブやフェス、オーディションで結果を出していく。そしてついにランキングのトップ20に入り、IA大賞のノミネート発表会へと招待される。
313 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:12:22 ID:RAPLbyYwO6
────
314 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:13:04 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「IA大賞、ノミネート、エントリーナンバー1番、ナムコエンジェルの皆さんです! おめでとうございます! ノミネートの感想を、一言ずつお願いします」
「ありがとうございます! この場に立てたのは、応援してくれた、ファンの皆さんのおかげです!」
「応援して下さった皆さん、そして……私達を引っ張ってくれた、リーダーに感謝しています。ふふっ」
「ミキも、今日は素直にリーダーをほめてあげたい気分なのっ! いよっ、さすがはリーダーっ!」
315 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:13:20 ID:RAPLbyYwO6
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316 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:13:37 ID:RAPLbyYwO6
 しかし、この日の話題は、最後に発表されたユニットにさらわれてしまう。
317 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:13:52 ID:RAPLbyYwO6
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318 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:14:37 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「これまで、構成メンバー、所属事務所など、一切の情報が秘密とされてきた、人気絶頂の覆面ユニット……その神秘のベールが、この栄えあるIA大賞ノミネート会場で、ついに脱ぎ捨てられます! さあ、プレゼンターをお呼びしましょう! 961プロ代表取締役、黒井崇男社長ですっ!!」
「ウィ、ご紹介ありがとう。私が黒井です。皆さん、以後、お見知りおきを」
319 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:14:55 ID:RAPLbyYwO6
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320 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:15:23 ID:RAPLbyYwO6
 黒井社長は、ランキングを急上昇した謎のユニット、「ジュピター」が961プロ所属だと明らかにする。メンバーはもちろん、百合子も知る現実のジュピターの3人だった。
321 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:15:41 ID:RAPLbyYwO6
────
322 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:16:18 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「な、なんと、ソロでも大人気の、天ヶ瀬冬馬君のユニットだったんですね!」
「はい! 俺単独でもIA大賞を狙える位置にいるけど、社長が最高のメンバーを見つけてくれたんで。コイツらと一緒に、確実に勝ちにいくことに決めました! ファンの皆、俺の仲間を紹介するぜっ!」
「こんにちは、僕、ジュピターの御手洗翔太です。がんばるから、皆、よろしくねっ! えへへっ♪」
「初めまして、お嬢さん達。俺は、伊集院北斗。俺達ジュピターから、一瞬たりとも目を離さないでね?」
323 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:16:37 ID:RAPLbyYwO6
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324 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:17:12 ID:RAPLbyYwO6
 圧倒的なパフォーマンスを見せ、IA大賞の最有力候補となるジュピター。しかし春香は臆することなく、打倒ジュピターを口にする。担当アイドルの成長を感じたプロデューサーは、ノミネート発表会の終了後、ナムコエンジェルの3人を集め、ハリウッド研修の件を伝える。
325 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:17:31 ID:RAPLbyYwO6
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326 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:18:05 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「IA大賞発表後は、俺は皆と、一緒にいられない。ハリウッドに行って、色々勉強してくる。1年で戻ってくるけど、その後に皆のプロデュースを担当できるかどうかは、わからない。もしかしたら、IA大賞が終わったら、それっきりお別れ、ってこともあるかもしれない」
「「「ええっ!?」」」
327 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:18:19 ID:RAPLbyYwO6
────
328 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:18:43 ID:RAPLbyYwO6
 やっぱりハリウッドは伏線だったんだ、と百合子は思った。今回も、トップアイドルになった春香達とプロデューサーの別れで話が終わるとすると──次の本も、また下積み時代からになっちゃうのかな?
 先走り気味の想像を巡らしながら、さらに文字を追っていくと、ナムコエンジェルはジュピターと熾烈な賞レースを繰り広げていた。体調不良の春香がステージ上で倒れ、担架で救護室に運ばれるなどのアクシデントもあったが……
329 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:19:15 ID:RAPLbyYwO6
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330 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:19:46 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「お、起きたか、天海」
「ジュピター……悪いけど、遠慮してくれないか。春香はまだ、目が覚めたばかりなんだ」
「俺達も、病人の前で騒ぐ気はねえよ。ステージで、派手にぶっ倒れたから、ちょっと気になっただけだ」
「あの……ごめんなさいっ。冬馬君達にも、迷惑かけちゃって……」
「……まあ、まだ戦う気があるなら、とっとと復活しろよ。おまえら程度でも、いれば、盛り上がるかもな」
331 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:20:10 ID:RAPLbyYwO6
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332 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:20:39 ID:RAPLbyYwO6
 IA大賞発表の直前、ノミネートアイドルが一堂に会するフェスで、ついに両雄は激突する。
333 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:20:56 ID:RAPLbyYwO6
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334 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:21:35 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「今日の俺達の相手は、あのジュピターだ。間違いなく、彼らは強い。簡単に勝てる相手じゃない……だからこそ、相手にとって、不足はないよな! さあ、今までやってきたことを、このステージで、全部、残らず全て、出しきってこい! そして……そして、勝とう!!」
「「「はいっ!」」」
335 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:21:57 ID:RAPLbyYwO6
────
336 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:22:12 ID:RAPLbyYwO6
 この最終決戦を制したのは……
337 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:22:29 ID:RAPLbyYwO6
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338 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:23:04 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「プロデューサーさんっ! 私達、ジュピターに勝ちました、勝っちゃいました!」
「ああ、ステージ袖から、みんなの勝利、俺も、しっかり見てたよ!」
「今日のステージでは、私達3人が、ひとつになるのを感じました……あれが本物の、団結なんですね!!」
「力、全部出し切っちゃったってカンジ。ホント、勝ててよかったの!」
339 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:23:27 ID:RAPLbyYwO6
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340 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:24:01 ID:RAPLbyYwO6
 敗れたジュピターは、冬馬が解散を宣言、IA大賞のノミネートも辞退してしまう──このせいで、天ヶ瀬さん、961プロを辞めたのかな……って、違う! これは本の中のお話! 現実じゃないから!
 混乱しかけた百合子は、軽く頭を振ってから本の中へと戻った。そこでは、最大のライバルを撃破したナムコエンジェルが、国立オペラ劇場大ホールにて、歓喜の瞬間を迎えていた。
341 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:24:21 ID:RAPLbyYwO6
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342 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:25:01 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「それでは、発表します。本年度の、IA大賞に輝いたのは……ナムコエンジェルの皆さんです! おめでとうございまーーーっす! それでは、皆さんの、今のお気持ちをお聞かせください!」
「えっと、1年間、ずっと目標にしていたこの賞を、本当にもらえるなんて……とっても、光栄です!」
「皆さんのご声援が、私達を、ここに運んでくれました。本当に、ありがとうございました!」
「うまく言えないけど……、とにかく、ミキすっごくすっごくすっごく、うれしいの!」
343 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:25:24 ID:RAPLbyYwO6
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344 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:25:49 ID:RAPLbyYwO6
 そして、セレモニーの終了後。春香は千早や美希と帰りの車に乗るが、途中で独り降りて、プロデューサーのところに戻ってくる。
345 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:26:08 ID:RAPLbyYwO6
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346 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:27:59 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「つまり、えっと……はっきり、言います。プロデューサーさん、ハリウッドになんて、行かないで下さい!」
「ええっ!? その話は、もう前に……」
「で、でも、私達はプロデューサーさんに育ててもらったユニットです。IA大賞は終わりましたけど……まだ、教えてもらわなきゃダメなこと、いっぱい、いっぱいあるんですっ!」
「春香……春香の気持ちは、うれしいけど、もう、決めたことなんだ。それに、ナムコエンジェルは大丈夫だよ。春香という、立派なリーダーがいるからさ」
「私、立派なんかじゃないです! 全然、そんなんじゃないんですっ! いっつも1人で空回りして、みんなにも、プロデューサーさんにも、いっぱい迷惑かけて……」
「春香……」
「私が立派なリーダーに見えるとしたら、それは、プロデューサーさんが、隣にいてくれるからです……プロデューサーさんが、支えてくれなかったら、ユニットも、私も、とっくにダメになってました! だから、お願いです、プロデューサーさん。ずっと、ずっと、一緒にいてもらえませんか?」
「……」
「ずっと、私達の……私の、そばに、ずっと……!」
「……ありがとう、春香。春香の気持ち、本当にうれしいよ。でも……それは出来ない」
「ぷ……プロデューサーさん……」
「俺のほうこそ、春香が言ってくれるような、いいプロデューサーじゃない。本当に、いいプロデューサーだったら、春香の体調不良にも気が付いただろう。少なくとも、春香がステージで倒れる前に、何とかできたはずなんだ……俺はまだ、未熟すぎるんだよ」
347 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:28:30 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「……プロデューサーさん。もう、すっかり、決めちゃってるんですね?」
「春香……ごめん」
「あ、あやまらないで下さいっ! もっと、悲しくなっちゃいますから。でも、お願いです。ゼッタイ、帰ってきて下さいね。これで、お別れだなんて、私、イヤです……」
「うん、必ず帰ってくるよ。春香は、俺がいない間、リーダーとしてユニットを支えていてくれ。そして、俺達のナムコエンジェルを、今よりも、もっと、素晴らしいものにするんだ! こんな大切なことを頼めるのは、春香しかいない。世界中で、春香、ただ1人だ」
「私……私、だけ……」
「……頑張れるか、春香?」
「は、はいっ……えへへっ。わ、わかりました。でも、そのかわり、プロデューサーさん。ハリウッドから帰ってきたら……絶対に、また、私をプロデュースして下さいねっ! 約束ですよ、約束!!」
348 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:28:51 ID:RAPLbyYwO6
────
349 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:29:22 ID:RAPLbyYwO6
 旅立ちの日、プロデューサーは空港でナムコエンジェルの3人に見送られ、日本を後にする。
350 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:29:38 ID:RAPLbyYwO6
────
351 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:30:56 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「プロデューサー。食事は、栄養のバランスに注意して、メニューを選ぶようにして下さいね」
「ハリウッドについたら、いっぱい写真撮って、ミキ達にメールで送ってね。楽しみにしてるから!」
「ああ、わかってるよ。皆も、元気でな。バッチリ、成長して帰ってくるから、1年後を、楽しみにしててくれ」
「私、プロデューサーさんがいない間、本当に、本当に、がんばりますから……だから、プロデューサーさんも、あの……約束、ゼッタイ、守って下さいね」
「ああ、守るよ……必ず」
352 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:31:15 ID:RAPLbyYwO6
────
353 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:31:45 ID:RAPLbyYwO6
 お見送りの場面が終わっても、ページはまだ少し残っていた。プロデューサーとアイドルのお別れがラストシーンだと思っていた百合子は、一瞬戸惑ったものの、すぐに自身の勘違いに気づいた──そっか、ハリウッドに行くって言っても、1年研修するだけで、プロデュース終了じゃないんだ。だから、ここで終わりじゃなくて……プロデューサーが戻ってきて、エピローグ?
 百合子の予想通りだった。ページをめくった先では、1年間の研修を終え帰国したプロデューサーが、765プロ事務所へと向かっていた。
354 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:32:03 ID:RAPLbyYwO6
────
355 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:32:56 ID:RAPLbyYwO6
>>251
 ふぅ、やっと着いたぞ。それにしても、春香達がどれだけ頑張っていたのか、いやって程、分からされたな。駅前の大型モニター、コンビニのBGM、すれ違う人が持つ雑誌の表紙。ナムコエンジェルの話題を見聞きしないでは、2分と街を歩けない、って感じだ。まあ、とりあえず事務所に入ろう。あ、入る前に、おみやげは出しておいたほうがいいかな。えっと……って、うわっ!? いきなり目の前が真っ暗に!?

「えへへっ……だーれだ?」
「え、その声は……」

明るさが戻るのと同時に振り返ると、そこにはもちろん、微笑む春香が立っていた。

「……プロデューサーさん。おかえりなさいっ!」
「ああ、ただいま……! でも、どうして、こんな所に春香が?」
「ええっ!? せっかくの再会なのに、つれないこと言わないでくださいよぉ! 小鳥さんから、プロデューサーさんが、今日帰ってくるって聞いて、それで待ってたんですよ?」

口を尖らせてみせる春香。そうそう、ときどき、こうやって拗ねていたっけ。なんだか、本当に帰ってきたんだ、って実感がわいてくるなあ。
356 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:34:07 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「……ありがとう、春香。嬉しいよ。でも、本当に仕事、大丈夫だったのか? ここで俺を待つだけでも、スケジュール調整が、大変だっただろう?」
「え? どうして、それ、知ってるんですか?」
「だって、空港からここに来るまでの間、春香達の名前があちこちから、聞こえてきたぞ……もう、押しも押されぬ、超人気ユニットだな。よくやったぞ、春香!」
「……えへへっ。だって、約束したじゃないですか。ユニットの皆で、もっともっと頑張るって。あの、どうですか? 私達のユニット。プロデューサーさんがプロデュースしてた時と比べて」
「そうだな……どう考えても、俺がやっていた時より、売れてると思うぞ」
「え、本当ですか!? やったー!」

褒められると素直に喜ぶのも、ちょっと調子に乗りがちなのも、相変わらずか。

「……何だか、俺、帰って来たのはいいけど、いきなり用無しな感じだよな」
「ええっ!? そ、そんなことないですよぉ! プロデューサーさんが用無しなわけ、ないじゃないですか」
「あははは。まあ、そうかな。俺もハリウッドで、100倍くらいパワーアップしたから……正直、これくらいすぐに追いつけるぞ!」
「そうですか? ふふ、ふふふっ!」
357 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:35:24 ID:RAPLbyYwO6
>>251
ん? 何か含みのある笑いのような……

「それじゃ、早速ですけど、この後の新番組の打合せに、プロデューサーさんも参加して下さいねっ!」
「ええっ!」

い、今からか!?

「あの、俺、今、帰ってきたところなんだけど……社長にあいさつとか、事務所のおみやげとか、荷物の片付けとか、色々な用事も盛りだくさんで……」
「そんなの後です! 私、プロデューサーさんをずっと待ってたんですよ? だから、もう待てません!」
「わ、わかったよ……」

満面の笑みを浮かべ、さも当然といった感じで俺を促してくる。さっきまでは、懐かしい、変わってないって印象だったのに、それが一気に吹き飛んだ感じだ。まあ、俺のいなかったこの1年、セルフプロデュースだったナムコエンジェルで、リーダーとしていろいろと経験を積んできたんだろうけど、それにしても……
358 : THE iDOLM@STER 2◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:36:00 ID:RAPLbyYwO6
>>251
「春香、しばらく会わないうちに、少し、人使いがあらくなったんじゃないか?」
「えへへっ。私の、世界一のプロデューサーさん! またプロデュース、お願いしますねっ!」

世界一とは、言ってくれる。でも、そうだよな。『ナムコエンジェルを、今よりも、もっと、素晴らしいものに』って俺の頼みを、春香は実現してみせた。なら、今度は俺の番だ。プロデューサーとして、春香を、ナムコエンジェルを、もっともっと輝かせる。そのために、ハリウッドに行ったんだしな!

「……よしっ! 俺も、覚悟を決めたぞ! これが、世界一への第一歩だ! まずは、新番組の打合せに行こうか、春香!」

右手でスーツケースの向きを変えて脚を踏み出すと、春香が左側から俺の顔を覗き込んできた。

「プロデューサーさんっ! あの、私、これからも、プロデューサーさんのこと、す……」
「す……?」
「あ、いえ、今はやっぱりいいです。これからも、チャンスはありますからね……」
「え? なんか、言ったか、春香?」
「えへへ、何でもないですっ! それじゃ、行きましょう! 皆で……世界の頂点へっ!」
359 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:36:32 ID:RAPLbyYwO6
────
360 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:39:34 ID:RAPLbyYwO6
 ──面白かった!
 本を閉じた百合子は、白い表紙をじっと見つめた。春香がプロデューサーと出会うところから、トップアイドルになるまでを描いていたのは、1冊目の「THE iDOLM@STER」の焼直しに思えなくもなかった。ただ、同じユニットの千早と美希、仲間でありライバルでもある竜宮小町と律子、倒すべき敵として立ちはだかった冬馬たち、さらにはIA大賞の司会者のような端役まで、数多くの人物が物語に関わっていたのは、大きな違いだと思えた。今までよりも世界観に奥行があるように感じられたし、熱い展開や、希望にあふれるエンディングも良かった──でも、やっぱり。
 トップアイドルになったあとのお話を読みたかった、という気持ちを、百合子はどうしても拭いきれなかった──「THE iDOLM@STER 2」、続編として作れなかったのかな? ソロで頂点の座に輝いた春香が、社長の鶴の一声で、ユニットを組んでIA大賞に挑むことになった、みたいな感じで。そしてユニットを指導するのは、かつて春香をトップアイドルへと導いたプロデューサー。1年ぶりに再会した2人は、挨拶すらもぎこちなく……うん、いけそう。
 百合子の想像の翼は、「THE iDOLM@STER 2」のその後へも広がった。世界で活躍するアイドルに挑むナムコエンジェルとプロデューサー。765プロ打倒のため、黒井社長が放つ新たな刺客。律子と竜宮小町の再起や、冬馬たちの捲土重来を描く、外伝的なエピソード。そういうお話を、次の5冊目に期待していいのかどうか。
361 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:45:40 ID:RAPLbyYwO6
 そういえば、どうしたら次の本が出てくるのだろう。今までの4冊は、気が付いたらそこにあった、という感じだった。だとしたら、5冊目の「THE iDOLM@STER」を望んでいる今、取るべき行動は?
 いろいろと考えをめぐらせた末、百合子は机の引き出しに「THE iDOLM@STER 2」をしまい込み、鍵をかけた。こうすれば大丈夫、と確信したわけではない。ただ、誰の目にも触れず、誰の手にも届かないところで、5冊目に変わったなら、本当の本当に魔法の本だとはっきりする。
 百合子はショートパンツのポケットに鍵を滑り込ませながら立ち上がった。ベッド上の時計を覗き込むと、10時半近い。七尾家の休日の習慣、ブランチの頃合だ。百合子は足早にドアへと向かった──腹が減っては戦はできぬ、だよね。
362 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:46:55 ID:RAPLbyYwO6
────
363 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/21 23:52:28 ID:RAPLbyYwO6
今日はここまでです。
本の中の会話文は、基本的にゲームのテキストそのままです。
1冊目はアーケード、2冊目はxBox無印、3冊目はSP、4冊目は2ですね。
ただ、今日の2については、字数を減らしたり、話の筋をわかりやすくしたりするため、改変した箇所もあります。
明日、また続ける予定です。
それでは。
364 : 兄ちゃん   2024/02/22 09:25:25 ID:oYd8JhyGeI
2の時点でハリウッド行きの話しは出ていたんだ
2でトリオになったって話しは聞いたことあるのですがあまりよい噂聞かなくて……
ただこの流れだと元々は今みたいな仲良し路線ではなかったかもしれませんね
次はいよいよ……って感じですかね
2の続編を期待している百合子は悪いですが
365 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:47:25 ID:kh6GGcJ0hc
>>364
個人的にはアニメと2は双子なんじゃないかな、と想像しています。
企画の段階から平行して進んでいた感じなんじゃないかな、と。
お察しのとおり、次はいよいよ、です。
感想ありがとうございました。
366 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:48:08 ID:kh6GGcJ0hc
それでは、再開します。
367 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:49:15 ID:kh6GGcJ0hc
 ことのほか美味しかったフレンチトーストのおかげか、部屋に戻ったときの百合子は、だいぶ楽観的になっていた。鍵付きの引き出しの中には、きっと新しい「THE iDOLM@STER」がある。膨らんだ期待を胸に、百合子は鼻息も荒く、大股で机に突進した。しかし、鍵を挿して引き出しを開けた瞬間、言葉を失ってしまう。ややあって、かすれ気味の声が漏れ出した。

「……なんで……」

 そこには、「THE iDOLM@STER 2」に代わる本が、確かにあった。文庫本サイズの黒いプラスチックに画面をはめこんだ、タブレット型の電子書籍端末が。
368 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:49:59 ID:kh6GGcJ0hc
「はーっ……」

 盛大な溜息を止める気にもならなかった。スマートフォンに電子書籍アプリを入れていないほど、百合子は本に関して、断然アナログ、紙派だ。画面だと紙の温かみやページをめくるドキドキ感はないし、行間に込められた思いも感じ取れない気がしていた──だいたい、魔法の本がこれって、風情なさすぎじゃない?
 百合子は立ったまま鼻を一つ鳴らすと、しぶしぶといった様子で端末を手に取った。指先が触れた画面に、タイトルが浮かび上がる。お馴染みの「THE iDOLM@STER」と「アイドルマスター」は、若干小ぶりになっていた。かわりに大きく目立つのは、その下に表示された、「MILLION LIVE!」という文字列。添えられている「ミリオンライブ」のかな書きと合わせ、こちらがメインタイトルのように見えた。
 百合子は左手で引き出しを閉めながら、同時に右手の指も動かし、画面をスライドさせた。現れたのは、序文だった。
369 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:50:28 ID:kh6GGcJ0hc
「私達と、この劇場(ステージ)で夢を叶えてください!」

笑って、悩んで、女の子(アイドル)たちは、もっと輝く
370 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:51:00 ID:kh6GGcJ0hc
「……みじかっ」

 小さく呟き、目を画面に注いだまま椅子をひくと、机と平行の向きで座る。これが紙の本だったら、という思いは消えず、新しい物語へのときめきもあまり感じられない。百合子は半ば機械的に画面を操作し、本文へと進んだ。
371 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:51:35 ID:kh6GGcJ0hc
────
372 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:52:43 ID:kh6GGcJ0hc
THE iDOLM@STER MILLION LIVE!
373 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:53:27 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
 都内・臨海エリア、最寄り駅から徒歩8分。目の前に広がるのは、原っぱ。もらった略地図を改めて確認する。どう見ても、ここだよな。俺、庭師じゃなくて、アイドルのプロデューサーになったはずなんだけど……まあ、突っ立っていてもしかたない。行ってみよう。
 原っぱに足を踏み入れて少し進むと、まばらに生えた木の向こう側に、大型のテントが見えてくる。あれか。歩くピッチを上げると、ほどなく到着。間近に見たテントの横幕には、星やらUFOやら「がんばりまーっす!」の文字やら、自由に落書きがしてある。何というか、手作り感に溢れてるな。正面に回ると、入口脇には「めざせ! トップアイドル!!」とマジックで大書してある貼り紙、その手前には「765PRO Live THEATER」と手描きされた一本足の立て看板。うん、間違いない。今日からここが、俺の職場だ。といって、いきなり入るのもちょっとなあ。とりあえず、声をかけてみるか。
374 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:54:01 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「すみませーん!」
「はーい……なんでしょう?」

返事に続いてテントから出てきたのは、 緑のベストにタイトスカートの女性。年のころは……いや、それはともかく、いかにもOLって感じの人だ。

「あの、俺は今度765プロに入社した……」
「ああっ、さっき社長から連絡がありました!」

良かった、不審者扱いされないで済みそうだ。

「はじめまして、プロデューサーさん! 765プロへようこそ! 私は765プロの事務員音無小鳥です! プロデューサーさんの活動をサポートさせていただきます!」
「こちらこそ、はじめまして。よろしくお願いします」
375 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:54:27 ID:kh6GGcJ0hc
────
376 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:55:16 ID:kh6GGcJ0hc
 プロデューサーが新入社員ということは、またアイドルと出会うところからのスタートだろうか。だとすると、今回も、トップアイドルになった後の話は期待できなそうな気がした──それより、テントとか765PRO Live THEATERとかって、何?
377 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:55:33 ID:kh6GGcJ0hc
────
378 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:56:11 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「プロデューサーさんのお仕事はこの劇場を大きく立派にプロデュースすることですよ!」
「はい、高木社長からも聞いています」

 高木社長は、フルネームが高木順二朗。俺のことを、目の前にあるテント、765PROライブ劇場の運営を担うプロデューサーとして採用してくれた、芸能事務所765プロダクションの代表取締役社長だ。何でも、765プロ所属の50人のアイドル達は、今はまだ駆け出しだけど、人気が出てくれば劇場の増築や新築も予定していて、最終的には、100万人の観客が収容できる海上ドーム、「ミリオンメガフロートドーム」を建造するのが夢だ、とか。最後のは、さすがに冗談だろうけど。
379 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:56:27 ID:kh6GGcJ0hc
────
380 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:56:54 ID:kh6GGcJ0hc
 百合子は自身の目が信じられず、3回ほど見直した──50人のアイドル? 今まで9人とか10人とかだったのに? それに100万人の観客って……さすがに無茶苦茶じゃない?
381 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:57:14 ID:kh6GGcJ0hc
────
382 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:57:55 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「まずはプロデューサーさんといっしょに劇場を盛り上げていく、1人目のアイドルを決めましょう!」

音無さんが分厚いファイルを差し出してくる。

「社長によるとプロデューサーさんが『ピン!』ときた子を選ぶのがコツ……らしいですよ!」
「は、はあ……」

 簡単に言うけど、50人から1人選ぶって、けっこう大変そうだな。とりあえずファイルを受け取って開くと、中の資料はいくつかのカラーインデックスで区切られていた。最初の束は、「可愛い系・真面目で頑張りや!」……なんだ、このふんわりした分類? 心の中でツッコミを入れながら、綴じてあるアイドルのプロフィールを1人ずつ確認していく。
383 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:58:54 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
名前 我那覇響
年齢 16歳
誕生日 10月10日(天秤座)
身長 152cm
趣味 編み物、卓球

名前 萩原雪歩
年齢 17歳
誕生日 12月24日(山羊座)
身長 155cm
趣味 MY詩集を書くこと
384 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:59:31 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
名前 高山紗代子
年齢 17歳
誕生日 12月29日(山羊座)
身長 156cm
趣味 ハリネズミの飼育

名前 木下ひなた
年齢 14歳
誕生日 7月4日(蟹座)
身長 146cm
趣味 ガーデニング
385 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 22:59:56 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
名前 中谷育
年齢 10歳
誕生日 12月16日(射手座)
身長 142cm
趣味 アニメ鑑賞

名前 箱崎星梨花
年齢 13歳
誕生日 2月20日(魚座)
身長 146cm
趣味 バイオリン
386 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:01:58 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
名前 周防桃子
年齢 11歳
誕生日 11月6日(蠍座)
身長 140cm
趣味 かわいいシール集め
387 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:03:12 ID:kh6GGcJ0hc
────
388 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:03:40 ID:kh6GGcJ0hc
 響、雪歩は「THE iDOLM@STER 2」にも名前が出ていた。この2人が入っているのなら、春香や千早、美希もいるのだろう。やはり今回もパラレルワールドで、今までの本とは関係なく、デビュー前後からのお話になりそうだ。そして残りの、完全に初見な5人。その他大勢というわけではなく、前からいるアイドルたちと同じように、プロデューサーに選ばれる可能性があるらしい──この5人、全然聞いたことないけど、現実の765プロにいるのかな?
389 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:03:58 ID:kh6GGcJ0hc
────
390 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:04:43 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
 次のインデックスは……「可愛い系・マイペースで個性的!」ね。また1人ずつ見ていくとしますか。
391 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:05:14 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
名前 野々原茜
年齢 16歳
誕生日 12月3日(射手座)
身長 150cm
趣味 スキップ

名前 水瀬伊織
年齢 15歳
誕生日 5月5日(牡牛座)
身長 153cm
趣味 海外旅行、食べ歩き
392 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:05:38 ID:kh6GGcJ0hc
────
393 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:05:57 ID:kh6GGcJ0hc
 ──伊織を選べるなら、竜宮小町もなかったことになってそう? そしたら、律子もアイドルに戻ってたり?
394 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:06:12 ID:kh6GGcJ0hc
────
395 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:06:46 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
名前 宮尾美也
年齢 17歳
誕生日 4月24日(牡牛座)
身長 156cm
趣味 囲碁、将棋

名前 松田亜利沙
年齢 16歳
誕生日 6月7日(双子座)
身長 154cm
趣味 アイドルのデータ集め
396 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:07:01 ID:kh6GGcJ0hc
────
397 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:07:18 ID:kh6GGcJ0hc
 ──これ、50人分、続くの?
398 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:07:34 ID:kh6GGcJ0hc
────
399 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:08:35 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
名前 永吉昴
年齢 15歳
誕生日 9月20日(乙女座)
身長 154cm
趣味 野球

名前 望月杏奈
年齢 14歳
誕生日 5月31日(双子座)
身長 152cm
趣味 オンラインゲーム

名前 ロコ
年齢 15歳
誕生日 3月1日(魚座)
身長 154cm
趣味 物を作ること
400 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:08:58 ID:kh6GGcJ0hc
────
401 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:09:31 ID:kh6GGcJ0hc
 ──ああ、もうっ!
 どれだけ画面をスライドさせても、延々と箇条書きが出てくるだけ。いらいらした百合子は、読みはじめたばかりのページで、思わず指を動かしてしまった。あっ、と思っても、画面は止まってくれない。流れていく文字を見送るしかない中、百合子の眉はぴくりと動いた──今、なんて書いてあった?
402 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:10:02 ID:kh6GGcJ0hc
 画面外へと消えたページに、ありえないものを見た気のした百合子は、心拍数が急上昇するのを感じた。戻って確認すればいいだけなのに、指はなかなか動かない。もし、気のせいでも見間違いでもなく、本当にその文字列が画面に表示されたとしたら。その先で何が起きるのか、自慢の想像力をもってしても、見当もつかなかない。じわじわと染み出す不安感を抑えるように、深呼吸を繰り返してから、百合子はようやく決断した。口の中にたまった唾を飲みこみ、画面を1ページ前に戻す。目に入って来る、読み飛ばしてしまった部分。そこには、1人のアイドルの名前があった。
403 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:10:26 ID:kh6GGcJ0hc
────
404 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:10:49 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
名前 七尾百合子
年齢 15歳
誕生日 3月18日(魚座)
身長 154cm
趣味 読書
405 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:11:08 ID:kh6GGcJ0hc
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406 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:12:09 ID:kh6GGcJ0hc
 百合子は立ち上がり、手にした端末を顔の高さで打ち振りながら、本棚の前を早足で一往復した。次に、端末を放り出すようにベッドに置くと、部屋の隅にある丸い小さなローテーブルを持ち出して、本棚とベッドの間に据え付けた。最後に、ベッド上にあるお気に入りのクッションと端末を手に取り、それぞれ床とローテーブルに置くと、自身も膝を折ってクッションの上にお尻を乗せた。そして、感情を爆発させた。

「なんなの、これ!?」

 テーブル上の端末にあらためて目をやる。何度見ても、そこには自身の名前が表示されていた──同姓同名? そんなわけないじゃない! 年齢も誕生日も身長も趣味も、全部私だし!
 呼吸が荒くなり、目の奥がじんじんする。もう、残りのアイドルをゆっくり見ていく気もしなかった。人差し指で画面をどんどんスライドさせる。プロデューサーが誰を選ぶのか。百合子はほとんど確信していたが、それでも早く答えを見たかった。そうしてたどり着いた、運命のページ。プロデューサーは……
407 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:12:34 ID:kh6GGcJ0hc
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408 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:13:10 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
 うーん、みんな有望そうだけど、音無さんの言う『ピン!』と来た子を選ぶとするなら……

「七尾百合子……」
「百合子ちゃんで決まりですね!」
409 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:13:29 ID:kh6GGcJ0hc
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410 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:13:53 ID:kh6GGcJ0hc
 予想していたとはいえ、百合子の受けた衝撃は大きかった──今から、私とプロデューサーのお話が始まるんだ! 春香や、美希や、千早みたいに! でも、なんで!? どうして私がアイドルに!?
 百合子は憑りつかれたように文字を追い続け、そして……
411 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:14:22 ID:kh6GGcJ0hc
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412 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:15:09 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
 ライブ劇場から765プロ事務所まで、ドアtoドアで小一時間。都内って広いよなあ、なんて思いながら、事務所のドアを開ける。今日はこのあと、これからプロデュースするアイドル、七尾百合子との初顔合わせだ。さっき、もう事務所に来ているって連絡があったけど……ああ、いたいた! ソファに座って読書中だ。さすが文学少女。

「……ええっ!? あの温厚そうなおばあさんがこんな猟奇的なトリックを使うなんて……!?」

 どうやら、ミステリらしい。

「……あれ? でも確か、この人は第三の事件ではアリバイが……」

 完全に物語に入りこんでるな。俺がいるのにも気づいてないみたいだ。約束の時間にはまだまだ余裕があるけど、ちょっと声をかけてみるか。
413 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:15:53 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「ずいぶんと熱心に読んでいるようだが、その小説、そんなに面白いのか?」
「はいっ! どんでん返しにつぐどんでん返しの展開にドキドキハラハラ……もう夢中です!」

 うわっ、いきなりキラキラした目で食いついてきたぞ。

「私が生まれるずっと前に書かれた本なのに、面白くて、古びない……すごいことですよね!」
「そ、そうか……すごいんだな」
「……ハッ!? す、すみませんっ! 私、夢中になるとつい興奮しちゃうクセがあって……!」
「ああ、大丈夫。プロデューサーにとってはアイドルのことを知るのも仕事のうちだ!」
「え、今なんて? ぷ、プロ……えええええっ!?」

 いや、そんなに驚かなくても、と思っているうちに、百合子は本を閉じて立ち上がった。
414 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:16:27 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「あなたがプロデューサーさんなんですか!? は、はじめまして! 私、七尾百合子です!」

 そう言ってお辞儀をする。おお、けっこうしっかりしてる。親御さんの教育の賜物かな。

「私、歌もダンスも得意じゃないし、お芝居の勉強もしたことがない初心者ですが、いつか、この本みたいに、時代を跳び超えて人の心を揺さぶるアイドルになれたらって」

 時を越えて、人の記憶に残るアイドルか。大きく出たな。うん、いいじゃないか。

「わかったよ。簡単な目標じゃないが、目指す価値はあるな! レッスンは厳しくなると思うが、二人三脚で頑張っていこう! 百合子、よろしく頼むぞ!」
「……はいっ、プロデューサーさん! こちらこそどうぞよろしくお願いします!!」
415 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:16:51 ID:kh6GGcJ0hc
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416 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:17:48 ID:kh6GGcJ0hc
 ついに登場した、今回のヒロインアイドル、七尾百合子。描写されたその姿は、多少カリカチュア化されている感じはするものの、百合子本人に違いなかった。「THE iDOLM@STER 2」での冬馬登場時に抱いた、現実が物語に浸食されそうな薄気味悪さが、桁違いの切迫感で、胸の中をせり上がってくる。ただ、それとは別の深刻な問題も、百合子は新たに突きつけられていた──私、やらかすよね!? さっきだって、プロデューサー相手に暴走しかけてたし! このあと、妄想が思いっきり口から出てるの聞かれたりとか、変な動きや表情してるの見られたりとか、絶対する! そんなのを読まなきゃいけないの!?

「ああああ……」

 うめきとも悲鳴ともつかない声がこぼれる。どんなホラー小説よりも怖いお話。頬を両手ではさみ、気持ちが落ち着くのをしばらく待ってから、百合子は意を決して先へ進んだ。そこでは、プロデューサーのもとでレッスンを重ねた後、5人ユニットの一員として、初めてのステージに臨む百合子の姿が描かれていた。ユニットのメンバーは、百合子の他に、最上静香、箱崎星梨花、天空橋朋花、そして、天海春香。
417 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:18:14 ID:kh6GGcJ0hc
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418 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:18:48 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「み、皆さん、きょ、今日は、765PROライブ劇場に、お、お越しくださいまして、あ、ありがとうござ、ござる……」
「あはは、百合子ちゃん、緊張しないで、落ちつい……っとっと、うわぁぁ! いててててて……ええと、あのう……こけちゃいました、えへへ」
419 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:19:10 ID:kh6GGcJ0hc
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420 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:19:25 ID:kh6GGcJ0hc
 春香はMCで絡むだけでなく、ソロ曲の曲振りまでやってくれていた。
421 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:19:41 ID:kh6GGcJ0hc
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422 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:20:12 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「それでは、続いてのステージは、七尾百合子ちゃんで、『透明なプロローグ』です。私も一緒に、盛り上がっちゃいますねー」
423 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:20:30 ID:kh6GGcJ0hc
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424 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:21:19 ID:kh6GGcJ0hc
 ──なんてぜいたく!
 百合子は読んでいて、本の中の自身に腹が立ってきた──春香、ううん、春香さんが、ドームを満員にしてIA大賞に輝いて世界へ羽ばたいたすごい人だって、分かってるの、私!? ひよっこのくせに同じステージに上がるなんて、図々しくない!? まあ、今回もパラレルワールドだし、春香さんも少しだけ先輩な感じで、トップアイドルってわけじゃないけど……
 無事にデビューを果たした後も、百合子は劇場のステージに、様々な形で上がり続けた。あるときは、春日未来をリーダーとする「乙女ストーム」の一員として。
425 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:21:49 ID:kh6GGcJ0hc
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426 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:22:27 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「……リーダー? えーっ、プロデューサーさん、『乙女ストーム!』って、未来がリーダーなんですかっ!?」
「そうだよ、翼……ちゃんと連絡したと思うが、マジメに聞いてなかったな……」
「ご、ごめんなさ~い! でも、未来がリーダーなんて、ホントに大丈夫なのかなぁ? 未来は、リーダーできそうなの?」
「……う~ん、改めて聞かれると、よくわかんないかも……」
「え~っ!? いきなり不安になること言わないでよ~っ!  あっ、頭良さそうだし百合子ちゃんがやればいいんじゃないかな?」
「え……あ、あの……思いとどまって、翼! 私は、本が好きなだけで、頭がいいわけじゃ……」
427 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:22:50 ID:kh6GGcJ0hc
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428 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:23:14 ID:kh6GGcJ0hc
 また別のときは、永吉昴、最上静香と組んだユニット「ウィルゴ」として。
429 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:23:27 ID:kh6GGcJ0hc
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430 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:24:02 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「う~ん、難しい……ダンスって、こんなに難しかったっけ~?」
「昴さん、もう休憩時間ですよ? 休む時はちゃんと休まないと……水分補給、どうぞ」
「おっ。サンキュな、百合子……てかさ、オレ達の新曲、なんか難しくないか? 静香はどう思う?」
「わかるわ……スピードについていけないとか、そういうことじゃないんだけど……みんなで合わせるところが、なんだかタイミングが取りづらくて。決めポーズの時に……その、腕が……」
「あっ、だよな! あそこで腕がプルプルしちゃうの、オレだけじゃなかったのか~。なんか安心したぜ♪」
「……それって、あんまり安心してる場合じゃないような……」
431 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:24:29 ID:kh6GGcJ0hc
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432 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:25:01 ID:kh6GGcJ0hc
 そんな中、ふだんは大人しいけれども、ステージ上ではスイッチが入ったようにハイテンションになり、見事なパフォーマンスを披露する、一学年下のアイドル、望月杏奈とは、デュオ曲をもらったり、プライベートでも遊んだりと、特に仲良くなっていった。
433 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:25:16 ID:kh6GGcJ0hc
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434 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:26:21 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「あの、実はプロデューサーさんにご相談したいことがあって。実は、私と杏奈ちゃん、振り付けのことで、ちょっと悩んでるんです」
「……百合子さんと一緒に踊るところ……あるんだけど……まだ、ふたりの動きが、合わなくて……どうしよう……」
「私がダンスが苦手なせいで、杏奈ちゃんが頑張ってくれてるのにちゃんと合わせられなくて。本当にごめんね、杏奈ちゃん」
「……杏奈も、うまくできてない……杏奈、誰かと合わせるのとか、あんまり、得意じゃなくて……ごめんなさい」
「ふたりは、オンラインゲームでは誰よりもうまく連携を取って動いてるじゃないか。オンラインゲームで一緒にパーティーを組、ボスを倒すつもりで、ダンスをしてみたら?」
「ええっ? 確かに、私と杏奈ちゃんは、オンラインゲーム中では、息ぴったりの名ユニットですけど……」
「うん……百合子さんと、クエスト、いっぱいクリアしたよ……ダンスでも、ゲームと、同じこと、できるの……?」
「ふたりがその気になれば、きっとできる!」
「そっか……アイドル七尾百合子が風の精霊戦士lilyknightとして覚醒すれば、この難局を無事に乗り切れるということですねっ、プロデューサーさん!!」
「いや、それはちょっと違うかもしれないが……」
「……百合子さん、やる気になってる……杏奈、ワクワク……してきた」
「杏奈ちゃん、ううん、白の聖剣士vivid_rabbit!! ゲーム内のコンビネーションをダンスに反映できれば、きっとうまく行くよね! 私たちが初めて一緒にあの呪われた魔竜アビスドラゴンを倒したときのことを思い出して!」
「……あのイベントは、大変だったけど、楽しかった……ね。百合……lilyknightさんがアシストしてくれたから……ラストアタック、取れたんだよ……」
「お~い。百合子ー、杏奈ー、ふたりとも、戻ってこーい」
435 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:26:45 ID:kh6GGcJ0hc
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436 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:27:23 ID:kh6GGcJ0hc
 50人が入れかわり立ちかわりステージに立つ劇場は、改築、増築を重ね、ショッピングモールや自前のドーム会場も併設、大型クルーズ船や飛行船まで導入し、ついにはラスベガスや恐竜、古代遺跡などをコンセプトにしたテーマエリアを持つ、巨大なアミューズメントパークへと進化していった。その一方、アイドル達は、全国各地のファンに会いに行く「全国キャラバン」に参加したり、業界最大の祭典「アルティメットライブアリーナ」でライバルと競い合ったりと、劇場外にも活動の場を増やしていく。また、歌やダンスだけでなく、さまざまな企画にも挑んでいた。百合子も、特撮番組に出演したり……
437 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:27:37 ID:kh6GGcJ0hc
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438 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:28:09 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「……えっ、火薬? 盛大に爆発!? スタントなんて聞いてないです! ちょっとカントクさん、カントクさんっ!?」
439 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:28:26 ID:kh6GGcJ0hc
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440 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:28:46 ID:kh6GGcJ0hc
 バレンタインのイベントで、本物のお菓子の家をつくったり……
441 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:29:14 ID:kh6GGcJ0hc
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442 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:29:39 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「プロデューサーさん、見てください! この書斎の本、全部お菓子でできてるんですよ! 中も書いてあるんです。ほとんど、私が書いたんですよ♪」
443 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:29:59 ID:kh6GGcJ0hc
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444 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:30:20 ID:kh6GGcJ0hc
 年末特番のバラエティ生放送でマグロ漁船に乗ったり……
445 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:30:35 ID:kh6GGcJ0hc
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446 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:31:02 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「うぅ……ふ、船って、こんなに揺れるんですね……私、冬の海を、すっかり侮っていました……でも、負けませんからっ……が、頑張ります……」
447 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:31:24 ID:kh6GGcJ0hc
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448 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:32:08 ID:kh6GGcJ0hc
 アイドルとして仕事をする本の中の自身に、百合子はハラハラさせられ通しだった。やたらと体を張っているし、プロデューサーのセンスを疑いたくなるような奇天烈なイベントへの参加も、一度や二度ではない。「THE iDOLM@STER 2」まででも、冗談のような仕事はなくはなかったが、「MILLION LIVE!」はそれ以上に何でもありだった──この世界のアイドル、本当に人間?
 その発想は、親しい友人と話すときの軽口のような、一瞬で消え去るはずのものだった。しかし、今回のお話のクライマックスであろう、50人全員参加の大型ライブ終了後に、まさかの展開が待っていた。
449 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:32:24 ID:kh6GGcJ0hc
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450 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:33:07 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「プロデューサーさん、お疲れさまです! ライブ当日の夜までお仕事なんて、本当にお忙しいんですね」
「仕事ですから。音無さんこそ、わざわざ事務所の鍵を開けてもらって…ありがとうございました」
「私も、これがお仕事ですから♪ あら? プロデューサーさん、おいしそうなもの食べてるんですね?」
「はい、ライブの差し入れの小籠包です。打ち上げに行けない代わりに、もらってきました。レンジで温め直したら、これがなかなか美味しくて……あれっ? なんだか、視界が暗く……うぐっ!!」
「!? プ、プロデューサーさん、どうしたんですか!? そんな、急に倒れるなんて……まさか、この小籠包に何か?」
451 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:33:34 ID:kh6GGcJ0hc
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452 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:34:24 ID:kh6GGcJ0hc
 突如として意識を失ったプロデューサー。心配してかけつけた50人のアイドル達。そのとき、どこからともなく、謎の声が響く。
453 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:34:39 ID:kh6GGcJ0hc
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454 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:35:09 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
(プロデューサーを助けたければ、ミリオンワールドに行き、五つの試練を乗り越えるのです)
(すべての試練に打ち勝ち、五つの小籠包を集めれば、小籠塔への道が開かれるでしょう)
(それ以外、プロデューサーを目覚めさせる方法は、ありません)
455 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:35:25 ID:kh6GGcJ0hc
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456 : Pしゃん   2024/02/22 23:35:54 ID:kh6GGcJ0hc
 ──ミリオンワールド? 五つの試練? 小籠塔?
 戸惑う百合子に、「MILLION LIVE!」は追い打ちをかける。
457 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:36:14 ID:kh6GGcJ0hc
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458 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:36:46 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「ここは観念して本当の姿に戻った方がいい気がするべさ。プロデューサーの命もかかってるしねぇ……」
「そうね。手段を選んでいる場合じゃなさそうなのは確かね……」
「じゃ、細かいことは後で考えるとして……皆、行くよ! せ~の、それっ!」
459 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:37:02 ID:kh6GGcJ0hc
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460 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:37:37 ID:kh6GGcJ0hc
 実は50人のアイドル達は、みんな超常の力を持った人にあらざる存在で、今まではそれを隠してステージに立っていたのだった。春香は悪の女王、千早はセイレーン、美希はピエロ、そして百合子はヴァンパイア──何それ?
 超人的な描写もあったとはいえ、あまりにも唐突なファンタジー路線。百合子はやや呆れつつも、夢落ちか何かだろうと思いながら、指を動かし続けた。進んだページでは、「本当の姿」になったアイドルたちが、ミリオンワールドでの試練に打ち勝ち、小籠包を集め、小籠塔を登っていた。そして、その最上階。
461 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:37:58 ID:kh6GGcJ0hc
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462 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:38:23 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「みんな、お疲れさま! よく、この螺旋階段を登ってこれたわね。ふふ……びっくりした? なんと! 謎の声の正体は、765プロの影のボス、音無小鳥でした♪」
463 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:38:39 ID:kh6GGcJ0hc
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464 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:39:24 ID:kh6GGcJ0hc
 小鳥によると、この先、「本当の姿」に戻って生きるならアイドルを続けることはできなくて、アイドルとして進むなら超人的な力を捨てなければならない、ということらしい。どちらかを選ぶよう言われた50人が出した答えは……
465 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:39:40 ID:kh6GGcJ0hc
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466 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:41:01 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「ぱんぱかぱーん! 満場一致で、私達の選んだのは普通のアイドル! でした♪」
467 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:41:18 ID:kh6GGcJ0hc
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468 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:41:36 ID:kh6GGcJ0hc
 プロデューサーを救い、アイドルとして生きていく。50人全員の意思が一つになった、そのとき。
469 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:41:51 ID:kh6GGcJ0hc
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470 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:42:18 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「マイガー!? なにこれ、小籠塔の壁が消えていく……あ、アタシ達、こんな高いところにいたの!?」
「Wow……! みなさん、大変です! 私達、浮いています!」
471 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:42:34 ID:kh6GGcJ0hc
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472 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:42:56 ID:kh6GGcJ0hc
 小籠塔が消え、宙に漂うアイドル達の見下ろす先で、異様なまでに巨大化していた765PROライブ劇場が、巨大な布に覆われていく。
473 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:43:10 ID:kh6GGcJ0hc
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474 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:45:39 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「あなた達の超自然的な力が一箇所に集まったことにより、暴走してしまった世界……それが劇場よ。あなた達が普通の女の子に戻れば劇場の進化も止まるでしょう。そして、幻想は消えるわ」
「消えるって……今までのこと、全部なかったことになるの? 桃子、そんなのやだ……」
「そんなことないよ! わたし達がしてきたこと、消えたりしないよ! そうでしょう? 小鳥さん!」
「ふふっ、そうね! みんながそう信じているなら、そうかもしれないわね」
475 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:46:23 ID:kh6GGcJ0hc
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476 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:46:43 ID:kh6GGcJ0hc
 全てを包み込んだ布は、だんだん小さくなる。やがてその姿が、一番最初の手作りのテントへと変わったとき、全員の想いを背負うかのように、春香が口を開いた。
477 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:47:02 ID:kh6GGcJ0hc
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478 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:47:34 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「ありがとう……私達の、思い出いっぱいの、大切な劇場!」
479 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:47:54 ID:kh6GGcJ0hc
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480 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:49:00 ID:kh6GGcJ0hc
 冗談じみた展開だったが、ありったけの感謝をこめた春香のセリフには、百合子もしんみりとさせられた。同時に、劇場が元に戻る描写から、次の本はまた最初からになりそう、という予感もしていた──ああ、もう、春香さん達に言いたい! 駆け出しから始めるのはそろそろ終わりにして、トップアイドルになった先の世界に行ってください、って……

「……まさか……」

 唐突なひらめきを得た百合子は、小さく呟くのと同時に、全身の血管が凍っていくような感触を覚えた――私が「MILLION LIVE!」に出てきたのって、そのためなんじゃ……
 次のページに進んだら、後戻りできなくなる。そう予感したし、怖くもあった。ただ、読むのをやめようとは思わなかった。百合子は強張った指をどうにか動かし、画面上に現れた文字列を、食い入るように見つめた。
481 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:50:53 ID:kh6GGcJ0hc
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482 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:52:07 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「だっ、だめですっ! 待ってくださいっ!」
「百合子ちゃん? どうしたの?」
「春香さん……だって……だって、このままじゃ、また最初からやり直しになっちゃうじゃないですか!」
「やり直し?」
「私、春香さん達を、ずっと見てきたんです! 悩んで、頑張って、キラキラ輝いたトップアイドルになって……でも、いっつも、それが無かったことになって……」
483 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:52:42 ID:kh6GGcJ0hc
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484 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:54:15 ID:kh6GGcJ0hc
──やっぱり私が……この私、私だったんだ!
 ついさっきまで、アイドル・七尾百合子は、実在の百合子と同じ名前、同じ性格、同じ特徴を持っていても、あくまでも本の中の住人として振る舞っていた。けれども今の台詞は、5冊の「THE iDOLM@STER」を読んでいる、現実世界の百合子にしか言えないものだ。読み手の自身が、登場人物になっている。いくら魔法の本とはいえ、あまりにも不可思議なストーリー。しかし百合子は、この展開を知っていた。
485 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:54:50 ID:kh6GGcJ0hc
「『はてしない物語』……」

 百合子はからくり人形のような動きで、顔を本棚へと向けた。下から2段目。あかがね色の絹張りの表紙の本、ドイツの児童文学者ミヒャエル・エンデの代表作、「はてしない物語」は、いつもの場所に収まっている。このファンタジー小説には、想像力豊かな主人公、バスチアンの読んでいる本の中に、その本を読んでいる彼自身が出てくるという、今、百合子の目の前で起きていることとそっくりのシーンがある──ううん、それだけじゃない。バスチアンは本を盗んだし、その前は雨の中を走ってたよね? それにバスチアンが読んでる本、途中で最初からの繰り返しになって、お話が先に進まなくなるじゃない! 「THE iDOLM@STER」みたいに!
 もし、自身にバスチアンと同じことが起きているのなら、運命の瞬間は、すぐそこまで迫ってきているはず。百合子は血走った目を画面に戻した。
486 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:55:29 ID:kh6GGcJ0hc
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487 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:56:36 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「そっか……そうだよね。でも、百合子ちゃん。私達、プロデューサーさんと出会って、アイドルとして活動して、お別れして、それでまた出会って。ずっとそうやってきたから、それ以外のことなんて、わからないよ?」
「春香さん……」
「百合子ちゃんは知ってるんだよね? 私達がこれから歩いていく道のこと。私達、どこに行けばいいの?」
488 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:56:56 ID:kh6GGcJ0hc
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489 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:57:50 ID:kh6GGcJ0hc
 ──春香さんが「幼ごころの君」!
 「はてしない物語」で、バスチアンの読む本に出てくる異世界、ファンタージエンの女王、「幼ごころの君」は、読者のバスチアンに呼びかける。私に新しい名前をつけて、と。そうすれば、ファンタジーエンは同じお話の繰り返しをやめて、新しく生まれかわれると。その願いに応え、バスチアンが本の中の「幼ごころの君」に与えた新しい名前は……

「『月の子(モンデンキント)』……」
490 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:58:07 ID:kh6GGcJ0hc
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491 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:58:34 ID:kh6GGcJ0hc
>>372
「『月の子(モンデンキント)』……」
492 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:58:50 ID:kh6GGcJ0hc
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493 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:59:18 ID:kh6GGcJ0hc
 現実での百合子の呟きが、本の中の百合子のセリフになる。
494 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/22 23:59:36 ID:kh6GGcJ0hc
────
495 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:00:16 ID:AkPpxCOt/.
>>372
「えっと……それ、違うんじゃないかな?」
496 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:00:41 ID:AkPpxCOt/.
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497 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:01:42 ID:AkPpxCOt/.
 その次の行の春香の返事は、現実の百合子の耳にも届いた──幻聴……じゃない! 本当に聞こえた! だってほら、文字の向こう側に、苦笑いしてる春香さんがいるし! あと、しかめっ面浮かべてる千早さんと、きょとんとしてる美希さんも! 私、春香さんと千早さんの顔、知らないはずなのに!
498 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:02:16 ID:AkPpxCOt/.
────
499 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:02:51 ID:AkPpxCOt/.
>>372
「百合子ちゃん、お願い。今度はちゃんと教えて」
500 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:03:06 ID:AkPpxCOt/.
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501 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:09:01 ID:AkPpxCOt/.
 春香の問いに対する答えは、百合子の中ですでに用意できていた。頂点を極めたアイドルの、次の行先に相応しい呼び名。それを口にしたら、どうなるのか。「はてしない物語」では、「幼ごころの君」の呼びかけに応えたバスチアンは、本の中、ファンタージエンへと旅立つ。その冒険は波乱に満ち、彼は一時、現実に帰れなくなりそうな危機にも陥る。しかし、それを踏まえた上でも、もはや百合子に迷いはなかった──今なら分かる! 春香さん達を前に進ませるのが、私の役割! このときのために、「THE iDOLM@STER」の読み手に選ばれたんだ! だから!

「春香さん達は、行かなければいけないんです! トップアイドルになった、その先へ……」
502 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:09:22 ID:AkPpxCOt/.
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503 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:09:55 ID:AkPpxCOt/.
>>372
「春香さん達は、行かなければいけないんです! トップアイドルになった、その先へ……」
504 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:10:10 ID:AkPpxCOt/.
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505 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:10:43 ID:AkPpxCOt/.
自身の声がリアルタイムに画面へ反映されるのを見ながら、百合子は絶叫した。

「輝きの向こう側へ!」
506 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:10:59 ID:AkPpxCOt/.
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507 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE!◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:11:31 ID:AkPpxCOt/.
>>372
「輝きの向こう側へ!」
508 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:11:48 ID:AkPpxCOt/.
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509 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:12:41 ID:AkPpxCOt/.
 直後に、画面からまばゆいばかりのオレンジ色の光が溢れ出した。そのきらめきは、無数のイメージを形作り、百合子の網膜に焼き付けていく。宣材写真を撮ってもらう伊織。地方のお祭りでシャウトする雪歩。弟や妹の世話をするやよい。ウェディングドレス姿のあずさ。事務所を遊び場にする亜美と真美。公園で鴨を見ている美希。動物番組に出演する響。遊園地ではしゃぐ真。竜宮小町のステージに立つ律子。悪徳記者を投げ飛ばす貴音。音響トラブルに負けず歌う千早。そして、みんなをまとめあげる春香。「MILLION LIVE!」よりも前からいた13人のアイドルの顔形が、はっきりとわかる。

「ああっ!」

光の奔流が勢いを増し、息もできないほどになる中、百合子は画面上に新たに映し出された、「THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!」という文字を、かろうじて読み取った。そして、それを最後に、百合子の意識は途切れた。
510 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:14:19 ID:AkPpxCOt/.
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511 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/23 00:21:00 ID:AkPpxCOt/.
今日はここまでです。
明日で終わる予定です。
それでは。
512 : ミスター・オールドタイプ   2024/02/23 09:19:54 ID:fU8nLEjOU6
>>365
団結の歌だったり要素が全くなかったわけではないとはいえ
今みたいに みんな一緒で765プロ! って感じになったのアニマスからのような気がしますからね
自分はアイマスのSSから入って次に触れたのはアニマスだったから違和感はなかったですがこうして見るとアイマスの原点は1対1だったのかなぁと
513 : 監督   2024/02/23 22:51:27 ID:mcfLthgdp.
感想ですがはてしない物語をそういう風に使うとは思ってもいなかったので膝を打ちました
てっきり物語をなぞっていくものだと思っていたので
514 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/23 22:52:24 ID:AkPpxCOt/.
>>512
初期のアイマスが1対1なのは確かですよね(ドラマCDやアイドラはありましたが)。
2も団結がテーマでしたし、やはり2とアニメが転換点なのではないかと思います。
「1人も手放さない」というミリオンは、この流れを引き継いでいる感じがしますね。
感想、ありがとうございました。
515 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:01:36 ID:AkPpxCOt/.
>>513
アイマスとはてしない物語は、いつかやりたいと思っていました。
少しでも驚きを感じていただけたなら、書いてよかったと思えます。
感想、ありがとうございました。
516 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:03:42 ID:AkPpxCOt/.
それでは、再開します。
517 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:05:07 ID:AkPpxCOt/.
 気が付いたとき、百合子はローテーブルに突っ伏していた。そのままの姿勢で数回瞬きしてから、はっと身体を起こし、周りを見る。扉、クローゼット、ベッド、本棚、机。どこからどこまでも、自身の部屋だった──えっと、私、「THE IDOLM@STER」の世界に呼ばれたんじゃ? バスチアンみたいに……違うの? まさか、夢? だとしたら、どこから? フレンチトースト食べたのは絶対に現実だし……
 ローテーブル上に視線を向けると、「MILLION LIVE!」の入っていた端末は消えていた。その代わりとなる新しい「THE IDOLM@STER」は、見当たらない。百合子は立ち上がり、机の上と引き出しの中、さらにベッドも確認したが、6冊目の本は、やはりどこにもなかった。 夢、現実のいずれにしても、春香に新しい道筋を示した時点で、自身の冒険は終わったらしい。残念なような、ほっとしたような、何とも言えない気分になった、そのとき。

(ジリリリリリ!!)

目覚まし時計が鳴った。突然のことにびくっとなった百合子は、慌てて手をのばし、スイッチをオフにする。時刻は5時半──アラーム、かけたっけ?
518 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:05:39 ID:AkPpxCOt/.
(コンコン)

今度はノックの音だった。

「百合子、起きたか?」

──お父さん?

「あ、うん」
「そうか、早く下りて来いよ……ふわぁ……」

 遠ざかるスリッパの音を聞きながら、百合子はどこか腑に落ちない感じがしていた──「起きたか?」って、私、やっぱり寝てた? お父さんも、なんか眠そうだったけど。
 顔を扉から室内へ向けなおすと、カーテンの隙間から差し込んだ白っぽい光が、枕の上を横切っているのに気づく。何気ない場景。ただ、何かが引っかかる。一瞬の後、その違和感の正体に気づいた百合子は、机上で充電中のスマートフォンに飛びついた。画面に浮かび上がる時刻は、5:32。17:32ではなく、5:32。

「朝っ!?」

 東向きの窓を照らす朝日の熱を感じながら、百合子は混乱していた──ずっと寝てたの!? 夕ご飯もお風呂もなしで!? おかしくない!?
 何がどうなっているのか。さっぱりわからなかったが、百合子はとにかく、父親を追うように部屋を出た。
519 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:07:18 ID:AkPpxCOt/.
 1階に下りた百合子は、まず両親に文句を言うつもりでいた。どうして昨日、夕食のときに起こしてくれなかったのか。呼んで返事がなかったとしても、部屋に様子を見に来るくらいはしてほしかった。それとも、ローテーブルに伏せて動かない娘を見て、そのまま放っておいたのだろうか。だとしたら、なおさら一言必要だと思った。
 ダイニングキッチンのドアノブに手をかけたとき、玄関にキャリーバッグを出してあるのが目に入った──お父さん、ひょっとして出張? ふだんよりもだいぶ早起きだし。話できる時間ないかな?
 扉を押し開けると、いつも通り、コーヒーの香りが漂ってきた。
 
「ああ、百合子、おはよう……ふわぁ……」

朝食をテーブルに運んでいる父親は、さっきと変わらず眠そうだったが、そんなに急いでいるふうでもなかった。

「あの、お父さ……」
「ん、なんだ百合子、その恰好。寝起きのまま行く気か?」
「へ? 行く気か、って……」
「おいおい、寝ぼけてるのか? 今日からだろ、765プロのって」
520 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:08:58 ID:AkPpxCOt/.
──え?

「期末テストのあとなら合宿OKって、先生、言ってくれたじゃない。今になって、行くのやめにするつもりかしら?」

キッチンで盛り付けをしている母親が、顔を上げて話を引き取る。

「765プロ……合宿……」
「ほらほら、着替えてらっしゃい。杏奈ちゃんと待ち合わせしてるんでしょ?」
「あ……杏奈ちゃん!?」

思わず叫んでしまった百合子に、

「どうした、大声だして?」

父親は目を丸くし、

「早くしてね、ほんとに」

母親は笑顔で急かしてくる。
521 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:09:24 ID:AkPpxCOt/.
「……うん、わかった……」

百合子はどうにか両親に返事をすると、回れ右をして廊下に出た。ぎこちなく手足を動かして階段を登り、自室に戻るまで、なんとか我慢する。そして中に入って後ろ手で扉を閉め、一呼吸置いてから。

「ええええっ!」

──765プロの合宿!? 何それ!? ううん、決まってるじゃない! ここ、「THE iDOLM@STER」の中の世界ってことだよね!?
 夢ではなかった。全部本当だった。「はてしない物語」のバスチアンと、同じことが起きた。沸騰しそうになる頭を両手で押さえ、部屋の中を行ったり来たりしながら、百合子はこれからどうなるのか、何をすればいいのか、必死に考えた。今、分かっているのは、自身がこれから765プロの合宿に参加することと、杏奈と一緒に行く約束をしていること──どうしよう!? 私、アイドルなの!? 歌もダンスもできないのに!? それに、杏奈ちゃんと待ち合わせって、どこで何時何分!?

「百合子、まだかー? 百合子ー?」
「今、行くー!」

階下からの父親の声に返事をしてから、百合子はクローゼットを開けた──とりあえず、着替えなきゃ。
522 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:09:48 ID:AkPpxCOt/.
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523 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:11:10 ID:AkPpxCOt/.
 新宿駅南口改札を入ってすぐの壁際。父親が貸してくれたキャリーバッグを傍らに立てた百合子は、真剣な表情でスマートフォンを見ていた。メール、電話帳、通話履歴、写真。メモリに蓄積されたそれらの存在に気付いたとき、百合子は地獄で仏の思いだった。今までに確認できた情報によれば、この世界の765プロは、響や貴音がいたり、竜宮小町の活動があったりと、「THE iDOLM@STER 2」の設定に近そうだった。また、春香がアイドルアワードという賞を勝ち取っていたり、美希のハリウッド進出や千早の海外レコーディングが世間の話題になっていたりと、所属アイドルは皆、かなりの人気を博しているようだった。
 一方、百合子自身はまだアイドルになる手前の、養成スクールに所属する練習生で、学校が終わった後、歌やダンスのレッスンを受けている、といった感じだった。スクールには「MILLION LIVE!」に出てきた子も何人かいて、百合子は今度 、彼女たちとともに、765プロのアリーナライブでバックダンサーを務めることになっていた。そして今日は、ライブに向けた765プロの合宿初日。合宿所までの移動は新幹線利用で、集合場所の東京駅へは、同じくバックダンサーに選ばれた杏奈と一緒に行く約束をしていた。この世界の杏奈とは、スクールでのクラスは別々で、知り合ってからも間もないらしかったが、それでもすぐに仲良くなれたようだった。
524 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:12:03 ID:AkPpxCOt/.
 春香達が、トップアイドルとまではいかなくとも、すでに有名になっていて、自身はその後輩という、念願だった「輝きの向こう側」の物語に相応しいシチュエーション。とはいえ、それを楽しもうという気持ちを、今の百合子が持ち得るはずもなかった。読者ならぬ登場人物の身になってしまった以上、まずはとにかく、このパラレルワールドに適応して、生きていかなければならない。
 幸いなことに、学校の友人たちとやりとりしたメールや写真は、百合子の記憶とほぼ一致していた。この世界は、自身が芸能活動を始めていること以外、現実と変わらないらしい。アイドルスクールに通いだしてからの日もまだ浅いようで、歌やダンスが拙くとも、何とかごまかせるかもしれないと思えた──あとは合宿に参加するメンバーと、うまく関係を作れたら……

「……百合子さん、お待たせ……」
「えっ……」

 声のしたほうを向くと、そこにいたのは、ピンク色のパーカーに膝丈のデニムスカート姿、小ぶりなキャリーバッグを引っ張り、眠たげな表情を浮かべた女の子──杏奈ちゃんだ! 
525 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:12:43 ID:AkPpxCOt/.
 顔を見たのは初めてなのに、はっきり分かる。「MILLION LIVE!」の最後で春香たちが見えたときと同じだった。

「……んと……どうしたの?」
「あ……ごめん、ちょっと考え事してて」

それ以上、言葉が出てこない。怪訝そうな表情を浮かべる杏奈と、しばらく無言で見つめ合ってから。

「い、行こっか、杏奈ちゃん」
「……うん」

2人並んで歩き出す。新宿駅といえども、早朝の人出はそう多くない。キャリーバッグを転がす音が妙に響く中、杏奈が話しかけてくる。
526 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:13:32 ID:AkPpxCOt/.
12人? 13人のはずじゃ、と一瞬思った百合子だったが、すぐにその理由を思いついた──律子さん、「MILLION LIVE!」だとアイドルだったけど、竜宮小町のいる世界なんだし、またプロデューサーになってるかも。

「……百合子さん……何か、あったの?」
「えっ?」
「……いつもより、無口な感じする、から……」

杏奈の言葉に、百合子はひやりとした。この世界にとって、自身は別次元からやってきた異邦人だ。その事実をうっかり漏らしでもしたら──白い拘束具を着せられて、監視カメラで24時間モニタリングされる精神病院に入院させられたりとか、表舞台に出てこない政府機関に拉致されて、サングラスをかけた黒服がガラス窓の向こうで見つめる中、マッドサイエンティストの研究材料にされたりとか!?
 ぼろを出したら、一巻の終わり。身震いした百合子は、とにかく言葉を絞りだした。

「まだちょっと眠くて。昨日、合宿のこと考えてたら、目が冴えちゃって……ふわぁ……」
「……そう、なんだ」
「杏奈ちゃんは、眠れた?」
「……うん……平気」

なんとか普通のやり取りに持ち込みながら、胸の内では溜息をもらす。「MILLION LIVE!」で一番仲が良く、描写も多かった杏奈との会話ですら、これでは。先行きに不安を抱えながら、百合子はホームへ下りるエスカレーターに足を踏み出した。
527 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:14:25 ID:AkPpxCOt/.
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528 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:14:42 ID:AkPpxCOt/.
「わぁ……」
「なになに? 何か見えた?」
「いえ、景色がどんどん流れて行って……新幹線って、本当に速いんですね!」
「はれっ? 星梨花ちゃん、新幹線乗ったことなかったの?」
「はい、初めてです」
「意外やなあ。旅行とか、よく行ってるんちゃうん?」
「旅行はいつも、飛行機かパパの車なんです」

通路を挟んだ席にいる3人の賑やかな声を、百合子は開いた本に視線を落としながら、聞いていた。こちら側の、2人掛けシートを向かい合わせにして座っている、自身を含めた4人は、ずっと静かだった。隣の杏奈は、車窓に目もくれず携帯型ゲームに没頭しているし、その向かい側にいる、杏奈と同い年でウェーブがかったロングヘアの少女、北沢志保も、スマートフォンを操作している。ちらりと目を上げると、正面の席では、今回のメンバーでは最年長の佐竹美奈子が、旅程表とにらめっこしていた。百合子が再び本に集中し、ページをめくろうとしたとき。

「百合子、何読んでるん?」

声のしたほうへ首を巡らすと、通路越しの隣席から上半身を乗り出した、大阪生まれのムードメーカー、横山奈緒に、手元を覗き込まれていた。
529 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:15:44 ID:AkPpxCOt/.
「エンデの『はてしない物語』です。読んだことありますか?」
「ないけどな、一つだけ分かること、あるで」
「えっ?」
「それ、大きすぎ。合宿に持ってくには向いてへんやろ」
「ま、まあ、そうかもですけど……」

朝、着替えて部屋を出るとき、百合子は本棚の下から2段目にあったこの本を手にしていた。外箱入りのハードカバー、600ページ近い厚み。奈緒の言葉通り、持ち出すのに向いているとは言えない。それでも、ファンタージエンへ飛び込んだバスチアンの描写が、きっと自身の参考になるはず、と思えば、キャリーバッグに押し込むしかなかった。

「東京の中学校でも、夏休みの宿題に読書感想文あるんやろ? 可奈、いけるほう?」
「わ、私は、ちょっと苦手かな……」
「わかるで。星梨花は?」
「苦手じゃないですけど、時間かかっちゃいます」
530 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:16:11 ID:AkPpxCOt/.
奈緒は3列シートの真ん中に座る矢吹可奈、窓側の箱崎星梨花にも会話を広げていた。読書に戻っていいものか迷う百合子の耳に、今度は美奈子の声が届く。

「その本、面白い?」
「あ、はい」

正面に向き直りながら返事をすると、美奈子が優しげに微笑んでいた。

「まだ少し時間あるから、読んでて大丈夫だよ。名古屋が近づいたら、声かけるから」
「はい、ありがとうございます」

バックダンサーに選ばれた7人のうち、百合子を含む5人はまだ中学生だったので、高校生の美奈子と奈緒が、必然的にリーダーの役回りを担ってくれていた。百合子としては、2人についていけばとりあえずは大丈夫そうだと感じる一方、他のメンバーが中2の杏奈、志保、可奈、中1の星梨花で、自身のみ中3というのは、なんとも悩ましかった。年少グループの中では一番上のお姉さんという、微妙な立ち位置で、いったいどう振る舞うのが正解なのか。さっぱりわからないまま、百合子はとにかく、「はてしない物語」を読み続けた──これからどうすればいいのか、ヒントがあるかもしれないんだし。
531 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:16:54 ID:AkPpxCOt/.
 新幹線を下りた後、在来線を乗り継ぎ、さらに路線バスに揺られ、合宿所の民宿に到着したときには午後になっていた。7人に割り当てられた1階の大部屋で荷物を解いた後、少し開いた時間に、百合子は「はてしない物語」を、全体の折り返し地点、バスチアンがファンタージエンへと足を踏み入れたシーンまで進めていた。
 バスチアンは「月の子(モンデンキント)」と出会い、できるだけ多くの望みを持つようにと告げられる。望みこそが、ファンタージエンを救う源泉になる、と。バスチアンは当惑した。背が低く太っていて、顔色の悪い弱虫は、どう考えても救世主に相応しくない。しかし、「月の子(モンデンキント)」の瞳を覗き込むと、そこに映っていたのは、誇り高く毅然として、ほっそりと上品でありながら、力強さも感じさせる美少年だった。それが今の彼自身の姿だと理解したとき、バスチアンは悟る。ファンタージエンは、彼自身の望みが実現する世界なのだ。
532 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:17:23 ID:AkPpxCOt/.
 ここまで読む中で、百合子は忘れていた細かい部分も思い出し、続きがどうなるのかもだいたい分かるようになっていた──バスチアン、美少年になったら、太っちょだったことを忘れちゃうんだよね。それで、このあとも望みが叶うたびに、その前がどうだったのかの記憶が無くなって、最後は現実世界のこと、ほとんど全部忘れちゃって……って、もしかして私も!?
 元の世界に戻れなくなるかもしれない。今さらながらの思いつきに動揺した百合子は、不安を打ち消せるようなロジックの組み立てに挑んだ──確かに、トップアイドルになった後の春香さん達を見たいって望んだのは私だし、それっぽい世界が実現してる。でも、バスチアンと違って、望み通りになっても、元の世界のことや、5冊の「THE iDOLM@STER」の内容、忘れてないよね。それに、バスチアンだって、結局は現実に帰れたんだし。きっと大丈夫……なはず!
533 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:18:13 ID:AkPpxCOt/.
 いまいち説得力に欠ける気もしたが、百合子はとにかく納得することにした。そして、次のページをめくろうとした、そのとき。

(タタッタタタッタッ)

入り乱れた足音のあとに、ふすまが開き、閉まる音も続く。顔を上げると、浮足立った奈緒と可奈が部屋に入って来たところだった。

「来たで!」

奈緒の一言で、部屋の空気が変わる。
534 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:18:54 ID:AkPpxCOt/.
「みんな、準備はいい?」

 美奈子の呼びかけに、皆がごそごそとする中、百合子も「はてしない物語」を閉じ、外箱に入れる。直後にふすまがノックされ、朗らかな男の声が続いた。

「765プロだけど、入ってもいいかな?」
「ど、どうぞ」

 美奈子の返事に、ふすまが開く。そこに立っていたのは、眼鏡をかけた優男──プロデューサーさんだ!
 いよいよ「輝きの向こう側」に進んだアイドルのお話が始まる。百合子は顔の筋肉が強張るのを感じながら、立ち上がった。
535 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:19:14 ID:AkPpxCOt/.
────
536 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:20:31 ID:AkPpxCOt/.
 プロデューサーに案内された、廊下との仕切りのない談話室で、百合子は他の6人とともに、奥側の窓を背にして並び立っていた。自身の呼吸音がやけに大きく聞こえるし、心臓もばくばくしている。何か一口、飲んでくれば良かった、と思ったとき、廊下に眼鏡をかけた女性が現れた。百合子は、それが律子だともちろん分かったし、やはりこの世界ではアイドルでなく裏方らしいとも直感した。

「こっちよ。入って、座って」

 振り返った律子の呼びかけに、春香が、美希が、千早が、他のアイドルたちも姿を現わし、次々と部屋へ入って来る。百合子は、その様子を視界に捉えてはいたが、誰とも目を合わせないようにしていた。口の中はからからだった。

「あの、そんなに緊張しなくていいから」
「みんな本業は同じスクールに通うアイドル見習いだけど、今回は特別にダンサーとして協力してくれることになったの」

 プロデューサーの苦笑交じりの声も、律子の説明も、妙に遠く感じる。

「はい、自己紹介」

 律子に促され、全員が並んでいる順に名乗っていく。
537 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:21:06 ID:AkPpxCOt/.
「佐竹美奈子です!」
「横山奈緒です!」

 ──あ……私の番!?

「な……七尾百合子です!」

 ぎりぎりで我に返って、なんとかやり過ごす──ちょっと噛んじゃったけど、大丈夫だった?

「北沢志保です」
「箱崎星梨花です」
「望月杏奈、です」
「やっ、矢吹可奈です!」
538 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:21:41 ID:AkPpxCOt/.
最後の可奈が言い終えたあと、

「よろしくお願いします!」

 全員で声を揃え、頭を下げる。

(パチパチパチパチ)

「よろしくお願いします」

 拍手の音に続いて、春香達の声も聞こえた。顔を上げたとき、百合子はようやく、765プロのアイドルをきちんと見ることができた。ソファに座る春香と千早、真と雪歩。廊下との境の段差に腰掛ける響。その左に伊織、右に美希とやよいが立っていた。
539 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:22:06 ID:AkPpxCOt/.
「よろしくね」

 春香が微笑みながら、一番近くにいる可奈に話しかける。

「はっ、はいっ! 頑張ります!」

 大声で返事をする可奈の様子を窺いながら、百合子は少し安心した──私だけ挙動不審、ってことにはならなそう。良かった……って言っていいのかな?
540 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:23:28 ID:AkPpxCOt/.
 顔合わせの後、用意してもらったトレーニングウェアに着替え、別棟のレッスン場へと移動した百合子たちは、765プロのアイドルと一緒に、合宿の基本方針やスケジュールについて、プロデューサーと律子から説明を受けた。亜美、真美、あずさ、貴音の合流は今晩で、真と雪歩も数日後に一時離脱するといった、売れっ子ぶりを示す話に、体育座りで膝をかかえた百合子は、この世界が自身の望んだ「輝きの向こう側」の物語の舞台だということを、改めて感じていた。

「まだ全員そろってはいないけど、みんなで作った貴重な時間だ。有意義に使おう!」
「はい!」

プロデューサーの締めの言葉に、アイドルもバックダンサーも、声を揃えて返事する。ここは百合子も大声で和した──うん、挨拶と返事はしっかりしよう。それだけでも、だいぶ不審者っぽさは減るはず。

「合宿中はビシバシいくから、覚悟しなさいね」
「望むところだぞ」
「あんたのしごきには慣れてるわよ」

律子の猛特訓予告に、響と伊織が応じる。続けて律子は、春香を指名した。
541 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:24:20 ID:AkPpxCOt/.
「春香」
「へ?」
「リーダーとして、一言お願い」
「は、はい」

 立ち上がった春香を、真と雪歩がはやし立てる。

「よっ、頼んだよリーダー!」
「春香ちゃん、頑張って!」
「えへへ……うわわっ」

 前に出ようとして転びかけた春香は、なんとかこらえると、照れ笑いを浮かべながら百合子たちのほうに向き直った。

「あはは……え、えーと、一言、一言……」
542 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:25:26 ID:AkPpxCOt/.
「意気込みとかあるでしょ?」
「そ、そうだね……えっと……」

 伊織に促された春香は、少し考えてから、話し始めた。

「まず、こうしてみんなで協力して、合宿を実現できたことが嬉しいです。今回のアリーナでのライブは、過去経験したことない、大きな規模のライブだよ。私達にとって、大きなステップアップになると思うし、大切な思い出にもなると思う」

 春香の言葉は、どんどん熱を帯びていく。

「何より、応援してくれる多くのファンの人たちのためにも、力を合わせて、最高のライブにしよう!」
「おー!」

 春香の呼びかけに、765プロのメンバーは全員立ち上がって、腕を突きあげる。百合子はその光景を陶然と眺めていた──すごい! 春香さん、すごい!
 百合子の想像していた「輝きの向こう側」を軽々と超える、圧倒的な説得力を感じさせる春香と、そんな春香を当然のように受け止める美希や千早達。しかもそれが、本の中ではなく、目の前で繰り広げられている。あまりにも刺激的だった。
543 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:26:47 ID:AkPpxCOt/.
「みんなー! いつもの、いくよー!」

 号令をかけた春香を起点に、円陣が組まれる。

「ほら、アンタたちも!」
「は、はい!」

 伊織に誘われて、百合子達も立ち上がり、輪に加わった。

「じゃ、いくよー? 765プロー!」
「ファイトー!」

 春香の声に掛け声に、765プロのアイドル達は声を揃えて応える。
544 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:27:00 ID:AkPpxCOt/.
「ファ、ファイトー」

 戸惑いながらも追随するバックダンサー陣。百合子は内心の興奮のまま、気合いの入った雄たけびを上げそうになったが、寸前で雰囲気を察し、皆に合わせた遠慮がちな声にして、その場を乗り切った。
545 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:27:16 ID:AkPpxCOt/.
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546 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:27:51 ID:AkPpxCOt/.
「うーでもー、あーしもー、うーごかーないー、上腕三頭筋がー、大腿四頭筋がー!」
「可奈、その歌やめてくれへん? 余計しんどなるわ」
「ここ、一人部屋じゃないのよ」

 畳に倒れ伏した可奈のでたらめな歌に、重ねられた布団へ上半身を投げ出した奈緒と、スマートフォンをいじっている志保が、つっこみを入れる。初日のレッスンが全て終わり、大部屋に戻った百合子たちは、くたびれ切った身体を、思い思いの方法で休めていた。壁際に座り込んだ百合子も、疲労感は相当なものだったが、それでも気力を奮って、「はてしない物語」の続きを読んでいた。
547 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:28:28 ID:AkPpxCOt/.
 バスチアンはファンタージエンで、次々と望みをかなえていった。巨大なライオンを手なずけ、英雄たちの集まる競技大会で優勝し、素晴らしい詩を作って、人々の称賛を欲しいままにする。そしてついには、ファンタジーエンの帝王の座を望むようになるのだが、そのときのバスチアンは、すでに現実世界の記憶の大半をなくしていた。
 百合子は再び不安になってきた。バスチアンは記憶がなくなっても、それに気づかない。当然ながら、人は何かを忘れているとき、そのことを自覚できないわけで──ひょっとしたら私も、気が付いてないだけで、何かの記憶をなくしてたりするのかも?
 これから、どうすればいいのか。百合子は確信を持てないながらも、ひとまずバスチアンを反面教師にしようと思った。多くを望まず、端役として地味にやっていく。
548 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:29:00 ID:AkPpxCOt/.
 考えてみれば、格別難しいことでもなさそうだった。もともと春香達の活躍するお話を読みたかったわけで、自身を主役にするつもりなど、さらさらない。実際、今日のレッスンを思い返してみても、百合子たちバックダンサー組は、765プロのアイドル達に技術体力双方で差を見せつけられる、いわば引き立て役になっていた──「MILLION LIVE!」でダンスが得意だった美奈子さんや奈緒さんもきつそうだったし、杏奈ちゃんもハイテンションになるスイッチ、入らなかったよね。これってつまり、主役は春香さん達って私が思ってるから、そんな感じの世界になってるってことで。だったら、このまま普通に、余計なことしないようにすれば、たぶん大丈夫……

「765プロっていいなぁ。なんか、信頼で結ばれてるっていうか……」
「別にそういうの、関係なくない? プロの人って、もっとドライなのかと思ってた」

 可奈と志保、「MILLION LIVE!」でも仲の良かった2人の会話をBGMに、百合子は「はてしない物語」の、残り少ないページをめくった。
549 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:29:26 ID:AkPpxCOt/.
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550 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:30:24 ID:AkPpxCOt/.
 連日のハードなトレーニングを何とかこなしていき、合宿も佳境に入った一日、レッスンがメディア向けに公開された。テレビカメラや芸能記者に取り囲まれる765プロのアイドル達を、百合子は杏奈や星梨花と一緒に、邪魔にならないよう、座って眺めていた。その後、取材陣に見守られる中、全員でのレッスンが始まった。

「ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト! ワン、ツー、スリー、フォー……はーい、ちょっとストップ! 全体を意識して! もう1回!」
「はい!」
「じゃ、同じところから。ワン、ツー、スリー、フォー……」

 手拍子を取る律子の指導に、百合子もみんなと一緒に大声で返事をして、また踊り始める。ただ、やはりいつもとは勝手が違った。ターンするたび、どうしても周囲が目に入る。テレビカメラ、一眼レフカメラ、ガンマイク……見たこともない、本格的な機材を手にする人々。事前にプロデューサーから、特に意識をせず、練習に集中するようにと言われてはいたが、気になるのは止められない。しっかりやらないと、と思いながら身体をひねったとき、床についた足が外側によじれる。

「あ、あっ!?」

 次の瞬間、百合子は尻もちをついていた。
551 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:31:44 ID:AkPpxCOt/.
「あ……真、救急箱!」
「わかった!」

 律子と真の声が聞こえる中、百合子は何とか立ち上がるが……

「痛っ!」
「だめよ、動いちゃ」

 左足首がズキリと痛み、ふらつきかけたとき、背後から肩を支えられた。振り向くと、すぐ近くにあずさの顔があった。あまりにも綺麗で、少しどきっとする。

「こっちに」

 促されるまま、レッスン場の隅に移動し、腰を下すと、救急箱を持った真が小走りでやってきた。
552 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:32:38 ID:AkPpxCOt/.
「あずささん、これ」
「ありがとう。百合子ちゃん、痛いのはどこ?」
「……足首です、左の」

 真から受け取った痛み止めスプレーを、あずさは数回振ってから、靴下越しに吹き付けてくれる。ひんやりとした感触が、痛みのある場所に広がった。

「靴、脱いで。靴下も」
「は、はい」

 あずさと入れ替わるように座った真からの指示で、百合子は素足になる。

「足首、動かせる?」
「はい……っ!」
「こことか痛い? ここは?」
553 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:32:59 ID:AkPpxCOt/.
真の手が、患部をチェックしていく。

「大丈夫です」
「痛いの、ここだけ?」
「あっ……はい」
「そっか。たぶん、軽い捻挫だと思う。テーピングしておくよ」

 慣れた手つきでテープを引き出す真と、それを見守るあずさ。

「……すみません、ありがとうございます」

 百合子は小さくそう言うのが精一杯だった。
554 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:33:15 ID:AkPpxCOt/.
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555 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:33:55 ID:AkPpxCOt/.
 大事をとって、その日の後のレッスンがすべて見学になった百合子は、脱落した情けなさを感じると同時に、これも「輝きの向こう側」の物語の要素なのかもしれない、と考えていた。主人公の前に立ち現れる、乗り越えるべき困難。お話を盛り上げる、王道の展開。「THE iDOLM@STER SP」では美希、「THE iDOLM@STER 2」では冬馬が、ライバルとしてその役割を担っていた──今回は、私達バックダンサーがやる感じ? もちろん、ライバルは無理だけど、足手まといとして春香さん達を困らせる感じで。でも、最後には全部解決して、アリーナライブを成功させるとか。
 ただ、あくまでも脇役でいたい百合子からすると、準主役とも言える美希や冬馬の立ち位置に自身を置くなど、考慮の外だった。自身以外の誰かがお話の中心になってくれたら、と思いながら、百合子はレッスン中の6人をよく観察した。
556 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:34:32 ID:AkPpxCOt/.
 飲み込みが早いのは、やはり高校生の美奈子と奈緒だった。リーダー格でもあるし、この2人が問題を起こす展開は考えにくい。残りの4人はどうだろうか。最年少の星梨花は、体力的には厳しそうに見える。ただ、素直で真面目な優等生という、トラブルの原因にはなりにくいパーソナリティの持ち主だ。となると、杏奈、可奈、志保のうちから──でも、杏奈ちゃんだと、私もセット目立っちゃうかもしれないから、ここは可奈ちゃんと志保がいいかな。特に可奈ちゃん、こうやって外から見てると、ダンスが遅れてること、多いし。
 本を読んでいるとき、描写されなかったことや先の展開を考えてみるように、百合子は目の前の光景から想像を広げていた。それは日頃からの癖というだけで、特別なことではなかった。こうだったらいいのに、と気軽に思う程度で、真剣に実現を望んでいたわけではない。そのはずだった。
557 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:34:56 ID:AkPpxCOt/.
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558 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:35:38 ID:AkPpxCOt/.
 合宿が終わって1か月ほど後。百合子達は、春香、千早、あずさの3人が出演する、商業施設でのミニライブに、バックダンサーとして出演した。アリーナライブに備え、本番のステージに慣れるためにも、というプロデューサーの配慮だったのだが……

「ほんまもんのステージって、音も大きいし暑うて、なんか凄かったわ」

 ライブ後の楽屋の雰囲気は、完全にお通夜だった。いつも明るい奈緒が、顔を伏せてしまっている。

「頭が真っ白になって、全然、練習通りにいかなかったですね……」

 百合子も同調せざるを得なかった。本当にぼろぼろだった。

「大丈夫なのかな、私達」
「ほ、本番までまだ時間あるんだし、みんなで一緒に頑張れば、きっと大丈夫だよ」

 美奈子の不安げな声に、可奈が明るく言う。今回のステージで、可奈は星梨花と接触し、転倒している。一番悔しい思いを抱えているはずだ。それでも、精一杯の空元気で、弱音を吐く年上の3人に気を遣ってくれている。百合子は、ありがたくも申し訳ない心持ちだった。しかし、違う受け止め方をするメンバーもいた。
559 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:36:36 ID:AkPpxCOt/.
「あなたが一番出来てないんじゃない」

 そう言ったのは志保だった。

「えっ?」
「みんなでとか、一緒にとか言う前に、自分のことをどうにかしなさいよ」

 戸惑い気味の可奈を睨み、志保は容赦なく言葉を続ける。

「志保!」

 奈緒が咎め、美奈子も無言で立ち上がる。

「……やめようよ」

 一触即発の雰囲気に、杏奈が割って入る。
560 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:37:15 ID:AkPpxCOt/.
「そこまで言わなくてもいいんじゃない?」

 百合子も、何とかしたいという思いから、できるたけ穏やかな調子で、志保に話しかけた。そのとき。

「どうしたの?」

 楽屋の入口から声がした。振り向くと、声の主のあずさと、心配そうな表情を浮かべた春香がいた。

「あ、いえ、なんでも……」

 答えた奈緒の目は泳いでいる。ひとまず場は収まったものの、気まずい空気は漂ったまま。いたたまれない気分の百合子だったが、それとは別に、心にさざ波が立つのも感じていた──これって、ひょっとして私のせい? 合宿のとき、可奈ちゃんと志保が足手まといになるのを想像したから? まさか…… 
561 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:37:33 ID:AkPpxCOt/.
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562 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:38:22 ID:AkPpxCOt/.
 その日以来、7人の関係はぎくしゃくしたものになり、スクールでのレッスンも、以前のようにはいかなくなった。しばらくすると、可奈が姿を見せなくなる。百合子も他のメンバーも何度かメールを送ったが、返信は無かった。こうなると、さすがに黙っているわけにもいかず、美奈子が代表して765プロと連絡を取ることに。結果、バックダンサーは765プロの預かりとなり、アリーナライブまでのレッスンを、全てアイドル達と合同で行うことになった。そのままでは見込みがないと、プロデューサーに思われたのかもしれない。
 合同レッスンが始まっても、可奈は来なかった。リーダーとして春香も気にしているようで、ある日のレッスンの休憩時間、壁際に座っていた百合子達のところへ、携帯電話を片手にやってきた。

「ちょっといいかな? 今日も可奈ちゃんは……」

 春香は一番近くにいる百合子を見ていた。あまり目立ちたくないとは思うものの、この情況では答えるしかない。

「はい、連絡はしているんですけど……」
「そうなんだ……もう結構経つよね?」

 携帯電話の画面に目を移す春香。可奈との連絡を試み、返信を待っているようだった。
563 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:39:03 ID:AkPpxCOt/.
「可奈、諦めるんやろうか?」
「練習、辛そうだったしね」

 奈緒と美奈子が、お互い目を合わせないまま言い交わす。

「戻って来ないなら来ないで、仕方ないんじゃないですか?」

 汗を拭きながらの志保の言葉に、百合子は心をちくりと刺された気がした──志保、「MILLION LIVE!」のときは、可奈ちゃんと仲良しだったじゃない? なのに、なんで……やっぱり、私のせいなの? 私、こんな展開が見たかったわけじゃないのに……

「み、みんな、憶測で言うのはやめようよ。もしかしたら、何か来れない理由とか、あるのかもしれないし……ほら、学校で補習受けてるとか……ね?」
564 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:39:28 ID:AkPpxCOt/.
 自責の念にかられた百合子は、何とかしようと頑張ってくれている春香の顔を見られなかった。
565 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:39:55 ID:AkPpxCOt/.
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566 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:41:21 ID:AkPpxCOt/.
 アリーナライブ当日まで2か月を切っても、可奈の件は、解決の兆しすらなかった。また、この時期から、本番を想定してセットリスト順に連続で踊る、それまで以上にハードなレッスンが始まった。精神面でも体力面でも厳しい状態で、本も碌に読めず、学園祭や中間テストなどの学校生活にまで影響が出るほど、百合子は追い込まれていた。そんな中、バックダンサー組に対し、春香から話し合いの提案があった。レッスン場にアイドルも含めた全員が集まり、めいめい腰を下したところで、前に立った春香は、まず百合子達に問いかける。

「この中で、ダンスを今の振り付けのままで頑張りたいって人、どのくらいいるのかな?」

 真っ先に奈緒と志保の手が上がり、遅れて美奈子も加わる。杏奈と星梨花は下を向いたままだった。6人の右端に座っていた百合子からは、皆の様子がよく見えた──どうしよう? 私、どうしたら……
 結局、百合子は最後に手を上げた。春香達にこれ以上迷惑をかけられない、という気持ちが優先された感じだった。結果として、4対2。今の演出を続けたいという意見が、多数となる。

「正直にありがとう」

 そう言った春香は、しかし、可奈の話も聞いてから決めたいと、結論を持ちこそうとする。それに対し、志保が異を唱えた。
567 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:42:11 ID:AkPpxCOt/.
「今はそんなこと言ってる場合じゃないんじゃないですか? 私たちも、プロとしてステージに立つからには、みんなライバルだと思っています。自分の出来るだけのことは、ステージで出し切りたい」

 目を伏せて、淡々と、よどみなく。

「先輩たちは違うんですか?」
「それは……」

 最後に顔を上げて問いかけた志保に気圧されたように、春香は口ごもってしまう。しばしの沈黙の後、杏奈が立ち上がった。

「あっ、あの……天海さん……こ、これ……」

 差し出したされたスマートフォンを受け取る春香。その表情が変わる。

「これって……」
「……ごめんなさい、急にメールが来て……どうしていいか分からなかったから……レッスン終わってから、相談しようって思ってたんですけど……」
568 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:43:36 ID:AkPpxCOt/.
 ただならぬ雰囲気に、百合子も他のダンサーも立ち上がる。

「これ、可奈ちゃんのメールなの?」
「は、はい……間違いないです」
「で、でも、なんだか印象が違う感じで……」

 杏奈とやり取りする春香の、明らかに動揺した様子で、可奈のメールがどんな内容なのか、見当はついた。百合子は胸をえぐられるような衝撃を受けた──なんで……なんで可奈ちゃんが諦めちゃうの!? こんなの、認められるわけないじゃない! 私が望んでるお話は……
 百合子ははっとした。望みのままを実現させていたら、バスチアンのようになってしまうかもしれない。現実世界に戻れなくなる可能性も……一瞬の躊躇の間に、志保の声が響く。

「天海さん、もう迷うこと、ないんじゃないですか? あの子を待つ必要は、もうなくなったんだから」
「……ごめん、あの、少しだけ、もう少しだけ、考えさせて欲しいの」
「もう少しって、いつまで待たされるんですか!? 結論なんて、ほぼ出てるじゃないですか! 少なくとも、勝手に諦めて辞めていった可奈のことを、気にかける理由はないはずです!」
「ちょ、ちょっと!?」

 響が止めるのも聞かず、志保は春香への訴えをやめなかった。
569 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:44:31 ID:AkPpxCOt/.
「もう時間が無いんです! 今、進める人間だけでも進まないと、みんなダメになりますよ!?」
「結論を出すにしても、諦めた理由を、ちゃんと可奈ちゃんに確かめてからだよ」
「……話にならないです。なんであなたがリーダーなんですか?」

 どんどん険悪になっていく春香と志保の応酬に、百合子は耐えられなかった──志保、もうやめて! 春香さんもそんな辛そうな顔、しないでください! 悪いのは私なんだから! この世界がこんなふうなのも、可奈ちゃんが来なくなっちゃったのも……言わなきゃ! 全部、私のせいなんだって!
 百合子が2人の間に割って入ろうとした、その瞬間。
570 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:45:04 ID:AkPpxCOt/.
「ストーップ!」

 大声で先んじたのは、伊織だった。

「志保、今のはさすがに言い過ぎよ。アンタの意見も、焦る気持ちもわかるけど、それは言って欲しくない言葉だわ。それから、春香もよ」

 平静だからこその強さで志保を制した伊織は、春香にも釘を刺す。

「そろそろリーダーとして、みんなをまとめていく覚悟を決めて。もうあまり時間はないわよ」

 伊織の仲裁で、いったん嵐は収まった。しかし、感情が乱れたままの百合子は、ほとんど泣きそうだった──私が……私のせいで……私……
571 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:45:33 ID:AkPpxCOt/.
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572 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:46:16 ID:AkPpxCOt/.
 その週末。仕事の入っていた春香と千早以外のメンバーは、レッスン後の打合せが長引いた関係上、泊まりの流れになった。翌日も午前中からレッスンというスケジュールだったので、まとまっていたほうがいい、という事情もあった。最終的には、大人数を受け入れられる雪歩と伊織の家に分かれて厄介になると話が決まり、百合子は杏奈、星梨花とともに、雪歩宅へとお邪魔することになった。他に、真、やよい、真美、貴音も一緒だった。

「すいません、遅くなったとはいえ、みんなで泊めていただくなんて……」

 バックダンサー3人の中で最年長の百合子は、降り出した雨の音を聞きながら、座布団の上で居住まいを正し、挨拶した。広い敷地に、素人目にも逸品と分かる柱や床板を用いた日本家屋。雪歩の部屋も、花の飾られた床の間や皮張りのソファなどがしつらえられ、普通の中学生でも自然と背筋を伸ばしてしまうような空間だった。

「そんな、気にしないで? お泊り会みたいで、私は嬉しいよ?」
「うっうー! この前の合宿を思い出しますー!」

 座卓の反対側で雪歩とやよいが笑い合う。
573 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:47:14 ID:AkPpxCOt/.
「合宿かー。みんな、あのときより、ずいぶん上達したよね?」
「ええ、真、頼もしきことです」

 ソファでクッションを抱えた真も、いつも通り品のある貴音も、優しく微笑みかけてくれる。ただ、今の百合子には、雪歩達の気遣いが心苦しかった。春香と志保の言い争いの後、百合子は結局、自身の秘密を誰にも言わなかった。全てを告白し懺悔しても、理解されるはずもない。それどころか、余計な混乱を引き起こすだけだろう。冷静になってみると、はっきりそう分かった──でも、それならどうすればいいの? 可奈ちゃんのこと、私達のこと、何も解決してないし、このままじゃ、アリーナライブも大失敗になっちゃうし……
 百合子は、並んで座っている杏奈と星梨花を、横目でちらりと見た。2人とも下を向いてしまっている。ダンスについていけていない負い目を感じているのだろう。

「ん? みんなどうしたの? 超ハードな練習で疲れちった?」
「あ、はい……あっ、いえ……」

真美の声に顔を上げたものの、答えに窮する星梨花。その気持ちを察し、百合子は会話を引き取った。

「あの……私たちどうしたらいいのか……」
「えっ?」

 雪歩達の視線が、一斉に自身へと集まる。一瞬怯みかけるが、目を伏せてやり過ごすと、百合子は言葉を続けた。
574 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:48:08 ID:AkPpxCOt/.
「このまま、一緒に続けていいのかなって……天海さんや皆さんが困ってらっしゃるのって、私たちが遅れているから、ですよね? 皆さんの時間を無駄にしているんじゃないかと思って、だから……」
「待って!」

 真の声がして、百合子はいったん言葉を止めた。

「ボクたち、無理なんてしてないよ?」
「ええ、無駄なことなど、なにも……」
「私も、みんなでやった方が、頑張れるっていうか……」
「そうだよ!」

 貴音、やよい、真美も同調する。

「でも、私たちのせいで、ご迷惑を……」
「あっ、あのっ!」
575 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:49:08 ID:AkPpxCOt/.
 再び話を遮られた百合子が視線を向けると、今度は雪歩が、座卓に手をつき、腰を浮かせていた。

「私は、いっぱい頼って欲しいよ? 私じゃ頼りなくてだめだめかもだけど……」

 座りなおした雪歩の声は、静かで、しかし力強かった。

「あのね、私も最初、うまく出来なかったから、気持ち、すごくわかるの。でもね、誰かが一緒に頑張ってくれることに、凄く励まされたんだ。その人達に応えたいから、自分が強くならなきゃって、思えるようになったから……」

 隣の杏奈の、胸の前で両手を握る動きが、視界の端に映る。そうしたくなる気持ちは、痛いほど分かった。尊敬するアイドルの、真摯な心情の吐露。恐れ多さと、もったいなさと、ありがたさに、百合子の心も震えていた。

「だからね、迷惑とか、考えないで。今はただ、どうしたいかだけ考えて欲しいかなって……」

 どうしたいかだけ考えて欲しい。雪歩の言葉を、百合子はその夜、客間に用意してもらった布団の中で嚙み締めていた。バスチアンの轍を踏まないよう、なるべく望みを持たずに過ごしてきたが、どうやら覚悟を決めるべき時が来たらしい──私がこの世界を作ったなら、最後まで責任持たなきゃ、だよね。私はどうしたいの? 「輝きの向こう側」の物語、どういうエンディングにしたい? 今こそ考えなさい、私!
576 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:50:01 ID:AkPpxCOt/.
 翌朝、起き出したとき、百合子の心は決まっていた──春香さんが可奈ちゃんと志保を仲直りさせて、ライブも大成功! それで、みんなで大団円、ハッピーエンドになる! 私が望んでいるのは、そういうお話!
 ずいぶん身勝手で他力本願な気もするが、もともと百合子が読みたかったのは、「輝きの向こう側」へ進んだ春香達の物語だ。どうしたいのかをひたすら考えた末の結論が、「春香さん達の活躍を見たい」になるのは、自然な成り行きとも言えた──ここが本当に、ファンタージエンみたいに、望みのかなう世界だとしたら。私が本当に望んでいることなら、きっと……
 降り続く雨の中、皆で765プロの事務所に向かうと、伊織の家に泊まったグループが先に到着していた。すぐに千早も顔を見せ、最後に春香がやって来る。その春香は、開口一番、今日はレッスンを中止し、可奈を迎えに行くと宣言した。
577 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:51:15 ID:AkPpxCOt/.
「昨日ね、可奈ちゃんと電話したんだ」
「可奈ちゃん、なんて?」

 雪歩の問いかけに、春香は少し間を置いてから答えた。

「『辞めたい』……きっぱり断られちゃった」

 重たい空気の中、百合子の隣で、志保が口を開く。

「でも、それならなぜ?」
「声がね、震えてたの。可奈ちゃん、なんだか凄く無理してるみたいに聞こえたんだ。少なくとも、嫌なもの放り出してほっとしてるような、そんな風には思えなかったの。だから……」
578 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:51:40 ID:AkPpxCOt/.
「待ってください」

 そう言うと、志保は春香の前へと進み出た。

「やっぱりそこなんですか? そんな風に思えなかったことが、そんなに大事なんですか?」

 春香が無言でうなずく。

「全員のライブの練習より何よりも、一人の『かもしれない』を確かめることが、大事なんですか!?」

 再びうなずく春香。

「まずは、可奈ちゃんの気持ち、確かめてからだよ」
579 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:51:59 ID:AkPpxCOt/.
 声色、表情、姿勢。有無を言わせぬ春香の迫力に、志保だけでなく、その場の全員が呑まれたようになる。百合子も、息を殺して成り行きを見守るしかなかった。

「行きましょう」

 沈黙を破ったのは、伊織だった。

「それがリーダーの、アンタの思いなら」
580 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:53:32 ID:AkPpxCOt/.
 ほとんどのメンバーが、可奈の自宅周辺に直接向かう中、百合子は伊織、志保と共に、スクールとその周辺を見てまわった。しかし、特に手がかりらしい手がかりもなく、結局は他のメンバーと合流するため、電車で移動することになる。その車内で、伊織のスマートフォンに、律子からのメールの着信があった。

「律子、今からプロデューサーとアリーナの下見に行くらしいわ」

 伊織に告げられ、百合子は小さく息をのむ。アリーナ。登場人物としての自身にとっては、努力の成果を示すべきステージ。読者として考えるなら、物語がクライマックスを迎えるであろう場所。いずれにしても、ライブ本番までに残された時間は多くないと、改めて突きつけられた気がした──でも、きっとうまくいく、よね? 私が望んでいるんだから……春香さんも、可奈ちゃんのために動いてくれたんだし!
 可奈の家の最寄り駅で電車を降り、改札を出たとき、百合子は星梨花に電話し、情況を聞いた。可奈は見つかっていないが、家の近所の土手にいる可能性があるので、春香や千早と一緒に、今から行ってみる、ということだった。電話を切り、伊織と志保にあらましを伝え、3人で走る。現場に到着したとき、可奈は発見され、橋の真ん中で皆に囲まれていた。
581 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:54:12 ID:AkPpxCOt/.
「なんで……私のことは気にしないでって……」
「うん……でも私、電話で可奈ちゃんと話してても、やっぱり信じられなかったから。アイドルって、そう簡単に諦められるものじゃないって思ったから……そういうものだって、思いたいの」

 パーカーのフードを目深にかぶって俯く可奈に、春香は傘もささず、雨に打たれながら語りかけていた。百合子は、千早や星梨花の後ろから、その様子を見守った。

「私だって、私だって、諦めたくない。でも、もうだめなんです……」

 そう言って、可奈がフードを外す。春香の驚きの声が上がる。何がどうなっているのか、距離のある百合子には、よくわからない。

「アンタ、そんな体形だったかしら?」
「ちょ、ちょっと、ふっくらしたね……」
「まさか、これ気にして逃げたん?」

 少し前に立っている伊織と、可奈を挟んだ反対側にいる真美と奈緒の言葉で、なんとか事情が飲み込めた──可奈ちゃん、そういうことだったんだ……
582 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:54:47 ID:AkPpxCOt/.
「私だって、出来ることなら、一緒にステージに立ちたかったんです。でも、私だけダンス全然下手っぴで、足手まといになっちゃって……」

 雨のせいで視界が悪いのか、昼間にも関わらずライトをつけた車が通り過ぎる。

「なんとかしなきゃって思ったんです。自分で、なんとかしなきゃって。一人でもできるようにならなきゃって。だって、私、天海先輩にサインまで貰って、応援してもらったのに、全然うまくできないから……ストレスでお菓子、いっぱい食べちゃって、こんなみっともない……」

 聞いているのが苦しくなるほど、悲痛な声。顔を覆って泣きじゃくる可奈に、春香は、千早から傘を受け取り、開いて差しかけながら。

「でも、諦めたくないんだよね?」

 一瞬の間の後、可奈が微かにうなずいたように見えた。

「よかったー……」

 そう言ったときの春香は、心底ほっとしたようだった。
583 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:55:33 ID:AkPpxCOt/.
「じゃあ、大丈夫だよ! 一緒に、ステージに立とう!」
「で、でも、私もう、こんなんで……衣装だって入らないし、きっと、余計迷惑かけちゃいます」
「そうじゃなくて、どうしたいか、だけでいいんだよ」

 ──春香さん、雪歩さんと同じことを……
 百合子がそれ以上考えるより早く、伊織の声がした。

「じゃあ、確かめに行く? アリーナへ行けばわかるかもよ?」
「ええ」
「もしもし、律子…さん? あのね、今からそっちに行くから、よろしくなの」

 千早がうなずき、美希が電話をかけるのを見ながら、百合子は戸惑っていた──アリーナに? どうしたいかを確かめにって、どういうこと? 
584 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:55:51 ID:AkPpxCOt/.
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585 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:56:32 ID:AkPpxCOt/.
 学校の体育館の何倍もあるフロア。左手から正面、さらに右手へとU字型に続く、2階層の観客席。ひたすら高い天井と、そこから吊り下げられる大型ビジョン。アリーナのステージ上で、百合子は見える物全てに圧倒されていた。

「前やった会場とは、規模が違うね……」

 誰に言うでもなく、思いを素直に口にする。

「ここにお客さん入ったら、どうなっちゃうんだろう……」

 同じような気持ちになっているだろう美奈子の言葉に、百合子は、目の前に広がる空間がファンでいっぱいになっている様を想像した。地鳴りのような大歓声、数えきれないペンライト、みんなの笑顔……それらは本当に聞こえ、見えた気した。
586 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:57:28 ID:AkPpxCOt/.
「私……」

 背後から、可奈の呟きが聞こえる。その声に反応したように、突然、春香が駆け出した。向かう先は、仮組されている花道。えっ、と百合子が思う間に、一番前までたどり着いていた春香は、大声で叫んだ。

「後ろの席まで、ちゃーんと見えてるからねー!!」

 マイクなしでも会場全体に広がる反響。それが消えてから。

「はあ、広いなー」

 感に堪えないといった風の声を漏らし、春香が振り向く。そして、少し照れたような笑顔を浮かべながら、話し始めた。
587 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:58:00 ID:AkPpxCOt/.
「私ね、いつも、一番後ろのお客さんまで、声、届けようって思ってるの。ソロでも、全員のライブでも、全部。それで、その度にね、ステージって広いなーって思うんだ。でも同時に、私ひとりじゃない、って思うの」

 ステージ上の誰もが、身じろぎ一つしない。百合子も、春香の一言一句を聞き漏らすまいと、耳に神経を集中させていた。

「えっと、うまく言えないんだけど……あのね、私の今いる場所は、今までの全部で出来てるんだってことなの。伊織、真、雪歩、やよい、響ちゃん、貴音さん、あずささん、亜美、真美、美希、千早ちゃん、律子さん、プロデューサーさん、小鳥さん、高木社長……他にも、たくさんの人と出会って、私はアイドルとして、今、ここに立ててるんだって思う。誰か1人でも欠けてしまったら、たどり着けなかったんだなって。出会って、今、一緒にいるってことは、私にとってそれくらい大事なことなの」

 春香の言葉が、百合子の胸の奥に突き刺さる。1人でも欠けたら、たどり着けない──私、今、物凄く大切なこと、教わってる。
588 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:58:53 ID:AkPpxCOt/.
「奈緒ちゃん」
「はっ、はいっ!」
「美奈子ちゃん」
「え……」

 少し間を置いてからの春香の呼びかけに、奈緒は慌て、美奈子は戸惑った感じで、それぞれ反応する。

「星梨奈ちゃん、杏奈ちゃん」

 2人の答える声は、百合子の立ち位置までは届いてこなかった。

「百合子ちゃん、志保ちゃん」

 自身の番が来たとき、百合子は返事をしようとしたが、喉も舌もまともに動かず、結局何も言えなかった。志保も黙ったままだった。
589 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/23 23:59:35 ID:AkPpxCOt/.
「ね? 可奈ちゃんも同じだよ!」

 背後にいる可奈の、しゃくりあげる様子が、耳に伝わる。

「私たちは、今ここにいて、それぞれ目標も考え方も違ってて、それでもこのライブのためにみんな集まったの。それが今なんだよ。誰か1人でも欠けちゃったら、次のステージには行けない」

 言葉を切り、春香は首を横に振った。

「もしかしたら、もっといい方法があるのかもだけど……でも、私は天海春香だから」

春香は、一人一人に目を合わせるよう、視線を動かしていく。

「私は今、このメンバーのリーダーだけど、その前にやっぱり私だから、全員で走り抜きたい。今の全部で、このライブを成功させたいの!」
590 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:00:34 ID:Z3p7IAsH4o
 ──春香さん……
 百合子は頭が真っ白になっていた。「THE iDOLM@STER」の読み手として、この「輝きの向こう側」を産み出した張本人として、そしてアイドル天海春香の後輩として。今までの全てが胸に迫り、感情が溢れ、泣きそうになる。
591 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:01:41 ID:Z3p7IAsH4o
「……きたい」

絞り出すような声。百合子の振り向いた先には、下を向き、肩にかけられたタオルを強く握りしめている可奈がいた。

「……一緒に、行きたいです……私も、一緒に……」

そう言いながら、可奈は両手で顔を覆った。それでもこぼれ落ちる大粒の涙が、ステージを濡らしていく。
592 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:02:43 ID:Z3p7IAsH4o
「諦めたくない! アイドル、諦めたくないんです! 一緒にステージに立ちたい!」
「可奈……」

奈緒が呟くのと同時に、星梨花が可奈のもとへ駆け寄る。

「可奈ちゃん! 私も、諦めずに頑張ることにしたんだよ!」

少し遅れて、杏奈も。

「杏奈も、最後まで走るから! 一緒に……」

肩を震わせ続ける可奈と、レッスンで苦しんでいた星梨花と杏奈。3人の様子を見て、百合子は本能的に自身の役回りを悟った──あの子たちの「どうしたいか」を守らなきゃ! 私、お姉さんなんだから!
593 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:03:34 ID:Z3p7IAsH4o
「みんなで、元のフォーメーションのままでもいけるように、なんとかやってみるから……」

 夢中で進み出て、美奈子と奈緒、そして志保の目を順番に見ながら訴えかけるものの、途中で言葉が出てこなくなる。それでも、奈緒と美奈子には、言わんとすることが伝わったようだった。

「そんなん、私かて、周り見えてへんかったし……」
「お互い協力しなきゃいけなかったのに……」

そして志保には、伊織が歩み寄ってくれていた。

「アンタはどうなの?」
「え?」
「春香も可奈も、どうしたいかを言っただけだもの。言いたいことがあったら、言うべきよ」
594 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:04:06 ID:Z3p7IAsH4o
伊織と志保が客席のほうを向く。百合子もつられたように首を動かした。

「そのために春香はあそこで待ってる」

伊織の言うとおり、花道にたたずむ春香は、じっと志保を見ていた。百合子は春香の視線を追うように、再び志保と伊織のほうを向いた。しばらくの間があったあと、志保が首を横に振った。

「あるはず、ないです。このステージは、今立っているこの場所は、私が思っていたよりも、ずっと、重たかったから……」

百合子は口に手を当て、嗚咽が漏れそうになるのをこらえた──可奈ちゃん、志保、みんな……ありがとう!! 先輩たち、春香さん、本当に……ありがとうございました!!
595 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:04:30 ID:Z3p7IAsH4o
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596 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:05:30 ID:Z3p7IAsH4o
 アリーナの外に出ると、雨はあがっていた。出入口付近に敷かれたタイルは濡れていたが、雲の切れ間から差す日に照らされ、輝いていた。鳥の声も聞こえる中、百合子達バックダンサーは春香達に挨拶するため、一列に並んだ。最初に口を開いたのは、いつも通り、美奈子だった。

「じゃあ私たち、このままスクールに寄っていきます」
「うん。今日はありがとう」

 春香の返事に、百合子は美奈子より早く反応する。

「いえ、私たちの方こそ、ありがとうございました」

 ありがとう。この言葉を、百合子はとにかく言いたかった──ちょっと出しゃばりかもだけど、でも言えてよかった!
597 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:06:21 ID:Z3p7IAsH4o
「これからみんなで挽回していきます」
「よーし、まずは元気付けに、おいしいもの、ごちそうするよ?」
「それは今の可奈にはあかんて」

 百合子の後に続いた奈緒と美奈子の掛け合いに、皆がどっと湧く。そして、笑い声がひとしきり収まったあと。

「あの……天海さん」
「うん?」

 声をかけた志保と、かけられた春香が、お互い歩み寄る。向き合う2人を見ながら、百合子は初めて気が付いた──春香さん、志保より背、低いんだ。
598 : ダーリン   2024/02/24 00:06:53 ID:Z3p7IAsH4o
「どうしたの?」
「色々と言葉が過ぎたと、反省しています。すみません」

 志保が頭を下げる。

「え、いいよ、いいよ」
「……私には、天海さんのような考え方、まだ出来ないと思います。でも……」
「ううん」

 首を振り、春香は微笑んで言った。

「考え方は人それぞれでいいと思う。ライブ、一緒に成功させよ!」

 そのときの志保がどんな表情だったのか、後ろから見ていた百合子には分からなかった。ただ、少しして軽くお辞儀をしたその姿は、これまでになく柔らかいものに思えた。そして。
599 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:07:48 ID:Z3p7IAsH4o
「天海先輩!」
「……それじゃ」

 可奈の声を潮に、志保は踵を返し、百合子達の位置へ戻ってくる。一方、可奈はその様子を目で追いながら、入れ替わるように、春香の前へと歩を進めた。

「あ、あの、天海先輩。私、もう絶対諦めるなんて言いません! みんなと一緒に頑張ります!」
「うん!」
「それで、やっぱり思ったんです。私、やっぱり春香ちゃんみたいなアイドルになりたいって!」

 シンプルな可奈の望みは、意外なほど百合子の胸に響いた。アイドルになりたい──可奈ちゃんだけじゃないよね。杏奈ちゃんも星梨花ちゃんも、美奈子さん、奈緒さん、もちろん志保も。それに、この「輝きの向こう側」の物語に出てくる、登場人物としての七尾百合子も。みんな、アイドルを夢見て、今、ここにいて……じゃあ、現実の七尾百合子は? 読みたかったお話を実現させた私は、次に何を望むの?
600 : THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:08:38 ID:Z3p7IAsH4o
「……春香ちゃん?」
「あ、す、す、すいません!」

 奈緒のつっこみに慌てる可奈。その様子を前にしながら、百合子の脳裏には、ステージ上で想像した光景が蘇っていた──ペンライト、綺麗だったな。あれが、アイドルの見る景色なんだとしたら、私、いつか……あれ?
 突然、百合子の世界は大きく揺らいだ──立ち眩み? 危ない!

「あはは……じゃあ、私も、頑張る!」

 春香の声が遠ざかっていく。倒れる、と思った、次の瞬間。百合子の視覚と平衡感覚は、正常を取り戻した。しかし、瞳孔を通る光によって作られた絵面は、理解の範疇を超えていた。
601 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:09:00 ID:Z3p7IAsH4o
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602 : ???◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:10:18 ID:Z3p7IAsH4o
 眼前に広がる空間の、下側三分の一には白い雲が、上側三分の二には青い空が、それぞれどこまでも広がっている。その間を、まっすぐ、延々と続く虹色の道に、百合子は立っていた。振り仰いだ天の高みには、星やUFOの形、「めざせ! トップアイドル!!」の文字などが、飛行機雲で描かれている。視線を手前に移すと、「765PRO Live THEATER」と書いてある、一本足の看板が立っていた。

「ここ……」

 どこ、という疑問を口にすらできないほど、百合子は困惑していた──さっきまでアリーナの出入口のとこだったよね? 可奈ちゃんやみんなは? 春香さん達は?
603 : ???◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:11:34 ID:Z3p7IAsH4o
 首を左右に巡らせても、雲と空があるばかり。ただ、背後に何かあるのは見えた気がした。左足を引き、腰をひねって半身になった百合子は、その何かが、2、3メートル離れて虹色の道を塞ぎ立つ、自身の背丈の倍ほどもありそうな、大きな扉だと知った。両開きで、上の方が半円状の、ファンタジーゲームのお城や教会にありがちな形、色は赤く、枠と装飾に銀色の金属が嵌められていて、縦に長い取手もついている。そこまで見て取ったとき、百合子は忽然と、全てを悟った。

「……どうして……」

 百合子の呟きには、納得できない気持ちがよく現れていた──このタイミングで、現実に帰るなんて! 「輝きの向こう側」のお話、まだ終わってないのに……
 百合子はふと耳を澄ました。誰かに呼ばれているような気がする。

「……りこちゃーん……」

 微かだったけれども、今度は間違いなかった。声のした方向、扉とは反対側に顔を向けなおすと、虹色の道の彼方に、小さな人影が見えた。
604 : ???◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:12:38 ID:Z3p7IAsH4o
「百合子ちゃん、待ってー!」

 だんだん大きくなる声と姿。走って来るのが春香だというのは、すぐに分かった。

「はぁ、はぁ……百合子ちゃ、うわぁっとっと……」
「は、春香さん!?」

 「765PRO Live THEATER」の看板のところまで来た春香が、脚をもつれさせる。慌てて駆け寄った百合子の前で、春香はなんとか転ばずに踏みとどまると、息を切らしながらも顔を上げた。

「えへへ……」

 照れ笑いを浮かべる春香が身にまとっているのは、深緑色を基調とした、鼓笛隊やカラーガードを思わせるシルエットの、見たことのないステージ衣装だった。
605 : ???◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:14:06 ID:Z3p7IAsH4o
「良かったー、間に合った!」
「え、間に合ったって……」
「だって百合子ちゃん、もう帰るところだったんでしょ?」

 ──「幼ごころの君」の春香さん!
 百合子の脳裏に、「MILLION LIVE!」の最後のシーンが蘇る。目の前にいるのは、あのとき、自身に呼びかけてくれた人。そう認識できた途端、百合子は自然と、胸の内を口にしていた。
 
「あの、春香さん……私、帰らなきゃダメなんですか?」
「え?」
「私だって、この世界に来てから、ずっと頑張ってきたんです。だから、可奈ちゃんの気持ちもよく分かるっていうか……」
606 : ???◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:15:14 ID:Z3p7IAsH4o
 言っているうちに、だんだん気持ちが高まって来る。

「私も、みんなと一緒にステージに立ちたいです! 帰りたくな……」
「だ、ダメだよ百合子ちゃん! そんなこと望んだら、元の世界に戻れなくなっちゃうよ?」
「……あ……」

 慌てたように手を振る春香の警告を受け、百合子はひやりとした。帰りたくないと望んで、それがかなったとしたら──でも、「輝きの向こう側」の物語、最後まで見れないなんて……
 葛藤する百合子を労わるように、春香の言葉は続いた。

「ありがとね、百合子ちゃん。百合子ちゃんのおかげで、私達、まだ道が続いているんだって分かったんだよ。これからも、進み続けられるんだって」
「春香さん……」

 ──そっか、私、役目は果たせたんだ。
 春香達を前に進ませる。誰に言われたわけでもないが、それが自身の責務だと百合子は感じていた。だから、春香の言葉に安堵したのだが、それとは別に、バックダンサーへの未練は残っていた。
607 : ???◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:16:04 ID:Z3p7IAsH4o
「春香さん、私、あのステージで、見えたんです」
「うん」
「アリーナが、ファンの人達でいっぱいになってて」
「うん」
「みんな嬉しそうで、ペンライトの光が、まるで星の海みたいで」
「うん!」
「だから、やっぱり私……」
「なら、大丈夫!」

 突然の大声に、百合子はまじまじと春香の顔を見た。そこには、満面の笑みが浮かんでいた。

「百合子ちゃんも、進んで! 今は別々の道でも、私達、きっとまた会えるから!」
「……えっと、それはどういう……」
「だって、ステージに立って、いろいろ感じたんでしょ? そしたら、なりたいものとか、やりたいこととか、できたはずだよ!」
608 : ???◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:17:42 ID:Z3p7IAsH4o
 ──なりたいもの? やりたいこと?
 春香の言っていることが、わかるような、わからないような。戸惑いの中、百合子は、春香の視線が自身の背後へと移っているのに気づいた。

「でもね、百合子ちゃんが上がるべきステージは、この世界じゃなくて……」

 振り返った先で、赤く大きな扉が、音もなく手前に開き始める。そこから、黄金色の柔らかな光があふれ出し、周囲の空や雲を照らしていく。荘厳としか言いようのない光景に、百合子は目を奪われた。

「あの先にも、765プロの未来があるから。ね?」
「は、はい!」
609 : ???◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:18:19 ID:Z3p7IAsH4o
 春香の言葉に背中を押され、百合子は半ば夢心地で、光へと踏み出した。上がるべきステージ、765プロの未来。何を言われているのか、よく理解できないのは、さっきと同じだった。それでも、春香の言うとおり、自身も進むべきだと、百合子は直感していた。

「大事なのは、『どうしたいか』だよ! 忘れないで!」

 その声を背中に聞いたのは、扉を通る瞬間だった。振り向きざま、微笑む春香が一瞬見えた後、百合子の視界は金色に染まった。

「本当に、ありがとうございました!」

 心の底からの叫びが、春香に届くよう願いながら、百合子は光の中へと沈んでいった。
610 : はてしないTHE iDOLM@STER◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:18:37 ID:Z3p7IAsH4o
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611 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE! THEATER DAYS◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:20:11 ID:Z3p7IAsH4o
「百合子、起きろー! 百合子ー!」

 誰かに呼ばれ、肩を揺さぶられている。

「ん……お父さん?」
「また、こんなところで寝て……ちゃんと起きたら、下りてきて、夕ご飯の支度、手伝ってくれよ」
「あ、うん……」

 両腕の上に突っ伏していた顔を上げると、父親が部屋から出ていくところだった。その後ろ姿をぼんやりと見送る間に、意識がはっきりしてきた百合子は、室内を見まわした。扉、クローゼット、ベッド、本棚、机。腕を乗せたローテーブルは、ベッドと本棚の間に置かれ、お尻の下にはお気に入りのクッションがある。窓の外の明るさは、カーテン越しにも分かったが、直接入り込む日差しはなかった。
612 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE! THEATER DAYS◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:20:56 ID:Z3p7IAsH4o
 百合子はゆっくり立ち上がると、机に向かった。充電中のスマートフォンに手を伸ばすと、画面に浮かび上がった時刻は17:32、日付は7月の3連休の最終日だった。机上には他に、本も一冊、置かれていた。 冬馬とバス停で出会った、遠い昔のように思える日、しかしカレンダー上では前日に買った、お気に入りのヒロイックファンタジーシリーズの最新刊。「輝きの向こう側」の物語の中では、時間的にも気持ち的にも余裕がなく、手つかずのままになっていたそれを手に取り、百合子は実感した──私、戻って来たんだ!
613 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE! THEATER DAYS◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:21:22 ID:Z3p7IAsH4o
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614 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE! THEATER DAYS◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:23:43 ID:Z3p7IAsH4o
「行ってきまーす」

 制服に身を包んだ百合子は、家の中に向かって一声かけてから、ドアを閉めた。連休明けの、火曜日の朝。現実世界では、もちろん765プロの合宿などない。学校に行く、ごく普通の日常が、そこにあった。
 前日の夜、食事の準備をする間も、食べているときも、そのあとのお風呂でも、戻った自室でも、百合子は春香の言葉の意味を考え続けた。なりたいもの、やりたいこと。いろいろ思い浮かべる中で、一際強く、何度も心に描き出されたのは、アリーナのステージで見えた幻影だった。あの景色を、本当に目にすることができるなら──私、アイドルになりたいの? 「THE iDOLM@STER」を読むまでは、ほとんど興味なかったのに? だいたい、なりたいからってなれるものでもないし。でも、大事なのはどうしたいかだって、春香さんが……
 結論は出なかった。ただ、立ち止まったままでいるつもりもなかった。「進んで」と春香に言われていたし、そうでなくとも、レッスンを重ねてきた身体がうずうずし、早く何かをしたくてしかたなかった。
 百合子は腰のところから手を回し、背負った通学用リュックに触れてみた。そして、一昨日買った本がそこにあると、ナイロン越しに確かめると、改めて心を決めた──今日のホームルームで、立候補しなきゃ。夏休み明けの学園祭で、これの朗読劇をやります、って。
 アリーナとは規模がまるで違うし、頑張ったダンスを披露できるわけでもない。とはいえ、お客さんの前に立つのは一緒だ。春香からも、現実世界に上がるべきステージがあると示唆されたし、せっかくのチャンス、逃すわけにはいかない。
615 : THE iDOLM@STER MILLION LIVE! THEATER DAYS◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:26:23 ID:Z3p7IAsH4o
 百合子は歩きながら、春香が他に言っていたことも思い出していた──また会える、って、本当かな? でも……

「765プロの未来は、ここにある」

 呟いた百合子は、空を見た。快晴とまではいかないものの、十分に晴れている──この現実が、「THE iDOLM@STER」の中の世界じゃないって、言い切れる? こうやって私が空を見てるのも、誰かが読んでいる本に書いてあることかもしれないじゃない? もし、その誰かが、いつか、今のお話の続きを読みたいと望んでくれたら……
 ありきたりな想像だとは思った。それでも百合子は、見上げた青空のはるか向こうに、このお話の読み手がいるように感じられた。今、もしかすると、目があっているかもしれない。百合子は、見つめる先にあなたがいると信じて、そっと呼びかけた。

「私の新しい物語、創ってくれますか?」
616 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/24 00:29:21 ID:Z3p7IAsH4o
完結です。
ここまで読まれた方、ありがとうございました。
推敲と校正が終わって、保存先が決まったら、URLを貼りに来たいと思います。
それでは。
617 : 兄(C)   2024/02/24 02:55:31 ID:FGfQ7bGUU6
>>616
大作完結乙でした!URLは
【定期】アイマスSS書きたい人を支援する・作者情報交換スレ 2
にも貼ってくださいね!
618 : プロデューサーちゃん   2024/02/24 11:26:57 ID:RwqiuQv1gA
>>625 >>626
の間抜けてませんか?
内容が飛んでいる気がしたので
619 : ミスター・不純物   2024/02/24 11:27:52 ID:RwqiuQv1gA
>>525 >>526
でした
620 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/24 14:29:47 ID:Z3p7IAsH4o
>>617
乙ありがとうございます。
URL貼り付けも忘れないようにします。
621 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/24 14:31:49 ID:Z3p7IAsH4o
>>618
>>619
抜けてますね、コピペミスです。
ご指摘ありがとうございました。
622 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/24 14:34:17 ID:Z3p7IAsH4o
>>525>>526の間に、以下の3行が入ります。

「……765プロの人達、どんな感じ、なのかな?」
「あー……どうなんだろ?」
「……杏奈、初めての人と話すの、苦手だし……12人もいるから……」

失礼しました。
623 : 765歌劇場P◆9RCctPo346c   2024/02/26 23:56:00 ID:8d5RCglLn.
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21666329

上記サイトに保存しました。
少し変えてある部分もあります。
よろしければご覧ください。
それでは。
624 : あなた様   2024/05/03 19:32:41 ID:oOz9CwIqqs
https://syosetu.org/novel/343475/

上記サイトへも投稿しました。
少し読みやすくできたかと思います。
よろしければご覧ください。
それでは。
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